2022/11/11

【徹底討論】出社する価値のあるオフィスの要件とは?

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 コロナ禍から2年。リモートワークが普及するにつれて、そのデメリットも浮き彫りになり、オフィスの価値が見直されている。
 
 ワークプレイスの選択肢が増える時代に、わざわざ行く価値があるオフィスとは──。

 NewsPicks Brand Designは9月30日、「時代が求めるオフィスを読み解く フロントランナーに学ぶワークプレイス戦略」と題したトークイベントを開催。

 各社が模索を続けるオフィス戦略について、新常態のビジネスシーンをリードする識者とフレキシブルなオフィス戦略を実践する企業が、時代を先取る議論を展開した。

 その模様をダイジェストでお届けする。

創造性は「異分子どうしの掛け算」から生まれる

若原 リモートワークが拡大して、オフィス以外の選択肢も増えてきています。お二人はどのように働く場を使い分けていますか。
井上 僕は、8割くらいは自宅で仕事しています。
 長年、集中力や労働生産性について研究する中で、机の横幅は95センチが一番集中できることがわかったので、そういう環境を自宅につくりました。
 ただ、自宅は決まったタスクを形に落とし込むことには向いていますが、それだけだとアイデアが枯渇して「出がらし」状態になる。
 なので、残りの2割は環境を変えるようにしています。
 お気に入りの喫茶店でA3ノートを広げて思考をめぐらせることもありますし、週一回は必ず会社に行きます。
 会社には尖ったエンジニアやクリエイターがたくさんいる。彼らとアジェンダを決めずに話すと、視野が大きく広がります。
ピョートル 僕はほとんどこれ(スマートフォンをかざす)。
 集中してアウトプットをするには、スマートフォンなどのデバイスと、周りの雑音を排除して自分の世界に入れる環境があれば十分です。
 逆に、難しい意思決定のアイデアが欲しいときは、ひたすら人と会話をしてインスピレーションを得ます。
 相手の表情や声の変化、身振り手振りといった些細なシグナルが読み取れる環境に身を置く方が良い刺激を受けます。
若原 創造性を高める条件として、人とのリアルな関わり、特に異分子・異文化との「掛け算」というキーワードが浮かび上がってきましたが、それを起こす上でのポイントはあるのでしょうか。
ピョートル 大事なのは、安心してケンカできる関係を構築すること。それがないと異文化どうしの掛け算はできません。
 人種や性別のような目に見える違いもあれば、価値観や信念、ハイコンテクスト・ローコンテクストといった見えない違いもある。
 その違いを把握した上で、共通点を見つけ、互いの心理を理解し合う。これが信頼関係を構築するときの基本です。
 共通点がないと健全な衝突を避けてしまい、対話から価値を生み出せません。
若原 違いは大事だけれど、多少は共通点を見つけた方が良い、と。
 日本には「同じ釜の飯を食う」という言葉がありますが、異分子との掛け合わせにおいても、その状態を生み出すことがポイントになりそうですね。
ピョートル そうそう、まさにそれです! 価値観は異なるけれど敵ではない。無意識にそう思える関係を築くことが大事です。
 意外かもしれませんが、シリコンバレーの人たちは、人間関係の構築にものすごく時間をかけています。
 オフィスでの対話やオフサイトでの会合など、一緒にいる時間をしっかり確保することではじめて創造性を生む会話ができるようになります。

