2022/7/26

【解説】「メタバース」をビジネスに実装する方法

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 Web3.0、ブロックチェーン、メタバース。
 今や、次世代デジタル空間を取り巻くこれらのキーワードを耳にしない日はない。また、この領域ではNFTやDeFi(分散型金融)など、新たなビジネスの萌芽も見られ始めている。
 特に「メタバース」の世界は、まだ“未開の荒野”のような状態だが、数年で大きなビジネスチャンスを生む場所となり得るだろう。
 しかしメタバースがメタバースであるためには、ユーザーが集まりたくなる体験設計が重要となる。その重要なキーファクターとなるのが「クリエイティビティ」だ。
 連載「CREATIVITY NEWAGE」第2回は、メタバースをはじめとして、XR(VR・AR・MRなど)を活用したビジネスデザインやクリエーションを手掛ける、電通デジタルの泰良文彦氏に、どうすればメタバースをビジネスの場として活用できるのか、話を聞いた。
(全4回)
INDEX
  • メタバースをビジネスに活かすためには
  • メタバースに「クリエイティビティ」が必要な理由
  • 「クリエイティブリテラシー」が根付く組織

メタバースをビジネスに活かすためには

──ひと口に「メタバース」といっても、人によって解釈が異なります。泰良さんは、メタバースをどのようにとらえていますか?
 私は、メタバースは「体験」と深く結びついているものと考えています。
 体験と言っても、視覚体験や聴覚体験、食体験などさまざまあります。メタバースにおいては、そういった人の体験を拡張する可能性がある。
 たとえば、2021年には「TOKYO GAME SHOW」がVR空間で開催されました。
 延べ20万人以上が来場したと言われていますが、そこでは参加者がVR上で体験した動画や、VR空間で撮った記念写真が、SNSによくアップされていました。
 こうした行動は、海外旅行に行って美しい風景に出会ったりすれば、当然みんなしますよね。でも、ただモニターに向かってゲームをしたり、ネットを閲覧したりするだけではしません。
 友人と一緒に海外へ旅に出て、そこでしか見られない美しい風景と対峙する。そして、その美しさに対して感想を言い合い、共通の体験価値が生まれるからこそ、記念写真を撮ろうとなる。
 つまりメタバースでは、旧来のインターネット空間のように閲覧体験だけでなく、思わず自撮りしたくなるような「没入感」など、能動的な体験を引き起こせる。
 そして、そういった体験を設計できるのが、メタバースだと考えています。
 我々は、そんなメタバースをどうすればビジネスの手法として活用できるかを、クリエイティビティを基点にしながら模索しています。
──たとえば、ビジネス視点に立つと、メタバースでは何ができるのでしょうか? 
 たとえば「ものづくり」のアップデートです。
 通常、ユーザーはメーカーが作ったものをただ受動的に受け取り、消費します。しかしメタバースではものづくりに、ユーザーが能動的に参加できることで、より良いプロダクトづくりができるんじゃないか、と考えています。
 基本的にものづくりは、まずユーザーインタビューを行い、そこからコンセプトを作っていきます。
 そしてプロトタイプを作り、実際に試してもらい、改善するといったプロセスを経ます。
 でもそれだと、時間や空間、材料など物理的な限界もありますし、開発している間にターゲティングしたいユーザーと、ズレが生じてしまうケースがある。
 それを、メタバースの世界に持っていくとどうなるか。
 メタバースでは、より多くの、かつターゲットに近いユーザーに協力してもらうことによって、より良い体験設計をプロトタイピングできると考えています。
 たとえばクルマの開発。最近は「コネクティッドカー」と呼ばれるように、多くのクルマがインターネットと繋がっています。なので、使用頻度や用途を正確に抽出し、大量のデータを集められます。
 それをもとに開発者はメタバース上でプロトタイプを作る。加えて、そのクルマの開発に対して、能動的に協力してくれるヘビーユーザーに試用してもらう。それも、たくさんの人に。メタバースでは、リアルではできない多くの人を集められますから。
 つまり「クルマのプロトタイピング」という貴重な体験をイベント化するように、ビジネス開発そのものを没入感を高める体験設計にして、ユーザーに対して、積極的にものづくりに参加してもらう。
 そしてフィードバックをもとに、改善していく。
iStock / pcess609
 これらはひとつの可能性ですが、ものづくりがメタバースにシフトしていくと、将来的にそんなことができるかもしれません。
 今後ビジネスの世界では、効率的により良い体験設計をできる場所として、こういったメタバースの使い方も出てくるのではないでしょうか。

