2022/10/13

ビジネスの生産性を“爆上げ”する、日本のAI自動翻訳がすごい

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 AIは言語の壁をなくせるか──。グローバル化が進む時代において、私たちのビジネスや生活に欠かせない存在となりつつある「AI自動翻訳」
 近年、海外発の翻訳サービスの台頭が目立つが、日本から「言語の壁のない」世界を実現しようとする企業がいる。2014年設立、有名な海外サービスにも先駆けてニューラル機械翻訳(NMT)を商用化したパイオニア「みらい翻訳」だ。
 同社のサービスはすでに、世界と対峙する大手企業から、知る人ぞ知るグローバルニッチなど、多くの企業で使われている。
 加えて、AI自動翻訳が企業にもたらす価値は、単なる言語の変換だけにとどまらない。DX(デジタルトランスフォーメーション)が声高に叫ばれる今、企業の生産性を大きく高める存在として、グローバル企業において不可欠なものになっているのだ。
 では、「AIが言語の壁を超えた先」の世界は、どうなるのか。みらい翻訳代表の鳥居大祐氏に、見据える“みらい”を聞いた。

世界を一変する、技術革新が起こった

──2014年のみらい翻訳設立から現在にいたるまで、技術の進化のまっただ中を進んできました。AI自動翻訳を取り巻く環境の変化を、どのようにご覧になっていますか。
鳥居 「AIは役に立たない」──。私は大学時代からAI研究に携わってきましたが、当時はまだそう言われていましたね。
 実は、私たちが取り組む「機械翻訳」の歩みは長く、70年ほどの研究の歴史があります。
 しかし、長年冬の時代が続き、言語処理のさまざまな技術を組み合わせることで、なんとか使えるものにしようと、多くの技術者が試行錯誤を重ねてきました。
 2014年当時は、ビッグデータやクラウドという言葉が注目され始めた頃。それまでの「ルールベース」による翻訳ではなく、大量のデータで学習したAIを活用すれば機械翻訳の精度が大きく上がるのではないか。そんな流れをくんで、立ち上げられたのがみらい翻訳です。
 しかし、当初は「統計的機械翻訳」という技術を用いていましたが、残念ながらまだまだ満足のいく精度ではなかったのが正直なところでした。
鳥居大祐(とりい・だいすけ)株式会社みらい翻訳代表取締役社長CEO兼CTO。2006年、京都大学大学院情報学研究科にて博士号取得後、株式会社NTTドコモに入社。データサイエンティストの先駆けとして機械学習による大規模データの解析に従事。その応用としてiモード検索サービス、音声エージェントサービス「しゃべってコンシェル」などの商用化に携わる。2015年2月より、株式会社みらい翻訳にて、機械翻訳を中心とした自然言語処理の技術開発に従事。2018年1月より同社CTO、同年12月より同社COOとして経営全般に携わる。2021年6月にCEO就任。
 この状況を大きく打破したのが、「ニューラルネットワーク」の登場です。
 ニューラルネットワークとは、脳の神経細胞のネットワーク構造を模して表現した数学モデルのこと。
 2014年に論文が発表され、2016年にGoogleの翻訳サービスがニューラルネットワークでアルゴリズム変更をしたことで、「すごい技術が出てきた!」と広く知られるようになりました。
 みらい翻訳においても、ニューラルネットワークをいち早く翻訳のコア技術に導入。精度の大幅な向上を実現しました。
 これは開発に長く関わる研究者自身が、「新しい時代が来た」「驚愕の翻訳精度だ」と感嘆するほどの革新です。
 私個人としても、また、技術者としてビジネスをする上でも、これほどの進化を目の当たりにする経験はなかなかできることではないと思っています。

