2022/12/23

将来不安を抱く人が、今からすべきこと

News Picks Brand Design Senior Editor
 21世紀も気がつけば2割が終わった。相変わらず日本経済も給料も伸び悩み、人口減少で社会の先行きの見通しは立たない。
 日本社会はこれからどこに向かうのか、一体どんなスキルを身につければ社会で生き残っていくことができるのか。
 30代、40代のビジネスパーソンが今からやっておくべきこととは。
 気鋭の経済学者、成田悠輔氏に話を聞いた。

情報メディアなんか見ない方がいい

──日本社会の先行きに不安を抱くNewsPicks読者に、まずは経済や社会の展望を教えてください。
成田 日本経済全体で見たら、税金や社会保障費も上がっていくだろうし、日本人の給料が伸びるかも不透明な状況です。
 全体的につらくなっていく可能性が高いと思います。
 そのことはみんな勘づいているからこそ、将来に不安を感じているんでしょう。
 けれど、マクロな経済トレンドは個人でどうにかできるものじゃないですよね。それにみんなつらいので、心配や不安を感じてもしょうがないんじゃないかと僕は考えています。
「将来をイメージして不安になるのではなく、今をそのまま生きるしかない」
 そう気持ちを切り替えれば、不安を感じる必要性も減るんじゃないかなって気がします。ゆるふわ自己啓発感が漂ってますが(笑)。
──経済情報に対する感度が高い人ほど、日本が取り残されていくような焦燥感を覚えています。
成田 意識高いメディアほど「アメリカのカリフォルニア州では、平均年収がいくら」みたいな報道が好きですしね。
 だけど、それって、自分の身の回りに存在しない異国や他人を想像したり、情報を集めたりして、脳内にイメージを自分で作りあげるからつらくなるわけじゃないですか。
 ですから、そもそもNewsPicksのような経済メディアを見ていることが諸悪の根源なんです。
──ニュースメディアなんて見ない方が良い?
成田 少なくとも私は見ないです。NewsPicksも読まないですし、Abema Primeも観ませんし、日経新聞も読みません。
 自分と似た属性や来歴を持った、キャリア意識の高いビジネスパーソンと同じコンテンツを見て、似たような価値観やビジョン(笑)にハマって、その人たちとの激しい競争の中で時間を溶かしてもつらいだけですから。
 それに『ファクトフルネス』で嘆かれているように、ふつうの地味にポジティブな事実って共有されにくいじゃないですか。
 経済情報の過剰摂取をやめると、ネガティブだったり極端だったりする情報のインプットが減って社会や自分に対する不安も減るんじゃないでしょうか。
 おすすめしたいのが、今、目の前にあることに目を向けることです。
 無意味に全力疾走してみるとか、料理で完璧なパスタの茹で時間を目指すといった、目の前にあることに集中してるときって、先々のことや観念的なことへの不安を感じる暇はないと思うんですよ。

“知識の獲得で成長する”という考えはすでに古い

──少子化の進行などで、国力の減退が見えつつある未来に備えて、ビジネスパーソンがスキルアップのために30代からやっておくべきことはありますか?
成田 またインテリ経済メディアっぽい問題設定きましたね(笑)。あんまりないんじゃないでしょうか。
 そもそも「未来に備えたスキルアップとか(再)教育」っていう概念自体が、すごく古い教育観を前提にしていると思うんです。
 教育機関でしっかりしたカリキュラムがあって知識や技能を手に入れる、準備が完了したら社会人になって数十年実践(その間もしかしたら1〜2年モラトリアム兼再教育あり)、っていう古い世界像を前提とした概念だと感じますね。
 今って10年経ったら世界は別の場所みたいになっているのが前提なので、そういう知識や技能のあり方が古くなってきた。
 よほど古典的で10年や20年ではびくともしないような基礎知識・技能以外は全部すぐに置き換えられていきますよね。
 目の前の仕事を続けながらも、常に新しいことを学んで、継続的に自分を改造していくしか、生きていく方法はないんじゃないでしょうか。

