2022/10/24

【秘密】半導体産業を陰で支える、知られざるニッチトップ企業の「正体」

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
ゲーム機やパソコンの新製品が手に入らない。スマホや家電製品も品薄状態。自動車を注文しても、納車は半年後。
ここ最近、こんな声やニュースを聞いたことがある人は少なくないだろう。これらの背景にあるのは、「世界的な半導体不足」の問題だ。
(istock:Jae Young Ju)
半導体は、家電製品や自動車、飛行機に至るまで、あらゆるモノに使われており、いまや私たちの生活に欠かせない存在になった。
一方で、半導体が一つでも不足すれば、それらのモノを作り、生活者に届けることができないため、あらゆる業界の企業がいまなお「半導体の調達」に苦心している。
現在も半導体の調達に多くの企業が奔走するなか、その駆け込み寺としてにわかに注目を集めている企業があるのをご存じだろうか。
「高い調達力」と「在庫点数の多さ」を武器に、半導体・電子部品のオンライン通販ビジネスを展開するのがチップワンストップだ。
2001年の創業以来、ユーザー数を右肩上がりに伸ばし、現在会員数は約36万人(2022年10月時点)。2022年の売上高は300億円超えを見込み、日本国内半導体のEC領域においてほぼ一強の地位を築き上げている。
「半導体の通販サイトは、ニッチですが巨大なマーケットです。また半導体という商品特性からも、Amazonでも容易に参入できる領域ではありません」
そう語るチップワンストップCEOの高乗正行氏に、半導体市場のポテンシャルと表に出ることが少ない“半導体サプライチェーンの黒子”の正体を聞いた。
1969年生まれ。神戸大学理学部地球惑星科学科卒、神戸大学大学院経営学研究科経営学修士取得。1993 年日商岩井(現・双日)に入社後、情報産業部門で IT 分野の事業開発に従事。1998年より米国駐在、シリコンバレー支店においてベンチャーキャピタル子会社設立、副社長就任。2001年、チップワンストップを設立し、代表取締役社長に就任。2004年、東京証券取引所マザーズに上場。2011年、アロー・チップワンストップ・ホールディングス合同会社による株式の公開買付により、東京証券取引所マザーズ市場の上場を廃止、世界最大の半導体ディストリビューターの米アロー・エレクトロニクスの 100%子会社となり、米国本社副社長、日本法人会長兼社長も兼務する。
INDEX
  • モノを作りたくても、作れない
  • 半導体の「流通」にビジネスチャンスあり
  • Amazonも参入が難しい領域
  • 勝敗を分けた「在庫」と「価格設定」
  • 小口取引は「ニッチだが巨大」なマーケット

