2022/9/28

伝統か、革新か。何十年も愛される「ブランド」はどう受け継がれる?

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 日本は世界有数の長寿国だが、それは人間に限った話ではなく、企業も同じだ。世界に存在する創業100年以上の企業は、実に半数近くが日本にあるという。
 日本には、人々から長く愛されるサービスや商品を生み出し続ける土壌があるのかもしれない。
 トヨタ自動車のフラッグシップカーである「クラウン」も、初代が1955年に誕生してから、70年近くにわたって多くのユーザーに支持されてきた存在だ。
そして、2022年7月に発表された16代目クラウンの開発を手掛けたのが、チーフエンジニアの皿田明弘氏である。
彼は、どんな姿勢で代々受け継がれてきた歴史や伝統と向き合ったのか? そこには、きっと悩みや葛藤があったはずだ。
トヨタ自動車は2022年7月に、16代目クラウンをお披露目するワールドプレミアを実施。豊田章男社長は「クラウンは、時代の変化と闘いながら、進化を続けてまいりました」と語った(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)
 同様に、国の歴史的資産を新しい価値へと再創造してきたのが、バリューマネジメント株式会社の他力野淳氏だ。
 時代や歴史に垣間見える文化を礎としながら、新しい価値を生み出す両者の対話から、時代が変わっても支持を集める「ロングライフ」なブランドの在り方を探る。
INDEX
  • 「歴史」と「必要性」のバランス
  • 形ではなく、精神を継ぐ
  • クラウンが培ってきた「精神性」とは
  • 数十年愛される「ロングライフ」なブランドとは

「歴史」と「必要性」のバランス

皿田 私は16代目クラウンの主査(チーフエンジニア)を拝命してから、開発の過程で歴史の重みを実感する瞬間が多々ありました。
 かつて「いつかは、クラウン」と呼ばれたように、このクルマには愛してくださっているお客様が考える“クラウン像”というものがあります。
 それを度外視して、従来のイメージからかけ離れたクラウンを作ると、昔から愛して頂いているお客様が離れてしまう不安がありますし、かといって大胆な挑戦を恐れたら新たなお客様だけでなく、昔からのお客様の期待にも応えられないかもしれない。
 このジレンマを考えながら、クルマを作っていく必要がある。これが非常に悩ましいのです。
1973年山口県生まれ。1997年トヨタ自動車入社、ボデー設計に配属。クラウン、ハイランダー、ハリアー、LEXUS LS、RX、ポルテおよび小型車プラットフォーム設計を歴任。2015年製品企画部署に異動。現行カムリ担当、戦略企画等を経て、2019年クラウン担当開発主査に着任。現在に至る。座右の銘は「無私、利他」。
他力野 私も畑は違いますが、そのジレンマは痛いほど分かります(笑)
皿田 他力野さんは神社仏閣や老舗旅館など、歴史的建造物を預かって保全と収益化を手掛けられていますよね。
 このジレンマを越えていくために、どのような考え方や手法をとられていますか? 大変興味があります。
他力野 私が常々考えているのは、対象となる歴史的資源が持つルーツを大切にしながら、今の時代に必要とされる場所に再構築することです。
2005年バリューマネジメント株式会社設立、代表取締役に就任。文化財など伝統的建造物、行政の遊休施設の利活用や観光まちづくりを推進。施設再生から地域を活性化し、日本独自の文化を紡ぐ。観光庁城泊実施のための専門家派遣事業専門家、歴史的資源を活用した観光まちづくり評価手法研究会 専門家、歴史的資源保存・活用ガイドライン策定事業 専門家、内閣官房歴史的資源を活用した観光まちづくり 専門家会議構成員、総務省地域力創造アドバイザー。
 歴史的な建物の背景やストーリーを無視して流行に寄り添ったリノベーションをすれば、一気に客足が伸びるかもしれませんが、廃れるのも早い。
 せっかく積み重ねてきた文化を安易な手法で消費してしまうのは、あってはなりません。
 だから私たちは創建当時の内観や外観には極力手を加えず、“ソフト部分のみ”に手を入れて、今の時代を生きる人々に「必要とされる場所」に蘇らせることを目指しています。
皿田 背景やストーリーを含む「歴史」と、現代の人々が求める「必要性」の掛け合わせが重要である、と。
他力野 たとえば、我々が手掛けた案件のなかに、愛媛県大洲市の周辺地域を活性化させるプロジェクトがあります。
 その地域には「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」一つ星を獲得した、臥龍山荘という国の重要文化財がありました。
「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」一つ星を獲得した臥龍山荘。明治の貿易商である河内寅次郎氏が京都や神戸の名工を呼び寄せ構想10年・工期4年の歳月をかけ、建てた。
 そこは極めて独創的な数奇屋建築として既に評価されているのですが、有識者の方々に集まっていただき、誕生の由来や時代背景を調査したところ、もともとは商人であるオーナーが客人を招くための迎賓館として作ったことが分かりました。
 能舞台用の部屋があるのですが、畳の下が板間になっており、音響調和のための壺が並べられているんです。
 つまり、臥龍山荘には客人をもてなす匠の技や心意気が詰まった歴史と文化がある。その在り方は変えるべきではありません。
 そういった文化を現代の人々にも体感してもらうべく、大洲城や臥龍山荘の周辺に分散する町屋や古民家を改修して、町全体がホテルという構想の分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」を立ち上げました。
愛媛県大洲市には中心部の城下町にまちのアイコンである大洲城、明治期の名建築、臥龍山荘をはじめとした歴史的資源が数多く点在。バリューマネジメントはそのエリアに、国登録有形文化財・旧加藤家住宅主家の歴史的邸宅を使用したホテル客室をオープンした。
 お客様には城下町で暮らすような非日常を味わってもらいながら、大洲城や臥龍山荘をはじめとした、その土地の歴史や文化に触れていただく。
 そうやって歴史的建造物の歴史の上に、ユニークな体験を設計し、必要とされ続ける場所にしていくのが狙いです。

