2022/8/2

【野望】カキは成長産業。養殖から食卓まで持続するビジネスに

フリーランス記者
日本を代表するカキの産地・広島に、異文化を持ち込んだ「ファームスズキ」(広島県大崎上島町)社長の鈴木隆さん(46)。東京の大手水産卸会社の新入社員時代から20年以上、不思議な縁と出会いに導かれ、ダイナミックな海外のマーケットでグローバルな視座を鍛えてきました。

海外のよいところを取り入れた上で、日本から海外に打って出る。そんな野心あふれる起業家の思いは、塩田跡でのカキ養殖や、カキフライの自動販売機設置、といった具体的な取り組みに結実しています。

3本連載の最終回では、瀬戸内の島から見える日本の1次産業の課題や、島を拠点に、どんなふうに未来を、世界を、見据えているかについて。
INDEX
  • 海外で感じたダイナミズムとのギャップ
  • 休みのたびに海外で学びの旅
  • カキ養殖にサステナビリティを
  • おいしく食べてもらうために
  • めざすは、6次産業のグローバル化

海外で感じたダイナミズムとのギャップ

白と紺を基調とした外観に、大きな窓がある開放的なファームスズキの店舗(大崎上島町)。取材に訪れた日、店内のカウンターに腰掛け、ノートパソコンを広げて電話を手にした鈴木さんは英語で忙しそうに商談中でした。
ファームスズキの養殖池の近くにある店舗
店内のカウンターで、自分で入れたコーヒーを飲みながら仕事をする
「今のは台湾のお客さん。前の会社の時代からもう10年以上取引をさせてもらっています」。現在は、香港、シンガポール、オーストラリアなど、7、8カ国・地域と取引があるそうです。
新卒のサラリーマン時代、海外からの輸入業務に携わる中で商売のダイナミズムを肌身で感じつつ、鈴木さんはさまざまな観点で日本と海外の間のギャップを感じてきました。
飛行機を3回乗り継いで行った先のインドネシアのエビ工場。世界中でスーパーを展開するカルフールやウォルマートのバイヤーが来て毎日のようにグローバルな仕事をしていました。そこで、インドネシア人の経営者にこう言われたことが忘れられないそうです。
「ミスタースズキ、よく来てくれた。でも、たった1コンテナを買いに来ただけでしょう。悪いけど、今さっき2時間話した欧米のバイヤーは100コンテナ成約していきましたよ」
規模感の違いに打ちのめされそうになりました。当然、生産者は大口のバイヤーを大事にするものです。
日本のある外食業者から、フェアで使うエビをサイズ指定で10万尾欲しいと言われ、現地で注文したときのこと。インドネシア人の社長に「だからなんだ」という対応をされました。
「売れ筋のそのサイズを10万尾買って、その上と下のサイズはどうするんだ。誰が売るんだ? お前は買えるのか」
養殖のエビは大きいものから小さいものまでいろいろ取れます。「全部冷凍しているんだから、全部買ってもらわないと困る」と相手は言ったそうです。
水産卸大手「中央魚類」の社員だったころの鈴木隆さん=インドネシアで2005年ごろ、本人提供
「アメリカもヨーロッパもみんなそうやって買うそうなんです。一番欲しいサイズを50%欲しい、残りの50%は上のサイズと下のサイズでいいですよ、っていう商談の仕方。日本とは全然違う」と鈴木さんが教えてくれました。
「今もそうかもしれないけれど、当時の日本人の買い方は必要なとこだけ買おうとする。すると嫌われる。現地の生産者は日本にはとにかく売りたくない。量は少ない、品質にうるさい、値段は安い。そんな客に売りたくないだろう? って」
いい商売をするために、相手の事情もくめるかどうか。どうすれば、Win-Winの関係が築けるか。いいものを、適正価格で日本に持っていけるかどうかには、現場での生身のコミュニケーション能力も多分に影響しているということがわかります。

休みのたびに海外で学びの旅

「それで、アメリカやヨーロッパでエビがどんなふうに売れているんだろうって思って、自分で安いチケットを買ってニューヨークやパリの市場に休みのたびに一人でよく行きましたよ」
ファームスズキを立ち上げた後、塩田跡で車エビとカキの養殖をしている業者をフランスに訪ねた鈴木隆さん。2016年ごろ、本人提供
現地で見たもの、食べたものが、今の仕事のベースになっているというのです。それがファームスズキを形作っているという経緯は、連載の1本目、2本目で書いた通りです。
「当初は日本のものって全般的に、おいしいけど高いよねっていう評価だったんです。でもここ2、3年、海外の方が伸びてきたから日本のものが安くなっちゃった。デフレで。この十何年やっていてお客さんの数は変わっていないけど、売り上げだけはじわじわ伸びていく。それは向こうの経済が伸びているから。
ここにきて円安になって、ただでさえ安かったのがさらに3割引きみたいになって、顧客の数は変わらないのに、1件あたりの売り上げが増えている」
2021-22年シーズンに作ったエビとカキはすでに全量海外に成約されているそうです。
ファームスズキの養殖池で育ったカキ 
「3月、4月に作ったのにもう売り終わっちゃっている。売れるのはありがたいけれど、正直複雑ですよね」
海外との取引をするごとに、日本の課題を突きつけられる思いがするそうです。

