2022/12/16

【提言】日本の閉塞感を打破する。「自律協生」という新たなビジョンとは

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 現代教育や医療に、大きな影響を与えたウィーン生まれの思想家イヴァン・イリイチは、著書『コンヴィヴィアリティのための道具』(ちくま学芸文庫)において「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」という概念を提唱した。
 イリイチはその概念を“道具”にたとえて説明する。
 人が道具を、主体性をもって使う間はよいが、ある分水嶺を越えると、知らず知らずのうちにわたしたちはその道具に支配される。

 そして、主体性を奪われ、いつの間にか道具を使わされているような状況が生まれる。しかし本当に必要なのは、人の個性や能力を最大化できる、“ちょうどいい道具”である──。
 こうした概念は、現代日本の社会構造にもそっくり当てはまる。
 たとえば、地方創生の名の下、地方には都市部から大量のアセットやノウハウが供給される。それを何となく受け入れると、主体性を奪われ、その地域が持つ特異性をも失いかねない。
  つまり、“ちょうどいい”社会の構築が必要なのだ。そんな役割を担おうとしているのが「自律協生社会の実現」をスローガンとし、シンクタンク・コンサルティング・システムインテグレーションの3つの機能を有する総合情報サービス企業、日本総合研究所(以下、日本総研)だ。
 この「自律協生」という言葉には、イリイチの唱えた「自立共生」という概念を、よりプロアクティブに進めていくという思いが込められている。
 同社が目指す「自律協生社会」とは、どんな世界なのか。同社の理事長である翁百合氏と、専務執行役員を務める木下輝彦氏から、「自律協生」の社会的価値と、ビジネス的価値の重要性について聞いた。
INDEX
  • 「自律協生社会」とは?
  • 社会課題解決とビジネスのフォーカスポイントは
  • シンクタンクとコンサルティングのシナジー
  • 「自律協生社会」をつくるための課題

「自律協生社会」とは?

──日本総研はシンクタンク系のコンサルティングサービスを提供されています。なぜ、中期的なスローガンに「自律協生社会」を掲げたのでしょうか?
 失われた30年を経験してきた日本ですが、今なお、昭和の成功体験から抜け切れていないと感じています。
 考え方も組織のあり方も、当時の枠組みがあまりアップデートされておらず、そのため働き手の多様な能力や個性が十分に発揮されていません。
 たとえば、行政ですと従来は各自治体が、市民へ公共サービスを画一的に提供してきたことが機能したわけですが、現在それではもはや成り立ちません。
 国や自治体が提供したサービスを、民間企業・市民が享受するという受け身の時代から、企業や市民がそれぞれ他者に提供できる価値を育み、提供および受領しあう「自律協生」の視点が必要だと考えています。
 日本総研では、調査分析に基づく提言とともに、民間企業や官公庁に対して独自のコンサルティングを提供しており、そういった「自律協生」を後押しする仕事が、課題先進国の日本に必要と捉えています。
木下 中長期的なスローガンとして掲げる「自律協生社会の実現」のベースには、2021年に策定した「次世代起点でありたい未来をつくる。」というパーパスがあります。
 ここ数年来、若い世代と議論を重ね、明確に見えてきたことがあります。
 それは、過去の知見から示された正解例をキャッチアップして実行するだけのスタイルに、限界が生じている点です。
──どういうことでしょうか?
木下 たとえば、先程翁がお話しした、自治体が住民に画一的な公共サービスを提供するとか、会社が社員に画一的な人材像を求める、なんてことは難しくなっていますよね。
 それらを克服するには、旧来のあり方を問い直して、生活者、企業、自治体、国、教育機関などの各主体者が、どうすれば自身のポテンシャルを最大限に引き出せるかを考え、実行する必要があります。
 同時に、そうした枠組みを突き詰めれば突き詰めるほど、我々だけではできない点も明確になり、その部分は他者を頼る必要がある、ということも分かってきました。
 各々が自身のエッジを尖らせながら、他の主体者に良い意味で依存し、「1+1=2」を超える創発を生んでいく。
 それによりステークホルダーが力を合わせて、共に生きる喜びや、人間的な豊かさも互いに享受していく。私たちが考える「自律協生社会」とは、そんな世界観です。
 その限界に対して、まさに現在向き合っているのが地方の自治体や企業、住民です。
 人口減など課題が山積していますが、税収と働き手の両方が不足し疲弊している自治体が少なくありません。
 それを解決するには、民間の力を有機的に掛け合わせていくような新しい発想が必要です。
 たとえば、自治体の施策を市民が起業して担い、大学の知見を活用し、そこに民間銀行の金融サービスを付帯させるといった形ですね。

