2022/11/22

CO2を回収し、地下に埋める。脱炭素のもう一つの鍵とは

NewsPicks Brand Design / Editor
 2050年までのカーボンニュートラル達成。CO2排出量を実質ゼロにするという目標は高く、あらゆる産業がクリーンなエネルギーを模索している。

 一方、実質ゼロを達成するためには、排出量の削減だけでなく、CO2を「吸収」することも必要だという。この分野において、昨今注目されているのが「CCS/CCUS※1」という技術だ。
※1「CCS」(CO2の分離・回収、貯留)。「CCUS」(CO2の分離、回収、利用、貯留)CCSは埋め戻す技術。CCUSはさらに再利用した上で埋め戻す技術。
 石油・天然ガスのプラントや様々な工場から出るCO2を分離・回収し「地下に埋める」ことで、CO2排出量を削減する。一見すると突拍子もない「地下に埋める」というこの技術は、将来のCO2削減にどう貢献するのか。
 石油や天然ガスの上流開発を中核とし、自社のネットゼロを目標に据える国内最大手のエネルギー開発企業INPEXで、CCS/CCUS事業開発に携わる芦田貴史氏に伺った。

CO2埋蔵は、1970年代から始まっていた

──CO2を「地下に埋める」と聞いて、驚きました。そんなことができるんですか?
芦田 CO2を地下に埋めるという技術そのものは、1970年代に米国で実用化されています。古くなった油田にCO2を埋め戻すことで、石油を効率よく採掘することに成功しました。
 地下から採掘された天然ガスに含まれるCO2を回収。地下に埋め戻し、地層に取り残された石油を流れ易くすることで、より多く採掘できるという効果が期待できます。
 我々INPEXも1990年代に新潟県で生産中の油田にて、日本で初めてCO2を用いた油田の増産実証実験に成功しています。
 同時に1990年代になると、地球温暖化の原因として大気中のCO2をはじめとする温室効果ガスの増加が国際的に議論されるようになりました。地球温暖化を抑制する手段としてCO2を「分離」「回収」そして地下に圧入する、つまり「CCS」が注目されだしました。そして、1996年にはノルウェーの天然ガス鉱区のスライプナーにおいて商用規模のCCSが始まっています。
 2021年時点で、世界中の地下に圧入されているCO2の量は年間4,000万トン。 つまり世界的に見ればCCS/CCUSという技術は絵に描いた餅ではありません。
 INPEXも2030年には年間250万トンのCO2を削減(地下への圧入)するという具体的な数値目標を置いています。さらに2050年までに大規模な事業として発展させ、CCUS事業としての収益化を目指しています。

気体って、埋められるんですか?

──回収したCO2って気体ですよね? 地下から噴き出してこないか心配です。
 CO2は、地下800メートル以上の深い地層に埋められます。地下深くで固く緻密になった地層(遮へい層)がCO2を貯蔵した地層を覆うことで、地上に漏れることを防いでいます。
 また、地下に埋め戻したCO2も、岩石やその隙間を埋める水などの重さによって非常に高圧・高温な環境になるため、気体から液体に近い状態(超臨界状態)に変化します。
 超臨界状態に入ると、体積がぐっと小さく重くなって狭い地層の隙間に入りこむため、自然に噴き出すといったことが起こりにくくなります。
──海に溶け出して、海水が炭酸水になってしまうことはないのでしょうか?
 地下に埋め戻したCO2は地層に溜まっている水にゆっくりと溶け、いずれ鉱物となって地層の一部となると考えられています。
 しかし、それほどの長い年月の間、CO2が地下深くでどのようになっているかを予想するのは難しい。そのため、様々な角度から検証を重ねています。
 埋め戻す前に、地下の地質がどうなっているのか、CO2が地下でどのように広がり留まるのか、時間の経過と共にどう変化していくのかシミュレーションしています。
 CO2がゆっくりと地中を移動し、鉱物に変化するまでに必要な100年~1000年先を予測する必要があるため、地下の様々な情報をできるだけ正しく解析する必要があります。
 CO2を圧入した後も、数年ごとに地下のデータを取得し、モニタリングをしていきます。モニタリングのための設備や知見、過去に実証したデータを持たずしてCCS/CCUSは推進できません。
 相手は目に見えない地下深くの地層ですので一筋縄ではいかず、これまでに培った経験やデータをもとに慎重に検証を行っていくことが求められます。

