2022/9/20

【逆襲】バブルを起こせ。日本再興の鍵は「ディープテック」にあり

NewsPicks / Brand Design 編集者
 日本は、オワコン──。本当にそうだろうか?
 確かに日本経済はこの30年間、停滞したままだ。だが、逆境は変化の好機ともいえる。
 政府は「スタートアップ創出元年」を掲げ、活路を新興企業に見出す一方、インパクトとなる明確な一手は見えていない。答えはどこにあるのか。
「日本の勝ち筋は、ディープテックにあり」
 そう明言するのは、ユーグレナCEOであり、国内最大級の技術特化ファンド「リアルテックファンド」代表の永田 暁彦氏
 ひと昔前まで、この領域は「儲からない」「成果が見えにくい」といったイメージがあった。なぜ今、ディープテックが「世界を制する日本の勝ち筋」になり得るのだろうか。
 「ReSTARTUP」連載2回目は、ビジネスとしての可能性、そしてディープテックで世界へと挑戦するために解決すべき課題について、永田氏に話を伺った。
INDEX
  • いま、ディープテック企業に投資をすべき理由
  • ディープテックの資金調達を阻む“認知”の壁
  • プレイヤーが一丸となり“メントスコーラ”の爆発力を上げる
経済成長が停滞した日本経済においても、10億円を超える資金調達が珍しくないような、ファイナンス環境が育まれてきました。起業家、投資家、大企業、金融機関、行政機関、研究機関……、イノベーション・エコシステムの各プレイヤーたる“私たち”は、今こそ何を志すべきでしょうか。本連載は、新産業が生まれる未来を目指し、スタートアップを支援するみずほ銀行の提供でお届けします。

いま、ディープテック企業に投資をすべき理由

──はじめに、永田さんが考える「ディープテック」の定義をお聞かせください。
 永田 一般的には「テクノロジー研究を通し開発された技術」を指しますが、僕自身は「テクノロジーを通し社会課題を解決する技術」、さらに言えば深刻な病気や環境問題などの “ディープイシュー”を解決する技術のことを指すと思っています。
慶應義塾大学商学部卒。独立系プライベート・エクイティファンドを経て、2008年にユーグレナ社の取締役に就任。事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門を管轄。現在は食品から燃料、研究開発など全ての事業執行を務めるとともに、技術系VC「リアルテックファンド」の代表も担う
──ディープイシューですか?
 アメリカの製薬ベンチャーであるモデルナ社のワクチン開発などは、そのディープテック企業の代表例の一つ。間違いなく人類は、モデルナ社のビジネスを通し救われました。
 また、既存のテクノロジーを、ディープイシューの解決のために“つなげる”、ということもディープテックと言えます。
 例えば、ドローンはさまざまな研究成果が集約された素晴らしい技術ですよね。そこで「ドローンをエンタメの領域に活かしましょう」ではなく「いかに離島へ医薬品を届けられるようになるかを考えましょう」と技術の応用を行うのがディープテックなんです。
 もちろん「ワンタッチで生活がより豊かになる」「95点の生活が97点になる」ような便利なサービスのことを否定するつもりはなく、対立項ではありません。
 しかし、いま課題となっているのはそのバランスが不均衡であること。国内で“ディープイシュー”の解決に人生を懸ける存在が少なすぎると思っていて。社会のバランスを取るためにも、僕は“ディープイシュー”を解決するような取り組みに対し、積極的に投資するよう意識しています。
──なぜ永田さんはディープテックを推進するべきだと思うのでしょうか?
 これからの日本経済の勝ち筋は、いかに外貨を稼ぐかにあります。そして、そのテコとなる産業がディープテックだと考えています。
 まず、日本からGoogleのような企業を世界へ輩出することは、言語の観点で正直無理があるでしょう。
 仮に高性能の日本語検索エンジンのプラットフォームが生まれたとしても、日本国内のシェアを奪い合うことが関の山だと思うんですよね。でも、Googleが使わざるを得ないイギリスとアメリカ、ユーラシア大陸を結ぶ海底通信ケーブルを最速化するプラットフォームを日本の技術で生み出す姿なら想像できます。
 もう一つは、日本で外貨を稼いでいる産業って、全部元をたどるとディープテック。ディープテックなら外貨を稼げる可能性を秘めています。
 むしろ次世代における日本電産や村田製作所のような存在が生まれない限り日本は外貨を稼げない、とさえ思っています。
──なるほど。国内で現在そういった研究を行なっているのは、産学連携型のベンチャーが中心になるのでしょうか?
 大きくカテゴリーに分けると、大学発のベンチャー、個人発のベンチャー、そして大企業発のベンチャーという三つに分かれています。
 リアルテックファンドの代表としては、現在、三つ目の大企業発のベンチャーをプッシュしているところです。
──そこで大企業発のベンチャーを応援する背景とは?
 大企業って使っていない特許がたくさんあるし、予算も確保できるはずなんです。
 でも、研究を継続させるために研究者へ課せられた売上見込のボーダーラインが高すぎるんですよね。一般的なベンチャーが起業して100億円の売上を作るのってすごいことじゃないですか。
 でも例えば某大手製造メーカーと話をすると、カーブアウトしてからの「そこそこやったな」と判断できる売上のボーダーは1000億円。かなりギャップがあるんです。
 彼らのビジネスサイズからすれば、100億なんてそれほど価値がない数字。でも、そこで「お金にならないから」と社内起業の提案を却下し続けていると、優秀な研究者もテンションが下がり、煮詰まっていくんですよね。
 社会実装された研究をどんどん出せる環境を作れるようになり、基礎研究にお金が集まりやすくなるような仕組みを、大企業の内部で整えていければと思っています。