社会課題解決とビジネスのフォーカスポイントは

──なるほど。つまり、サスティナブルな社会作りのための方向性の一つが「自律協生」なのでしょうか。
 そうですね。結局のところ社会課題の解決と、収益を継続的に上げることを両立していかないと、サスティナブルにはなかなかなりません。
 だからこそアイデアだけでなく、ビジネスとして実装するノウハウが必要になる。それに共感し、支援する人たちも集めなければならない。
 それらをうまくコーディネートできることが、とても重要になってきています。そのために「自律協生社会」は、社会とビジネスの課題を包含し、解決に導ける最適なコンセプトといえます。
 日本総研は、人口減少、環境・エネルギー、ヘルスケアなど、様々な社会課題の調査や提言に加え、地域の観光資源やエネルギー資源・スポーツ施設等を活用した地域活性化や、次世代のまちづくりに関するコンサルティングに強みを持ちます。
 これらの領域は、まさに社会課題とビジネスの課題が、複雑に絡み合っている。だからこそ「自律協生社会」の構築は、我々がやるべきであり、やれる取り組みだと自負しています。
──社会とビジネスの課題を同時に解決する。「言うは易く行うは難し」だと思うのですが、日本総研では具体的にどんなことを手掛けていますか。
木下 たとえば、当社の創発戦略センターが進める「流域DX」というプロジェクトがあります。
 近年、気候変動の影響もあって川の氾濫が多発していることを受け、政府の治水施策は、ダムや調整池などを新たに整備する「総合治水」から、既存のインフラを活用した「流域治水」に転換しています。
 しかし、様々な形で治水ができるようになったものの、企業や住民にはインセンティブが見えづらく、参加のハードルは高かった。
 たとえば、治水には国・自治体が保有する「治水ダム」のほか、民間企業が発電用に保有する「利水ダム」があります。
「流域治水」で洪水に備えるとなると、民間企業の利水ダムも水位を下げないといけないため、発電量が減るリスクを民間企業も引き受けなければなりません。
 そこで、日本総研が主体となって、民間企業・自治体・研究機関などが参加する研究会を発足させました。
──どういった解決策を導きだしたのでしょうか?
木下 国や自治体が管理する「治水ダム」で、治水と発電を両立させられる官民連携の事業スキームを構築するなど、治水参加によってインセンティブを享受できるモデルの検討を行っています。
 自治体は治水・発電においてサスティナブルなスキームを構築でき、利益はステークホルダーが享受しあう。我々が思い描く「自律協生社会」の、一つのモデルケースだと考えています。
 他にも、カーボンニュートラルの意識を多くの生活者に根付かせる「グリーンマーケティング」の取り組みもあります。
 これは、生活者が脱炭素につながる行動を自然と起こすようになるための設計で、たとえばポイントなどのインセンティブを与える仕掛けを、マーケティングに組み込んでいます。
 実現に向けて、様々な消費財系の企業やエネルギー企業と手を組み、取り組み始めています。
──「自律協生」を目指しながら、各ステークホルダーが利益を享受しあえるスキームを組むのは、非常に難しい。なぜ、日本総研はそういったことに取り組めるのでしょうか?
木下 手前味噌にはなりますが、「自律協生社会」を実現するにあたって当社の確たる強みとなるのが、マクロ経済分析と政策提言を行う「シンクタンク」と、新事業の立ち上げに関わる「インキュベーション」、企業や自治体への実装支援を行う「コンサルティング」の3機能をすべて備えている点にあります。
 シンクタンク部門が行政の政策や将来展望の提言を行い、それをインキュベーション部門が実証・実行し、コンサルティング部門が社会に組み込んでいく。
 コンサルティング部門で利益を上げることに偏るのではなく、各々がしっかり独立しつつ協働できる機関は、数あるシンクタンクやコンサルティング会社の中でも稀有だと考えています。