モノを作りたくても、作れない

──半導体の調達を支える企業の視点から、半導体不足がサプライチェーンに与えた影響をどのように見ていますか。
高乗 半導体不足が企業に与えた影響は、おそらくみなさんの想像以上だと思います。
 実際当社にも、「半導体が1つ足りないために、製品を完成させることができない」「生産ラインを止めないために、なんとか半導体を調達できないか」など、半導体不足に頭を悩ます企業の悲痛な声が数多く寄せられました。
 トヨタをはじめ自動車メーカーの工場が生産を停止したニュースも話題になりましたが、自動車以外にも数多くの企業が生産・開発の停止を余儀なくされました。
 半導体が調達できないために、モノを作りたくても、作れない状況に陥ってしまった企業が続出したのです。
 特に日本企業は、日本国内で大手と言われる企業であっても購買力においてグローバルでは中堅以下になっているケースも多い。
 ましてやその下請け企業や中小企業には半導体がなかなか供給されず、半導体の納品が1年待ち、もしくは2年待ちといった状況もあるため、いまなお非常に苦しい経営を強いられている企業も少なくありません。
──半導体不足が起きた背景には、どのような理由が考えられるのでしょうか。
 米中対立やウクライナ危機をはじめとした地政学リスク、コロナ禍により在宅勤務が急激に増えたことによるタブレット端末やパソコンのニーズの急増、データセンターのサーバー向け需要の拡大など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
 ただあえて一つの要素に絞ってお伝えするのであれば、そもそも半導体の需要が爆増していることが大きな背景にあります。
 半導体産業を一言で表すのであれば、「巨大かつ成長産業」です。
 2021年時点で世界の半導体出荷額は約72兆円、日本国内だけで約5兆円に上ると言われています(※)
(※)出所:世界半導体統計(WSTS)の調査による。1ドル130円換算。
 なおかつ現在も年に10%近い成長を続けており、2030年には世界の半導体市場は約130兆円(1兆ドル)に拡大すると予測するデータもあります(※)
(※)出所:米国半導体工業会(SIA)の調査による。1ドル130円換算。
 これほどの巨大市場でありながら、二桁成長を続けている市場は他にないはずです。
 なぜ半導体市場がこれほどの活況を呈しているかといえば、急速なデジタル化により、ありとあらゆるものに半導体が使われるようになったからです。
 半導体の用途といえば、パソコンやスマートフォンを思い浮かべるかもしれません。
 ただそれ以外にも、電気・通信などのインフラから工場で使われる産業機器、自動車や飛行機、医療機器や家電製品まで、いまや電気で動くものにはすべて半導体が搭載されています。
 2021年の半導体の出荷個数は、世界全体で「約1兆1500億個(※)」。
(※)出所:米国半導体工業会(SIA)の調査による。
 2021年の国際連合の調べによると、世界の総人口は“約78億7500万人”ですから、「1年間に1人あたり約146個」の半導体が供給されている計算です。
 こうした結果からも、私たちがいかに半導体に依存しながら生活していることが分かると思います。
 また、近年ではAppleをはじめGoogleやAmazonのように、独自の端末やサーバーを必要とする企業が自社専用の半導体の開発に乗り出す動きもあります。
 GAFAが自ら半導体の開発を手がける理由は、半導体こそが企業の競争力を決定づける重要な要素だからです。
 GAFAであれば、半導体を自社設計に切り替えることができるでしょう。最適化した自社専用の半導体を開発すれば、コスト競争力で他社と差をつけることができますし、新しいサービスを立ち上げる時も自分たちが想定した通りのスペックを実現できます。
 いまや企業の「技術力」と「コスト競争力」も半導体が握っている。このように半導体を押さえた者が、グローバル市場で勝者になる時代が来ているのです。

半導体の「流通」にビジネスチャンスあり

──2001年にチップワンストップを創業されていますが、当時はかつて世界シェア5割を誇った日本の半導体メーカーの地位が急速に低下し、国内での半導体ビジネスの未来に悲観的な見方が出ていた頃です。なぜそのような時期に、半導体を扱う会社を起業する決断に至ったのでしょうか。
 半導体の「流通」に改革を起こせば、大きなビジネスチャンスがあると気づいたからです。
 当時、私は総合商社の日商岩井(現双日)に勤め、シリコンバレーへ赴任してベンチャー投資事業を手がけていました。
 その際、米国内で半導体や電子部品のeコマース事業が急速に伸びていることを知り、このビジネスモデルには将来性があると確信したのです。
 それも米国ではなく、日本で起業した方が成功確率は高いと。
──なぜ日本だったのでしょうか。
 世界の中で日本だけが、「半導体の流通形態」が異なっていたからです。
 日本の半導体産業は、半導体の設計から製造、検査まで全工程を自社で手がける総合電機メーカーが主導する垂直統合型で発展してきました。そのため、流通においても縦割り構造が残っていた。
 たとえば、東芝の半導体は商社A、日立の半導体は商社Bが扱うなど、別々の商社を通さなければユーザー企業は半導体を買えなかったのです。
 しかも大口取引が基本で、一定以上の数量でなければ購入できませんでした。
──海外では違ったのですか。
 米国では1990年代以降、M&Aを繰り返すことにより、販売や物流を世界規模で手がける半導体商社(メガディストリビューター)が台頭しました。
 グローバル化した電子機器メーカーが、垂直統合型から水平分業型へ移行したことにより、顧客の多様なニーズに応えて、世界中から必要な種類の半導体を必要な数量だけ調達できる商社の存在が不可欠になったためです。
電子機器メーカーの垂直統合、水平分業のイメージ図
 電子機器メーカーが自社製品の生産を外注するようになると、自社で手がけるのは設計・開発のみのケースが増えました。また、設計・開発も外部のパートナー企業に委託する場合もあります。すると試作品を作るための、多種多様な半導体を少量ずつ購入したいというニーズが高まります。
 一方で、メーカーから電子機器の製造や組み立てを担う企業では、アジアをはじめとする世界各地の工場から半導体を調達する必要が生じました。
 こうした多品種少量の調達やグローバルでの納入をサポートしたのが半導体商社でした。
──日本の流通システムは、その構造変化に対応できていなかったわけですね。
 これからの半導体の流通ビジネスは「多品種少量」と「グローバル」がキーワードであり、日本にもこの潮流がやってくるのは間違いない。
 よって国内外のあらゆるメーカーの半導体を「少量かつスピーディー」に、「一括購入」できるサービスを日本で立ち上げれば、勝機があると考えました。
 まだ古い流通形態が残る日本だからこそ、このビジネスをやる価値がある。
 そこで2001年に、顧客のニーズにワンストップで応える通販サイト「チップワンストップ」をオープンしました。

