2022/8/18
「IoT」への誤解。デジタルとモノの融合で目指す“本当”のCXとは?
「IoT(Internet of Things:モノのインターネット)」の概念が誕生してから約20年。
BtoBの分野ではファクトリーを中心に、効率化・省人化を進める手法として浸透しつつある。一方で、BtoCにおいては、CX(顧客体験)を根本から変えるような「IoT」の導入は、まだ道半ばといえるだろう。
そんな状況において、電通デジタルはデジタルとモノのシームレスな融合で、生活に溶け込ませつつ、よりよい体験を提供する新たなIoTの姿を提唱しようとしている。
連載「CREATIVITY NEWAGE」第3回は、IoTだからできる新しいCXの形を、電通デジタルの岡部亮介氏に聞いた。
(全4回)
- IoTは生活者の体験を刷新する
- テクノロジーをまったく意識しない「アンビエントな世界」
- クリエイティビティと越境カルチャー
- IoTで、日本の弱みは強みになる
IoTは生活者の体験を刷新する
──「IoT」の概念は、約20年前に提唱されたといわれています。日本でも、IoTがバズワードになったときもありましたが、今ではあまり耳にしません……。
日本でIoTというと、多くの人がインターネットと接続された冷蔵庫や洗濯機を思い浮かべるのではないでしょうか。
いわゆるスマート家電ですね。実際のところ、多くの製品がスマート化したことで、いろいろなデータを取れるようになり、他のサービスとの連携もしやすくなりました。
ただそういったスマート家電は、既存の製品にデジタルをプラスして価値を高めるIoTの形といえます。
つまり、少し厳しい表現かもしれませんが、ビジネスにおいて差別化を図るためだけの“建て付け”みたいなものです。
結局、それらのIoTは本質的ではないため、下火になっていった。それが、あまり耳にしなくなった理由だと思います。
それに対して、アメリカや中国のIoTは「新しい体験の提供」が起点となったアプローチが多く見られる印象です。
デジタルサービスを提供していたけれど、より体験を充実化する手段としてモノをつくる。その点では、発想の出発点が大きく違うのかなと思います。
──「体験の充実化を目的としたIoT」には、具体的にどのようなものがあるでしょうか?
たとえば、大手のプラットフォーマーは動画配信サービスを提供していますが、それをTVで視聴できる映像出力デバイスをつくっていますよね。
まさにそれが「体験の充実化を目的としたIoT」の最たる例です。
iStock / simpson33
最近だと、ある音楽ストリーミングサービスは、クルマで視聴するためだけのBluetoothリモコンをつくっています。
大きさはスマートフォンほどで、物理的な回転式ダイヤルが付いたタッチスクリーン搭載のデバイスです。
これをクルマのダッシュボードに取り付けて、好きな音楽をダイヤルで選び、視聴できます。
ただ、ドライバーが「チューニング」できるのは、そのストリーミングサービスのライブラリー内の楽曲やポッドキャスト、アルバム、プレイリストだけ。
iStock / PixelsEffect
スマートフォンやPCと比べると機能は絞られていますが、便利なアプリが集約したデバイスから解放されることで、特定のサービスから得られる体験にフォーカスされ、UX(ユーザー体験)が刷新されます。
そして、サービスの使い勝手がよくなるのはもちろんですが、ユーザーのエンゲージメントそのものが向上します。
これらが面白いのは、ハードウェアに高い技術が投入されているかというと、そうとも限らない点です。
「音楽を配信する」とか「クルマの中で音楽を選曲する」といった、必要な機能をシンプルに満たしている。
求める体験が最適化される機能さえあれば、それ以外のスペックを削ぎ落とせる。
するとスペック競争が必要なくなるし、いろいろな機能を加える必要がないので、価格をグッと下げることも容易になります。
テクノロジーをまったく意識しない「アンビエントな世界」
──デジタルサービサーがIoTに注目するのは、UXの向上にあるわけですね。今後、そういったプロダクトはさらに増えてくるでしょうか?
恐らくそうだと思うんですが、ポイントがひとつあります。
──と、いいますと?
それは「テクノロジーを無意識に使え、メリットも無意識に得られる状態」にすること。
そのためには、デジタルサービスとハードウェアをできるだけシームレスに融合する必要があります。
これは、テクノロジーが存在を意識されないほど深く日常の一部となる「カームテクノロジー」とも、共通する部分が多くあるといえるでしょう。
まずは、その体験を得るためのインターフェースや必要な動作が穏やか(=Calm)になるように設計する。そしてテクノロジーを無意識に使えて、メリットも無意識に得られるような世界をつくりたい。
それが「アンビエントな世界」です。
──「アンビエントな世界」?
