2022/7/8

【東京・長野】町工房、下請けから直販への転換で起死回生

フリーランス 働き方専門ライター
今やカラフルな色がそろうようになったランドセル。「ラン活(ランドセル購買のための活動)」という言葉ができるほどに、人気ブランドの商品は入手困難になるほど。中でも人気なのは、1年以上前から予約が入るという土屋鞄のランドセルです。東京の足立区、西新井の小さな工場から一躍全国区のトップブランドとなった背景を追いました。

10万円以上でも売れる、手作りの高品質なランドセル

通学路を歩く小学生たちのランドセルが、年々多様化しています。かつては「男の子は黒、女の子は赤」が当たり前だったランドセルですが、2000年代初頭にイオンが24色展開を始めたのが、バリエーションが増えるきっかけになったといわれています。
男女関係なく好きな色を選ぶ子が多くなったそう(写真:土屋鞄提供)
少子化が進む中、「子どもに良いものを持たせてあげたい」「気にいるものを買ってあげたい」という両親や祖父母の思いを追い風に価格帯も上がっており、2021年の調査によると平均購入価格は5万5339円で、27.8%が6万5000円以上で購入したと回答しています(一般社団法人 日本鞄協会 ランドセル工業会「ランドセル購入に関する調査 2021」)。
土屋鞄製造所(以下 土屋鞄)が販売するのは6万円台から14万円台の高級品で、職人が一つ一つ手作りする「工房系」メーカーの代表格として非常に人気があります。
人気のテキスタイルブランド「ミナ ペルホネン」とコラボしたランドセルは、開けても楽しい色合い
大手メーカーでは、特に女の子向けとして、パステルカラーにラメや金糸銀糸の刺しゅうなどキラキラしたデザインが目立つのに多いのに対し、土屋鞄のランドセルは約50色とバリエーションは多いものの、総じて落ち着いた色味で飾り気がなく上品な印象。これには、6年間の成長を支える丈夫さと背負い心地のよさ、使うほどに愛着の深まる上質でシンプルなデザインを重視する土屋鞄の哲学が反映されています。

製造業では珍しい社内のクリエイティブチーム

カタログやウェブサイトも、他社がかわいさや元気さを打ち出すのと一線を画す、シックでおしゃれな雰囲気。母親の目をひく大人の女性好みの世界観の表現は、ランドセルの情報収集をし、カタログを取り寄せ、子どもと店舗を回って親子ともに納得の一品を選ぶという「ラン活」の主導権を握るのは誰かと考えると、非常に理にかなっていると言えます。
自社Instagramの投稿も、大人っぽくおしゃれな雰囲気で統一されている
特筆すべきは、これらのデザインや魅力的な写真、文章が、ほとんど社内で作られているということです。
カタログのデザインも社内で行う(写真提供・土屋鞄製造所)
製造業では珍しいケースですが、社内にデザイナー、フォトグラファー、ライターなど約30名が所属するクリエイティブチームがあり、カタログやウェブサイトのほか、InstagramやFacebookなどへの投稿、メルマガの制作などを一貫して手掛けているのです。
背景には、土屋鞄がものづくりにかける思いがあります。
良いものを作って顧客に届けるためには、職人の技術が重要なのはもちろんのこと、それを支える体制や製品の良さを伝えることが欠かせません。事業推進本部 販促企画部部長の山田智子さんは、それが社内におけるそれぞれの役割に対する呼称にも自然に表れていると言います。
事業推進本部 販促企画部部長の山田智子さん
山田 「正式な呼称というわけではないのですが、コーポレート部門に所属する人であれば『ものづくりを支える人』、店舗のスタッフやクリエイティブチームの人であれば『ものづくりを伝える人』と社内で呼ばれています。私たちの軸となる『ものづくり』との関係が理解しやすい表現が自然に使われています」

職人の仕事がないのは腕が悪いからではなかった

「良いものを作れば売れる」というのは間違いで、それを求めている人に気づいてもらい、その良さを理解してもらわなければ売れないーー。
このようなマーケティングの考え方は、今でこそビジネスの常識です。
しかし土屋鞄では、30年近く前から「伝える」ことの重要性を強く認識し、実践してきました。その背景には、土屋成範社長の原体験があります。
2022年2月、新作ランドセルの記者発表会で、入社当時のことを語る土屋社長 (提供・土屋鞄製造所)
土屋鞄の創業は1965年。父である土屋國男氏が立ち上げた小さなランドセル工房からスタートしました。
創業から第2次ベビーブームの頃まではランドセル市場が拡大していきましたが、1980年代以降、子どもの数の減少とともに工房の仕事も減っていきます。土屋社長が中高生の頃にはかなり経営が厳しく、父からは「こんな仕事するな」と言われていました。そのため土屋社長は家業を継ぐことは考えず、一度は海外に出てビジネスを始めます。
しかし1994年、「なんとか仕事をとってきてほしい」と母親に請われ、土屋鞄に入社しました。
土屋社長はそれまで、父に仕事がないのは腕が悪いからだと考えていました。しかし父の仕事を間近で見て、その考えが間違いだったと気づいたそうです。
土屋 「父の仕事を手伝うようになり、父が作る鞄と向き合うようになると、非常に品質が高いものだと分かりました。当時の日本の方たちは、イタリア製やフランス製というだけでお買い求めになられることが多かったんです。それらと比較したとき、同じ価格帯であれば父の作った鞄の方が断然品質が高い。それなのになぜヨーロッパの職人に仕事があって、父に仕事がないのかな、ということに疑問をもちました」
当時、メーカーの下請けという形で作っていたランドセルは、メーカー、問屋、小売店という流通経路をたどって顧客の手に渡っていました。それでは鞄の価値や職人のこだわりがお客様に伝わらないと考えた土屋社長は、消費者に直接販売するダイレクトマーケティングに乗り出しました。

直営店、工房、ネットを通じ、顧客に思いを伝える

軽井沢の店舗。新型コロナウイルス対策として来店予約制としたが、集客数が落ちるということはなかった。むしろ特定の時間帯に混雑することがなくなり、接客の質が上がったという
土屋 「私が手伝い始めたときは、父は鞄職人としてのプライドを失いかけているような状況でした。でも、工房に併設した店舗にいらしたお客様が良い鞄だと褒めてくださったり、感謝の言葉を述べてくださったりするのを聞くうちに、父も職人としてのプライドを取り戻したようです。私も、『家族のためにこの仕事を手伝ってよかったな』という思いが強くわいてきました。一段落したら別の仕事に就こうと考えていたのですが、父の思いを知り、このまま続けていこうと気持ちが変化しました」
20年程前から大人用の鞄や革小物も手掛けている
現在、土屋鞄は全国に24ある直営店や各地で開催される出張店舗でスタッフが顧客と直接やり取りするほか、東京・西新井(足立区)と軽井沢にある工房では見学を受け付け、職人の技術を目で見て感じてもらえるようにしています。
また、2000年代初頭にいち早く自社ECサイトやメルマガを開始、今はInstagramなどのSNSも活用し、製品の価値、ものづくりにかける思いなどを丁寧に伝えています。「お客様に直接、製品の価値を伝えよう」という土屋社長の思いが、このような土屋鞄のスタイルへとつながっているのです。