2022/8/2

【広島】カキフライ自販機で勝負。「日本の食文化届ける」

フリーランス記者
収穫高国内トップ、300年の歴史を誇るカキ王国・広島で、海ではなく塩田跡の池での養殖を行い、カキフライ自動販売機などのユニークなビジネスを展開して国内外で名を知られる小さな会社があります。

広島市内から高速道路、カーフェリーと乗り継いで2時間弱。5月、瀬戸内海に浮かぶ広島県大崎上島町の「ファームスズキ」を訪ねると、あれ、水はどこ? カキの養殖をしているという場所には、一面の「畑」が広がっていました。でも、ここは確かに、多くの人の舌を魅了してきた名物の殻付きカキ「クレールオイスター」の産地なのです。

伝統産業の現場で、次々と新しい試みを続けている鈴木隆さん(46)に、この地にたどり着くまでのドラマと仕事の流儀について語ってもらいました。3本連載の初回はまず、彼の仕事場である、養殖池について。
INDEX
  • カキ養殖のために「畑を耕す」
  • 会社名の「ファーム」、由来は
  • 欧米方式を瀬戸内海に「輸入」
  • 美味しい生ガキを、瞬間凍結で
  • 「6次産業化」の集大成は自動販売機
5月に取材で訪れたときの養殖池。水が抜かれており、一見畑に見える

カキ養殖のために「畑を耕す」

「おいしいカキをつくるために、今が一番大事な時期なんです」。鈴木さんが、しゃがんで土をやさしくなでながら笑いました。
「ついこの前まで土を耕していました。『ひつじのショーン』の牧場主みたいな生活です(笑)。あれに乗ってね」。視線の先には、農業用の一般的な耕運機が見えました。
水を抜いた養殖池の土を耕すのに使う耕耘機
水を張ると4区画になる広大な池は、東京ドーム2個分、約10万平方メートルの広さになります。鈴木さんはここで、カキと車エビを養殖しています。
4区画合わせると東京ドーム2個分になる養殖池=FARM SUZUKI提供
長く塩田として使われ、車エビの養殖場となったのを最後に10年以上放置されていた池。縁もゆかりもなかったこの島でこの池に出会ったのは、輸出を視野に海外で好まれるカキを養殖する事業を起こそうと一念発起した2011年のことでした。藻とヘドロだらけの池を少しずつ整え、養殖が軌道に乗るまでに5年の月日を要したそうです。
土地所有者の好意で、最初の1年は無償のまま土地改良をし、その後「いける」と確信を持って3千万円で購入しました。
「もともと何億かの土地だったそうです。結果的に環境整備をするのに1億円以上かかりました。

会社名の「ファーム」、由来は

毎年4月、5月は水を抜いて、下の砂を日に当てて乾かしてメンテナンスするんです。1年使うと、植物プランクトンの死骸とか車エビの餌の残りとかで、どうしても汚れる。車エビは1日のうち半分は砂に潜って寝ているので、土がすごく大事。だから、今のこの時期で、環境をいったんリセットするんです」
5月に降雨量が多かったり、日照時間が少なかったりすると、土づくりに苦労するそうです。鈴木さんは土づくりのための薬は使わず、有機バクテリアを土にまいています。
耕した土を触って確かめる
「ここさえしっかりやっていれば大丈夫。やっていないと、夏場の高水温の時期にpH(水素イオン指数)とかを計測したら水質がガタガタになっている。何度も痛い目にあったんですが、ちゃんとやると生態系がしっかりできてくるんです」
整ったら、6月にはくみ上げた地下海水を入れていきます。塩田はせいぜい水深2メートル程度と浅いので、太陽の光もしっかり降り注ぎ、プランクトンがしっかり成長して生き物にとって快適な環境になるそうです。
水を張った状態の養殖池。毎日、水質を厳しくチェックする=FARM SUZUKI提供
養殖池の水温が上がってしまう夏は海でカキの身を太らせ、その後、水温が落ち着いた秋以降に養殖池で熟成させるため、「塩田熟成カキ」(クレールオイスター)と銘打っているのです。
「池は生き物。車エビとカキの育て方も大事だけど、それ以上に池を知っていないとできない。水を張った後、色を見て池の環境をパッと見てコンディションが判断できないと、養殖はできないんです」
池を耕す。まるで畑を耕すように。ビジネスとして見通しがたった2015年に会社を立ち上げた際、社名に「ファーム」と冠した理由がそれかと尋ねると、こう返ってきました。
「そうですね。でも、カキを養殖してるところは、海外ではだいたい、『オイスターファーム』って言うんですよ」
塩田跡でのカキ養殖について熱く語る鈴木隆さん