散歩やドライブ、喫煙所で会話が弾む理由とは

若原 たとえば会話の仕方にも創造性を高めるポイントがあったりするのでしょうか。
井上 それで言うと、一般的なオフィスや会議室では、高さ70センチの机と40センチの椅子があって、同じ高さで向かい合いますよね。そうすると、ディベートになりやすいと聞きます。
boggy22 / istock
 また、向かい合ってディベートをしていると、アジェンダをつくって「結論」を出すことに意識が囚われてしまう。それはつまり、創造性が低くなってしまうということです。
 逆に、散歩中やドライブ中に人は同じ方向を向きながら喋りますよね。そうすると、対立構造にはならず、話が広がりやすくなる。喫煙所も一緒ですね。
 アイデアを膨らませたり創造性を高めたりするには、「同じ方向を向いて話す」ことが実は重要な条件だと思います。
若原 なるほど。それこそアジェンダのある会議はオンラインで代替できますし、リアルな場の活かし方は、僕らが「オフィス」という言葉から想像する空間の使い方とはまったく異なるものに変わっていくのかもしれませんね。
ピョートル 僕の会社では、自社スペースを「オフィス」ではなく「スタジオ」と呼んでいます。イベントスペースもキッチンもあって、料理もお酒も出せる。
 ここに社外の方を招いて打ち合わせをしたり、社員と飲み食いしながらチームビルディングをしたりしています。
 対話をしながら新しいアイデアを生み出すために必要なのはデスクではありません。
 それより一緒に食事ができたり自由に動けたりするスペースの方が圧倒的に有効であることが、実際にやってみてわかりました。
若原 人が集まり、人間関係や創造性が育まれるような場にするためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。
ピョートル 一例ですが、Googleなどでは、スペースとスペースの間の通路をあえて狭くしていたと記憶しています。
 人とすれ違ったら必ずあいさつしなければならないし、お互いの顔も覚えやすい。そういうコリジョン(Collision:衝突、摩擦)を意図的に設計しているわけです。
若原 なるほど! 廊下の幅もデザインの対象になり得るというのは面白い話ですね。

創造性を高めるなら「発散」と「収束」を意識せよ

若原 改めて創造性について考えると、発想を広げるフェーズと、発想を具現するフェーズに分けられますよね。フェーズによって、取るべき行動も変わりますか?
井上 「創造」と「集中」は、「発散」と「収束」という言葉にも置き換えられると思います。
「発散」のプロセスでは、創造的なアイデアを得るために、視線を上に向けながら物事を広くサーチする。
 そして「これだな」と思ったものを「収束」させるために集中する。
 僕の好きなある漫画家は、スマートフォンのメモ帳を開きながら2時間くらい散歩して、思いついたマンガのストーリーをその場でメモしていくそうです。
 そうすると、家に帰る頃にはアイデアの束ができている。あとは自宅で集中しながらそれらを原稿に落とし込んでいく、と。
 クリエイティブな人には、この「発散」と「収束」を意識的に分けて行動に落とし込んでいる人が多くいます。
 そしてこの「発散」のときに生じる「ゆらぎ」が大事だと思っています。
若原 「ゆらぎ」ですか?
井上 端的に言えば、場や環境、行動を変えることで生じる発想の広がりのことです。
 自宅で仕事しているときにはこの「ゆらぎ」が生じない。ずっと同じモニターを見て同じ作業をしているだけですから。
 このことに関連していると思いますが、最近、自分の記憶が曖昧なんです。誰に何を喋ったか思い出せなくなってしまった。
ピョートル 年齢ですか?(笑)
井上 まあ年齢もあるかもしれませんが(笑)、コロナ前は「あの会議室で、あの人と喋った、あの話」というように、5W1Hのタグを使って記憶を引き出せたんです。
 それが近ごろ同じようなテレカンばかりをやっているせいか、物理的な接触に基づくタグを頼りに記憶を引き出せなくなってしまった。
 記憶の引き出しが固くなると、創造的なアイデアが出にくくなる。質の高いアイデアは、記憶や知見など過去の蓄積の掛け合わせから生まれることが多いからです。
 そういうこともあって、リモートワーク全盛の今こそ、自宅とはまったく違う場所を行き来すべきだと強く感じています。
ピョートル 同感です。創造性を生むためには、自分の思考パターンや認知バイアスに気づき、それを破らなければいけません。そのためにも別世界のアイデアや刺激、インサイトが必要です。
 それらはたしかに同じオフィスや、同じZoomの画面に向かうだけでは得られないでしょうね。
若原 今のお話は、私たち働く側が創造性を生み出すプロセスに自覚的になることの重要性を示しているようにも思います。
 そのプロセスを自覚した上で「今は発散のフェーズだからこの場所に行こう」と作業環境を選んでいく。
 それこそがABW(Activity Based Working=時間と場所を自由に選択できる働き方)の本質と言えそうですし、そこにオフィスの価値を考えるヒントが隠されているのかもしれません。
井上 個人的には、これからのオフィスには「非日常性」がより強く求められるようになると思います。
 僕たちが今いる WeWork の一室も非日常な雰囲気です。だからこそ、オンライン対談ではなく、現場に来た意味があるし、話も広がりやすい。
 逆に自宅と同じ環境だったり、既視感のある場所だったりしたら、わざわざ行く必要がありません。
 そういう空間はこれからどんどん減っていくでしょうね。
ピョートル 僕はワークプレイスについて考える際に、持つべき思考のプロセスがあると思っています。
 それは組織の存在意義を改めて明確にした上で、そこから逆算して働く環境を設計していくこと。
 自分たちが社会に生み出す価値を曖昧にしたまま、オフィス戦略について考えてもあまり意味がありません。
 存在意義を明確にした上で、個人の役割や働き方、働く環境をデザインしていく。
 これがシンプルながら本質的なオフィス戦略だと考えます。

