2022/12/15

【実例】SDGs、スマート化、人材育成まで。「データエコシステム」にかけるインテルの本気

NewsPicks for Kids編集長/NewsPicks Studios
 DXの推進にコロナ禍が加わったことで、ビジネスや消費活動の多くが一気にオンラインへと移行した。
 それに伴い世界に流通するデータ量は倍増し、ビッグデータの時代が本格的に到来している。
 半導体メーカーのインテルは、あらゆるデータを大量に、高速に演算処理する製品で世界をリードしてきたが、同社は今、メーカーとしてのソリューション提供を超えて「データ利活用のエコシステム化」を実現しようと考えている。
 第1回では、インテルが作ろうとしている「データエコシステム」とは何か、その先に描く豊かな社会のあり方について話を聞いた。
 では実際に、インテルが手がける「データエコシステム」はどのように芽吹き、どのように課題を解決しながら、広く展開しようとしているのか。
 第2回では、具体的な事例をもとに、社会実装への過程を紐解いていく。

大切なのは「ビジネス」であること

──第1回では、データの利活用やエコシステムの重要性と課題、そして一つ一つ事例を作っていくことがいま最も重要であると伺いました。具体的には、どのようなケースがあるのでしょうか。
大野 産業廃棄物の処理事業を行う石坂産業の事例が、一つのモデルになるのではないかと考えています。
 実は産業廃棄物の処理の大部分は人力で行われていて、外から運び入れるとき、どういったものが入っているのかを目視でチェックされていたんです。「これは木材ですね」とか「これは鉄ゴミですね」と。
 廃棄物の中に有害物質が潜んでいる場合もあるので危険な作業ですし、何より人力で時間がかかるので、毎朝、処理場にトラックの行列ができていたと伺っています。
 そういった背景から、従業員の安全を守りたい、テクノロジーを用いた作業の効率や正確性を上げたいということで、石坂産業、インテル、そしてICTやローカル5Gを手がけるNECという異業種間連携によるスマートプラント化の実証実験が始まりました。
大野 誠(おおの まこと) インテル株式会社 執行役員 新規事業推進本部 本部長 兼 経営戦略室 室長。1998年三菱電機株式会社入社。半導体事業に従事。2000年インテル株式会社入社。営業本部、iA64共同開発プロジェクトマネージャー、マーケティングマネージャー、OEM営業部長を歴任。2014年より執行役員、第2営業本部長、IOT&Computer営業本部長、インテルコーポレーションオートモーティブセールスグループ アジアセールスディレクター、新規事業推進本部長 兼 経営戦略室長を担当(現職)。
島田 簡単に説明すると、カメラ、センサ、産業用パソコン、通信機器などのデジタル技術を導入することで、廃棄物をソーティングする際に重機を遠隔操作できるようにしました。
 これにより、より安全な労働環境と省人化の実現に現在取り組んでいるんです。
 産業廃棄物の量は一向に減らない一方で、働く人は右肩下がりで減少しています。事業の継続性という視点でも、省人化は極めて喫緊の課題だと考えています。
