2022/11/19

人生を見つめ直すきっかけに。五島のもつ「強烈な魅力」の正体

NewsPicks+dデスク
日本各地で広がりを見せる「ワーケーション」。なかでも、独自のプログラムと高い参加者満足度で注目を集めている企画に、長崎県・五島列島で出会いました。熱意に基づく運営、主催する地方自治体のねらい、移住に向けた取り組みについて、全4回にわたって紹介します。第1回はアイデアに満ちた運営を通して見えた、ワーケーションの新たな価値について。(全4回)
INDEX
  • 「余白を楽しむ」ワーケーション
  • Slackを使った事前コミュニケーション
  • 相部屋で生まれる参加者の「つながり」
  • 五島列島で得られる「余白」の再評価
  • 豊かで革新的な、五島列島の魅力
  • 「強烈な体験」が、生き方を見直すきっかけに

「余白を楽しむ」ワーケーション

長崎県西部に位置し、大小152の島々からなる長崎県・五島列島。コバルトブルーの海や白砂のビーチといった景観の美しさに加え、2018年に世界遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に関わりが深いことから、近年人気が高まっています。
そんな五島列島の福江島で、2022年6月28日〜7月11日、五島市が主催するワーケーションイベント「余白と戯れるワーケーション GWC2022 SUMMER」が開催されました。コロナ禍を経た2年ぶり3回目の「五島列島ワーケーションチャレンジ」の一環で、募集期間は2週間ほどでしたが、限定50名の募集を大きく上回る数の応募があり、最終的に56名が参加しました。
提供写真
運営したのは、「一般社団法人みつめる旅」。2019年に行われたワーケーションの実証実験をきっかけに五島列島に魅せられた、首都圏で暮らす4人のメンバーが設立した社団法人です。五島列島関連のリーダーシップ研修事業・ワーケーション事業のほか、地方創生における関係人口創出プロジェクトに関わっています。
今回取材した「みつめる旅」代表理事の一人である遠藤まめこさん。関東在住で、本業はフリーランスの広報PR。共同代表の鈴木円香さんも編集者兼プランナー、その他のメンバーもIT企業社員、経営コンサルタントなどを本業とし、全員副業で関わっているのが特徴。出身地も現居住地も五島列島以外

Slackを使った事前コミュニケーション

「五島列島ワーケーションチャレンジ」の特徴のひとつが、2回にわたり行われる事前ガイダンスです。1回目は現場での取り組みやイベント、注意事項など、事務手続きも含めた全体的な説明を目的としたもの。2回目は参加者同士の来島前の交流を主な目的とし、滞在グループごとに行われます。念入りな事前のコミュニケーションを通して、現地で会うときに円滑にできるようにしています。
こういった主催側と参加者、また参加者同士のやりとりは、すべてSlackを通して行われます。運営サイドとのやりとりが円滑なだけでなく、自己紹介スレッドを通して、参加者同士の横のつながりを作りやすくすることも意識しています。
事前ガイダンスが2回ともなると、「予約したらあとは行くだけ」というわけにはいかず、ハードルの高いイベントという印象も与えかねません。ですが、これが参加者の満足度を上げることに一役買っていると、主催者である五島市役所の担当・地域振興部の松野尾祐二さんは話します。
「きれいな景色やご飯のおいしいところでワーケーションをするだけだったら、どこでもできると思うんです。わざわざ五島に来るのには費用もかかるし、時間もかかる。大変な思いをして来ていただくのだから、五島を好きになってほしいし、せっかくですからみんなで仲良くなってほしいんですよね。こういったひと手間、ふた手間をかけて、「それでも」といった方々に来てもらいたいというのでやっています」(松野尾さん)

