(ブルームバーグ): 大阪府高槻市で産業機器や機械部品の製作加工を手掛ける京和精工。従業員約30人を抱えるいわゆる「町工場」である同社の岸田貞次社長(77)は7月、1984年の創業以来最大の決断をした。同社のような中小企業を買収し、改善を重ねて企業価値向上に取り組むベンチャー企業の技術承継機構(NGTG、東京都中央区)に会社を売却したのだ。

岸田氏は昨年から自身の年齢や後継者もいないことなどを理由に売却を考え始め、銀行に相談したところ、NGTGを紹介された。初めての面談は今年の2月。高学歴がそろうメンバーに「上から目線なのかな」と抱いた不安は、会った瞬間に吹き飛んだと振り返る。

作業着を着て現れ、ざっくばらんに話すメンバーらと向かい合うとすぐに信頼できる相手と分かった。特に岸田氏が売却する際に一番大切にしていた、従業員の生活を守るということに対し、社名を変更しないことや雇用維持などの経営方針を示されたことは魅力的だったという。

みずほ証券や産業革新機構(INCJ)で投資業務に携わった新居英一氏(39)が2018年に設立し、社長を務めるNGTGは中小の製造業に特化した買収を行い、後継者不足や人材獲得、IT化などの課題を解決して会社を成長させることを目指している。上場企業の大型買収などを米大リーグ(MLB)とすれば中小企業への投資は少年野球だとし、同社としては競争が少ない分野に特化して成長したいとの考えを示した。

NGTGは買収会社を再建後に再び売却するプライベートエクイティー(PE、未公開株)ファンドとは一線を画し、買収した会社の再譲渡は行わない方針を掲げている。日本電産のコストダウンの仕組みやキーエンスの営業手法にも注目しているといい、買収した企業の利益を増やしてそのキャッシュフローでさらに買収を進めるなど好循環を作り上げ、複数の中小製造業による強固な企業グループ構築を目指す。

岸田氏は今後はNGTGと二人三脚で後継者育成や事業成長に取り組むという。後継者の人選も任せる考えを示し、「私以上のことができるように育てることが私の最大の使命」と述べた。

NGTGが手本としている企業は、合併や買収(M&A)した企業に持続的な改善を指導して成長させている米ダナハーだ。1984年設立の同社は買収企業を継続的に改善させる手法を確立させた。現在は世界中でヘルスケアや産業機械を含む20以上の企業を経営し、時価総額は約2000億ドル(約28兆円)に達する。

静岡県立大の落合康裕教授は、先代経営者と後継者が一定期間伴走しながら事業承継を行うことが重要と指摘した上で、NGTGの取り組みはまさに伴走型事業承継で「非常に興味深い」と評価。買収した企業群のコストダウンなど共通の改革は標準化できる余地がある一方で、大企業にできない中小企業の独自技術を潰さずにどう伸ばしていくかや買収先の企業のオリジナリティーをどう守っていくかなどが問われる、と述べた。

努力や汗は嫌い

日本の中小企業を取り巻く環境は厳しさが増しており、昨年に休廃業や解散した企業の代表者の年齢は70代以上が6割超を占めた。中小企業白書の22年度版では休廃業や解散の増加の一因には経営者の高齢化が考えられるとし、事業承継は「社会的な課題として認識されている」と指摘した。

こうした中で企業の事業承継を巡ってNGTG以外にも証券会社や金融機関が仲介をしたり、承継先の経営改善支援を担うYamatoさわかみ事業承継機構のような事業会社が介在したりするケースもある。

新居氏はINCJ退職後に1年半かけて世界中を巡り、日本のものづくりが世界中で尊敬されていることを肌で感じた。日本の中小製造業は技術を持っているものの、後継者不足・営業人員不足などもったいない状況にあり、それを改善したいという思いが会社設立の出発点だという。

新居氏が中小製造業の買収に着目した理由は、PEファンドが参入してこない領域で戦うことが得策と考えたからだ。「逆張り投資家という発想で皆がやらないことをやっている。野球で言うとMLBはすごく混んでいて勝つのが大変。じゃあどうするかというと小学校野球を探した方が早い」と話す。

「努力や汗は嫌い。イメージとしては楽勝とか圧勝が好き」とも言うが、買収先の発展のために汗をかくことはいとわない。19年にNGTGとして初めて買収した総合塑性加工メーカー、豊島製作所(埼玉県東松山市)では自ら社長を務め、会社の近くに部屋も借りて社員と共に改善に取り組んだ。

「フラットでやった方がみんな気持ちよく働けて、利益が出て企業価値が向上して、僕たちの持っている株式の価値も上がる。合理的だからやっている」と話す。

少しづつポジティブに

今年1月に新居氏から社長を引き継いだ豊島製作所の斉藤次男社長は、買収された当時は「ものづくりをしていない会社に譲り渡すとどうなってしまうのか」「半年後くらいには解雇されるのではないか」と不安ばかりが募ったという。

だが、原価の分析や報酬体系の見直し、全社共通のビジネス対話アプリ導入などの改革を通し、社員のNGTGに対する見方が少しずつポジティブになり、「そんなに時間がかからずに、ついていって大丈夫だと思うようになった」と明かす。

新居氏は「いろいろな会社を買収して事例をためることで、全体の経営が洗練されていく」と話す。24年の新規株式公開(IPO)を目指しており、将来的には大企業の買収も手掛けたいとも述べた。

株式非公開化などの提案を募っている東芝の買収合戦にも「参戦したくて仕方ない」と興味津々という。今はお金がないが、「僕らはダナハーのようになりますから。それくらい思わないとできない」と力を込めた。

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