シンクタンクとコンサルティングのシナジー

──日本総研の強みは、何でしょうか?
木下 日本総研は設立以来、公共機関と民間企業の両方が参加するプロジェクトに取り組んできました。
 それにともない、たとえば官民の共同事業スキームであるPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)およびPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)では、これまでにないインパクトの大きい大型事業にチャレンジし続けています。
 メンタリティも行動原理も違う官民双方と一緒に事業を作り上げてきた経験が、利害の違う主体を結び付けるノウハウにつながっていると思います。
 あとは、私も木下もそうなのですが、特定の分野に通じた専門人材(研究員)が中途採用で集まり、育っている点も、当社のユニークネスです。
 それぞれが専門性を研ぎ澄ませながら、互いにコラボレーションし、社内外にネットワークを広げながら協働していく。
 そういった人材が多数在籍するため、そもそも「自律協生社会」の仕組みや考え方と、相性が良いと思います。
 これまでのリサーチ力を活かして様々な政策提言を行ったり、民間企業やアカデミアの力を糾合して社会実装したりすることで、未来の社会へ確実に貢献していく。
 そうやって「自律協生社会」の構築のために、支援し舵取りできる能力を持っているのが、日本総研ならではの価値になりますし、今後より突き詰めていきたいですね。
木下 実はこうした取り組みは、そもそも『コンヴィヴィアリティのための道具』を著したイリイチから刺激を受けたわけではありませんでした。
 日本総研では、以前から地方分散型社会を意識した事業を行っていたのですが、次第にイリイチの提唱した「コンヴィヴィアリティ」を耳にするようになり、方向性がすごく似ているなと感じたんですね。
 そうして今年、当社の取り組みを再定義し、あらためて「自律協生社会の実現」と銘打って再ローンチした形です。
──なるほど。コンセプトはユニークですが、コンサルティング業界は群雄割拠の状況です。どうやってエッジを立たせていきますか?
木下 当社はシンクタンクとしては後発で、コンサルティング会社としても規模は大きくありません。
 しかし、近年は多くの企業が、経営を通してどう社会的価値を高めるかに心を砕いています。
 特に、エネルギーや医療、交通などに関する社会課題解決や、企業経営側の発想を変えていくための次世代のスキーム作りには、強い関心を持っている。
 だからこそ、経営課題と社会課題の各々の解を、同時に模索できる「自律協生」というコンセプトは我々のエッジになるはず。
 我々も正直なところ「社会課題の解決なんて、ビジネスになるのか」という思いがゼロではなかったんですが、ニーズは一層高まっていくと日に日に感じています。

「自律協生社会」をつくるための課題

──現状の課題は何でしょう。
木下 一番の課題は、生活者の方々をどう巻き込んでいくかですね。
 たとえばスマートシティやスーパーシティの取り組みを見ても、市民や国民の関心はまだあまり高くなく、自分事と捉えている人は多くないように見受けられます。
 そこで当社では、生活者を巻き込むのが得意な人たちの助けを借りるべく、2022年11月より武蔵野美術大学と提携し、同大学のデザインやアートの力を活用しながら、生活者の方々と協生する術を強化・研究していきます。
武蔵野美術大学が運営するソーシャルクリエイティブ研究所と日本総研は、自律協生社会の実現を目指し、共同研究拠点「自律協生スタジオ(英名:Convivial Design Studio/通称: コンヴィヴィ)」を、2022年11月1日、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス内に開設した。
 シンクタンクと美大のコラボレーションは、他ではあまり例がないはず。ここで得られた知見を、ぜひ企業や自治体との取り組みに展開していこうと考えています。
 生活者の方々が自分事化するには、政策や取り組みの分かりやすい説明も重要です。それは、シンクタンクとしての役割にもなります。
 情報を整理して多くの人々に提供し、共有し、「こんな課題があるからこそみんなで考えていきましょう」と、世の中に投げかけることが、とても重要だなと。
 “不都合な真実”のようなものは、なかなか政府は出しにくい部分もあると思いますが、そういったデータも含めて民間シンクタンクとして積極的に発信していきたいですね。
──生活者を巻き込むという点で、最近注目しているトピックスはありますか?
 そうですね。現在は、経済的利益だけでなく社会や環境に配慮している企業に適用される「ベネフィット・コーポレーション(B Corp)」の議論を、社内外でよく聞くようになりました。
 たとえばアメリカのパタゴニアを筆頭に、B Corpは株主に配当は行うものの、社会課題の解決を重視する株主が集まっているため、より社会に貢献できる施策を取りやすい企業体となっています。
 アメリカではそうしたB Corpが続々と出てきていて、我が国でも検討が進み日本ならではの特徴を持つB Corpが生まれることを期待しています。
 こういった企業が増えることも、ひいては自律協生社会の構築に対して、大きな力となり得る可能性が高いと感じますね。
木下 自律協生社会に関するすべての取り組みで、私たちは社内だけで完結させようとは一切考えていません。
「次世代起点でありたい未来をつくる。」というパーパスや、「自律協生社会」というスローガンに共鳴していただき、自分もちょっと加わりたいとか、一緒に研究したいと思われた方は、ぜひ積極的に意見を投げかけていただきたい。
 各々が自律しながらも、共に議論し、協生する社会をつくっていきたいですね。