地下千メートルに何があるのか

──CO2を扱いなれていることや、モニタリングの技術が活かされているんですね。
 それだけではありません。INPEXは石油・天然ガスの開発のために、地下何千メートルの構造や地質を評価し、井戸を掘って、地層から石油・天然ガスを汲み上げる技術を培ってきました。CO2を地層に埋め戻すことにこうした技術を、応用することができます。
 また、石油・天然ガスを採り終えた油田・ガス田を持っていることも強みです。 すでにプラントやパイプラインといった設備が整っています。
 石油・天然ガスの生産時に発生したCO2を回収して、今度は逆に地層に埋め戻す。これまでのインフラを有効活用して、炭素の流れを逆流させているわけです。
埋め戻しやすい場所と設備をすでに持っていることが、効率的な推進につながっています。
──油田・ガス田はなぜ埋め戻しやすいのでしょうか?
 地層の中に、石油、天然ガスを留めていた空間がそこにあり、何万年も天然ガスを留めていたという事実があるためです。
 すでにある油田・ガス田に関しては、もちろん地下の構造も評価しています。これまでに生産した石油・天然ガスの量から逆算すれば、圧入可能なCO2の量も予測が立て易くなります。
 また、CO2を埋め戻すことができるのは、生産終了後の油田・ガス田に限りません。
 INPEXは、日本全国、世界各地で探鉱を続けてきましたが、その過程で、残念ながら石油や天然ガスを発見することができなかった場所も数多くありました。
 こうした石油、天然ガスの生産にはつながらなかった場所でも、地下の構造などの評価結果を、CCS/CCUSに利用できる可能性があります。

2400億トンのCO2を削減可能なのか

──日本の地下に2400億トンのCO2を埋める余地があると言われていますが、本当にできるのでしょうか?
 日本の周辺にあるCO2を貯留することができる地層の容積をすべて合わせると、非常に多くのCO2を貯留できるという研究結果もあります。しかしその中には、数年以内にCO2を貯留できる場所、そうでない場所があります。
 我々の仕事はより多くの地層をCO2の貯留が可能な状態にすることです。
 CO2を埋め戻す実現性の高い地層は、大きく2種類の場所が想定されています。一つは、先ほどお伝えした油田・ガス田。
 もう一つは、帯水層といわれる、古代の海洋水が閉じ込められた地層です。地下の構造の評価は終えているものの、容積的に限られたスペースしかない油田・ガス田に対して、帯水層はより大きく広がりのある地層なので、大量にCO2を貯留することが可能だといわれています。
 まずは油田・ガス田に埋め戻すことで、CCSを短期間で促進し、同時に帯水層の信頼性を高めてより多くのCO2を地層に圧入する方向に進んでいくのではないでしょうか。

CO2削減の最後の一押し

──2050年に向けてCCS/CCUSの規模を拡大していくにはどんな障壁がありますか?
 二つあります。一つは「社会からの理解を得ること」。CO2という目に見えないものを、目に見えない地下に埋め戻す。何をやっているのか理解されづらいため、不安を生むことがあると思います。
 そのような状況を招かないためには、社会にとっても我々のようなCCSを進めていく事業者にとっても公平となるルール作りが重要です。同時に、モニタリングしたデータを検証し、安全を確認し、情報として世の中に発信し続けていくことも我々の責務です。
 また「CCS/CCUSにかかるコスト」の問題もあります。現在、CO2を地下に埋めることそのもので事業として利益が生みだせる状況ではありません。設備投資や、運用・監視の人件費は高額になります。
 近年、CO2を削減・吸収した企業に対して、CO2の削減量を売買できるクレジットが発行されるようになりました。排出量削減に対するインセンティブが整うと、設備投資に費やしたコストを回収できるようになる可能性があります。
 INPEXは、協力会社とともに新潟県の南阿賀油田でCO2を用いた原油回収促進技術の実証実験を開始しました。さらに、オーストラリア北部準州沖合でCCS向け鉱区を落札し、地下評価を始めています。
今後は、東南アジアなど、我々が石油・天然ガスの開発を行っている国々へと拡大していく予定です。
 まずは自社の生産に伴って排出されるCO2を回収・貯留することを考えていますが、長期的には産業界全体から排出されるCO2を処理できるような事業を視野に入れています。
──CO2削減で悩んでいる他の事業者と協業するということですか?
 そう考えています。例えば、電力会社やガス会社などは我々が現在、石油・天然ガスを販売している「お客さま」です。その他にも、鉄鋼会社やセメント会社など、CO2削減に積極的な企業とも協業の可能性があります。
 CO2排出量の削減のため、省エネを進める、電化を進める、新たなクリーンエネルギーを活用するなど、社会全体が様々な方法を模索しています。
 日本の優れた技術によって、CO2の排出量はかなり減らせると期待しています。しかしカーボンニュートラルの達成のためにはより多くのCO2削減が必要になると予想されています。
 そこで、CCS/CCUSを活用してクリーンな石油・天然ガスを供給できれば、カーボンニュートラルの達成に向けた、最後の一押しになるのではないかと考えています。
 CCS/CCUS の技術をさらに高め、CO2削減ソリューションとして提供していくことは、大きな可能性を秘めています。