2022/11/24

Zoom創業者、壮絶ハードシングスの先に見た「未来」とは

 2020年以降急速に普及したリモートワークを牽引し、キラーアプリケーションとなった「Zoom」。ビデオコミュニケーションツールからスタートした同サービスは、さまざまなディベロッパーや企業と連携し、ひとつのコミュニケーションプラットフォームを構築しようとしている。
 Zoomはいかにして誕生し、今に至り、どんな未来を見据えるのか。創業者兼最高経営責任者のエリック・ユアン氏から日本のビジネスパーソンへの、熱のこもったメッセージ。
INDEX
  • 会社と自分、どちらを信じる?
  • ハードシングスの乗り越え方
  • プロダクトがマーケットをつくる
  • コミュニケーションの“One Platform”へ
  • 起業家精神で世界は変わる

会社と自分、どちらを信じる?

──エリックさんは、キャリアの最初からビデオコミュニケーションに携わっていたんですね。
エリック・ユアン はい。きっかけのひとつは、日本で働いていた1995年に東京で聞いたビル・ゲイツ氏の講演でした。
 インターネットの情報ハイウェイが世界を変えると確信し、1997年に渡米して創業間もないWebex社にエンジニアとして入社しました。そこでビデオ会議システムの開発に携わったことが、私のキャリアのスタートです。
 2007年に、シスコシステムズが同社を買収してからも、エンジニアリング部門のバイスプレジデントとしてソフトウェア開発をリードしました。しかし、事業は成長しましたが、この頃の私は必ずしもハッピーではありませんでした。
 当時、携帯電話やモバイル端末によるビデオコミュニケーションの需要が高まっていましたが、Webexは対応していませんでした。通信環境や参加人数によって音声が途切れたり、映像が乱れたりする。そういったお客さまの不満がたくさん耳に入っていました。
当日のセッションは、Zoomを使って行われた。
 不満を解消するには、新しいアーキテクチャが必要でした。私は社内に改善を訴えましたが、答えは「そのポイントはズレている」「携帯電話でのビデオカンファレンスに将来はない」というものでした。
 そこで、頑固な私は考えました。「どうすれば、彼らが間違っていることを証明できるか」と。
 私は毎日お客さまと話をしていて、私たちのサービスを使ってくれる彼らがハッピーではないことを知っていました。彼らをハッピーにするために、なにをやればいいかもわかっていました。
 それならば、自分が信じることをやればいい。私はユーザーを幸せにするサービスをつくるために、Zoomを創業したんです。

ハードシングスの乗り越え方

──当時、すでにビデオコミュニケーションのマーケットには多くの競合がいましたよね。
 ええ。ベンチャーキャピタルにも同じことを言われました。「このマーケットに、新規参入する余地はない」「君がなにか別のことをするなら、投資に見合うかチェックしてあげるよ」って。
 本当に、私は頑固だったと思いますね(笑)。ほとんどの人は賛成してくれなかったけれど、私には大きなチャンスが見えていたからです。
 最初の数年はとても苦労しましたが、自分の正しさを証明しようと、とにかく一所懸命に働きました。
──2019年にはNASDAQに上場し、新型コロナウイルスのパンデミックを経てZoomは急成長を遂げました。当時、環境の変化をどのように感じていらっしゃいましたか。
 本当に大変で、チャレンジングな日々でした(笑)。毎日、早朝から1日20件のZoomミーティングをこなしていましたが、パンデミックから数週間もすると、それが300件にもなりました。
 Zoomの需要は増え続け、日本、インド、南米、ヨーロッパなど、世界中のお客さまへのサポート体制を整えることで頭がいっぱいでした。2日も3日も眠れないことがありました。私のキャリアのなかで、もっともハードな時期だったと思います。
 一方で、今が世界に貢献するチャンスだとも感じていました。あらゆる人がZoomを使ってくれている。人々がつながり続けることを、自分たちがサポートできる。そのことが、本当にうれしかったんです。
 大変な時期でしたが、自分の仕事に誇りを持っていました。
ジェットコースターのような日々をほがらかに語るユアン氏。
──Zoomが世界にインパクトを与えていると感じた瞬間は?
 まずひとつ目は、2020年の3月上旬。私の娘がこう聞いてきたんです。
「お父さん、どうやってZoomの授業のなかで手を挙げたらいいの?」
 当時シリコンバレーの学校は一斉休校していたのですが、そこで本当にZoomが使われているという実感を得ました。
 そして同時期のニューヨーク。Zoomのプラットフォームを使って結婚式が行われていると聞きました。
 Zoomはもともと法人向けにつくられたサービスです。それが、私たちも想定していなかったような、たくさんの新しいユースケースを生み出した。学校でも使えるし、離ればなれの家族が集まることもある。高校の同窓会だってできる。
 これらはすべて、ユーザーの皆さんが考案した使い方です。これはすごいことだと、本当にワクワクしました。

