2022/7/11

【世界のユニクロへ】新たな世界標準をつくるコーポレート領域のデジタル変革

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 4月に発表された2022年度上期決算で、ファーストリテイリング(以下、FR)は過去最高の営業利益となった。
 その要因は、海外ユニクロ事業の大幅な増収増益だ。
 従来からの成長の柱である東南アジア事業が過去最高の売上・営業利益を達成しただけでなく、北米、欧州のユニクロ事業も、売上・営業利益を大幅に伸ばし、収益の柱が多様化してきた。
 ユニクロは、生活ニーズに基づくシンプルで上質な普段着を「LifeWear」というコンセプトで提供し続けてきた。その「LifeWear」が、より多くの国の人々に受け入れられるようになってきた。
アメリカのユニクロ ソーホー ニューヨーク店でオープン前に行列する様子
 コロナ禍を経て進んだ、よりカジュアルでサステナビリティを重視する生活様式が、LifeWearのコンセプトにマッチしたことも追い風となった。日本で育まれたLifeWearブランドが、今、まさに真のグローバル・ブランドに飛躍する時を迎えているのだ。
 世界No.1のカジュアルウェア企業を本気でめざすと宣言しているファーストリテイリングだが、その最重要課題は「人材」だ。
 世界各国の現場に入って顧客ニーズや事業の実態を理解し、グローバルな事業変革や組織的ナレッジの構築を牽引できるリーダー。それと同時にグローバルな戦略や経営能力を深く理解し、各国固有の問題を自律的に解決していけるリーダーの厚みが鍵になる。
 グローバル事業を支えるファイナンス・人事組織においても、人材の重要性は例外ではない。今必要とされているのは、世界中を飛び回りコーポレート領域とテクノロジー領域を横断するような「変革のDNA」を宿した人材なのである。
 本連載の第3回でもNewsPicks Brand Designは、IT部門を以下のように評した。

成否のカギを握るのがデジタル業務改革サービス部だ。本稿では略して、「IT部門」とするが、単なるIT部門とはひと味もふた味も違う

 今回、FRでコーポレート領域のデジタル変革プロジェクトに関わる5人のリーダーを取材したが、やはり以下のような表現が妥当である。
 12万人、2兆円を超えるグローバル事業を支えるFRの「コーポレート部門」は、バックオフィスと称されるような堅実な役割とは一線を画す、別次元の意識と実践が求められる。
 コーポレート部門は、さながら世界No.1を目指すプレイヤーの手足を支える「背骨/体幹」とも言えるような強靭な役割であり、それぞれの現場に「中枢神経系」のように張り巡らされたIT部門と緊密に絡みながら、「妥協なき変革」を実践するDNAを宿しているのだ。
  本稿では、従来型の非効率な組織体系や業務を極限まで効率化し、標準化する「デジタルファイナンス・プロジェクト」を中心に、世界を席巻するFRの中枢を取材した。
INDEX
  • デジタルファイナンスの前に、LifeWearの話を
  • 世界のどこに異動してもすぐに働けるために
  • 世界最高水準をアップデートし続ける
  • 全世界の人材データを活用し、現地の経営者を育てる

