2022/9/12

驚異のスピードで成長。医療系スタートアップのダークホース「HOKUTO」は何者か

NewsPicks / Brand Design 編集者
 医療業界のITスタートアップであるHOKUTOは、医師向け臨床支援アプリ「HOKUTO」を医療従事者に向けて提供している。
 2022年2月にはシリーズAラウンドで8.25億円の資金調達にも成功。Zホールディングス取締役の小澤隆生氏や、メルカリ取締役President(会長)の小泉文明氏、SmartHR創業者の宮田昇始氏など、投資家の中には著名な経営者も名を連ねる。
 現在、「HOKUTO」のユーザー数は5万人を突破。2019年末のローンチからわずか2年半で、医師の6人に1人が使うサービスにまで成長した。
※アウトカム…医療におけるアウトカムとは、病院などの医療機関での治療や検査を行い、その結果を評価して得られる「患者の状態の変化」などのこと。
 「当初の想定では、今時点のユーザー数は2万人程度だった」と五十嵐氏。想像を大きく超えるペースでユーザー数を伸ばしている理由は何なのか。そこからひもといていこう。

医療従事者に徹底的に向き合った、医師向け検索アプリ

──ユーザー数が爆発的に増えた要因をどうお考えですか?
五十嵐 大きく2つあると考えています。
 1つ目は、当社の医学生向けの病院就活プラットフォーム「HOKUTO resident」の効果。
 医学生が大学を卒業するタイミングで学生の8割以上を囲い込んでおり、ユーザーの多くは医師になったあと、臨床支援アプリ「HOKUTO」を現場で活用してくれています。結果として、毎年若手のユーザーが積み上がる構造になっています。
2つ目は、医師の間での口コミでの拡散。「HOKUTO」は医師が実際のワークフローの中で日常的に利用しているサービスで、ユーザーの99%がスマホ・タブレットで利用しています。
 ポケットからさっと出して検索したり、上級医の先生が下級医の先生を教育する際に「HOKUTO」を使ってくださったりと、利用中の姿が周りの医師の目に入りやすいのです。「そのアプリ何?」といったコミュニケーションをきっかけに、口コミが広がっていますね。
1994年、北海道生まれ。2018年、中央大学商学部卒業。2016年に株式会社HOKUTOを創業し、医学生向けの国内最大の研修病院口コミメディア「HOKUTO resident」、医師向けの臨床支援アプリ「HOKUTO」を運営。「正確な医療情報にたどり着くのが大変」と感じる医師の方へ、ITを活用した業務の効率化、患者への迅速な対応をかなえる仕組みづくりを行っている。
──「HOKUTO」で医師に提供したい価値は何ですか?
「医師が必要なときに、素早く情報を届ける」ことです。
 意外と知られていないことかもしれませんが、医師は自分の経験だけでなく、さまざまな文献やデータを調べながら診療にあたっています。
 しかし、これまで医師が利用していた専門的な文献検索サービスは、網羅性や正確性を重視したものが多く、忙しい臨床現場で素早く使うには、UXの観点でやや不向きな側面がありました。
 一方で、通常のGoogle検索はUXとしては素晴らしいものの、患者さん向けの情報や古い情報がヒットすることも多く、逆に網羅性や正確性に欠けてしまう弱点があります。
 そんな現状に対して、医師のニーズが強い情報へフォーカスし、徹底的に臨床現場での実用性にこだわったバーティカルな検索アプリを提供しようとしています。

