2022/12/9

【直撃】パーパス浸透に近道なし。マクドナルドが「地域密着」を掲げる理由

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 企業の「パーパス(存在意義)」を基軸に置いた「パーパス経営」が注目を集めている。しかし、その言葉が日々の行動にまで落とし込めている企業は、どれだけあるだろうか。
 全国約2900店舗、約19万人のクルーを有する日本マクドナルドは、自らのパーパスを実践に移している企業の一つだ。
 2020年に「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」をパーパスとして再定義し、地域に密着した経営を続けている。
 なぜグローバルビジネスを展開するマクドナルドが、あえて「地域密着」を掲げるのか。そして、巨大な組織の隅々にまで、どのようにパーパスを浸透させているのか。
 日本マクドナルドホールディングス 代表取締役社長兼CEOの日色保氏に聞いた。
INDEX
  • パーパスを“腹落ち”させるには
  • 経営者の仕事は「パーパスを言い続ける」こと
  • フランチャイズは、地域貢献あってのビジネス
  • ボランティア活動が企業に与えてくれるもの

パーパスを“腹落ち”させるには

──「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」というパーパスを定めた背景についてお聞かせください。
日色 2020年に、それまで定めていた考え方をグローバル全体で再定義したのです。
 グローバルの人事やコミュニケーション部門でプロジェクトチームを立ち上げ、私もメンバーとして参加していました。
 以前から定めていたブランドプロミスなどをもとに、整理し直すことにしました。
 本来、パーパスはビジネスの「Why(なぜこの社会が存在すべきか)」、ミッションは「What(何をするのか)」、バリューは「How(どんなやり方で運営していくか)」を示すべきもの。
 それらを改めて明文化したのが「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」です。
 つまり「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」というパーパスは、ゼロから生まれたわけではありません。
 むしろ、以前からのマクドナルドの価値観を、より社員に浸透しやすい形に再定義しただけなのです。
 近年、どの会社も「パーパス経営」と言いますが、そもそもパーパスのない会社は存在しないはず。会社が存在するということは、パーパスも既に存在するということ。
 パーパス経営とは、これを社員にしっかりと浸透させられるような形で再定義できるかどうか、という話だと思っています。
──「グローバルで再定義した」ということは、新たなパーパスは世界共通なのでしょうか?
 はい。パーパス・ミッション・バリューは世界共通です。ただ、各国でローカライズは行われています。
 たとえば原語の英語でパーパスは“Feeding and Fostering Communities”。
 直訳すれば「食べて育てる地域社会」といったところですが、Feedには「食事を与える」「豊かにする」という2つの意味がある。
 そのニュアンスを汲み取って、日本語版には「笑顔」を加えました。
 パーパスを浸透させるには、全員が“腹落ち”する表現が欠かせません。日本語化はかなり難しかったのですが、元のフレーズのエッセンスをうまく表現できたと思っています。
──細かな表現はローカライズするとはいえ、世界共通のパーパスには、経営視点でどのようなメリットがあるのでしょうか?
 最大のメリットは、どの国で誰が運営しても、その店が「マクドナルド」であることです。これは当たり前のようで、実現するのはとても難しい。
 たとえば、マクドナルドには「てりやきマックバーガー」や「エビフィレオ」といったメニューがありますが、これは日本ならでは。
 各国が独自の食文化をメニューに反映しており、なかには宗教上の理由でビーフが食べられない国もあります。
 それでもその店が「マクドナルド」なのは、「マクドナルド」というブランドの価値観を共有して、店舗やメニューを設けているからに他なりません。
 ブランドとは、お客様との約束事。そのブランドの根幹こそが、世界共通で定められたパーパスです。
 特に我々はフランチャイズビジネスで、直営店だけでなく、運営主体もさまざま。全世界で「マクドナルド」ブランドを維持し続けるには、統一された指針が欠かせません。
日本国内だけでも、圧倒的なビジネス規模を誇るマクドナルド。国内でのブランド認知の土台をパーパスが支えているという。
 新たにパーパスを掲げてから2年ほど経ちました。
 会議の中で自然とパーパスが出てきたり、役員より現場に近いリーダーたちが、売上の追求だけでなくバリューに基づいて会話しているのを耳にしたりして「少しずつ浸透してきたな」と実感しています。