VUCA時代に固定オフィスは足かせになる!?

若原 お二人の共通点は所属先が WeWork を利用していることですが、そもそもオフィスにどんな問題意識をお持ちだったのでしょうか。まずは斎藤さんからうかがえますか。
斎藤 私はデジタルサービス関連の事業部で、当社がパートナー企業と共に培ってきたデジタルソリューションを顧客に提供する事業に携わっています。
 コロナ前は自社とお客様の拠点を行き来していましたが、チームのハンドリング力を高め、開発スピードを上げていくためにも、もっとフレキシブルに働ける場所を増やさなければならないと感じていました。
 そこで選択肢として浮上したのが、サテライトオフィスとして WeWork を活用することです。
 アクセシビリティが高まる上、相手先に往訪するような心理的負担をお互い感じずに済む。
 当初はそんなメリットを思い浮かべましたが、最終的な決め手となったのは、新しいつながりが生まれることへの期待です。
 当社は近年「協創」の拡大を推進しており、デジタルソリューションも協創から生まれています。
 WeWork には入居企業を紹介してもらえる仕組みがあり、多様な業界の人たちとの協創の可能性が広がることに大きな魅力を感じました。
提供:WeWork Japan 合同会社
若原 なるほど。実は一つ前のセッションでも「異分子どうしの掛け算」がキーワードとして挙がりましたが、日立製作所さんも同様の視点があったわけですね。
 では、クックパッドさんはいかがでしょうか。
成田 僕らは、事業と親和性の高いエリアに拠点を設け、そこから理想の働き方を実現しようと、社内で数年前から話し合いを重ねてきました。
 クックパッドは日々の料理を楽しくするためのサービスです。これまで以上に生活者に近い場所で事業を営むことを考えたとき、横浜というエリアが浮上しました。
 市場もあり商店街も活気があり、生活者の文化が強く感じられる。そういう土地柄が魅力的に映ったのです。
若原 そこでなぜ WeWork なのでしょうか?
成田 今の時代、出社するには「わざわざ会社に行く理由」が必要です。必然的にオフィスには場としての魅力が求められます。
 その点、「WeWork オーシャンゲートみなとみらい」は窓から海を一望できる景色が素晴らしい。
 さらに3分も歩けば港に出られ、釣りをしている社員もいる。
 オンとオフが短時間で切り替えられる面白さに魅せられ、ここならクリエイティビティが発揮しやすいのでは、と感じました。
提供:クックパッド株式会社 
若原 まさに場としての魅力を感じられた、と。
成田 それに加えて、もう一つ重要な理由があります。
 当社は2017年からの10年間を「投資フェーズ」と位置づけ、次なる事業の柱を創ろうとしています。
 その方針のもとに、一気に採用を増やしてフロアがたくさん必要になったこともあれば、立ち上げた事業をクローズしてフロアが急に不要になることもありました。
 そういう不確実性の高い動きの中で、固定のオフィスでやり繰りするのは苦労の連続でした。
 そうした背景から、入居もスピーディーでオフィスのキャパを柔軟に変更できる WeWork の契約体系に大きな魅力を感じたのです。