Amazonも参入が難しい領域

──当時、日本に競合はいなかったのでしょうか。
 半導体のECサイトを運営する会社なら、他にもありました。
 しかも大手の電気機器メーカーや有名企業が出資して大々的に立ち上げた会社が10社や20社はありました。でも20年が経過した今、幸いにも生き残れたのは私たちでした。
──なぜ勝ち残ることができたと思いますか。
 大きく3つポイントがあると考えています。
 1つ目は、BtoBビジネスにおける最も重要な「信頼性」を大切にしたことです。
 当社の事業は法人を顧客とするBtoBビジネスです。
 2000年代前半に台頭したオークション型のBtoB取引プラットフォームのように、売り手と買い手を仲介したら、あとは両者で勝手に取引してくださいというわけにはいきません。
 責任を持って品質保証し、正しい商品を正しい数量で確実にお届けする。言葉にすると当たり前のことかもしれませんが、これができないばかりに、信頼を失う企業を数多く見てきました。
 BtoBビジネスは、「信頼」があってこそ初めて成立するのだと思います。
 2つ目は、市場選定です。
 私たちは、半導体ECというニッチビジネスのなかでも、さらにニッチな「少量販売」の領域を市場に決めました。
 この領域は、BtoB取引であることの難しさや半導体という商品の特性からも、Amazonを含め他のEC企業の参入が難しい領域です。
 半導体の管理には、静電対策と呼ばれる特別な対応が必要で、なおかつ少量で出荷するには、メーカーから届いた梱包を小分けにするなどこまやかなオペレーションが必要です。
 しかも、オンライン上で微妙な差異を持つ膨大な半導体から用途にあった商品を選ぶには、それに適したデータベースやUIも構築しなければいけない。
 チップワンストップの100倍もの商材数を扱うAmazonが、そのうちの1つでしかない半導体のために、そこまでコストをかけるかといえば疑問です。
 加えて、既存の半導体商社についても大口取引が中心になるため、少量販売の市場に参入するのは難しい。
 このようにAmazonを含めた他のEC企業や既存の半導体商社と競争しない領域で、ニッチにビジネスができるのも、私たちの強みといえます。
 3つ目は、「仕組みづくり」にこだわり抜いたことです。
 勝てる市場を選べたとしても、それを実現する仕組みが作れなければビジネスは成功しません。
 当社は、国内外から半導体を仕入れ、自社の物流センターで適正に管理し、在庫がある製品については、注文当日に出荷できる仕組みを構築しました。
 半導体は1個から購入可能で、通販サイトのUIも工夫や改善を重ね、膨大な商品の中からお客様のニーズに合う商品を選び出せるソリューションを提供しています。
 現在、在庫数は300万点以上あり、うち10万点は当日出荷・翌日配送が可能です。お客様からのニーズがあれば、国内・海外問わず入手困難品や生産中止品をお探しするサービスも行っています。
 さらにメールだけでなく電話でも問い合わせに対応し、より詳しい情報や支援を求めるお客様を手厚くサポートする。こうした仕組みの構築が、お客様の「信頼」を勝ち取り、私たちが選ばれる理由につながったのだと思います。

