2022/7/8

【東京・長野】積極採用で200人。未経験から職人を育てる

フリーランス 働き方専門ライター
ものづくりの現場が抱える職人の後継者問題。ランドセルで有名な土屋鞄製造所では、創業者でランドセル職人だった初代社長から現在の2代目社長へと変わった後に、思い切って経験のない若手を職人として雇用しました。そして現在、中途や新卒含め未経験者も積極的に採用し、約200人の職人が同社で活躍しています。一夜では育てることのできない職人をそこまで抱えられるようになった道のりを聞きました。

腕の良い職人の技術を後世に伝えたい

土屋鞄製造所(以下 土屋鞄)の土屋成範社長がランドセル職人の父の仕事を手伝い始めたのは1994年のこと。少子化が進む中で経営が傾いていた工房を、製品の良さを直接顧客に伝えるダイレクトマーケティングによって立て直していきました。
そして、仕事が増えて2人目の職人が入社したときに、土屋社長は「日本には父以外にも腕の良い職人がいるのだ」と気づいたのです。
土屋 「腕の良い職人たちに仕事がない状況は、なんとかしなければいけないと思いました。それと同時に、こういった技術を伝えていきたいという思いがわいてきて。そのためには担い手を探さなければいけないと、若手を積極的に採用するようになりました。20年ほど前に初めて採用した3人の若手は、今は製造の中心となって働いてくれています」
2022年2月、新作ランドセルの記者発表会で、技術継承への熱意を語る土屋社長(提供・土屋鞄製造所)
この20年、中途や新卒の未経験者にも門戸を開いて徐々に担い手を増やし、今では3つの工房で約200人の職人が働いています。

300以上の工程。一人前になるには10年以上

従来の職人の世界では、技術は教えてもらうというよりも、ベテランの仕事を見て覚えるのが一般的でした。しかし、全くの未経験者にはそれではハードルが高すぎます。
未経験者を採用をするようになった土屋鞄では、ベテランや先輩が一緒に作業をしながら少しずつできることを増やしていく、という育て方をするようになりました。
ランドセルの場合、約150のパーツからなり、製作の工程は300以上にのぼります。いくつかの工程のまとまりごとにチームがあり、まずはひとつのチームの仕事から覚え、他のチームも経験し、最終的にはすべての工程ができるようになる。それには10年以上かかるといいます。

高卒、未経験で職人の道へ

近年は中途採用でも新卒採用でも未経験者への門戸を開いており、2021年度の新卒採用者22人の中では2人が職人の道に進みました。
そのうちの1人である跡部風花さんは、長野県内の商業高校を卒業して軽井沢の工房で働いています。
跡部さんがそこまでして土屋鞄への入社を希望したのは、中学生のときに軽井沢工房のオープニングのイベントに参加し、「すごく楽しそうだな」と印象に残っていたこと、進路を考えたときに、同社の「時を超えて愛されるものづくり」というメッセージに共感したことが大きかったようです。
跡部 「もともと人に関わる仕事をしたいというのが一番の希望で、自分や周りの人たちの気持ちを大切にしたいという思いがありました。小学校の6年間は、子どもが気持ちの面でも一番成長する時期です。その大事な時期に寄り添うランドセルを作ることで、子どもの成長への願いを形にすることができるのが、すごくいいな、と思いました。
また、軽井沢は祖父母の家がある思い出の土地です。軽井沢の工房からはお店にランドセルを選びに来られるお客様の様子が見えるのですが、幼少期の自分とお客様の姿が重なることもあって。そういう環境で働いていると、ものづくりに対してより気持ちがこもる感覚もあります」
自然に囲まれた軽井沢工房の前でランドセルを大事に抱える跡部さん

最も難しいミシンも、努力と意欲があれば挑戦させる

入社後は本部である東京・西新井の工房で1カ月の研修を受けた後、跡部さんはまず検品の工程に入り、ランドセルの全体像を知るところから仕事を始めました。その後、「まとめ班」と呼ばれるチームでランドセルづくりの最終工程を覚えている最中です。
「まとめ班」では、ほかのたくさんのチームが作ったパーツを組み合わせて仮止めした状態のものを受け取り、補強革をつけたりミシンで縫ったりしてランドセルの形に仕上げていきます。
跡部 「最後の工程ということで、そこまでにたくさんの職人さんがつないできた思いを一番感じられるところだと思います。だから、やっていてすごく楽しいです」
職人というと、黙々と作業に集中しているイメージがあります。しかし土屋鞄の工房では、「ここはどうする?」といったやり取りが頻繁に交わされ、跡部さんはその会話の中から学ぶことも多いそうです。
最近は「まとめミシン」と呼ばれる、背中とマチの部分をミシンで縫い付ける作業に挑戦し始めました。これは工房にあるミシンの中でも一番難しく、工房長の浅井俊克さんは「1年目であのミシンを踏めるようになるとは」と感心しています。
浅井 「スピードはまだゆっくりですが、良品が作れるようになっているのはすごい。まとめミシンはランドセルづくりの中で一番難しいミシンといわれています。それを『やりたい』と言って、自分で空き時間をつくって練習し、できるようになったのは、跡部さんの努力のたまものです」
真剣に取り組む跡部さん(提供・土屋鞄製造所)
土屋鞄では、職人の育成に関して決まったカリキュラムがあるわけではなく、個々人の資質ややる気によって仕事を覚えるスピードも異なります。
跡部さんは「まとめ班」のさまざまな作業を覚え、次はミシンに挑戦したいと考えました。周りの先輩に相談すると、「自分で時間をつくって練習してごらん」と協力してもらえることに。受け持っているほかの作業のスケジュールを調整し、ミシンを使う時間をつくって挑戦し始めたそうです。
跡部 「練習用のランドセルがあるわけではなく、実際の製品を縫いながら技術を磨いていきます。だから、分からないことがあればすぐに聞いて、教えてもらったこと常に頭に入れていくことが大事だと思っています」
ランドセルの種類や色によって革の状態や糸の太さなどが異なる上、ミシンそのものの調子も日によって異なり調整が必要です。
跡部 「うまくいく日もあれば、1週間くらいだめなときもあります。自分の調子と機械の調子とランドセルの調子と、全具が合うところを探して調整していく必要があるので、『これで完成』ということはないな、と感じています」
今はその都度ベテランの職人に相談しながら進めていますが、一人で縫い上げられるようになることが当面の目標です。

それぞれ異なる職人として働く動機

職人としての仕事に非常に意欲的な跡部さんですが、実は職種にこだわりがあるわけではありません。
子どもたちの成長を願いながらランドセル職人への道を歩んできた
跡部 「今は職人として働いているので、技術を磨くことを一番大事にしています。でも、人と人をつなぐこと、子どもの成長への願いを形にすることは、どの部署にいてもできることだと思うので、挑戦できることがあればどんどんやってみたいです」
約200人の職人のバックグラウンドはさまざまで、この道数十年のベテランもいれば、子育て中のパート社員もいます。美大を卒業し、「日本のものづくりに携わりたい」と入ってきた新卒の社員もいます。
なぜこの道を選んだのか、この先にどういうキャリアを歩んでいきたいのかはそれぞれに異なりますが、今この瞬間、職人の技術というバトンを後世につなぐ役割を担う人たちです。