ディープテックの資金調達を阻む“認知”の壁

──実際、「ディープテック企業の資金調達は年々難しくなっている」という投資家の声もあります。国内の実情をぜひお聞きしたいです。
 おっしゃる通りファイナンス環境としては厳しい。常にアンダーバリューなんですよね。ただ、僕がユーグレナの取締役に就任した2008年以降14年間、厳しくなかった時なんてないんですよ。勢いづいたバブルなんて一度もない(笑)。
──ここまで資金を確保しにくい原因には何があると思いますか?
 その根底には、世間一般における、いくつかの“認知”の問題が影響していると思います。
 例えば、先ほどおっしゃっていた「資金調達をしにくい」をはじめとする「ディープテックはリスクが高い」という認知。2000年代に創薬バブルが起きた時期があったのですが、創薬ベンチャーは黒字化するのに時間がかかるからこそ、赤字上場が多かったんですよね。結局収益化もできないままバブルは崩壊。
 当時のファンドも結構傷んだらしく「ディープテックはリスクが高い」という印象が広がるきっかけとなりました。
 次に“理系”という二文字に対する抵抗感ですね。僕がメディア取材に応じる時も「文系なものでわからないかもしれません」っていう枕詞を付ける人、多いんです。
 でもメルカリのサーバーサイドの技術を理解していなくても、メルカリのニュースは多く取り上げられますよね。
 「技術がわからないから」ではなく、「理系の分野に抵抗がある」ことがポイント。文系と理系、という日本特有の概念があるぶん、いわゆる“文系”のアントレプレナー(起業家)や投資家には「ディープテック=難しい」と敬遠するような認知が蔓延しているように感じます。
 実は、パートナーシップ企業の半数を海外企業が占め、一時期、時価総額4000億円を超えた、メルカリを超えるシンボルになるような国内ディープテックベンチャーもあるんですよ。
──教えてください。
 ペプチドリームという、創薬プラットフォームを作った会社です。でも、彼らのことを発信するメディアはほとんどありません。世界中の創薬企業が「ここと手を組みたい」と注目しているのに!
 こういったディープテック企業にスポットライトが当たらない状況も、“理系”へのイメージが深く関係していると思います。
 そして「地方」に対する認知の影響も強い。ディープテックって地方が強いんですよ。山口県発の大手総合化学メーカー・UBEの売上は半分以上が海外。
 僕らは屋外で動けるロボット掃除機を開発する香川大学発のベンチャー「未来機械」に投資をしているのですが、その売上も99%が海外。グローバルの観点で「勝っている」会社は、地方にたくさんあるんです。
 その背景には、地方ごとに理系学部の専門領域が特化してることが挙げられます。素材系なら東北大学、農業系なら北海道大学、生物資源は琉球大学、のように強い領域が徹底されているんです。日本の科研費の約71%は地方に集中しているのが現状です。
※2015〜2019年の科学研究費総額を都道府県別で、リアルテックファンドが独自算出
 でも、日本のベンチャーキャピタルの出資先の75%は東京。地方大学発のベンチャーに投資家からお金が集まらないのは、みんなが想像する「地方発のベンチャー」に「地方創生」「地域を助けます!」みたいな先入観があるからなんです。
 しかも「マッキンゼーに入りバリバリ東京でやっています」というビジネスのプロに「ちょっと地方に行ってもらえませんか?」って口説くのってめちゃくちゃハードルが高そうじゃないですか。
──なんとなく「都落ち」感がありそうです。
 そういう認知が変わらないといけない。ビジネスでアメリカに行く、って言ったら、どんなところでも、なんとなくカッコいいじゃないですか。
 究極的には、ディープテックで起業した、と言ったら、ビジネスパーソンからは「イケてる」と思われて、合コンに行ったら「モテる」ぐらいの認知の変化が必要です。
──なるほど。GAFAに行くよりも、MBAとるよりも、ディープテックが稼げて、社会を変えられて、カッコいい世界線にしないといけないんですね。
 そういうことです。すごく俗的ではあるのですが、“成功”っていうのは時価総額だけじゃなく、社会的認知やイメージの変化も大きいと思っています。
 個人的には47都道府県全部にユニコーン企業を作ることが目標。でもこの仕事、絶対に僕じゃなくて国がやるべきなんですけどね(笑)。