医療業界でGoogleのような広告革命を実現する

──「患者に向き合って医療を提供する」という、本来の医師の役割に集中してもらうためのサービスということですね。事業の可能性をどうお考えでしょう?
 「HOKUTO」の主なユーザーは医師ですが、マネタイズは製薬企業のマーケティング支援によって行っています。端的に言えば、医師に対する医薬品のデジタル広告ですね。
 そして、当社が事業の可能性を見込んでいるポイントは、医薬品市場の構造変化によって生じるデジタル広告のゲームチェンジです。
 これまでの医薬品市場の中心を占めていたのは「プライマリ医薬品」と呼ばれるものでした。胃薬や血圧の薬のように、あらゆる病院であらゆる医師によって、たくさん処方される薬のイメージです。
 これらの薬のデジタル広告の重要なポイントは、「どれだけ多くの医師の認知を獲得できるか」です。なので、従来の医師向けサービスの多くはニュースやコンテンツ配信などのメディアが中心で、そこに医薬品の広告を載せていました。
 ところが、今後10年で市場の過半数は「スペシャリティ医薬品」と呼ばれるものになります。高価な抗がん剤や100万人に1人の疾患の治療薬など、専門的な病院で限られた医師によって処方される医薬品のイメージです。
 スペシャリティ領域の医薬品は使い方や副作用のマネジメントが複雑なものも多く、したがってデジタル広告では「専門情報を医師のニーズに合わせてスムーズに提供できるか」がより重要になると考えています。
 ただ認知を得るだけではなく、医師に深く薬を理解してもらうと同時に、実際に医師が使う際のサポートをする必要が生じているのです。
──サポート?
 例えば抗がん剤を使ったときに、想定外の副作用が出たからという理由で医師が薬剤の使用をストップしてしまうと、患者さんは本来得られるはずの治療効果を得られず、製薬会社も高価な薬の売上が上がらず、双方にとって大きな損失が生じてしまいます。
 そういう場面で「HOKUTO」は、医師が知りたい副作用の解決策をパッと提示することで医師をサポートしたいと思っています。それにより不適切な投薬の中断をなくし、治療を完遂する支援をしたいのです。
──ただ医薬品の存在を伝えるだけではなく、実際の使用シーンまで想定した広告展開が求められるわけですね。
 そうです。つまり医薬品市場の変化に伴い、これからの医薬品のデジタルマーケティングの力点は、従来のプッシュ型から「いかに医師のニーズに即した情報を提供するか」というプル型の考え方に移る。
 かつてGoogleがユーザーの検索ニーズに合わせた情報で市場を席巻したのと同じような現象が医療業界でも起きるのではないか──それが当社の仮説です。
 スペシャリティ医薬品に力点を置き、医師の求める情報を検索サービスに載せて届けることで、Googleのような広告革命を実現したいと考えています。
──今年2月には8.25億円の資金調達にも成功しています。投資家には名だたる経営者も含まれますが、注目されている理由は何でしょう?
 魅力的な市場で急成長できていることと、事業の社会的意義が非常に大きいことの2つが影響していると考えています。
 1点目について、製薬企業のデジタルプロモーション市場は世界的に拡大を続けています。そして、日本ではエムスリー、アメリカではDoximityという企業が大きなシェアを握り、いずれも時価総額数兆円規模まで成長しています。
 そんな大きな市場にこれまでと異なるアングルで参入し、急成長できている点は興味を持って頂けている要素だと感じます。
 2点目に関して、我々は医師をサポートすることで全ての人の健康に良いインパクトを与えることを目指しており、その理念に共感頂けている方も多いです。