デジタルファイナンスの前に、LifeWearの話を

 デジタルファイナンス・プロジェクトについて岡﨑健CFOに話を聞こうとすると、「その前に、話しておきたいことがあります」と前置きがあった。
「我々のコンセプトである『LifeWear』の重要なポイントは、お客様の生活ニーズを考え抜いて開発され、進化し続けてきたということ。それを世界中のあらゆる人に提供する。これこそがすべての事業、プロジェクトの根幹となる考え方です」(岡﨑氏)
「製造小売業」から「情報製造小売業」への転換も、単なるデジタル化ではなく、あくまでLifeWearのコンセプトを、一つの「業態」として高いレベルで実現していくことが目的だという。
「顧客ニーズに立脚し、生活に必要不可欠な商品だけを企画・開発し、必要なタイミングで必要な量を生産・輸送し、商品価値が伝わるように情報を加えながら、顧客にとって便利で快適な形で提供していく」(岡﨑氏)
 岡﨑氏は、このLifeWearのコンセプトを実現するためにこそファイナンスチームが存在していると強調する。
「商売の話はコーポレート部門の自分に関係ない、と思う人は率直に申し上げて当社にはふさわしくない。経理も財務もITも、すべての業務はお客様へのLifeWearの提供に結びついているのですから」(岡﨑氏)
 一般企業のファイナンス業務をイメージしていると、FRのファイナンスに期待される責任領域の広さや妥協を許さないスタンスには面食らうかもしれない。しかし、それがFRなのである。
「業務の実態を変えなければ、業績数値は改善しません。PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)、キャッシュフローなどの数値を眺めて『今回は良くなった』もしくは『悪くなった』と報告しているだけでは、仕事をしたと言えません。
 LifeWearを基軸とする全社戦略を深く理解し、全社に働きかけ、多くの部署と協力しながら解決するところまでやりきる。実態を良くすることに貢献し、その結果としての業績数値が良くなって初めて成果を出せたと言えると思います」(岡﨑氏)
 また、「守り」の役割といえる統制面の徹底においても、実態を変えることの重要性は変わらない。統制を強化しようとすると、ともすれば複雑なルールや手続きによる管理強化が先行しがちだが、統制の本質を突いた意識・行動を現場に浸透させなければ実態は変わらない。
 であれば、原理原則の現場教育、現場にとってわかりやすいルールやシステムへの絶え間ない改善などを主導できなければ、ファイナンスとしての責務を果たすことはできない。
 あるべき姿に向けての課題は何か。それに向けて実態を変えるために何をするべきか。全社に働きかけながら動き続けるのがFRでのファイナンスの仕事なのである。

世界のどこに異動してもすぐに働けるために

 2010年から現在までのFRのグローバル化を振り返ると、日本で培ったLifeWearのコンセプトを、東京の本社、通称「グローバルヘッドクォーター(以下、GHQ)」を基軸として中央集権的に世界各国へ移植するフェーズだったといえる。
GHQ機能を有するファーストリテイリング有明本部の様子
 しかし、今のやり方を続けていては、実質においてもスピード感においても世界に根ざしたLifeWearは提供できない。そこで今、FRはコーポレート部門を含めて、全社組織のあり方を大きく変えようとしている。
 東京に一極集中していたGHQの機能を世界の主要都市に分散。現地の司令塔に集まる顧客の声をもとに、司令塔同士を有機的につなげてスピーディに意思決定し、より早くグローバル共通で支持されるLifeWearを提供していこうとしているのだ。
「このようなことを10年前にやろうとしたら、絵空事だと一蹴されたでしょう。
 しかし現在ではオンラインミーティングなども一般的になり、ICTツールも進化し続けている。最新技術と現代の感性を持つ人が向き合えば、『新しいグローバル経営』が実現できる、そんなフェーズに入ってきたと感じています」(岡﨑氏)
 このような流れの中で、ファイナンス部門で進行しているのが「デジタルファイナンス・プロジェクト」だ。
 2010年代は、東京のGHQチームが、各国ローカルのファイナンスチームを統率する組織構造だった。ファイナンスに関するグローバルポリシーやシステムは世界共通で導入していたが、実務レベルでのプロセスやオペレーションにはバラつきがあった。
 現場でも、数字を集めたり照合したりする反復作業に多くの時間をとられていた。
 デジタルファイナンス・プロジェクトでやろうとしていることは2つある。1つ目は、ファイナンス業務を効率化・高度化した上での徹底した標準化・自動化だ。さらに集約効果の高い業務については、グローバルや地域ごとでのシェアドサービス化(共通業務の集約)に踏み込んでいく。
「人の行動を改善し、業務の実態を変えて初めて付加価値が出る。本来はそのような仕事に多くの時間を割くべきです」(岡﨑氏)
 2つ目は、グローバルのファイナンス機能の基盤整備だ。行動基準や判断基準から、行動プロセス、システムまで完全に統一し、グローバルで一つのファイナンスチームにしていくための基礎を整えようとしている。
「実現すれば世界中、誰がどこに異動しても、すぐに仕事を始められるようになります。国を超えた異動が容易になり、オーストラリアで問題が発生したから、日本と韓国とシンガポールのメンバーでプロジェクトチームを結成して解決にあたる、なんてことも日常的に可能になる」(岡﨑氏)
 岡﨑氏は「まだまだ山の三合目」と言うが、グローバルで基幹システムを一つに束ね、グローバル・シェアド・サービスセンター部門の本格稼働など着実に一歩ずつ、「次世代ファイナンス」の形が見えてきている。
「デジタルファイナンス・プロジェクトは、単なるデジタル化のプロジェクトではありません。FRのグローバル企業としての成長を支え得る新しいファイナンス・チームへと変革、進化させていくための経営変革プロジェクトなのです。
 従って、あるべきプロセス、システムへの変革を進めると同時に、これを最適に推進していくための人材の採用・育成・配置や、組織のあり方の再設計を一体で進めています」(岡﨑氏)