プロダクトがマーケットをつくる

──たくさんの企業が顧客視点でプロダクトをつくろうと考えていますが、すべてがうまくいくわけではありません。Zoomはなぜ成功したんでしょうか。
 とてもいい質問ですね。最初の5年間、私たちは意図的にマーケティングチームをつくりませんでした。
 その代わり、製品を開発する自分たち自身が、直接お客さまの声を聞くことにしました。自分たちの製品がちゃんと機能するのかだけを見て、エクスペリエンスの改善に集中したんです。
 幸い、Zoomは法人の顧客から、たくさんの改善要望やフィードバックを受け取っていました。でも、お客さまが希望する機能をすべて製品に盛り込むことはできません。優先順位をつける必要があります。
 そこで私たちは、一歩引いて考えました。知りたいのは「どんな機能が欲しいか」ではなく「なぜ、その機能が欲しいのか」でした。
うなずきながらメモを取る聴講者とインタビュアー。
 お客さまが3人いれば、3種類のフィードバックがあります。求める機能もそれぞれに違う。しかし、解決したい課題に目を向ければ、本質的な問題はひとつだけだったりします。
 私たちは、数々の改善要望から、なにがお客さまの「ペインポイント」なのかを分析したんです。
──お客さまの声をそのまま聞くだけでもいけないんですね。
 それが、大事なポイントです。その分析が正しいかどうかは、お客さまが教えてくれます。製品が本当によいものであれば、お客さまは誰かとのコミュニケーションに使ってくれる。
 その体験がクチコミで広がり、お客さまが周囲の皆さんにZoomを紹介してくれるようになってから初めてマーケティングチームをつくりました。
 それまで製品にかかりきりだった私も市場開拓にシフトし、Zoomをより広く使ってもらうためのストーリーを語るようになりました。
 今はまた、製品中心に戻っています。Zoomが新しい機能を加えるフェーズを迎えたからです。