「人間はどういう生き物なのか」を踏まえたバリュー

──HOKUTOが目指す未来が100だとしたら、今はどの辺りに位置すると思いますか?
 5くらいです。われわれは医師にとって、そして製薬企業にとっての検索サービスのデファクトスタンダードとなり、世界の医療に大きなインパクトを与えることを目指しています。
 それを踏まえると、今はまだ歩き始めたばかりですが、作り上げていく過程を体感できるのは今ならではの面白さかなとも思います。
──今のHOKUTOにはどのようなメンバーが集まっているのでしょうか。
 医療従事者をはじめ医療業界出身者は一定数いますが、バックグラウンドは結構バラバラですね。メルカリ、リクルート、DMM、コンサル等、医療とは関係の薄い企業の出身者も多く、多様性に富んだメンバーが集まっていると感じています。
 共通しているのはカルチャーへの適合度が高いというところでしょうか。
──具体的にはどういう人でしょう?
当社では、「目的合理的な考えを好むか」「忌憚のないオープンなコミュニケーションができるか」「他者視点で物事を捉えることができるか」の3点を重要視しています。実際に、そういった特性を持つメンバーが集まっていると思います。
 1点目の「目的合理的な考えを好むか」に関しては、「本当に解かないといけない問いは何か」を徹底的に考え抜くことが当社の文化となっています。「言われたことは片っ端から何でもやりきる」「目的はわからないけどできることからまずはやってみる」という気質の人よりも、考えることが好きな人が多いですね。
 実際の業務でも、四半期ごとに目指す姿と現在地を明確にし、「そのギャップを解消するために解くべき問題は何か」を徹底的に議論し、ドキュメントにまとめて全社に共有しています。
 それを基に、「この問いはあなたが解いてください」と各メンバーに問いを振り分ける。極端な話「そもそも必要がない」と判断し、それが目的合理性に沿っているのであれば、別のアイデアを提案しても構いません。
 働き方の面でも目的合理性を重視しており、目的が達成されるのであれば、基本的にはどんな働き方も認めています。僕も札幌在住ですし、自由度はかなり高いですね。
──そこまで目的合理性にこだわる理由はどこにあるのでしょうか。
 医療業界で事業を行っているからです。医療に対するインパクトと利益は相反する場面があります。「患者さんのためにはならないけど、お金にはなる」という状況が生じやすく、そのデメリットは計り知れません。
 だからこそ、目的を常に考えることが重要です。当社が目指す未来と事業の方向性がずれないように、「何のために」を考えられる人を集めたい
 2点目の「忌憚のないオープンなコミュニケーションができるか」については「目的合理性」と関連しますが、「ユーザーや医療現場に対して価値提供をすることが重要」だと信じて業務を行っています。
 そのためには、体裁を整えたり上役の顔色をうかがったりするのではなく、オープンかつ徹底的に考えを共有し、議論を行うことが重要です。その際、当社が特徴的なのは、脳の構造を考慮している点です。
──脳の構造?
 共同代表で医師の山下によると、「オープンで忌憚のないコミュニケーションによって問題を解決しよう」と考えるのは、「大脳新皮質」という、脳の理性を司る部分なのだそうです。
 一方、議論をする中でヒートアップしてしまうのは、「大脳辺縁系」という神経回路の動きであり、原始的な生物にも見られる本能的な反応システムとのこと。
 これは、いわば高所で本能的に恐怖を感じるのと同じ現象で「大脳新皮質がいくら頑張ってもコントロールしきるのは現実的ではない」と彼は話しています。
 そういう脳の構造をお互いに理解すれば、相手が感情的になったときも「なぜできないんだ」ではなく、「これは本能だから仕方ない」と冷静に受け止められます。
 「オープンに忌憚のないコミュニケーションはできない」前提で、できる方法を議論し、工夫するようなイメージですね。
──医療従事者が集まるHOKUTOならではのユニークな特徴ですね。
 そして3点目の「他者視点で物事を捉えることができるか」は、多くのステークホルダーにとっての最大公約数的な価値の探究が必要な事業特性もあり、メンバーにも他者視点に立った上で意思決定することを求めています。
 その際に重要なのは、脳の構造は一人一人異なるという前提に立つこと。他者の理解できない言動に対してもフラットに対峙し、理由を探究する必要があります。
──ここでも脳の構造を踏まえていると。
 われわれのバリューは、「そもそも人間はどういう生き物なのか」という問いから落とし込んでいるところがあります。頭で理解することと実際に動くことは別ですから、実際に行動に移せるように会社のシステムで工夫をしている感じですね。
──「100に対して現在地は5」とのことですが、これから入社する人にはどのようなチャンスがありますか?
 社長としての私の役割は、人を巻き込んで事業を大きくすること。そのために必要であれば、たとえ自分の中心的業務であろうと権限委譲をしたいと思っています。
 実際、プロダクトマネジメントの実務は元メルカリの取締役・山本(久智)に、事業や組織の設計は取締役で医師の山下(颯太)に任せています。
 このフェーズのスタートアップの場合は創業者が担うことが多いと思いますが、業界のアウトサイダーの若者が専門性の高い事業で大きなインパクトを生み出すには、適切な人に問いを渡していく方が良いと判断しました。
 そのスタンスは、これから入社する人に対しても同様です。
 重要なのは「誰がやるか」ではなく、「目的に沿っているか」
 新入社員やインターン生の意見が正しいと判断し、実際に採用したこともありますし、できる人には抽象度が高い問いをまるごと渡すこともあります。入社初日からやりたいことをやれる環境はあると思います。
 僕らが目指すのは、「HOKUTO」を世界中の医療従事者に使われるプロダクトにすること。それができたら、この地球に生まれた人たち全員の健康に寄与できます。
 また、ビジネス的な視点からは、時価総額数兆円クラスの企業を目指す大きなチャレンジとなります。
 HOKUTOのミッションに共感してくれる方と一緒に、この未来を実現したいですね。