「わざわざオフィスに行く理由」をデザインする

若原 お二方の会社は WeWork を利用するに至った経緯は異なるものの、オフィスに対して「場の求心力」を求めているという点では、実は共通しているのではないでしょうか。
斎藤 たしかにそうかもしれません。
 新しいイマジネーションや協創が生まれる、あるいはオンとオフの切り替えがしやすいといった何かしらのメリットがない限り、わざわざオフィスに行こうとは思いませんよね。
 それは裏を返すと、働く場所の選択肢が増える今、業務内容や目的に応じて最適なワークプレイスを選ぶ姿勢が、管理職にも個々の社員にも強く求められているということでもあると思います。
 WeWork の存在は「どういう目的で、どこで働くべきか」ということについて個々の社員が考えを深めるきっかけにもなっていると思っています。
若原 なるほど。成田さんはいかがでしょうか。先ほど「場の魅力が重要」とお話しされていましたが。
成田 求心力という点では、一番大事なのは「会いたい人がいる」ということだと思っています。
 当社は週2日出社するルールで、チームごとにオフィスに行く曜日が決まっています。
 出社すれば必ずチームメンバーがいるという運用とセットで、「オフィスに行く理由」をデザインしています。
若原 やはりリアルなコミュニケーションが大切ですか。
成田 タスクが決まっている個人作業などはリモートワークの方が効率よくできますが、事業の方向性のディスカッションや、タスクが決まっていない課題に関する相談などは、雑談がとても有効と考えます。
 雑談を生むにはチームメイトがそばにいて、いつでも話せる環境が大事になる。物理的なオフィスの意義もそこにあるはずです。
 余談ですが、 WeWork では16時以降はビールが無料で提供されます。それが雑談を弾ませることにも役立っています(笑)。
提供:WeWork Japan 合同会社 

フレキシブルオフィスの活用による最大の利点とは?

若原 ここで一つ視聴者からの質問を紹介します。
 「 WeWork のようなフレキシブルオフィスを活用することに対して、上層部の理解を得るのは大変では?」という内容ですが、斎藤さんのときはいかがでしたか。
斎藤 企業ごとに異なるのかもしれませんが、オフィス戦略というのは、一般的には人事戦略の一つに位置付けられていると思います。
 当社でも人事の管轄だったことから、人事担当者と丁寧にコミュニケーションをとりながら、 WeWork で働くメリットを説明しました。
 その結果、“受益者負担”のようなかたちで試験的に利用を始め、成果が出たら部単位、事業部単位に広げていく、という方向を前提として承認を得ることができました。
若原 スモールスタートは新しい取り組みの突破口をつくる上での定石ですよね。
斎藤 おっしゃる通りです。いきなり話を大きくし過ぎると、「事業部単位で進められることではない」とか「組合員の間で働く環境に格差が生じるようなことはないか」といった議論に陥りやすく、試験的な運用は叶わなくなると思います。
若原 オフィス計画で悩まれている方にとって非常に参考になるお話ですね。本日のまとめの言葉として、改めてお二人から経験者としてのアドバイスをいただけますか。
成田 我々も模索段階で、「正解」が見えているわけではありません。
 その上で一つ言えることは、 WeWork のようなフレキシブルオフィスを活用する最大の利点は、市場環境の変化に伴い事業方針を転換する際、オフィスがその足かせになりにくいということです。
 柔軟な契約体系を活かして、時宜にかなった経営判断をオフィス計画にもスピーディーに反映できる。
 これは、ネットビジネスのような変化が激しい領域においては、大きなアドバンテージになると思います。
斎藤 私も同感です。急速な時代の変化に対応するには、オフィスについても従来とは異なる考え方を持つことが必要になってきます。
 登山をするとき、荷物を軽くすると歩ける距離が伸びるように、オフィスを軽くすると、仕事のスピード感が増したり、柔軟な対応が可能になったりします。
 オフィスを軽くするとは、キャパを固定するのではなく、「必要なときに、必要なだけ使う」という発想を持つこと。いわばクラウドサービスを活用するような感覚です。
 こういった柔軟な視点をいかにオフィス戦略に持ち込めるか。それがこれからの時代に問われていくと思います。