経営者の仕事は「パーパスを言い続ける」こと

──パーパス経営にシフトしたものの、「パーパスが社員に浸透しない」と悩む企業は少なくありません。社内浸透のために、心がけていることはありますか?
 経営者にとって最も大切な仕事の一つが「パーパスの浸透」だと、いつも自分に言い聞かせています。
 なぜなら、経営者が言い続けないと、誰も言わなくなってしまうから。
──つまり、会議の場などで折に触れて言及されるのでしょうか?
 そうです。ただし、単純に全員で唱和するとかいうことではありません。
 なんらかの判断を下す場面で「会社にとってプライオリティが高いものは何か」を考える際に、拠り所として立ち返るのです。
 2020年の再定義の際にも、まずは役員を集めて意図するところを説明しました。
 その上で、「自分の仕事のプロセスが新たなパーパス・ミッション・バリューに合致しているか、今一度見直してほしい」とお願いしました。
 たとえば、バリューの中に「Integrity(インテグリティ:誠実)」があります。「常に正しいことをする」という行動指針を定めたものです。
 インテグリティは、コンプライアンス(法令遵守)の前提にあたる概念です。
 それまではeラーニングを活用してコンプライアンスに取り組んできましたが、日々の取引先や広告代理店とのやりとりで「常に正しいことをする」に従えば、必然的にコンプライアンスも徹底することになる。
 つまり、インテグリティのほうが、よりパワフルに機能します
 最も大切なのは、一度見直して終わりにしないことです。そのために、何度でも経営者が言い続ける必要がある。
 パーパスの浸透に近道はありませんね。
──パーパスやミッションを掲げても、なかなか行動まで結びつかないという声も聞きます。
 経営者が、パーパスが意味する「Why」をいかに理解しているかが大切なのではないでしょうか。
 たとえば、ダイバーシティ推進に「時代の流れだから」と取り組む人がいます。それは果たして、パーパスに基づいた行動でしょうか?
 私がマクドナルドでダイバーシティ推進に取り組むのは、「強い組織を作りたいから」です。
 マクドナルドに来た当時は、経営会議メンバーの女性は社長(現会長)のサラ・カサノバだけでしたが、現在は8人中5人が女性です。
 多様なバックグランドを持った人が活躍すれば、組織は強くなります。
 そして、組織が強くなれば、お客様により良いサービスを提供できる。すべては「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」に基づいています。
 さらに、パーパスに基づいた行動は、浸透にもつながっていく。その意味でも、パーパスについて経営者が果たす役割はとても大きいと言えるでしょう。

フランチャイズは、地域貢献あってのビジネス

──マクドナルドのパーパスには「地域の皆さまに」という言葉があります。グローバルビジネスでありながら、地域貢献を掲げるのはなぜでしょうか?
 私は、企業というものは良き「企業市民(※)」でなければならないと考えています。
※「企業は利益を追求する以前に良き市民であるべき」という経営学の概念で、経団連の企業行動憲章でも提唱される。この考え方に基づき、地域でのボランティア活動や環境保護、寄付といった社会貢献に取り組む企業は少なくない。
 地域に店舗を置いてビジネスをさせていただく以上、私たちは地域の中の存在なのです。店舗で働くクルーのみなさんも、その地域の方々が中心ですから。
──今日お伺いしている中野セントラルパーク店でも、シニアの方々がクルーとして活躍されていました。まさに地域の方々が活躍されているわけですね。
 そうですね。ちなみに最高齢のクルーですと、94歳の方が働かれていますよ。
──94歳ですか!
 90歳のときに面接を受けに来たそうなんです。応募したご本人も、採用した店長もすごいですよね。
 その方は、ナイトシフトで清掃などを担当されています。先日、実際に会いにいったんですが、とてもお元気で、握手した手が力強かったですね。
 そうしたシニアをはじめ、高校生や大学生、主婦、外国人など、マクドナルドでは年代や国籍が違う人たちが同じ仲間として働いています。
 私も半年ほど店舗研修をしたのでわかるのですが、まさにダイバーシティを体現した職場で、ある種の“ファミリー感”があるんです。
 「お母さんとは口をきかない」という高校生が、同じ店で働く主婦のクルーに悩み相談をしていたりするわけです(笑)。
 パーパスにある「地域の皆さま」には、クルーも含まれています。ですから、クルーが笑顔で気持ちよく働ける環境であるのは、当然のこと。
「自分の友だちを連れてこよう」と思えない職場には、人が集まりません。人手が足りなくなれば、良いサービスが維持できなくなります。
 マクドナルドはナショナルブランドですが、だからこそ地域密着であることが何より大切なのです。
──クルーのみなさんが笑顔で気持ちよく働ける環境には、オーナーの方々の協力も欠かせませんね。
 もちろんです。そもそもフランチャイズビジネスは、地域へのコミットメントが求められる側面があります。地域内での印象が悪くなれば、ビジネスが成り立ちませんから。
 マクドナルドも約7割がフランチャイズ店舗。そのオーナーたちの地域貢献への意識は、非常に高いと感じます。
 「ドナルド・マクドナルド・ハウス(以下、DMH ※)」のためのチャリティ活動は、その一環と言えるでしょう。
※入院・通院が必要な難病の子どもたちと家族のための滞在施設。寄付や募金、地域のボランティアで成り立っている。全世界約380カ所、日本国内では公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパンが12カ所を運営。
日本では2017年からスタートした、マクドナルドの「マックハッピーデー」。当日は、ハッピーセット®を購入すると、1つにつき50円が運営元の財団へ寄付される。今年から「青いマックの日」として、全店がDMHのテーマカラーである青に染まった。
「青いマックの日」のマクドナルド南砂町店の店内。
店頭で募金活動を展開した中野セントラルパーク店のクルー。日色社長も、同店と南砂町店をハシゴして一緒に募金を呼びかけた。
 なかでも今日(※取材日)の「マックハッピーデー」は年に一度、DMHの支援としてマクドナルド全店で実施するチャリティイベントですが、その目的は支援にとどまりません。
 やはり根底には「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」というパーパスが根付いています。
 地域の皆さまのために、自分たちができることをする。企業市民である以上、それは当たり前のことだと考えています。