世界最高水準をアップデートし続ける

 では、実態はどうなのか。
 グローバルファイナンスサービス部部長白木陽氏に訊くと、そこでは世界で一番良い方法を全員で実行し世界一を目指す、「グローバルワン」のコンセプトが、力強くワークしていると言う。
 白木氏は二度の取材のうち1度目は、パリから応じてくれた。
 パリを訪れたのは、ファイナンス基幹システムのSAPを導入するためだ。グローバルに広がる全社へのSAPの導入は、フランスに拠点をおく2ブランド「コントワー・デ・コトニエ(COMPTOIR DES COTONNIERS)」と「プリンセス タム・タム(PRINCESSE tam tam)」のみがラストピースとして残っていた。
 完了すれば、全世界で共通のシステムを使っている状態になる。
パリのユニクロ リヴォリ店での朝礼の様子
 こうした全世界共通システムの導入は、デジタルファイナンス・プロジェクトの下準備といえる。FRでは、SAP以外にもさまざまなシステムを世界共通で導入するプロジェクトを走らせてきた。
 その一つが、購買・調達・支払いが複数のシステムにわかれていたものを、一つのシステムで完結できるようにした購買システムの導入プロジェクトだ。
 この購買システムを導入することで、契約締結から発注書、検収書の発行、請求書の処理、そしてSAPでの支払いまですべてを一つのシステム上で実行できるようになる。これは、ファイナンスとITのチームに加え、法務部や購買部など複数の部署を横断したプロジェクトとなった。
「FRは、どのシステムを入れるときも、短期間で、全世界に対して一気に導入します。このグローバル購買システムのプロジェクトでは、各国にカウンターパートとなるチームをつくり、そのチームメンバーたちと協業して進めていきました」(白木氏)
 白木氏は「大事なのはシステムを入れた後」と強調する。システムを導入するまでは、白木氏をはじめとする日本のチームが主導し、スピード重視で行う。その後は現地のメンバーを巻き込み、何がベストプラクティスなのかを探るフェーズに入る。
 人はどうしても自分にとっての個別最適を考え、従来のやり方にこだわってしまう。そこにFRとしてのグローバルワンの考え方を浸透させていくのが、難しくもおもしろい部分だと白木氏は言う。
「『今までのやり方で問題はなかったのに、なぜ新しいシステムを導入するのか』といった意見は必ずあるんですよね。そうした人たちに、現在の業務をくわしくヒアリングしながら、BPR(Business Process Re-engineering)のためのチームをつくり、業務部門も巻き込んで変えていきます」(白木氏)
 こうした世界中のファイナンス機能のデジタル化を進める際に、白木氏のチームとタッグを組むのがIT部門だ。IT部門の部長として、デジタル・ファイナンスのプロジェクトを担当する江明氏は、「ファイナンスチームはITに興味を持ち、学ぼうという意欲が高い」と語る。
 白木氏も、「ITチームもビジネスやファイナンス業務にすごく興味をもってくれて、知識をどんどん広げていっていますよね」と返す。
 江氏と白木氏は電話やチャットといったデジタルツールで常時つながりながらプロジェクトを進めている。江氏にFRの強みを尋ねると、やはり常に変化し「一番良い状態であり続ける」ところだと言う。
「他社では基幹システムを10年以上使い続けることも多いのですが、FRでそれはありえません。常により良いやり方の模索・チャレンジを続け、システムの刷新スピードも通常の会社より遥かに早い。ファイナンス領域はグローバルでの業務標準化を目指しているため、グローバルトップシェアのパッケージやSaaS製品を多用しているのも特徴です。
 導入済みのSAPや周辺のSaaSシステムも、一度導入して終わりではなく、常に最新のバージョンを維持するように取り組んでいます。バージョンアップ作業は、影響範囲が大きく、リスクも大きいと思われがちなため、一般的にはポジティブに取り組むIT部門は少ない。
 FRのIT部門も同じ悩みを抱えていますが、やはり業務変革に技術の刷新は不可欠のため、業務、ITともにWin-Winの方法を模索しなければいけません。
 現在は、システム機能の標準化や影響分析、テスト自動化などの施策を取り入れ、ハイスピード、ローコスト、ローリスクのバージョンアップモデルを実践しています。
 結果として、最新のサービスをいち早く、FRの業務に最適な形で導入し、業務変革を支える基盤としてユーザに提供できているんです。
 また、いち技術者としても、最新の技術やソリューションを常に扱えるのは非常に魅力的です。SAP、AWSやGCPなど最大手のテック企業とも強力なパートナーシップを組んで最新事例となるようなソリューションも体験できる。実は、我々のフィードバックでそういった製品の機能が改善されることもあったりします」(江氏)
 白木氏も「日本の会社は石橋を叩いても渡らないことも多いですが、FRは数年単位でシステムを刷新していく。一つ刷新したら、次は別の新しいシステムの検討に取り掛かる。常に変化し続けているんです」と語る。
 世界中の拠点に会計システムを導入していくうち、白木氏は改めて、「グローバルワン」というコンセプトの強さを感じるようになった。
「日本の企業で、本当に世界統一のシステム、プラットフォームを使っているところはほとんどありません。SAPであっても、国ごとに違う製品を使っていることが多い。でもグローバルで統一されたシステム、オペレーションだからこそ、どこでも働ける仕組みがつくれるはずです」(白木氏)