プレイヤーが一丸となり“メントスコーラ”の爆発力を上げる

──ディープテック企業が資金調達をする上で、ディープテックにまつわるさまざまな「認知の壁」に阻まれている、という課題は理解しました。我々メディアの役割も大きそうです。それらの認知を改善するためには、スタートアップエコシステム、ベンチャー業界はどのように変わるべきでしょうか?
 僕はよくリアルテックファンドのメンバーに言っていることが二つあります。一つは「絶対に成功しろ」ということ。そして「認知を変化させろ」ということです。
 僕はディープイシューという社会的意義のために今の事業を始めました。しかしまずは「成功した」と印象づける結果を出すことがとにかく重要です。
 1社でも成功モデルが生まれれば、みんなが追随し始めますよね。そして1回でもいいからバブルを作らなくちゃいけません。
 リアルテックファンドは現在国内外4ファンド、総額228億円を運用していますが、一番初めのファンドが7年目に突入しました。そのファンドの期限を迎える時に「めちゃくちゃリターンを出しました!」って世の中に発表すれば、少しイメージも変わるはず。
 仮に最初のバブルが続かなかったとしても、バブルを機に参画した企業やVCの何%かは業界に残ります。そこから第二次バブル、第三次バブルと地層のように成功モデルが蓄積される。そうやって蓄積を繰り返しながら、産業化されていくことが理想です。
 ただ、バブルを起こし「ディープテックは儲かる」という認知を広めるには、それだけじゃ足りません。ディープテックの技術が、投資家にとって「自分ごと」化されるような発信方法が重要だと思います。
 そもそも多くの人は“社会的意義”だけでは動きません。むしろ承認欲求や金銭的欲求といった“欲求”で動きます。そういった欲求を「ディープイシューを解決するディープテック」によって達成できると証明する。それが僕の仕事だと思っています。
 リアルテックファンドでは「ブースター」という支援の仕組みを設けています。8パターンのブースターがあるなかで、そのうちの二つはクリエイティブとPRを通して認知を向上させる支援なんです。
※リアルテックファンド資料より、NewsPicks Brand Design作成
──なにか具体的な事例はありますか?
 象徴的なのが、「筋電センサー」という技術を開発するベンチャー企業・メルティンMMIの事例です。正直「筋電センサー」と言われてもあまりピンとこないじゃないですか。
 でもクリエイティブチームが「これが社会実装された未来はどうなるか」をまとめたことで、バリュエーションは数倍向上しました。
 同様に「超ひも理論を研究している会社です」ではなく「どこでもドアを作ろうとしている会社です」と説明すれば、誰もが「欲しい!」と興味を持つようになる。そうやって、イメージの変換が必要なんですよね。
──認知の変換を行うことでディープテック領域にお金と人の流れを生み出す、ということですね。では、プレイヤーである起業家が心がけるべきことはありますか?
 コーラにメントスを入れると勢いよくコーラが噴き出す“メントスコーラ”ってあるじゃないですか。