「企業のために」絶え間ない改善を

──技術革新が、AI自動翻訳の進化に大きなインパクトを与えた、と。その結果、直近では「精度が高い」と海外発のサービスが日本でも話題を集めている印象です。そんな環境下でも、多くの企業からみらい翻訳が選ばれているのは、なぜですか。
 グローバルにビジネスを展開する大企業を中心に、たくさんの企業にみらい翻訳を選んでいただいていますが、私たちはこれまで一貫して企業向けのサービスとして開発をしてきました。
 NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)やNTTとも共同研究を続けながら、日本企業の生の声を収集し、現場の不満を解消することに注力してきました。
 もちろん、精度には自信があります。
 すでにTOEIC960点からプロ翻訳者レベルの翻訳精度を実現し、翻訳文の流暢さには、多くのお客様から高評価をいただいています。
 翻訳の品質を決めるのは、AIのアルゴリズムとデータです。
 昔は単純にデータの「量」が精度を左右すると言えた時代もありましたが、ある程度の量のデータが集まってくると、次は「質」と「網羅性」がカギになる。つまり、その領域のデータで、学習しているかどうか、が精度に影響します。
 たとえば、ビジネスではさまざまな専門用語が扱われますが、とくに法律や財務に関わる文書の翻訳は多くの企業から高いニーズがあります。
 しかし、法律や財務に関するデータは機密性が高く企業の外部にはほとんど出てこないため、集めることは容易ではありません。
 そこで我々は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所と「法務・財務モデル」の共同開発を実施。契約書・定款・規定などの法務関連文書や、決算短信・有価証券報告書・アニュアルレポートなどの財務関連文書において、実用レベルでの翻訳を可能にしています。
 契約書のやりとりは、日本語であっても非常に負荷がかかるものです。専門的な内容をきちんととらえた上でスムーズに翻訳できるので、現場の生産性向上に高く寄与していると自負しています。
 また、セキュリティの強度は、企業での活用においてIT担当者が非常に重視するところです。
 ビジネスで扱われる文書は、契約書に限らず、提案書やメールの本文まで機密度が高い情報ばかり。
 セキュリティが担保されていないと、翻訳サービスを安心して使うことができません。
 私たちは、2017年12月にクラウドAI翻訳「Mirai Translator」をリリースした当初から情報の保護には非常にこだわってきました。
 ISO27001(ISMS:企業の情報資産の保護およびセキュリティ体制構築に関する国際規格)とあわせて、国内クラウド機械翻訳では初のISO27017(クラウドセキュリティに関する国際規格)認証も取得。
 データは翻訳後に自動削除し、サーバーにデータは一切残りません。また、翻訳処理はすべて、国内の当社サーバー内で行っています。
 ここで結構、落とし穴になるのが「英語だけでなく複数言語に対応していますが、一部は他社のサービスと連携しています」という翻訳サービスが市場には多数存在することです。それだと情報が、意図しない外部サービスに流れてしまっている。
 現在、みらい翻訳では12言語の翻訳に対応していますが、全言語の情報を我々の管理下で翻訳し、責任を持って情報をお守りしています。
※総務省公開「政府機関における多言語自動翻訳システムの導入のための参照技術要件集」

ネイティブ人材からも支持される理由

──企業が求める多様なニーズに愚直に応えてきた結果、今のみらい翻訳があると。しかし、グローバル企業内には、英語ができるネイティブ人材も多いでしょう。そうした企業が全社的に翻訳サービスを導入する背景には、どのようなニーズがあるのでしょうか。
 サービスを提供する中で私も驚いたのが、企業内で“英語が得意な方たち”が非常に困っている現実でした。
 翻訳業務が、英語ができる社員の方に集中し、非効率な状況が生まれているのです。
 グローバル企業では翻訳のための専門部隊を持つところも少なくありませんが、ある企業では、翻訳してほしい文書が各部署から次々に送られてくるため、「翻訳待ち」のような状況が常態化していました。
 また、専門部隊に依頼するほどでもない簡単な文書でも、各部門では英語が得意なメンバーに「このテキストを翻訳してほしい」「メールの文書が間違っていないか、確認してほしい」と依頼が多発している。
 そうして本来の業務が滞り、企業の生産性が全体的に落ちてしまう。
 全社的な翻訳サービスの導入によって、日々のやりとりで頻繁に生じる翻訳ニーズに、すべての社員が即時対応できるようになれば、この状況を大きく変えることができます。
 専門部隊はそのスキルを存分に生かしきる高度な業務に集中できる。簡易的な翻訳を求めている一般社員は、手元ですぐに翻訳できる。
 業務のスピードがあがり、組織全体の生産性が引き上げられるだけでなく、翻訳ニーズの一時的な増加に備えるための人員や外注コストの削減にもつながります。
 こうした背景から、翻訳量・ID数を無制限で提供するワンストップDXソリューション「FLaT」にも力を入れています。
──「FLaT」は、全社導入を意識したサービスということですね。
 そうです。AI自動翻訳サービスの多くは、ID数や翻訳ワード数・投入できるファイル数に制限があります。
 その結果、どうなるかというと、社内では限られたID数を割り当てられた「AI翻訳担当」が置かれてしまう。
 これでは「このファイルを翻訳してください」「翻訳完了したのでお送りします」といった従来のやりとりが生じ、効率化にはまったくつながりません。
 また、翻訳量に制限があると、使う側が「このテキストは翻訳して大丈夫かな」「使いすぎると金額が上がるかな」と抑制行動をとるようになります。
 どんどん翻訳していこう、という動きにはなりません。
「FLaT」にはID数制限もワード数制限もないので、翻訳ニーズの頻度にかかわらず、社員の誰もが活用できるようになります。
 たとえば、ちょっとしたメールの翻訳でも周りのできる人に聞いていたところから、AI自動翻訳ですぐに必要な翻訳文を生み出せるようになる。
 翻訳にかかる時間は大幅に短くなり、ストレスも軽減されるでしょう。

