トロール・ハンターズ (1)

【トロール・ハンターズ 第2回】

IT理想郷スウェーデンの表と裏

2015/1/6
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ネットで差別や嫌がらせなどの憎悪をまき散らす「荒らし」。スウェーデンでは、匿名で荒らしを行う者たちの身元を特定する活動が行われている。行き過ぎという批判もある彼らの活動を全6回の連載で追う。
第1回:ネットで憎悪をまき散らす、「荒らし」を懲らしめろ

IT理想郷の憎悪

スウェーデンにこれほど憎悪の問題があふれているのは意外に思える。スウェーデンといえば、リベラリズムやフェミニズムの先進国というだけでなく、ITの理想郷としても名高い。ギークたちが北欧の長い冬の夜を、驚異的に速いブロードバンド回線で映画や音楽を共有しながら過ごす国なのだ。

国際電気通信連合(ITU)の調べによると、スウェーデンのインターネット普及率は95%で、世界第4位。IT産業も盛んで、音楽ストリーミングサービス「Spotify」や人気ゲーム「Minecraft」といった象徴的ブランドを生み出している。

また、同国で生まれた政治運動の海賊党は、インターネットこそが平和と繁栄をもたらす力だと確信している。しかしその一方で、スウェーデンのインターネットにはおぞましい裏の顔がある。それが突如として露呈したのが、2012年のいわゆる「インスタグラムの暴動」だ。

この事件では、数百人の怒れる若者たちが、ある十代少女の通うヨーテボリの高校に押し寄せた。インスタグラムを通じて、多くの学生を性的に中傷した投稿を拡散したとされるこの少女を懲らしめようとしてだ。また2013年には、もっとありふれていて、かつ日常的に女性が遭遇する「ネットでの嫌がらせ」を取り上げたテレビ番組が放映され、大きな話題を呼んだ。

スペシャル番組のタイトルは、『Men Who Net Hate Women』(女性をネット憎悪する男性たち)。このタイトルは、スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによるベストセラー小説『ミレニアム』シリーズ第一作の、スウェーデン語の題名『女性を憎悪する男性たち』をもじったものだった。

インターネット上の憎悪は、ネットが重要な生活の一部となっているすべての国でみられる問題だ。しかし、ストックホルム大学のモールテン・フュルツ法学教授によれば、スウェーデンでは、表現の自由を重んじる文化と法律が問題を大きくしているという。フュルツ教授は『トロール・ハンター』にゲストで出演し、個々の事例を法的側面から論じている。

スウェーデンには「ネットヘイト」を、不快だが言論の自由を守るためには避けられない副作用と捉える風潮がある。ネットでの嫌がらせを法律で取り締まろうとしても、言論の自由やインターネットの権利を擁護する勢力から激しい抵抗にあうのだ。

加えてスウェーデンでは、進歩的な情報公開法により、およそすべての人物の個人情報を、個人識別番号から住所、課税所得に至るまで容易に入手できる。そのため、ネットでの嫌がらせがことさら悪質化する。「政府は、スカンジナビア以外ではまず手に入らないような多くの情報をおおっぴらに公開している」とフュルツ教授は述べる。「スウェーデンではプライバシーはほとんど保護されない」

情報公開制度の落とし穴

しかし、豊富な個人情報が手に入る同国の制度は、荒らしの武器になると同時に、彼らの正体を暴こうとする人々にとっても格好の追跡ツールとなる。前出のアシュバーリのほかにも、「リサーシュグルッペン」(Researchgruppen:リサーチ・グループ)というボランティアの調査組織が、匿名の荒らしが残したデータの断片を追跡し、その正体を暴くという、一種の「アクティビスト・ジャーナリズム」を展開している。

リサーチ・グループがこれまでに手がけた最大規模の荒らし追跡は、右翼系ネット媒体「Avpixlat(アヴピクスラット)」のコメント欄からデータを取得し、そこに書き込まれたコメントとユーザー情報の膨大なデータベースを構築するというものだ。このデータを基に綿密な調査を行った結果、コメント欄への書き込みが特に頻繁なユーザーの多くの身元を割り出すことに成功。

グループは彼らの氏名をスウェーデンの二大タブロイド紙のひとつ「エクスプレッセン」に提供した。そして2013年12月、エクスプレッセン紙は一面の連載記事の中で、Avpixlatに人種差別や性差別その他のヘイトコメントを変名で書き込んでいた著名人が数十人いることを暴露した。

その中には、極右とされる躍進中の政党、スウェーデン民主党の政治家や関係者が複数含まれており、同年最大のスクープのひとつとなった。スウェーデンのネオナチ運動から生まれた同党は、しばらく前から人種差別的な過去と距離を置こうとしており、近年では「スウェーデンの文化を守る」という、より聞こえのいいスローガンを掲げている。

ところが問題のコメント欄では、同党のメンバーや支持者がホロコーストに疑いの目を向け、イスラム教徒の移民を「イナゴ」呼ばわりしていた。このスクープをきっかけに、複数の政治家や関係者が辞職に追い込まれた。

エクスプレッセン紙は、同紙記者らが「トロール・ハンター」となって自宅を直撃し、Avpixlatに書き込んだコメントを本人に突きつける模様をとらえた短いドキュメンタリー映像も公開している。

※続きは明日掲載します。

原文:The Troll Hunters(English)

(原文筆者:Adrian Chen、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:MIT Technology Review )
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