島田晋作(しまだ しんさく) インテル株式会社 新規事業推進本部 公共・スマートシティ事業推進部 統括部長。2002年イビデン株式会社に入社、パッケージ事業に従事。2005年インテル株式会社入社。営業本部(PCメーカー担当)、OEM営業課長(サーバー・組込IOTメーカー担当)、同営業部長、新規事業推進本部 公共・スマートシティ事業推進部長を経て、現職。
──リサイクル事業のDXは、SDGsが叫ばれるいまの時代、重要ですね。この事例では異業種間連携が行われたとのことですが、どのように進めていったのでしょうか。
大野 まずは石坂産業としてどのような課題があるかを知るために、実際に工場に足を運び、現場のことをいろいろと教えていただきました。
 次に、テクノロジーで解決できるものとそうではないものがあるので、課題を分けて整理します。どの部分を変えると、どういった成果が得られるのかを議論して、実証実験フェーズに入っていきました。
 石坂産業の代表取締役・石坂典子さんは、もともと循環型経済やごみ削減問題に対する意識が非常に強い方です。さまざまな企業努力を行っていて、業界でも飛び抜けて高い98%の減量化・リサイクル率を誇っています。
 今後の事業成長と同時に、従業員の安全確保にも本気で向き合っていて、我々も感銘を受け、一緒に取り組むことが決まりました。
 テクノロジーで解決できて、かつ、課題がクリティカルであること。加えて、内部に意志を持つ方がいたことが、こういった取り組み事例につながったと考えています。
(インテル資料を基にNewsPicks作成)
──強い意志を持つ人がいないと始まらないと。
大野 はい。最後は人だと思いますね。協働するには、なかなか骨の折れる作業も多い中で、熱意のある方々がいるからこそ、協力体制を組むことができています。
 さまざまな業界、企業、自治体と対話をしてきましたが、やはり技術だけがあっても社会実装は難しい。そう強く感じています。
──特に産業廃棄物処理における人材不足は深刻だと聞きますが、こういった課題は他業界でも今後出てきますよね。
島田 必ずしも珍しい事例ではないと考えています。特に人材不足については、多くの業界が同様の課題を抱えています。
 実はテクノロジー関連のさまざまな展示会やセミナーで、この石坂産業の事例が紹介されていて、他の企業さまからの引き合いも多いです。
 SDGsに関連するスマート化に取り組みたいと考えている人は多くても、実はまだまだ事例が少ないのですね。
──このように社会的意義が大きなユースケースが生まれると、データの利活用がより進みそうです。
大野 一方で、これが「社会のため」だけでとどまっていてはダメなのだろうとも感じています。
 というのも「この事例はCSR活動の一環でやっています」などと紹介すると、「ごく一部の余裕のある企業ができる社会貢献活動」のように映ってしまうと思うのです。
 それはそれで素晴らしいことですが、しっかりとビジネス価値を生み出し、明確なメリットを生み出すことでこそ、より実装スピードが上がるし、ひいては社会のためにもなると考えています。
 社会のためになることはもちろんですが、その前にビジネスであれというのが、私たちの基本姿勢です。
 リサイクル率の向上や業務効率化、コストの削減、収益の増加など、わかりやすい結果をいかに出していけるか。
 直近では、石坂産業に加え、千葉市動物公園との協業でもいい事例を作ることができています。