差し迫っていることが、今やるべきこと

──そうした状況を踏まえて、何を学び続けたら良いのでしょうか。
成田 中途半端に未来や異国を考えるより、まずは絶えず流動するラーニングバイドゥーイングの周辺に隠れている宝箱をもっと意識すると良いでしょうね。
 時代が変わっても自分が同じ職業領域にいたいなら、自分の今持っているスキルや仕事のやり方を、どうやったら無価値にできるかを考えてみると良いかもしれません。
 無価値にして次の形態に脱皮する方法が見つかれば、それはもう新しい次の仕事を作り出せたも同然だと思います。
──今やっている仕事まわりだけに目を向けて、本当に生き残れるのでしょうか。
成田 別の言い方をすると、「将来に向けて何を学べばいいんだろう」と悩んでいる人がいるとしたら、それはまだ「差し迫って必要となる学習内容」が決まっていない状態なのかもしれません。
 一つ具体的な例をお話しします。
 先日金融業界の講演会で株式トレーダーについて話しました。
 昔はトレーディング(株式取引)というと、証券取引所のフロアに男性がひしめいていて、彼らの手配で取引しているみたいな光景でしたよね。
 今はそれが電子取引に変わり、人が取引所にいることもなくなりました。
 取引自体もどんどん自動化されていき、人間の手ではまったく追いつかないような高頻度取引アルゴリズムの黄金時代になりました。
 その結果、取引の玄人みたいな人たちは、少しずつと価値がなくなっていって、ソフトウェアエンジニアが証券業界の中心に躍り出てきたわけです。
 今では投資銀行がIT企業とソフトウェアエンジニアを取り合っています。
 こうなると、元々いた人たちは自分たち旧業界人をいかに無価値にするかという競争を演じることになりますよね。
 たとえばIT業界から転職してきたソフトウェアエンジニアには金融知識はほとんどないので、エンジニアトレーダーのような立ち位置の人に再訓練する必要が出てくる。
 となれば、そういう人材を教育するという仕事に需要が出てくるわけです。
 そういうポジションを社内で模索してもいいし、そういうことを教える教育機関を金融業界と大学をつないで作るということもできるかもしれない。
 そうなると、勉強することは放っておいても油田のように湧いてくるってことになると思うんですよね。
 そういう状態をいかに自分から想像して創造するか。「将来の日本」とか「自分の老後」みたいに、目の前にないフワフワした動機に想像をめぐらせる余裕なんて本来はないはずなんです。
──確かに、業界の変化に応じて、必死でそれを勉強していくってことになりますね。
成田 そうなんです。
 よく「新しく何かを学ぼうとチャレンジしたけれど、モチベーションが続かない」って嘆く人がいますけれど、モチベーションが続かないのは、心のどこかで「本来は必要ない」と判断しているということだと思います。
 社会や自分の会社からも追い込まれていないし、本人も「やらなくても死にはしない」と薄々思っているはずです。
 極端な話ですが、もし、突然通り魔に襲われてナイフが出てきた時に、逃げるモチベーションがあるかどうかなんて誰も考えないじゃないですか。
 人間って本当に追い込まれた状況になれば、モチベーションなんて言っていられません。そうなったら、やる気は自然に湧いてくると思うんです。
 逆の言い方をすれば、モチベーションを維持したければ、自分をやるしかない状況に追い込むしかありません。

英語ができても人生は急変しない

──語学や資格試験といった方向でのスキルアップはどうでしょうか。
成田 普段の仕事と関係なく、それらの技能で人生を不連続に飛躍させようと考えているとしたら、あまりおすすめはしません。
「将来が不安だ」という人の耳には「この技能さえ身につけば人生が変わる」という話はとても魅力的に聞こえるかもしれません。
 ただ、資格化できるような何かの技能で急に人生が変わるなんていうのは、おとぎ話に過ぎないと思います。
──そもそも、日本人はなぜ英語が下手なんでしょう。
成田 多くの日本人は、英語ができなくても路頭に迷わないですよね。だからほとんどの人に英語は必要ではないんだと思うんですよ。
 もちろん、英語ができることによって、今働いている業界と同業の外資系企業で働ける可能性が開けます。ソフトウェアエンジニアのような職であれば、就職口の選択肢は広がって、年収もアップするかもしれません。
 だからといって、その人の仕事の内容の本質が根本的に変わるとか、人生自体がものすごく変わるってことは起きにくいんじゃないでしょうか。
 死ぬか生きるかの問題ではないというか。「いい湯だな」くらいの感覚ですよね。
 あくまで仕事内容の言語や規模が置き換わって、少し待遇が変わる程度のものです。
「英語ができないと職を失う」みたいな追い込まれ方をしていないから、多くの人がいつまで経ってもできるようにならない。本当に英語を身につけたいと思うなら、「差し迫った状況に自分を置く」しかないと思います。
 そもそも言語って、生活のすべてをその言葉でやらなくちゃいけないという環境を作り出してしまえば、その社会で死なないくらいの力は身につくはずなんです。
 どんな怠け者でもバカでも日本に生まれ育てばそこそこ日本語はできるわけですし。
 だからもし本気で英語をしゃべれるようになりたければ、数ヶ月とか仕事を休んで日本人の友達が一切いない英語圏のどっかの街に行って朝から晩まで英語で身一つで働いて生活するようなことをすればいい。
 そんなに長く仕事を休めないと思う人は、正直英語は今、必要ないんだと思います。