コミュニケーションの“One Platform”へ

──Zoomは非常に快適に使えるし、会議を始めるのも簡単で、コミュニケーションがスムーズです。ほかのツールとどこが違うのでしょうか。
 その理由をひとつだけ挙げると、アーキテクチャの中心を「ビデオコミュニケーション」に特化していることです。
 そこにはさまざまな技術がありますが、いずれも通信環境が悪くても軽快につながり、シンプルでコミュニケーションを阻害しないことを最優先にしています。
 私たちが追加する機能はすべてコミュニケーションを円滑にするために開発したものです。
──どんな機能がありますか。
 たとえば背景を合成できるようにしたり、画面共有をつけたこともそうです。
 自宅の様子を見せなくてよくなれば、もっと気軽にビデオ会議に参加できる。資料を一緒に見ながら話せば、考えがまとまりやすい。
 今では他のサービスでも広く使われていますが、私たちがどうすればビデオコミュニケーションをよりよくできるかを考え、一つひとつ開発した機能です。
 こういう機能は、多くの人が楽しむためにも使っていますよね。ほら、こうやってキツネになることもできるんですよ(笑)。
ZoomならTPOに合わせて背景を変えることも、キツネに変身することもできる。
 もうひとつは、サービスのベンダーとしての責務にかかわる機能です。とくに近年では一般のユーザーが急増したことで、プライバシーやセキュリティ面の機能をつけておくだけでは十分ではなくなりました。
 知識やリテラシーにかかわらず安全に使っていただくために、事前にセキュリティを設定してから提供する必要が出てきたんです。
 そして、とにかくサービスを途切れさせてはいけない。医師が患者を診断するときにZoomが使われている。学校の授業や、政府の指導者間でのコミュニケーションにも活用されている。システム障害を起こさず安定的に利用できるアベイラビリティ(可用性)が、より一層問われるようになりました。
──今後、Zoomをどのように進化させていきますか?
 Zoomはコミュニケーションアプリとして始まりましたが、今後はさまざまなアプリケーションをZoomというひとつのコミュニケーションプラットフォームに集約していきたいと思います。
Zoomのコミュニケーションプラットフォームの全容。おなじみのビデオコミュニケーション機能から、オンラインイベントやカスタマーサポート、APIやディベロッパーキットを活用した拡張機能やマーケットプレイスなどが統合され、一元的なデータ管理が可能になる。
 たとえば、すでに実装されている「Zoom Phone」を使えば、オフィスへの電話をPCやスマートフォンのアプリで受けられるようになります。会議室をひとつのアカウントとして登録し、その場にいる人を画像認識で個別に表示させる「Zoom Rooms」というサービスも始まっています。
 こういった新しい機能によって、リモートとリアルの壁を取り払い、より一体感のあるビデオコミュニケーションが実現します。これから先はオフィスだけでなく、さまざまな現場にZoomが使われていくでしょう。
会場に展示されていたneat社のZoom Rooms対応ディスプレイ「Neat Board」。雑踏のなかでも近くにいる3人を認識し、個別に表示させていた。
 それに、ZoomはAIによって、もっと賢くなっていきます。画像認識や音声認識によってサインインや機能の呼び出しもスマートになる。キーボードやタッチパネルを使わなくても、より自然にZoomを使えるような体験をお届けできると思いますよ。

起業家精神で世界は変わる

──このイベントのテーマは「CHANGE to HOPE」です。起業家精神を持つ日本のビジネスパーソンに向けて、エリックさんが伝えたいことは?
 私は起業家精神によって世界を変えられると信じています。そして日本には、素晴らしいロールモデルの方々がいますし、夢を実現する機会がたくさんあります。
 起業家になるには、まず夢を持たなければなりません。そして、「自分が世界を変えられる」という強い信念が必要です。夢と情熱があるからこそ、自信も高まっていきます。
 自分自身がよりよいソリューションを提供できる。それによって世界をよりよく変えられると、強く信じることが第一。
 次に、簡単なようで難しいのが、「始めなければならない」ということです。
 夢があっても実行しなければ何も起こりません。「明日からやろう」「来年でいいか」と先延ばししてしまうと、大きな変化やビッグチャンスを逃してしまいます。
ユアン氏の日課は、鏡に向かって「お前はハッピーか?」と問いかけること。
 そして起業家は、よいリーダーでなければなりません。創業当初、私はすべてにコミットしたいタイプのCEOだったのですが、それはスケーラブルではないとわかったので、仲間たちに権限を渡し、判断を任せるようになりました。
 そうやって私自身が成長しなければ、Zoomは大きくなれなかったと思います。
 最後には、忍耐が重要になります。毎日、毎月、毎四半期、常に「世界を変えるんだ」という思いを確認しながら、ハードな状況を乗り越える。
 10年後の自分は今を振り返って、後悔しないだろうか。もっとこうしておけば、やればよかったと思うようなことはないか。悔いの残るような決断をしていないかと、常に自問し続けること。
 私は起業家、経営者として、モチベーションを常に高く保ち続けることを自分自身に課しています。そしてZoomの未来像を想像しながらみんなを鼓舞します。
 これが、起業家精神だと私は考えています。一人の熱量が、周りにどんどん波及して、世界を変えていくのです。
※本記事は2022年10月24日〜25日に開催されたイベント「CHANGE to HOPE 2022」でのセッションをもとに構成しました。全25セッションの動画は公式サイトよりご覧いただけます(配信期間:2022年12月31日まで。要登録)。