相部屋で生まれる参加者の「つながり」

「五島列島ワーケーションチャレンジ」では、最初の3日間はビーチ沿いにあるキャンプ場のバンガローに相部屋で滞在するという条件があります。
五島の環境になじむまでの最初の期間、男女別の相部屋で共同生活を強制的にする。それにより参加者同士が自発的に助け合い、仲良くなると、前述の松野尾さん同様、運営の遠藤さんも話します。
宿泊地である「さんさん富江キャンプ村」のバンガロー
「会ったその日から化粧も落として、『おはようございます、今日は何を食べましょうか』なんてコミュニケーション、普通ではなかなかないですよね。そういった共同作業が自然と生まれるプログラムに、あえてしています。
この時にできたつながりが参加後も残っていて、バンガローの名前にちなんだチーム名をつけて、今でも飲み会をしたりしている、なんて話をよく聞くんですよ」(遠藤さん)
朝には地元のおいしいコーヒー店の店主がコーヒーを淹れてくれたり、夜にはバーベキューがあったりと、参加者同士の交流が自然と生まれる環境になっています。バンガローのあるキャンプ場が市街地から少し離れていることもあり、車をシェアすることで自然と助け合いの精神も生まれているといいます。
「ネットワーキングという言葉ではもったいないくらいの濃密な横のつながりが持てることが、ワーケーションの価値のひとつ」と話す遠藤さん。
遠藤さんは、運営側のメンバーや参加者にあだ名をつけるそうです。「あだ名で呼ぶと、出身地も肩書きも関係なくなるんです」と笑います。

五島列島で得られる「余白」の再評価

今回のワーケーションイベントに冠された「余白と戯れる」というコンセプト。このキャッチコピーが生まれた背景には、コロナ禍でリモートワークがしやすくなったという環境の変化があります。
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ワーケーションしやすくなったということは、全国に競合が増えているということでもあります。五島列島に来るには費用も時間もかかるから、それだけの価値を感じてもらうには「ここに来たら何を得るか」という設計が必要です。
そこで「見つめる旅」は、リモートワークの意外な落とし穴に注目しました。それは「失われた無駄話」です。
「リモートワークによってタスクも消化しやすくなったけれども、一方で『無駄話をする時間がない、アジェンダのない時間を過ごしにくくなった』という声も多く聞かれるようになりました。
無駄とされていたことや時間から得る心のエナジーみたいなものって、非常に大きかったんじゃないかと。効率的になった、生産性が上がったとは言うけれど、それで果たして幸せかと言うと、首を傾げてしまう人が多いわけですよね。
ダラダラ話す、ただ過ごす、そんな非効率のよさは、まさに五島にきて得られる価値のひとつです」(遠藤さん)
このことが五島でのワーケーションに新たな価値を生み出し、「余白と戯れる」というコンセプトの軸となりました。
五島列島でワーケーションを経験した方は皆、口を揃えて「楽しくて仕事ができない」と言います。そのため最初の3日間は効率が落ちることが多いそうですが、それは想定範囲内だといいます。
「やはり日常のフォーマットやルーティンにクラック(亀裂)が入ると、どうしても負荷がかかるんですね。でも、それを上回る強烈な面白さを、皆さん体験されています。これこそが五島でしか体験できない『余白』だと捉えました」(遠藤さん)
生産性に追われている忙しい人ほど、この余白に対して魅力を感じる傾向があります。そのため、4泊5日のおためしコースで大人1名12万6500円(羽田発)と決して安価ではない今回の試みにおいて、ある程度ビジネスリテラシーが高く生産性を求めている人が集まるという、ターゲットとも合致する結果につながっています。