全世界の人材データを活用し、現地の経営者を育てる

 ここまで「世界のどこでも働ける」というワードが何度か出てきた。
 それを実現する本丸は、人事領域のデジタル化だ。現在、FRのグループ全体で従業員が約12万人。その全員の人事情報をデータで把握し、最適な人員配置をグローバル規模で実現するプロジェクトが進んでいる。
 グローバル人事部統括部長山口徹氏は、「GHQのHRとしてやるべきことは、優秀な人材の採用と育成につきる」と語る。
「それは日本だけでなく、世界中においてそうです。優秀な人材を見つけ、育成し、登用していくことこそが我々の仕事です」(山口氏)
 目指しているのは、グローバル全体の「タレントマネジメントシステム」の稼働だ。まずは、各国の優秀な人材を評価し、一人ひとりの部署や職能でソートできるようにする。それをもとに、優秀な人材が世界中のさまざまな国やポジションに異動できるシステムをつくろうとしているのだ。
「若手の優秀な店長や本部社員は、自国以外の国で経験を積むことでグローバル経営の感覚が身につき、大きく成長する。
 そのため、海外の優秀な人材を一度日本に異動させて社長の柳井から直接経営を学ぶ機会や各機能統括役員と直接仕事をすること、あるいは海外の別の国への適切な異動などを加速させていきたいと考えています」(山口氏)
ユニクロのベトナムオフィス(ホーチミン市)の様子
 例えば、ベトナムの優秀な若手を、最終的にベトナムのCEOにまで育てていくには、どの拠点でどういったキャリアを支援すればいいのか。そうしたことを考えるためにも、全世界の人材データが引き出せるシステムが必要なのだ。
 人事領域のデジタル化を統括しているIT領域の担当役員の法華津誠氏は現状に対してもどかしさを口にする。
「グローバル規模での人材の管理と育成は、システムの部品はそろっていますが、まだうまくつながっておらず、やりたいことがやりきれないところも多くあります。
 目指すべき人事の仕組みは、社員の人事情報データをもとに、グローバルでの人事異動や人材育成のアクションを即座に実行できるものです。ただ、現状はシステム内の情報が有限で、理想と現実にはまだまだギャップがあります」(法華津氏)
 法華津氏は、ここからのFRのグローバルでの飛躍を考えると、人事システムの改善は急務だと語る。
「社員の立場になると、FRに限らず世の中にはいろいろな働く場所や機会がある。そのなかで長く活躍し続けてもらうためには社員一人ひとりのことを深く理解し、マネジメントを通じて適切な挑戦と成長をしてもらうことがとても大事です。
 人事データ管理のあるべき姿は、経営者・部長・リーダーなどのマネジメント職が、ほしい時にすぐに部下の人事情報にたどり着け、課題解決や成長機会の提供ができること。そういった状態を目指しています」(法華津氏)
 FRのグローバル展開は、3つの使命がある。世界各地で商売を拡大すること、現地の産業を繁栄させること、そして現地で採用した人材を世界基準の経営者に育成することだ。
 12万人の世界に散らばる人材情報を一元管理し、世界中のあらゆる拠点の中で最も適する仕事を経験させることによって、ビジネスリーダーとして育て上げていく。
 日本発の新たな世界標準を模索しながら、FRの世界No.1への挑戦は、新しい次元に突入している。