国葬の法整備、60年代に検討 政府、吉田茂元首相の死去で一転
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「事実行為」などというアカデミックな概念が報道されるとは、思いもよりませんでした。
事実行為、法令上の正式な表記では「事実上の行為」といいますが、これは、いくつかある行政機関による行為の性質のひとつであり、ざっくりと言えば、「国民の権利義務に影響を与えない単なる事実としての行為」という定義になります。
これに対し、国民の権利義務に影響を与える行為は、「法的行為」や「法行為」といいます。これは、まさしく個別の法律により根拠がなければならない行為となります。
(それこそ、国葬当日に実施されるだろう交通規制は、道路交通法等の根拠が必要となります)
事実行為も、国民の権利義務に影響を与えないとはいえ、法的根拠があることがそれこそ「望ましい」かと思いますが、他方で「箸の上げ下ろし」まで法的根拠を求めるとなると、行政の柔軟な運営の妨げとなります。
報道の表記では、いかにも「なし崩し的」に運用されているかのような印象を受けますが、実際のところは、半世紀以上にも渡って、行政法の学術研究や判例が積み重なった結果、現在に至っているとも考えられます。
なお、今月実施された全国戦没者追悼式も、国葬と同じく閣議決定(※)にもとづき実施されているものであり、「国葬が閣議決定にもとづくこと」が問題であるならば、こちらも問題にしなければ(また、過去に問題であると指摘してなければ)、筋が通りません。
また、国費を使うことについては、法律と同様に、事前に国会で可決成立した予算にもとづくものであり、手続き的には問題ありません。
今回は、予備費からの拠出ということですので、事後に国会の承認を得る必要はありますし、その承認が問題であるならば、選挙により政治責任を負うこととなります。
※ https://www.mhlw.go.jp/content/12101000/000535262.pdf「国葬」の法制上の位置づけについては、前田修輔「戦後日本の公葬―国葬の変容を中心として―」が参考になる。この論文の63頁に、「1951年の貞明皇后大喪儀の際に、佐藤達夫法務府法制意見長官が、国葬実施には、「憲法上法律の根拠を要」せず、「行政作用の一部」なので、「理論上は内閣の責任において決定し得ると考えていたほか、内閣法制局第一部長吉国一郎が…1965年の公式制度連絡調整会議で述べた「単に国葬をやるというのなら政令でやることができるであろう」という解釈」があった、「ただし、坊秀男厚相が「吉田氏の葬儀に伴う経費を国が支出して、国葬儀と「呼称することは大分無理であろう」と日記にしるしていることは、この解釈が容易には納得されがたいことを物語っている。先述の佐藤長官の、「実際上は国会の両院において決議が行われ、それを契機として内閣が執行するという解釈をとることが望ましい」との考えまでは参照されなかった」と論じられている。