起点になるのは「意志ある議論」

──動物園でのデータ活用ですか。どのような経緯で協業されることになったのでしょうか。
島田 園長さんがもともとインテルとお付き合いのあった方で、日頃から連絡を取り合っていたんです。
 かねてから「動物園を改革しなければいけない」というマインドを持っておいでで、実際に園長に就任してみると、来園者データが限られていて、ほとんどアナログなプロセスで運営されていた。
 職員の経験と勘で、マーケティングの施策やイベントが決められていたのだそうです。
大野 市から収支改善を求められるような状況で「デジタルを活用した仕組みで、現状を改善できないか」と考え、私たちインテルにお声がけをいただきました。
 まず始めたのは、来園者データの収集です。
 AIとIoTのソリューションを手がけるシステムインテグレーターのNSWと連携し、入り口やレストラン、駐車場入り口にあるカメラから映像を集めます。
 AIで来園者の人数と属性データ(年齢と性別)、来園車両の台数を判定し、そのデータを分析して、集客施策や適切な人員配置を検討していきました。
(インテル資料を基にNewsPicks作成)
島田 以前は、データと呼べるものが「入園チケットのもぎり数」、つまり入園者数しかありませんでした。
 何人出ていったかは追いかけていなかったので、特にコロナ以降、どれだけ園内が密なのかも分からない状態だったのです。
 感染防止対策をするといっても、どこで密が生まれているかを理解しないと、実行は難しいですよね。
 現在はカメラとAIで入場者数と出場者数を計算して、園内に滞在している数をリアルタイムに可視化することができているので、ソーシャルディスタンスの設計も容易になりました。
──来園者から「自分の顔などが映っているデータは、プライバシーの面で収集されたくない」という抵抗感はないのでしょうか。
島田 そこには、技術面と運用面の両軸で対応しています。
 技術面では、カメラに映る顔のデータが、それらを分析するクラウドにそのままの状態で転送・保存されないようにしています。
 パソコン端末のほうで、顔の映像をもとに性別や年代の属性データをAIが抽出し、そういった必要な判定結果のみがクラウドに送られ、分析されるという方法をとっています。
 端末内の元データは保存されないため、外に漏れるリスクはかなり低く抑えられています。
 運用面では、それでもデータを取られたくない方のために、別途「顔が映らない入場レーン」を新設して対応しました。
大野 現在の実証では来園者の人数を検知しており、千葉市動物公園では、収集したデータを基に分析した時間帯別の混雑状況や当日中と1週間先の混雑予測を、来園者に対してもHP上で開示しています。
 これこそが、まさに「データの民主化」です。
 千葉市からは、市民へのサービスレベルの向上につながる取り組みと認めていただき、千葉市のスマートシティ実証補助事業プロジェクトの第1弾にも選出されました。
 近い将来、市が他の施設で大きなイベントをやりたいときに、データを分析して、来場者などをシミュレーションすることができるようになるかもしれません。
 たくさんの人が集まったときに、周辺の交通状況はどうなるのか、どのように警備を配置するのが最適なのか。シミュレーションをベースに効果的な施策が打てるようになっていくと思います。
──マーケティングのみならず、さまざまな課題解決にもつながっていくのですね。
大野 特に千葉県のような観光地が多い地域では、どうしても交通渋滞の問題がついて回ります。それらが解消され、来てくれる人がもっと増えれば、地域全体の活性化、収益の増加にもつながりますよね。
 1つの事例から、ゆくゆくはスマートシティとして地域のインフラに広く貢献することで、住んでいる方や訪れる人へのメリットを生むことができれば、それこそが「データエコシステム」になると言えます。
──そして石坂産業の社長同様、最初の起点になっているのは、千葉市動物公園の園長さんのような強い意志を持つ人だと。
大野 おっしゃる通りです。最近ではデジタル、AI、メタバースと言われていますが、その裏側で動いているのは非常にアナログな人間ドラマです(笑)。
 自治体や学校へお話しするときは、特に「あらゆるデータを取られてしまうのではないか」と警戒されることも少なくありません。
 ただ「データの力で課題を解決したい」という思いを持っていらっしゃる人は、どの業界、現場にも非常に多い。
 そこに私たちが伺って際に話す機会を持ち、粘り強くお互いを理解することが大切だと痛感しています。
島田 香川県三豊市と「みとよAI社会推進機構(MAiZM)」とはデジタル人材育成で連携しているのですが、そのDX研修の中で行ったグループディスカッションは、非常に手応えがあるものでした。
 地域企業の方や市の職員、議員、高等専門学校の学生まで、さまざまなカテゴリーの方が約60人も研修に集まってくださって、多様性に富んだグループで三豊市の課題を議論したんです。
 そこで見えてきた課題をどう解決できるか?と考える段階で、ある参加者の方に「千葉市動物公園の事例のように、三豊市を訪れる人たちの属性を分析することで、観光施策を考えることができますよね」と話していくと、すぐ納得していただけました。
 意志ある議論が行われて、そこにインテルからデータの利活用と企業様のソリューションをご提案する。私たちとしても、非常に学びがありました。
大野 これまでインテルが取り組んできた事例で、データ利活用が価値を発揮してきたことが分かると、「では、私たちはどう進めましょうか」と一気に前進するんですね。
 そのように、1つの事例が次の事例へと広がるのも、大切な「エコシステム」のあり方だと考えています。