「アンビエントな世界」は、直訳すると「環境に馴染んだ世界」ですが、私が考える世界観は、サービスとの接点自体は生活に溶け込んでいるけど、その先にはとてもリッチな体験がある状態です。
──具体的にどんなサービスが考えられるでしょうか?
たとえば、体温や血圧などの健康管理を、家のスマートミラーを通して行うサービス。
機能を徹底的にシンプルにし、タッチする必要性もなくし、ただ鏡を見るだけで自分の健康状態が表示されるようにする。
健康チェックって、本来は面倒なものですよね。だから習慣化するためには、何らかの仕組みが必要になる。
iStock / AndreyPopov
そこでよく考えられるのが、利用を通してポイントが貯まるといったインセンティブです。
ただインセンティブは、最初はモチベーションをうみだしても、継続的に使ってもらうには難しい面もあります。それに、ポイントプログラムは運用側に負担も生じてしまう。
だからこそ、鏡に自分の姿を映す生活習慣の中にサービスを溶け込ませる設計が、ひとつの大きな解になります。
そして、もはや続けていることすら忘れてしまうくらいのものが理想です。毎日の健康管理といった本来強い意志が必要な行動を、フリクションレスに行えるのです。
クリエイティビティと越境カルチャー
──なるほど。そんなIoTを活用したサービスづくりに、電通デジタルはどのようにかかわっていくのですか?
IoT人材(IoTのプロダクトマネージャー等)は他にもいますが、ハードウェアのデザインは私ひとりになります。なので、今いろんなアイデアを考えているところです。
ただ、実際にクライアントとなるデジタルサービサーの中には、前述したプラットフォーマーや音楽配信サービスのように、何かしらのプロダクトをつくりたいという依頼も増えてきています。
もともと私は家電メーカーで約10年、スマートフォンの筐体(きょうたい)などを中心として、プロダクトデザインを行ってきました。
スマートフォンはそもそもデジタルサービスとつながるので、これからIoTはどう活用されていくだろうか、といったことを習慣的に考えていたんです。
そこでデジタルサービスにとどまらず、デバイスまでしっかり踏み込んだサービスをつくらないと、今後は立ち行かなくなると考えていました。
だからこそ、電通デジタルでは、今後プロダクトの開発まで一気通貫でできるようにしたいですね。
また、これまでプロダクトデザインに携わってきた目線でいうと、メーカーと違ってある種の“しがらみ”がないのも強みです。
──しがらみ、ですか?
メーカーですと、やはり技術の資産というか“アセット”が何より大事にされるので、そのぶんクリエイティビティやデザインが“飾り”になってしまうことがあります。
iStock / gyro
一方、電通デジタルではしがらみがない中で、クリエイティビティを自由に投影できます。企画から開発、実装、認知にいたるまで、一気通貫したプロダクトに投じられる。
それともうひとつ「越境」のカルチャーも強みになると思います。
──越境のカルチャーとは?
それぞれの人材が専門性を持ちつつ、閉じることなく、他の分野にもどんどん足を踏み入れていく文化です。
だから部門間で連携する際も、垣根などはなくシームレスに対応できる。
iStock / sesame
メーカーにいたときは、部門ごとに責任を持つ意識が強く、越境がなかなか難しかったので「そこを自由に越えてよいのか!」とカルチャーショックを受けました。
生活者の体験を刷新するIoTサービスが入り込む余地はまだそこかしこにあると感じているので、電通デジタルのケイパビリティを活かしながら、「アンビエントな世界」をうみ出していきたいですね。
IoTで、日本の弱みは強みになる
──なるほど。そういった思考のもとなら、IoTはスマート家電のイメージからアップデートできそうですね。
そうですね。私が掲げている「アンビエントな世界」の構築は、日本のカルチャーとも非常に相性がよいと思っています。
たとえば、日本にはもともと「弱者にやさしい国民性」や「ホスピタリティの高さ」が根付いていて、それがさまざまなプロダクトに投影されています。
もちろんそれがガラケーなどの、ガラパゴス化を招いたわけですが(笑)
ただ、このような価値観は、誰もふるい落とさず、あらゆる人に使ってもらう境地を目指す「アンビエントな世界」とすごく好相性だと考えています。
特に高齢者比率の高い日本には、デジタルが苦手で今までデジタルサービスを使ってこなかった方が相当数いるはずです。
そうした方々ももれなく顧客になってもらえると考えると、ビジネス的にもすごくプラスですしね。
また、自然素材を全面に配して環境に配慮していることを伝えたり、心地よい質感とほどよい重みをもたせて特別感を打ち出したりするのは、もともと得意です。
つまりIoTによって、ユーザーの「間口」も広げられるし、体験の「奥行き」も深められる。
そういった意味でも、電通デジタルでしかできない「アンビエントな世界」をつくっていきたいと考えています。
執筆:田嶋章博
撮影:茂田羽生
デザイン:藤田倫央
編集:海達亮弥