欧米方式を瀬戸内海に「輸入」

そう、鈴木さんがカキの本場・広島のど真ん中で実践しているのは、欧米式の養殖方法なのです。
日本有数の産地・広島でカキといえば、いかだを使った養殖が主流です。加熱して食べるのが一般的なので、大粒のものが好まれます。
海に浮かべた竹製のいかだから海中にぶら下げた、長さ10メートルほどの「垂下連」と呼ばれる針金に、カキの稚貝を付着させたホタテの貝殻をたくさん連ね、2〜3年しっかり育てて丸々太らせます。
カキの幼生を付着させる「採苗」に使うホタテの貝殻
瀬戸内海は波が穏やかな上、川を通じて陸から運ばれてくる栄養分にも恵まれているため、カキの養殖の好漁場となってきました。広島県水産課によると、カキの生産方法は「広島ではほぼ100%、カキいかだ」だそうです。
一方、鈴木さんが、サラリーマン時代から、休暇のたびに勉強を兼ねて訪れていたアメリカやフランスで見てきたのは、日本とはまるで違う食文化、そして養殖方法でした。
看板商品の「ストライプクレールオイスター」=FARM SUZUKI提供
カキフライや焼きカキ、土手鍋など、火を通して食すことが多い日本と違って、欧米では、オイスターバーなどで生で食すのが一般的です。ぼってりした大粒のものより、一口でツルッと食べられる小粒のものが好まれると言います。
そういう食文化で消費されるカキは、かごに入れて養殖池に浮かべ、成長に合わせてかごを入れ替えながら、1年で収穫するという方法で生産されているそうです。
池に浮かんだ養殖用のかご=FARM SUZUKI提供
「僕が始めたころはかごがなかったんで、オーストラリアから輸入しました。でもこの5年ぐらいで、国内でもだいぶ増えてきましたよ」
かご養殖は日本国内のほかの場所でも広がってきたようですが、鈴木さんによれば、塩田跡でやっているのはファームスズキだけだそうです。今では、ここ大崎上島で毎年50万個ほどを収穫し、香港や台湾、シンガポールなど海外へも輸出しています。
養殖に使うかご。成長にあわせて大きさや形状が違うかごに入れ替えていく

美味しい生ガキを、瞬間凍結で

徹底的な水質管理によって、ノロウイルスの影響を受けにくいことが売りのクレールオイスターですが、カキの本場、広島でも、生ガキを楽しむ文化は実は定着していませんでした。加熱を想定してむき身で流通するのが当たり前の中、殻付きの生ガキは取り扱いにくいという現実もありました。
凍結処理する前の新鮮なカキ
でも、欧米で見たオイスターバーの光景のように、もっと生ガキを楽しむ人が増えてほしい。そんな思いを募らせた鈴木さんは2019年、「ハーフシェル」という商品の取り扱いを始めました。
水揚げしたての新鮮なカキを、殻を半分だけ開けた状態で生きたまま真空パックにし、マイナス30度で瞬間凍結させたもの。適切に解凍すると、みずみずしいカキが楽しめるのです。これがじわじわと人気を広げ、ヒット商品に。いわゆるカキのシーズン以外にも安定した収入が見込めるようになりました。
瞬間凍結したハーフシェルのカキ
塩田近くの店舗には、むき身や車エビ、加工品のパエリアや他の魚介類なども含め、冷凍にした商品約30種類が冷凍ショーケースに所狭しと並んでいます。
新型コロナウイルスによる巣ごもり消費で需要が増え、「店で買いたい」という声に応えて2022年2月には広島市中心部にも店舗をオープンしました。
冷凍ショーケースにならぶ商品の数々
「うちのお客さんの85%は、リピーターの方。ありがたい話です」と言います。

「6次産業化」の集大成は自動販売機

そして、カキ王国・広島のど真ん中で、既成概念にとらわれない新しいチャレンジを続けてきた鈴木さんの真骨頂が、カキフライの自動販売機でした。それは、自分で生産したもの(1次産業)を加工し(2次産業)、売る(3次産業)という「6次産業化」の「出口」だと位置付けています。
オンラインストアに次ぐ直販ツールとして、海外にも直売所をいつか持ちたいと思っていた鈴木さんは、コロナ禍前の2018年ごろからひそかに自動販売機の構想を練ってきたそうです。
竹原港にある「たけはら海の駅」に設置されているカキフライ自販機
ただ、開発当時は冷凍品が扱える自販機が既製品には無く、冷蔵用の自販機を新品で購入し、冷凍機業者や板金屋の力を借りて、冷凍仕様に改造しました。
また、「安心して食べてほしい」との思いから、自販機であっても生産者の顔がわかるよう本体に大きめのディスプレイを取り付けて産地の様子をまとめた動画を配信しています。これも、エンジニアの人たちの協力なしにはできなかったとか。
2020年末に、縁あって東京・虎ノ門のオフィスビル内に設置するとたちまち話題に。地元・広島では広島市中心部のアーケード内の店舗に設置しました。キャッシュレスのみの取り扱いなので、売り上げの状況は、遠く離れた大崎上島でリアルタイムにチェックできます。
開発費や改造費も含め、1台当たり総額450万円ほどのコストがかかったそうです。
「直販のために人を雇用することを考えれば、自販機は販売、決済、在庫管理と一連の作業をしてくれるので、売れさえすればすぐに開発費くらいは元が取れる」――。そうもくろんでのスタートでしたが、「自動販売機も生き物同様、日々のメンテナンスが必要で、その中で日々進化させています。自販機を日々進化させるためにそれなりにコストがかかるのでまだペイできていません」と鈴木さんは笑います。
筆者もカキフライ自販機で購入してみた。家に持ち帰り、温め直したらさっくり(撮影・宮崎園子)
コロナ禍のあおりも受け、虎ノ門の自販機は撤去することになってしまいましたが、今度は広島空港に設置予定で、年末から来年初めにかけては、いよいよ満を持してシンガポールにもカキフライ自販機が渡る予定です。
日本に海外のような生ガキの文化を定着させたい。同時に、日本の食文化でもある「カキフライ」を海外に紹介したい。「今までなかった新しいことをやるっていう思いでずっとやってきた。そっちの方が、仕事は楽しいですよね」
事務所兼店舗の前で笑顔を見せる鈴木隆さん
Vol.2に続く