2022/8/24

【徹底解説】エンジニア採用の切り札。“テックブランド”の築き方

NewsPicks Brand Design editor
 いま最も採用が難しい職種、エンジニア。
 パーソルキャリアの調査によると、2022年6月時点のエンジニア(IT・通信)の転職求人倍率は、職種別で圧倒的1位の8.77倍だ。
 そんな中、今年5月に「Developer eXperience AWARD 2022」が発表された。エンジニアの開発者体験(注)が優れている「テックブランド力」が高い企業を表彰したものだ。
出典:一般社団法人日本CTO協会
注)“開発者体験”とはエンジニアとしての生産性を高めるための技術、チーム、企業文化等の環境全般を指す。
 誰もが知る人気企業が名を連ねる中、自社サービスを持たない企業として唯一トップ10にランクインした企業が、株式会社ゆめみだ。
 ゆめみはなぜ、テック企業としてのブランドを築くことができたのか。ゆめみ代表取締役社長の片岡俊行氏によると、「注力領域の見極めと戦略的な情報発信」に答えがあるという。
 片岡氏と、エンジニアの情報発信プラットフォーム「Qiita」を運営するQiita株式会社の代表取締役社長・柴田健介氏の対談を通して、企業がエンジニア採用難に立ち向かうヒントを読み解く。

的を絞って“全振り”せよ

── 誰もが名前を知るテック企業が並ぶDeveloper eXperience AWARD 2022のランキングで、ゆめみがトップ10入りしているのは、失礼ながらも意外に感じてしまいました。ランクインの要因をどう分析していますか?
片岡 2018年から一貫して、大胆な組織変革をおこなってきました。
 アジャイルな組織設計を基盤とし、有休取り放題、給与自己決定など、社員が自律的に働くための制度を打ち出してきたのです。こういった取り組みが奏功したのではないかと考えています。
2022年8月時点
 この組織変革と制度整備の最大の目的は、なんといっても採用。
 ゆめみのようなIT内製化支援事業の会社で、人材がビジネスの成否を決めることは言うまでもありませんから、エンジニア採用は組織の最優先課題です。
 さらに、ゆめみは自社プロダクトを持っていません。そのため認知されづらく、採用という観点ではマイナスに働きがち。
 だからこそ優秀な人材の目に留まってもらうには、企業として独自の色を出して、テックブランドを高める必要があります。
 そう考えて、採用強化を目的に「成長環境としてNo.1を目指す」というスローガンを2018年から標榜。
 社員が成長できる組織作りと、それをブランドとして認知させるための情報発信を推進してきたのです。
── 採用強化という目的のもと、なぜ組織作りや社内制度整備に的を絞って変革に取り組んだのでしょうか?
片岡 ポイントは、「顧客」と「社員」の両方にとって価値がある“重なり”を見つけること。その重なった領域にピンポイントで“全振り”するのが重要なのです。
 ゆめみの場合はその領域が、アジャイルな組織作りだったんです。
 簡単にご説明させてください。
 ゆめみの顧客への最大の提供価値は、「顧客の要望に柔軟にかつスピーディに応えること」だと考えています。そして顧客の要望に柔軟に応えるためには、社員が自律的に動けるアジャイルな組織が必要。
 上司の指示がないと動けない組織よりも、自分で考えて動ける組織の方が、圧倒的に柔軟な仕事ができますからね。
 そこで気づいたのが、そんな組織が実現されれば、自ずと社員が成長できる環境が実現されるということ。
 社員が自律的に動けるアジャイル組織では、身につけたいスキルを得られそうなプロジェクトを主体的に選べるし、「この人と働いてみたい」といった観点でプロジェクトに参加することも可能です。つまり、自身の成長を軸に働ける。
 まさにアジャイルな組織作りこそ、ゆめみの顧客にとっても社員にとっても価値がある、一石二鳥のポイントだと気づき、ここにとにかく注力し尽くそうと決めたんです。
 領域を絞ることで、投資もピンポイントで済みます。さらに、他の企業が100点満点中85点までしかできていないところを、90点までやり切れる
 その5点の差こそが、他社と比較した時の際立った優位性、つまりブランドになるんです。