自宅に”英会話刑務所”を作れ

──成田さんにとって、英語を学習しなければいけない環境とはどういったものだったのですか。
成田 単純明快で、仕事と研究のためにアメリカに来て、英語の海に投げ込まれ、溺れないようにするには身につけるしかなかった。それだけですね。
 結局、語学を身につけるのって、そういうシンプルで短絡的な理由じゃないと難しいと思うんです。
 僕のように異国の地にとりあえず飛んでしまうことが難しければ、英語から一切逃げられない空間に身を置くしかない。
 スマホやパソコンを一切使わない「デジタルデトックス」と一緒で、英語以外の言語を一切排除する「英会話刑務所」みたいな環境を自宅で作ればいいんじゃないでしょうか。
──今、差し迫って必要なスキルはないけれど、将来のために動きたい人は何から始めたら良いでしょうか。
成田 無理やり新しい仕事を自分で探す、作り出してみる。それは今いる業界や仕事の中ででもいいし、副業や兼業、業務委託として今までの仕事とはまったく違うものを作り出してみてもいいと思うんですよ。
 そうすると、それを遂行するために焦って新しい技を仕入れざるを得なくなるじゃないですか。
 僕にとっては、純粋な学術研究をやっていたところから、企業や自治体と一緒に仕事をするようになったのも変化でしたし、三流タレントみたいな形でテレビやYouTubeでメリットのないことばかりやるようになったのもチャレンジでした。
 正月にお笑い番組で漫才をやるという仕事を引き受けてしまい、漫才のネタを今、練習してるとこなんですけど(笑)。
 それぞれ、仕事の目的設定も違えば、組織も人員も違うので、その中でなんか新しいことをやらなくちゃいけないっていう時は手探りですよね。
──そんな仕事まで受けて追い込みを実践されてるんですね。新しいチャレンジの時、「降りたい」って思うことはないですか。
成田 思いますよ。
 でもそう思わないとしたら、追い込まれ方が足りないんじゃないかな。降りたいと思わないということは、その仕事はほとんど流れ作業に近い。
 挑戦と呼べるような仕事って、どうしていいかわからずに憂鬱なくらいがちょうどいいって思います。
 無意味に辛い状況に追い込まれてみる。だから身につくことって多いと思いますよ。
──英語アプリや自動翻訳機の機能が向上している今、英語を学ぶことの意義はどこにあると思いますか。
成田 自動翻訳の性能がちょっとやそっと向上しても、英語の言い回しや声色から滲み出る相手の感情を読み取るとか、リアルタイムの言葉の往復で心と心を糊でがっちりくっつけるみたいな部分はその言語を体に染み込ませた人にしか難しいでしょう。
 どんなに凄腕の同時通訳者を雇ったとしても通訳を介してる時点で失われるものがあるのと同じだと思います。
 あと、外国語を習得する過程で惨めさ、弱さや孤立感みたいなものを感じるのも良い経験になるはずです。
 ノンネイティブが英語を学ぶ過程で、自分の英語がどこまで行っても下手だし、伝わらないし、呆れられるし、聞き取りもできないという現実にぶつかります。
 ネイティブとの中にいると、自分が明らかにコミュニケーション弱者だと痛感させられます。自分を弱い立場に置いて、弱者としての自分に出会う経験って、すごく貴重だと思うんです。
 こうした経験をすると、「弱い立場に置かれた時の自分」を強く認識しますし、自分をマイノリティの立場に置いて相手の文化や価値観に触れることになります。
 お互いの文化や価値観の違いを認識する技能として、英語の役割はまだまだ残り続けるのではないでしょうか。