ボランティア活動が企業に与えてくれるもの

──日色社長は前職のジョンソン・エンド・ジョンソンでも、ボランティアに携わっていたと伺いました。
 そうですね。社内の社会貢献委員会の委員長を務めていたので、ボランティア活動には積極的に取り組んできました。
 活動先にDMHもあったんです。だから実は、マクドナルドに入社する以前からハウスの清掃に行っていましたし、マックハッピーデーにクルーの方々と一緒に風船を膨らませたりもしました。
 今年は、役員全員が全国のハウスで1日ボランティア活動を行いました。彼らはエプロンをつけて、それぞれのハウスで清掃や利用者ご家族に提供する食事作りに携わったそうです。
 感想を聞くと「すごく意義のある活動だった」と語ってくれました。DMHの存在は知っていたけれど、実際に手を動かすことからの学びにあふれていた、と。
 その後は、それぞれの部門長が自分のチームを引き連れながら、ボランティア活動を継続しています。
 リモートワークが中心になった今、リアルで集まっての作業が、チームビルディングにも良い影響を与えているようです。
──社員がボランティア活動に参加する意義を、経営者としてどう捉えていますか?
 一人ひとりに「この会社は何を大切にしているのか」という理解が深まるのではないでしょうか。
 こうした価値観は、普段の仕事では見えにくいものですが、今回の「青いマックの日(マックハッピーデー)」に協力してくれたクルーのみなさんは、改めてマクドナルドのパーパスに触れる機会にもなったと思うのです。
 支援を必要としている人に対して、何か自分たちにできることはないかと考える。募金箱を用意して、店先を飾って、声をかける。すると、募金してくれる人たちがたくさん集まってくれる。
「地域の笑顔に、自分たちが貢献している」と感じることで、パーパスの理解が深まりますし、会社へのエンゲージメントも高まるでしょう。
 もちろん、それらを目的に活動しているわけではありませんが、支援を必要とする人にも私たちにも、ボランティア活動は多くのベネフィットを与えてくれるものだと思っています。
──マクドナルドの活動一つ一つが、パーパスに基づいているのですね。
 とはいえ、まだまだチャレンジすべきことは山積みです。
 たとえば、再生可能エネルギーの問題。環境問題に対する意識が高いヨーロッパなどに比べて、日本はまだ化石燃料への依存度が高い。
 私たちも環境対策としてはプラごみ削減などを推し進めていますが、マクドナルドとして取り組めることは限られます。
 それでもやはり、目指す方向は「インテグリティ」。正しいことならば、やり遂げなければなりません。
 今すぐにはできないとしても、何年かけてたどり着くのか。そのロードマップを描くのです
 時間をかけてでも、パーパスの実現に向けてやるべきことをやるのが、経営者の仕事。そこに近道などありません。