 仮に研究内容がコーラだとして、起業家はコーラを爆発させるためのメントスのような存在であるべきなんですよね。日本はコーラがたくさんあるんですよ。だから「自分がメントスにさえなれば、めちゃくちゃパワフルに爆発するかもしれない」ことを理解して、積極的に情報を得るべきです。
メントスのゼラチンに反応し、コーラの中に抑え込まれた二酸化炭素が一気に噴き出す
 先ほど言った通り「ディープテック」という言葉が出た瞬間に「難しいサイエンスの中身がわからないとだめだ」って思う人が多いんですよ。でもSaaSの起業家だって、自分がコードを書けなければエンジニアを捕まえるでしょう。それと同様、サイエンティストを発掘することが重要なんです。
 実際、僕自身はサイエンティストではありませんが、サイエンティストと語りながら、研究をどうビジネス化するかを解像度高くイメージできることが強みだと思っています。
──いわゆる「コーラ」となる研究がビジネスで爆発するまでの流れを、どう見極めればいいのでしょう?
 大まかに3パターンあると捉えてください。一つ目が医薬系のように、完成さえすればビジネスが大成功するパターン。「これさえ完成すればいい。あとは臨床試験をするだけ」というのはわかりやすいからこそ、これまでの創薬バブルを含む日本のディープテックは、この流れがメインでした。
 二つ目は、研究者自身が「自分の家族が持病を抱えている」など強く解決したいイシューを持って起業家となるパターンです。
 そして三つ目は素晴らしい技術を持っているにもかかわらず、研究者自身がビジネスに向いていないパターン。
※取材をもとに、NewsPicks Brand Design作成
──どのパターンが一番多いのでしょうか。
 圧倒的に三つ目です。そもそも両方を持ち合わせてる人なんてほとんどいないのが実情。アントレプレナー(起業家)と組み合わせる必要があります。
 実は先ほど言った8つのブースターの中で一番力を入れてるのは人材紹介です。人の流動性が上がらないといけません。大企業とベンチャーの間の人材流動性よりも、むしろディープテック領域と非ディープテック領域の人材の流動性が上がることで、メントスコーラの発生する確率を上げたいなと思っています。
──最後に、VCやCVC、大企業がディープテック領域のスタートアップ企業を盛り上げるために心がけること、期待したい流れについてもぜひお聞きしたいです。
 最近のウェブサービス系スタートアップでは株主数十社が集中的にはじめの顧客となり、ローンチしたばかりの時点でもすでに売上があることもあるじゃないですか。
 それははっきり言って、ベンチャーにおけるVCのバリュエーションを上げるための仕掛け。もちろん取り合いもありますが、それよりも「社会全体でこの会社を勝たせよう」という意思を感じます。
 残念なことに、ディープテックの領域ではまだそういった「全員で盛り上げよう」という結束力が薄いんです。それをCVCも含めてやること。
 VCってコンペティターにもなりますが、日本経済や産業のマクロな観点で見たら、あくまで協力者。最終的には「メントスコーラの起爆力を上げるために何ができるか」を考えながら、起業家、研究者、VCや大企業が一丸となり、業界全体で波に乗ることができるようになったらいいなと思います。