形ではなく、精神を継ぐ

他力野 これは私の主観ではあるのですが、クラウンも同じスタンスで60年以上も価値を保ってきたのでは?
皿田 そうですね。もともとクラウンは、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎さんの思想から生まれています。
 それは「大衆乗用車をつくり、日本の暮らしを豊かにしたい」という想いから始まり、初代主査である中村健也さんが初の純国産乗用車として形にしました。それ以降、時代に合わせ「幸せの量産」を目指してきました。
 そうやって、15代にわたって受け継がれてきた“クラウンらしさ”が、多くの人を惹き付け、今でもそこに愛着を感じてくださっている人がたくさんいます。
 ただ、どんなに価値のある伝統も、時代の変化と共に進化を怠ればただ古くなり、最終的には「過去の遺産」になってしまう。
他力野 まさに。「今は必要のない過去」として人々に振り返られる存在になってしまうと、その文化は終わりを迎えますよね。
皿田 私がクラウンのチーフエンジニアになったのは、約3年前。いよいよ「クラウンは、このままで本当にいいのか」という切迫した雰囲気がありました。そういった危機感を一番強くもっていたのが豊田社長です。
 だからこそ、この状況をいかにして打破するかが最も重要な命題でした。これはまさに、歴代の主査の方々が思い悩んできたテーマでもあります。
 たとえば、歴代主査の方々の中には伝統工芸の人間国宝とされる職人にお会いして、大きなヒントを得た人もいますね。
 そこで「伝統とは形骸を継ぐものにあらず。その精神を継ぐものなり」という、ロダンの言葉を教えて頂いたことが大きなヒントになった、と聞きました。
他力野 つまり、引き継ぐべきものはカタチではなく、根底にある精神だと伝えたわけですね。
皿田 その通りです。だから、クラウンにおいても精神を守りながら、時代に応じて表現を考えれば良いのでは、と。
 そして、先人たちに導かれるようにして、多くのチャレンジをしてきました。その過程で、社長をはじめ上司、諸先輩に背中を押され、本当に多くの方々のお力添えを頂き、16代目のクラウンを開発できたのです。
他力野 クラウンの場合は、有形のプロダクトであるクルマが魅力的であるのはもちろん、「形を継ぐのではなく、精神を継ぐ」トヨタさんが貫いてきた心意気に魅了されている人が多いのではないかと。
 つまり無形のモノである作り手の精神性、企業文化の価値は非常に高く、そこに普遍的なブランドをつくるためのヒントがあるのだと思います。