お客様の目的は「翻訳すること」ではない

──制限があると、「このメールの翻訳はこっそり無料のサービスを使おう」と動くメンバーが出てきそうです。
 はい。セキュリティの担保という点でも重要ですし、小さな“不便”が解消されることで、全社の生産性も変わっていきます。
 たとえば、翻訳ツールの浸透を阻む壁の一つに、「翻訳された内容が正しいのかわからない」ことが挙げられます。
 そこでみらい翻訳では、「逆翻訳」の機能を用意しています。この機能があれば、翻訳された外国語をもう一度日本語に訳し直すことで、翻訳が正しいかどうかを簡単に確認することができます。
 また、我々のサービスには「テキスト翻訳」だけでなく、「ファイル翻訳」があります。
 WordやPowerPointなどのファイルを丸ごと翻訳できるのが「ファイル翻訳」で、企業内で使っているツールをそのまま活用でき、辞書登録できる仕組みもあります。
 さらに、元のレイアウトをそのままに、指定した言語で翻訳されるなど、現場の業務効率を考えたサービスになっています。
本記事の原稿は1分たらず、グラフや図が多く入った59ページのPDFは10分ほどで翻訳された
 もし、太字や罫線、矢印やグラフ・図が入った資料を翻訳したいとして、まっさらなテキストだけが翻訳されて出てきたら、もう一度、翻訳テキストだけをコピー&ペーストして、元の資料に戻していかなければいけません。
 業務の目的のほとんどは、「翻訳すること」単体にはありません。
「翻訳されたテキストを使って資料を作成すること」がゴールであれば、我々のサービスも、その達成をサポートするものでなくては意味がない。
 最終目標にもっとも早くたどり着けるようなサービス設計が非常に大事だと思っています。

すべての人がグローバルで活躍できる世界に

──ビジョンとして、「言語の壁を超え、新しい生活と仕事の様式をもたらす共通語の機能を機械翻訳として2028年までに作る」を掲げています。ビジョンが達成されたとき、世界はどう変わりますか。
 機械翻訳が広がれば、ローカルでしか仕事ができなかった方々のチャンスが広がっていきます。
 現在の技術を応用し、チャットによる社内コミュニケーションをAI自動翻訳でサポートできるようになれば、グローバルでプロジェクトを動かしていくこともより簡単になる。
 今、日本のほとんどの方は外国語を使わずに仕事をしています。
 私たちはこの状況を“暗黒大陸”と呼んでいるのですが(笑)、もしみなさんが翻訳サービスを使って、簡単に海外とやりとりをすることができるようになれば、この閉じられた大陸を抜け出すことができる。
 今は「外国語なんて自分には無関係」「自分たちはグローバル企業じゃない」と思っているような方々であっても、AI自動翻訳を活用することによって、グローバルに飛び出していける可能性は十分にあります。
 言語の壁を意識することなく働けるようになることで、自分や企業の業務範囲が、知らぬ間にグローバルに広がっていた、という世界を実現したいのです。
 私を含めた日本人が長年、“英語だから”と避けてきた領域に、仕事のチャンスがどんどん広がっていくと思っています。
 2028年まではあと5年──。今後は、企業の働き方自体を変えていく、生産性を上げていくことをしっかり実現していきたいと思っています。
 自信を持って多くの企業へ提供できる翻訳サービスを作り上げることはできました。
 しかし、精度の面ではまだ改善の余地があります。今年度も大きなアップデートを予定しており、これからも精度にはひたすら向き合っていきます。
 また、実際に企業の仕事の様式を変えるためには、現場での活用を阻害する要因を丁寧に一つひとつ確認し、サービス全体を改善していく必要があると考えています。
 カスタマーサクセスと開発がしっかり連携し、お客様の要望に応え、サービスの改善を続けていきます。
 企業の中には、まだまだ翻訳サービスの手が届いてない領域がたくさんあります。法律・財務以外の専門分野やシステムの中の文書など、こうした未翻訳領域への拡張を進めていきます。
 また、テキストだけでなく音声翻訳にも注力しています。オンラインでいつでも世界とつながることができるようになり、「会議」がリアルタイムで精度高く翻訳できることを多くの方が願っています。直近、大きなブレイクスルーが起こり、テキスト同様の高い翻訳精度を実現できる明るい兆しが見えてきました。
 翻訳の先には、お客様ごとにさまざまなゴールがあります。コミュニケーションをとりたい、契約を成立させたい、イノベーションを起こしたい──。
 それぞれの目的を達成するために、みらい翻訳はどんな付加価値を提供すべきか。低いと言われる日本の生産性を救うテコとして、なにができるか。
「翻訳」だけに終始しないサービスで、みなさんの事業成長をかなえていきたいと考えています。