“教員不足解消目指し 来春めどに政府に提言” 自民 萩生田氏
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注目のコメント
教員を聖職ではなく、労働者性をを認めることが重要です。
何でも「子どものため」というマジックワードで無限増殖した学校の役割を、学校が提供するべき役割に絞っていくことが必要です。このためには、学校や教育委員会だけを対象とする閉じた議論ではなく、自治体や地域を巻き込んだ議論を展開しなければならず、地域や保護者からの過剰期待にも踏み込まなければなりません。だからこそ、価値判断を示す政治の役割には期待したいところですが……。部活、生徒指導、教材研究、板書発問計画、テストの丸つけ、成績評価(定量はほぼ毎日、定性も随時)、、
教員は概ね、中小企業の少数精鋭部隊のプレイングマネージャーの幹部の如く働いてます(ました。)。今も帰りが夜遅くなるが、教員時代は帰りの車の中で居眠り運転しそうで、コンビニでよく寝てから帰ってました。
具体的にどんな業務や指導をどのように改善していくのか、具体的に出てきてから、少しずつ変化していくのでしょう。私が教員から転職して10年以上経ちますが、この話は私が教員時代の時からしていると感じます。採用1年目も30年目も持ち駒同じ、担任もありうる、部活も顧問を持たされることもある。一般企業では普通有り得ない。そりゃあ若者は帰りも遅くなる。
行政的には、クラスの生徒数上限など厳密に決められており、学校の自由度がないので若い教員への業務軽減はごくわずか。しかも教諭も管理職も面倒事を「若いから」と新任に任せがち。
社会的経済的には今後人口減少と税収の現象が避けられなく、人員の増強は長期的には問題になる可能性もある。
長期的には政府は外交や国防など最低限の仕事にスリム化すべきであり、その過程として教育に関する様々な要件を緩和すべき。
教育の主体を広域自治体に移管し、自治体内で統廃合を促す。
政治は誰もやりたがらないが、行政は自分の権限を失うことを自らは絶対に行わない。このまま彼らに任せておくだけだと無駄な金食い役所になる。
政治の出番だと思う。
さて萩生田氏にそこまでの覚悟があるのか。