メタバースに「クリエイティビティ」が必要な理由

──となると、メタバースを構築していくには、クルマのプロトタイピングのような「没入感」や「能動的」な体験を用意できるかどうかがカギを握りそうです。
 そうですね。メタバースが機能的かつ効率的な空間で、そこで分析したいと思っても、そこに魅力がなければ誰も集まってきませんよね。
 没入感もないし、能動的な気持ちにもならないメタバースに意味はありません。
 ではどうすれば、メタバースに多くの人を集められるのか。そのヒントのひとつが、冒頭でもお話しした、思わず記念写真を撮りたくなる体験です。
 たとえば、非常にシンプルですがメタバース空間に、巨大なモニュメントを置いてみる。それがリアルでは決して見たことがない大きさや、形、質感であれば思わず写真に残し、拡散したくなりますよね。
 そういった「希少性」のある体験設計を、常に空間に用意しておく必要があります。
──巨大なモニュメントのように、「希少性」のある体験を設計するには、どうすればいいでしょうか?
 ユーザーの期待を上回ること、そして感動を与えることだと考えています。つまり「クリエイティビティ」。だからこそ、メタバースにおいて、クリエイティビティは必ず求められる。
 感動があるからこそ人が集まり、サービスが大きく広がり、定着する。
 もちろん大前提として、データやお客さまの声はとても大切です。
 特にメタバースでは、今までウェブやアプリで取得できなかったデータがあります。それらを有効活用すれば、新たなCXの創造をメタバースで設計できる可能性がある。
 たとえば離脱率や購買率だけでなく、位置情報などのヒートマップ、会話量やリアクション、アバターとしての属性などを活用して分析する。
 さらに、メタバース内における「身振り」や「手振り」など、今まで取得できなかった新規データを統合していく。
 それによって、メタバース内でのコミュニケーション設計や空間設計だけでなく、新たなCXの発見や創造に繋げられる。
 これらはとても重要です。しかし、それに応えていくだけでは、ユーザーの期待はなかなか上回れません。
“自動車王”と呼ばれたヘンリー・フォードの有名な言葉に、「顧客に望むものを聞いたら、『もっと速い馬が欲しい』としか答えないだろう」というものがあります。
──どういう意味でしょうか?
 つまり、馬車しかない時代に顧客に欲しい移動手段を聞いても、決して自動車という新しい価値は出てこない。
 データやお客さんの声は当然必要なのですが、ユーザーの声にただ応えるのではなく、将来のニーズを発見する。そこにこそ、クリエイティビティが求められると思います。
 クリエイティビティを発露させていくには、世の中の動きを観察しながら、「兆し」を見つけることが重要になる。
 なので、私は常に自分が感動したモーメントを、意識するようにしています。日常生活のなかで真に感動する出来事って、そこまで多くありませんから。
 だからこそ、逆に感動したときは「なんで心が動いたのか」を考えてみる。それが、クリエイティブとしての“トリガー”になると思います。

「クリエイティブリテラシー」が根付く組織

──メタバースにおけるクリエイティビティの重要性については理解したのですが、その点において、電通デジタルにはどのようなケイパビリティがありますか?
 まず電通デジタルには、各分野のプロフェッショナルが集まっていますし、電通グループ全体にも、膨大なネットワークがあります。
 XR関連の組織を見てみても、国内電通グループには複数のXR系組織が存在し、それぞれの知見を活かしながらプロジェクトを進められます。
 そしてもうひとつ、意外と重要なのですが、組織内におけるクリエイティブに対する期待と理解度が圧倒的に高い点です。
 クリエイティブチームに助けられたり、クリエイティブのおかげですごく売れたり、バズったりといった体験を、会社全体で共有している。
 だから「理論やデータも大切だが、それだけでは得られない成功体験がある」との共通認識が、グループ全体に根付いている。これは、意外と重要な点です。
 だからこそ、営業からリサーチャー、コンサルタントにいたるまで、あらゆる人材が右脳的なアイデアを出すことができ、そのアイデアをテーブルに乗せて検討する。
 そうしたクリエイティブリテラシーこそが、他の戦略コンサルタントにはない、当社固有の風土ではないでしょうか。
──今後、メタバースを通じて、どんな未来を目指していきたいですか?
 メタバースといった新たな空間はもちろんですが、「ビジネスそのものが利己的ではダメだ」という意識が浸透しています。
 当然、我々も、ユーザーの生活を便利にし、それによりクライアントに利益をもたらしながら、社会そのものをよくしていかなくてはいけない。
 当たり前ですが、「ネット依存」や「ゲーム依存」といった、“中毒症状”を引き起こしてはいけません。
 そうした世界観を実現するためにこそメタバースを活用していきたいし、そのためにクリエイティブを日々追求していきたいと考えています。