データ×教育×地方創生の「三豊市モデル」

──三豊市で行われているデジタル人材育成は、どのような取り組みなのでしょうか。
島田 今年、私たちが発表した小中高・高等教育・社会人・自治体職員それぞれのステージに合わせた「インテル・デジタルラボ構想」に基づいたものです。
 例えばDXラボでは、三豊市職員や地元企業の方へのDXやデータ利活用を理解し実践する研修を提供しており、AIラボでは同市内にある香川高等専門学校で、インテルのAI教材を活用したワークショップの開催を企画しています。
 ほかにも、STEAM教育を実践する「STEAMラボ」や、「インテル® Teach Program」という教員研修プログラムの実施も検討しています。
 子どもたちが学ぶための教材ではなく、その子どもたちを教える先生方の課題解決型授業(PBL)の設計を支援するプログラムです。
──教育環境におけるデジタルの存在感はここ数年で大きくなっています。その変化の中で、また新しい課題も見えてきているのですね。
大野 GIGAスクール構想で、生徒1人につき1台の学習用PCやタブレットが提供されていますが、それだけで十分とは言えません。
 特にデジタル領域での地域間の教育格差は大きいと感じています。
 大都市ではそれほど大きな問題なく、1人1台に沿った教育が行われていると思いますが、地域によっては、配られたPCやタブレットを先生方がうまく活用できていません。
 そういった現状に対して、三豊市を自治体DXの成功モデルにしようと、取り組みを行っています。
 三豊市の場合は、山下昭史市長みずから「デジタル化・DXの社会実装を実現すべく、学生から社会人まで、一気通貫でデジタル人材を育成できるプログラムを考えていきたい」という強い思いをお持ちです。
 香川高専にはAIを勉強している学生がたくさん在籍しているので、DX研修で自治体や地域の方からあがった課題に彼らの知識をうまく実装し、解決に生かす方法がないかとディスカッションしているところです。
──学びと地域課題がしっかりと接続されているんですね。
大野 インテルは一貫して「データエコシステム作り」を目指しています。
 ですから、デジタル人材育成においても、ツールをお渡しして「あとはみなさんで頑張ってください」とハンズオフにするのではなく、地域課題を深く理解し、データ利活用を社会実装するところまで伴走しています。
島田 課題を特定し、そのためのデジタル技術を特定して、いかにビジネスや社会に反映していくか。これらが揃わないと、サステナブルな仕組みにはなっていきません。
 そういった意味で、市の職員や学生にとどまらず、地域のビジネスを担う事業者の方々も巻き込むことができたのは、三豊市の事例が持つ新しい価値の一つだと思います。
──デジタルリテラシーの高い人材を学校で育てるだけではなく、地域ビジネスへの還元まで行える座組みを作ってしまうと。
大野 それもまさにエコシステムですよね。国内だけでも三豊市のモデルを生かせる地域は、ほかにたくさんあると考えています。
 強い問題意識があり、データ利活用による変革の可能性もある自治体。けれど、きっかけがないために、なかなか変わることができない。特に地方ですと、その時点で止まってしまいがちです。
 三豊市を成功モデルにすることで「私たちもやりたいです」という人たちを増やしていけたら、と考えています。
(インテル資料を基にNewsPicks作成)
──事例がないと始まらないし、事例だけでも完結しない。行政の手が届きづらい具体的な課題からデータ利活用を促進していくために、意志ある人を繋いでいるのですね。
大野 三豊市は人口約6万人の市です。小さいからこそスピード感をもってできることもありますし、このモデルを転用できる地域も少なくないはずです。
 もちろん、三豊市モデルを全国展開していくには、国であったりデジタル庁など各省庁の方々のご支援が不可欠です。
 インテルができるのは、こういった事例を一つでも多く生み出すことですから、成功モデルを持ってこれからも業界問わずチャレンジを推進し、エコシステム作りを行っていきます。
* * *
 ビジネス、社会のあらゆる面がデジタル化されていくといっても、そこにアナログな「実装への強い思い」がなければ、真の意味でのデータ利活用は進んでいかない。
 一つ一つの事例に「社会を豊かにする仕組みにならなければ意味がない」とする哲学が通底し、そこから得た学びを次の事例に生かすことで、インテルは「データエコシステム」の実現にひた走る。
 次回は、IoT化が進む現代において、生活者の日常や安全がいかにインテルのソリューションに守られているかを取り上げる。
 私たちの身の回りにまで「データエコシステム」が浸透しつつあることが分かるはずだ。
*第3回に続きます