カキ養殖にサステナビリティを

「ちゃんとしたビジネスモデルのもとにできているならいいけれど、カキ屋さんって3Kの仕事だと思われていますよね。担い手がいないから、外国人の技能実習生をたくさん使っている」
カキの幼生をホタテの貝殻に付着させる殻通し、いかだにつるした連を海水温度に合わせて上げ下げする手下げ・手上げ、巨大なクレーンを使った収穫、そして殻をとってむき身にするカキ打ち……カキいかだを使った養殖は、多くの人手を必要とする重労働です。
カキの稚貝=FARM SUZUKI提供
こうした中、恒常的な担い手不足が生産者を悩ませており、業界全体での従事者のうちアジア諸国などからの技能実習生は8割に上るとも言われています。一方で、外国人技能実習生制度は、人権の観点で送り出し国や国連から批判されています。
「こういうやり方では、長続きしないですよね」
ファームスズキでは、外国人技能実習生を受け入れていません。それは、鈴木さんがアメリカやオーストラリア、フランスなど、先進国で見てきた光景が目に焼き付いているからだそうです。
「この仕事は成長産業だ」と明るい表情で語る現地の養殖業者たち。生産工程から出荷まで、機械ができるところは機械がやり、人間がやらないといけないところだけ人間がやることで徹底的に合理化が図られていました。
「だから、どこの養殖場に行っても、オーストラリアもフランスも従業員は3、4人なんです。でも1人100万個は出荷しないと採算が合わない。1人100万個出荷しているから300万個。しょせんカキは1個1ドル程度だけれど年収がいい」
瞬間凍結したハーフシェルのカキを一つ一つ手作業で袋詰めする従業員の女性
広島はカキの本場と言われていますが、業界をあげた体質改善を怠ってきたということなのでしょうか。
「そうですね。だから世界的にどこもむき身を作らない。海外ではむき身をやったら養殖業者はおしまいだって言われている。日本のカキのむき身が(国内で)売れるのは、(海外で)誰も作っていないからにすぎないんですよね」
そして、外国人技能実習生制度はコロナの影響も大きく受けました。
「だからやっぱり、外国人実習生を使うっていうのは僕はない。カキを作れる人は日本中にいくらでもいる。今度は作ったカキをどうやって販売していくか。外国人を使ってむき身をやるのか、それとも付加価値をつけてハーフシェルにしたり、カキフライを作って直売にするかっていう違いだけだと思う」
瞬間凍結したカキの袋詰めに使う機械

おいしく食べてもらうために

鈴木さんは言います。
「自分たちがやっている1次産業に付加価値をつけて販売できるように持っていく。それをずっと続けていくだけですね」
今最も注力しようと考えているのは、購入してもらった商品のおいしい食べ方などについてのプレゼンテーションだそうです。
「瞬間凍結 塩田熟成牡蠣」のラベルをつけた商品
「冷凍の技術でハーフシェルとか魚に対して、便利だねって。できるだけすぐ食べられる状態のものが欲しいけれど、冷凍の生ガキをどうやって解凍すればおいしく食べられるかはご存じない。そこら辺を、僕たちがどうやってプレゼンして伝えるか」
マイナス30度で瞬間凍結した商品は、凍結するまでのスピードが速いためうまみ成分が漏れないことが売りです。なのに、ダラダラ解凍してしまうと、せっかくのうまみが失われてしまいます。
冷凍ショーケースにずらりと並ぶ新鮮な魚介類いろいろ
「だから、解凍の仕方が重要ですが、そこはお客さんがやるところ。口で説明するのは難しいから、QRコードで見れば解凍の仕方がわかるとか、おいしく食べていただくためのプレゼンを一生懸命やっていきたいんです。こちらが意図したように食べていただきたい。おいしく食べてもらわなかったら、もう1回買おうっていう気持ちにならないじゃないですか」

めざすは、6次産業のグローバル化

今扱っている冷凍商品を、海外でもどんどん売って、カキやエビなどおいしい日本の海の幸を、もっと多くの人たちに知ってもらいたい。それが鈴木さんの当面の目標です。つまり、6次産業のグローバル化です。
お客さんから尋ねられると、おいしい食べ方や解凍方法について解説する
「日本国内だろうが、海外だろうがどこでも一緒ですけど、おいしく食べてもらうためには、POPも大事だし、食べ方を動画で撮るとか、YouTubeチャンネルを作って配信するとかそっちも大事ですよね。それが、僕たちが求められている仕事。今はもう生き物を育てるのは大丈夫なので、IT技術者が欲しいくらいです」
日本のおいしいカキを、世界へ。奇策のカキフライ自販機は早ければ2022年中に、海外に進出します。海外で学んだやり方を日本に持ち込んで育てたおいしいカキを、日本の食べ方で世界へ。鈴木さんのチャレンジは続きます。
自販機のカキフライは、4個で1200円という価格設定。「オイスターバーで生で提供するようなカキを使っているので決して高いとは思わない」と言います。高品質なパン粉を使用し、調味料を使わずに作った珠玉のカキフライ。素材の味を堪能してもらいたいという、自信作です。
カキフライ自販機で買った商品。横のレンジで温められる(撮影・宮崎園子)
(完)