クラウンが培ってきた「精神性」とは

他力野 それでいうと、新しい16代目クラウンは、具体的にどんな部分に伝統的な精神性を宿らせて、どんな変化を遂げたクルマなのでしょうか?
皿田 個々の部分やカタチというよりは、全体にわたって「今の時代に良いもの」を定義し、素直に考えるところから始めました。
 その中で、日本の価値観、美意識というのは大切にしたいという思いもありました。
iStock / GCShutter
 たとえばスタイリングについては「線」を減らし、「面」で勝負しているのですが、これ見よがしな要素、線は削ぎ落とし、日本らしい品格あるたたずまいを目指しました。
 要素を削ぎ落とすことで、日本らしい品格を演出しているのですが、それを若い20代のデザイナーやベテランが一緒になって考えてくれたため、これまでにない大胆かつ繊細なデザインに仕上がりました。
 クラウンには、元はそういった“革新”の伝統があって、それを世に問うていくのが重要な役割だと考えています。
他力野 日本らしい美学を体現したデザインですよね。私は仕事柄、歴史的建築物をよく見るのですが、西洋は基本的にどんどん要素を付け足していく。
 壁だったら、西洋はあらゆる壁に装飾や絵画を盛りつけていくような「プラス」の美学です。
 それはそれで面白いしカッコイイと思うのですが、日本の場合はシンプルなくらいに漆喰を施して「以上」というデザインが多い。
 最小限を追求する「マイナス」の美学で、新型のクラウンは日本の美意識を表現したものなのかなと思っています
皿田 うれしいですね。そもそも「クラウンらしさ」には、明確な基準がなくて、我々もはっきりと言葉で伝えるのが難しいんですよ。
 恐らく、みなさんの中にそれぞれクラウンのイメージがあって、最大公約数にあたる要素がその時代の「クラウンらしさ」なのかなと。
 その答えをはっきりさせることが大事ではなく、時代に合わせいつも「いいクルマとは何か」「どうすればご満足頂けるか」を考え続け、行動することが大事だと捉えています。
これは、初代主査の中村健也さんの言葉から導かれています。ただ、これまで国産乗用車の歴史の一翼を担ってきたクラウンだからこそ、より日本の美意識を体現するようにしました。
 もう一つの美意識でいうと、歴代のクラウンがこだわり抜いてきた快適な乗り心地は、今回も大事にしたかったポイントです。
 というのも、もともとクラウンは、いろんな人と一緒に乗る機会が多いクルマなんですよね。
CROSSOVER G“Leather Package”のインテリア(オプション装着車)
 家庭用のクルマとして家族や友人を乗せたりするのはもちろん、タクシーや公用車としても使われることが多かった。
 時代が変わっても乗り心地の良さはクラウンが普遍的に提供したい価値の一つと思っていますので、新型でも快適な乗り心地を実現すべく、様々な技術を駆使しています。
他力野 そもそも、クラウンが国産初の乗用車だったことや、初代から受け継がれてきた精神性を知らない若者も多いと思うんですよ。
 それでも、新型クラウンの研ぎ澄まされたデザインや乗り心地に触れたら、ある種の高揚感を覚えるはず。
 我々の領域に置き換えると、都会育ちで古い町並みを知らない若者が、「なんだか懐かしい」と感動しているのと一緒ですね。
 普遍性を持っているものであれば、初めて触れるものでも愛着を持ってもらえますから

数十年愛される「ロングライフ」なブランドとは

皿田 今後クラウンもそうありたいのですが、未来の社会でも愛されるためにはどんな要素が重要になってくると思いますか?
他力野 使い古されている言葉ではありますが、やはり「持続可能」であることが重要になってくると思います。
 今は暮らしの中で本質的に必要なものが見えにくい世の中になっている気がします。「未来でも必要とされるほどのものって何だろう?」と、私も自分自身に問い続けているんです。
 必要じゃないものもたくさんありそうななかで、何を持続可能にするべきなのか。
 我々は「文化を紡ぐ」というビジョンを掲げていますが、100年後に住んでいる人から見たら当たり前に持続している文化が、今の僕たちには見えない。
 だからこそ、現代において単純に消費されていくものと、ずっと残り続けるもの……。その境目を慎重に見極めて、本当に必要なものを持続可能な状態にしていくことが大切なのかなと
皿田 そうですね。必要性を感じて頂き、自分ごとにしてもらうためには、やはり歴史やストーリーなど、人の心を打つ要素が大切だと改めて思います。
 他力野さんとの会話で、安易な手段に走るのではなく、しっかり考えていかなければならないと再確認しました。
 我々も、お客様にクルマにご満足頂き、人生を豊かにしてもらうという目的を見失わず、その課題と愚直に向き合っていれば時代に合ったアクションが見えてくると考えています。
 それを積み重ねることが、きっと長く愛着を持って頂くことにつながっていくはずですから。