認知だけじゃ足りない

── エンジニアが成長できる環境を構築したとしても、採用に結びつけるにはさらに認知してもらう必要があります。その点にはどう向き合ったのでしょうか?
片岡 企業ブランドの構築において重要なのは、「認知度」と「認識度」だと考えています。
 大前提として、認知してもらうことはもちろん重要。
 ですがその上で「ユニークな組織の会社なんだな」とか「発信に力を入れているんだな」など、どんな特色を持つのかを「認識」してもらうことが欠かせません。
 だからこそ適切な情報発信が必要になるのですが、そこで考えたのは「誰に向けて発信するべきか」という観点でした。
 いまのエンジニアの転職市場を俯瞰すると、人気の企業にはやはりトレンドがあって。
 メルカリのようなITメガベンチャーや、社会課題を解決するようなSaaS、あるいはデジタル庁のような伝統的な産業を変革できる環境に人が集まる傾向があります。
 ゆめみはやはり、そこに勝てるほどの特色は出せない。だからこそ狙いを定めたのが、「新卒採用」。
 まだエンジニアとしての経験が浅い新卒向けであれば、「成長できる環境」というアプローチは魅力的だと考えたのです。
 では新卒に対して、どう情報発信するか。そこで選んだプラットフォームが、Qiitaでした。
 Qiitaは上級者向けから初心者向けまで広く記事があり、学生が調べものや自身のアウトプットに活用しているので、これはマッチするだろうと。
 実際、新卒でゆめみを受けてくれる学生の1/3ほどは、Qiitaを通してゆめみを知っていただいています。

SNSは履歴書代わり

柴田 企業としての情報発信にQiitaを使っていただいているのは、非常に嬉しいですね。
 特にエンジニアは、採用の際のミスマッチも多い職種です。
 入社してすぐに、「自分が開発したい領域ではなかった」「会社の文化が合わなかった」と退職してしまうといったケースも少なくない。
 Qiitaを通して社内の開発環境や雰囲気をオープンにしておけば、入社前に採用する際のミスマッチも軽減できるのではないかと考えています。
 また、Qiita上でのゆめみの発信で印象的なのは、社員の“個”が立った発信をしていること。
 社員の皆さんの発信は、Qiita上のゆめみアカウントに紐づいてはいるのですが、社員が自由に好きなことを発信している雰囲気が伝わってくるんです。
 さらにその方々の発信からは、ゆめみへの愛着が溢れていて。発信によって個人が価値を発揮でき、それが結果的に会社の価値も高めている。すごいバランスだと思います。
片岡 ええ、社員には個人のアカウントで自由に発信してほしいと伝えているんです。
 いまの時代、エンジニアにとっては、SNSが履歴書代わり
 Qiitaもそうですが、TwitterやGitHubを通じて個人名で発信することによって、仮に転職しても投稿内容を自分の資産として持ち運び、次のキャリアに活かすことができます。
 一方で企業が主体のテックブログを一生懸命書いても、あまり自分自身へのメリットはありません。
 社員目線で考えれば、個人で発信した方が断然メリットがあるし、やる気も出る。
 企業側から「こういう情報発信をしてくれ」と頼むのではなく、あえて個人に自由に発信してもらう方が、お互いにとってWin-Winなのです。
── とはいえ企業側が「テックブランド力を高めるぞ!」と一方的に旗を振っても、情報発信が続かないケースも多いはず。個々の社員がアウトプットを続けられる秘訣はあるのでしょうか。
柴田 社員の発信がうまくいっている企業は、取り組みのきっかけとして、アウトプットに対するインセンティブをつけていることも多いですね。
 まずはインセンティブにひかれた数人が始めて、その人たちがメリットを得ているのを見て、他の人も始めていく。
 1、2年かけて続けていくと、みんながアウトプットするのが当たり前という社内の雰囲気ができてくるんです。
片岡 ゆめみでも、アウトプットに対してのインセンティブは多くあります。福利厚生の一環とも言えますが、高額なセミナーや研修であっても、受講後に学びをアウトプットしたら全額補助するなど。
 きっかけがインセンティブだとしても、やってみて「いいね」がもらえたり、みんなから反応がもらえたりすると嬉しくなってきて。
 そういう体験があると、もっとアウトプットしてみようという気が起きてきて、習慣化されていきます。
 また、ハードルを上げすぎないことも重要ではないでしょうか。
 社内のSlackへの投稿だってアウトプットだし、ちょっとした内輪の勉強会を開くのだって立派な情報発信です。
 そういった小さな情報発信が積み重なって、テック企業としてのブランド構築や認知につながっていく。
 ストレスなく楽しく情報発信ができる文化を、長期的な目線で作っていくことが重要ではないでしょうか。