豊かで革新的な、五島列島の魅力

街の中心部にあるワークスペースはwifi完備で個室もあって、コーヒーも飲める、東京と同じ環境が用意されています。「どこでも仕事できるな、というのは確信しました」(柿野さん)
今回が初めてのワーケーション体験という参加者のひとり、東京都在住の柿野拓さん。出張経費精算クラウド企業のマーケティング統括を務めています。
ワーケーションに参加してみたいという思いはありつつも「忙しかったり、家族への説明やチームからの見え方が引っかかって、役職者になるほどやりにくい」という理由でこれまで未体験でしたが、縁あって参加することになりました。
感想の第一声は「とってもよかった」。「想定外のことが多かった」と話します。
「企業が期待している若手のホープや海外に拠点を持って生活している人など、いろんな仕事やキャリアの参加者が多かった。その人たちとのコミュニケーションがとてもよかったです。
東京でのインプットに疲れた人が来るというイメージもあったので、実際そういう人もいるんですけど、僕みたいに考えている人が多いのが意外でした」
一方、コスト面については評価が分かれるのではないかとも感じています。
カツオを獲りに海へ向かう柿野さん=提供写真
「海辺でPCを開いてゆったり仕事、みたいな過ごし方を想像していたんですが、そんな余裕はなくて。めいっぱい観光して、ちゃんと仕事してっていうのを、凝縮した期間のなかでやらなきゃいけないので、とにかく忙しいんです。
その一方で頭のスイッチはやはりバケーションに寄っちゃうので、東京の緊迫感に寄り添いきれないところが出てきます。環境に左右される自分には、そこは課題かなと思いました。
遊びではなくあくまで仕事に行くわけで、とはいえ会社から補助が出るわけでもない。同じ投資でバケーションに使える部分は半分なので、それを投資対効果としてどう見るかですよね。僕みたいに五島にはイノベーションのコンテクストがあるからいいと思う人と、やっぱり休んで沖縄に行ったほうがいいと感じる人、両方あると思います」(柿野さん)
次回も機会があれば、ぜひ参加したいと思っているそうです。「次に参加するとしたら、家族や職場の人を連れていくといいかな、と思っています」
「五島列島は雲がよく出るんです。「天空の城ラピュタ」の美術監督・山本二三さんが五島列島出身なんですが、まさに映画の竜の巣のような感じ。飛行機は予定通り着陸できないと言われることがよくあります(笑)」(柿野さん)

「強烈な体験」が、生き方を見直すきっかけに

五島列島での体験をきっかけに「人生が変わった」という人は多く、会社員をやめてフリーランスになったり、都心以外でも働けることに確信を得て、五島ではなく別の県に移住したという人もいます。
そこまで劇的に変化しなくても、ワーケーションから日常に戻ると、これまでと違う「あれ?」という感覚になると、参加者は口を揃えて話します。
「それが、じゃあなんで五島なの? と聞かれると、みんなうまく言えないのが面白い現象です」と、遠藤さんは話します。
「集まるたびにその話題になるんです。海とか山とか大自然、みたいに、コンテンツを言語にしてしまうと、だったら伊豆でいいじゃん、沖縄とは何が違うの? という話になってしまう。五島列島の魅力は来ないと分からないところになってしまうんですね。
最近は、どうしても言語化できない、その強烈な魅力が価値なのではないかという話をしています」
「みつめる旅」は、2021年10月に「どこでもオフィスの時代〜人生の質が劇的に上がるワーケーション超入門」(日本経済新聞出版刊)という本を上梓しています。この本においてワーケーションは、単に場所を移して働くことではなく、「自分の人生の主導権を取り戻すこと、その気づきを得るきっかけ」として書かれています。
「どこでもオフィスの時代〜人生の質が劇的に上がるワーケーション超入門」
一般社団法人みつめる旅/著(日本経済新聞出版)
目の前に大自然や絶景があったり、緩やかな時間が流れていたりすると、ひとは自分の考え方や生き方、働き方をどうしても対比して考えてしまいます。そのなかで、自分が何をやりたかったのか、何が幸せなのかを再定義する。これは自分を異化する、メタ認知する感覚に近いのだそうです。
この現象は、旅行よりワーケーションのほうが起こりやすい傾向があるといいます。旅行だと日常から「逃避する」という要素が大きい。でもワーケーションだと、1日のうちに日常と非日常が混在することで、そのコントラストを認識しやすいのです。
頑張ってきた日常やキャリアを俯瞰するため、「一歩引く」環境設定をつくること。これこそがワーケーションの役割であり、醍醐味であると、「みつめる旅」は考えています。
「「見つめる旅」は一般社団法人。正直、収益化できてないんです。五島やホテル、飲食店にお金が落ちてればいいという感じですし、その意味でサステナビリティはないかもしれないんですけど、「文化祭みたいだね」って言いながらやっています」(遠藤さん)
次回は、五島列島ワーケーション特有の、参加者と地元をつなぐ存在である「コネクター」についてご紹介します。
Vol.2に続く