勝敗を分けた「在庫」と「価格設定」

──なぜ他社は同じことができなかったのでしょうか。
 自社で「在庫」を持とうとしなかったからです。
 そもそも半導体は、汎用的に扱えるものと、特定の電子機器専用に設計されたものに分かれます。
 汎用的な商品は使い道が多い一方で、幅広く商品をカバーしようとすると在庫が余るリスクがある。また、特定の用途専用に設計されたものも、1つの商品が多くの顧客に売れるケースは少ないため、在庫が余るリスクがあります。
 このように半導体は微妙な仕様の違いを持つ商品が膨大に存在するため、在庫リスクが高く、また在庫管理の手間も煩雑です。
 そのため、創業当時の競合企業は、単に売り手と買い手を仲介するだけのケースが多かった。しかし、これではお客様に「品質」を保証することはできません。
 そこで、私たちは「物流」と「デジタル」に集中投資した。
物流施設の全景(画像提供:チップワンストップ)
 多品種少量のニーズに応えるには、幅広く在庫を持たなければいけない。ただし在庫リスクをカバーするには、多くのお客様に購入してもらわなければいけません。
 だから、1個の注文でも正確かつ迅速に対応し、顧客の信頼を蓄積することで、ユーザーを着実に増やしていったのです。
作業風景(画像提供:チップワンストップ)
 また、小口販売の価格を明記したのも私たちが最初でした。
──これまで販売価格は、明記されていなかったのですか。
 実は、半導体には定価がありません。
 もともと大口取引が基本だったため、従来は商社とユーザー企業の間の交渉によって取引価格を決めるのが一般的でした。
 しかし少量をオンライン販売するなら価格を表示しなければいけない。そこで各商品の単価を「1個で購入した場合の販売単価は100円、10個で購入した場合の販売単価は80円」などと設定し、明記することにしました。
 これはメーカーが決めた定価ではありません。過去の販売実績やマーケティング分析に基づいて算出した相場であり、当社のサービス力により顧客が少量から購入できる価格です。これも幅広い商品についてデータを蓄積してきた、私たちにしかできないことだと自負しています。
 国内の多くの技術者たちは、試作品の開発にかかるコストを見積もるのに、チップワンストップの価格を参考にしています。
 20年前は、技術者がプロダクトを試作しようと思ったら、複数の商社に連絡して、価格交渉してから注文し、すべての部品が届くまで1ヶ月は待たなくてはいけなかった。
 それがチップワンストップを使えば、サイトから注文するだけで必要な半導体が翌日には手に入るようになったのです。

小口取引は「ニッチだが巨大」なマーケット

──小口取引に特化してしまうと、スケールしにくいという側面もあるのでは?
 現時点でチップワンストップの通販サイトに登録する会員数は約36万人、年間受注数は約100万件に上ります。
 半導体の設計・開発に携わるエンジニアや購買担当者など、小口取引を必要とする人たちはこれほど多く存在する。
 半導体の少量販売は、「ニッチだが巨大」なマーケットなのです。
 加えて、新たなニーズも生まれています。
 これまでは設計や試作段階で使う半導体の調達手段として利用いただくことが多かったのですが、「量産フェーズに使う半導体も購入したい」という要望を頂くようになりました。
 昨今の半導体不足によるサプライチェーンの混乱の中でも、幅広い在庫を確保し、迅速な出荷を続けたことにより、旧来型の商社と取引していたお客様が調達先をチップワンストップに切り替える動きも増えています。
 このニーズに対応するため、従来のスポット購入だけでなく、継続購入を前提としたサービスを今年中に開始する予定です。
 また、海外市場の売上も急速に拡大し、2021年には海外売上比率が35%を超えました。
 2011年に世界トップクラスの半導体商社である米国のアロー・エレクトロニクスと資本提携以降、すでに私たちは世界80カ国以上に半導体をお届けしています。今後も、グローバル戦略によってビジネスを拡大する余地は大いにあります。
──チップワンストップが半導体流通を変革することで、どのような未来を実現できますか。
 私たちは海外にもすでに多くのお客様がいますが、日本から事業をスタートした企業として、やはりこの国のエレクトロニクス産業を強くするお手伝いがしたい。
 チップワンストップが迅速かつ正確に半導体をお届けすることで、企業はより効率的な設計・開発が可能となり、市場のニーズを捉えてタイムリーに製品を投入できます。
 日本企業の国際競争力を高め、エレクトロニクス産業のさらなる発展に貢献する。これは当社の使命でもあります。
 私たちは半導体そのものを作るわけではないし、半導体を使って電子機器を作るわけでもない。いわば半導体産業における“黒子”です。
 しかし黒子が良い仕事をすれば、より高性能・高品質な製品やサービスが次々と世に送り出され、人々の生活はますます便利で豊かになる。
 そんな未来を実現するため、これからもチップワンストップは半導体を届け続けます。
==書籍「ビジネス教養としての半導体(幻冬舎)」著高乗正行==
市場規模は1兆ドル時代へ──。社会インフラの中枢を支え世界各国が奪い合う国際戦略物資となった半導体。言葉は知っていてもその意味や役割は知らないビジネスパーソンに向けて、日本の半導体流通を牽引する著者が徹底解説します。詳しくはこちら