2022/6/28

表はアナログ、裏はAI。シニア向け旅行サービスの挑戦

フリーランス エディター・ライター
コロナ禍で大打撃を受け、復活の兆しが見えにくい旅行業界。そんななか、独自の取り組みを行い、月次の売り上げ前年比93%減から例年並み水準へと回復を見せる会社があります。約800万人の会員のうち約7割が50代以上だという、温泉宿泊予約サービス「ゆこゆこ」の挑戦について、代表取締役社長の徳田和嘉子さんに迫ります。
*記事内の情報は取材時のものです。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • アナログでウエットな「会話」が業績回復のカギ
  • 表向きアナログ、裏側は全力DX
  • 日本で拡大するほぼ唯一のゾーン。「シニア市場」のデータ活用
徳田和嘉子さん 
「ゆこゆこホールディングス株式会社」代表取締役社長
1983年生まれ。東京大学在学中に出版した『東大生が教える!超暗記術』(ダイヤモンド社)が日韓でベストセラーとなり、その印税で世界一周。その後ゴールドマン・サックスに新卒入社し、投資銀行を経て、福岡県域ラジオ局CROSS FMで代表取締役社長を務め経営を再建。2019年にゆこゆこにアドバイザーとして関わり、第2子出産後、2020年4月同社入社。2021年6月より代表取締役社長に就任。

アナログでウエットな「会話」が業績回復のカギ

約800万人の会員のうち7割が50代以上だという温泉宿泊予約サービス「ゆこゆこ」は、デジタル全盛期の今でも「アナログ」な仕組みを数多く持っています。
会員誌を紙で送り続ける。予約サイトやアプリだけではなく、コールセンターを設け電話予約を受け付ける。さらに会社の行動規範として「いい会話をしよう。」を掲げ、お宿の方やお客様ひとりひとりとの会話を大切にする…。
表向きはとても「アナログでウエット」な体質です。
これこそが、実は業績回復のカギを担っていると、2020年9月、コロナ禍真っただ中に代表取締役COOに就任、2021年6月に代表取締役社長に就任した徳田和嘉子さんは話します。
徳田:旅行予約はネットが主流となっている中で、電話で予約ができるコールセンターを持っているところはほとんどありません。でも、ゆこゆこのメインの客層である年配の方の行動を見ていると、実際に人に伝えて予約をしたいという方がまだまだ多い印象を受けます。
私が社長を務めるとなって、ゆこゆこの行動規範を「いい会話をしよう。」に定めました。会話を大事にする、これがうちのビジネスモデルにとってもっとも大切なことです。
それを象徴するのが、2021年春に始めた「ゆこゆこ旅のおしゃべりダイヤル」です。新型コロナウイルスの「第4波」がやってきた、2021年の大型連休前後。各地で緊急事態宣言が発令され、旅行業界がほとんど動かず、日本全体が先行き不透明な雰囲気に包まれていた頃でした。
徳田:普段は予約コールセンターとして使っている受電ブースを「なんでもいいから、旅にまつわる雑談をしてほしい」電話先として開放しました。私たちが提供してきた旅の価値とは、「旅を通していい会話をお届けする」ということ。
そこで、どなたにでも旅のお話をしていただける「旅のおしゃべりダイヤル」を設けました。ときに管理職もブースに入り、お客様からさまざまな話を聞きました。
それが、泣けるものばかりだったんですよね。
「夫婦でずっとゆこゆこを使って旅行をしていたけれど、妻が亡くなってしまったから写真を車の助手席に置いて旅を続けている」「結婚式で使ったお宿に、ゆこゆこで予約して銀婚式の記念で行った」など…。
お客様がどういったことを考えているのかを知れるいい機会でした。これまでゆこゆこを使ったことがなかった方も、これをきっかけに知ってくださったという方が多く、新しい認知にもつながりましたね。
この他にも、コロナ禍になったばかりの頃「旅館や温泉にエールを送る」というメッセージを募集して6000通を超える応援メッセージを集めるなど、ゆこゆこの施策は人の心に寄り添ったものばかり。「ウエットなやりとりがうちの会社の価値です」と徳田社長は断言します。

表向きアナログ、裏側は全力DX

「会話」を大切にするのは、営業の体制にも表れています。
ゆこゆこは約70人の営業を抱えており、各都道府県の情勢が許す限り、できるだけ「現地にいくこと」を重視しています。一般的な旅行会社は、それぞれの宿泊施設が作った宿泊プランを販売することが多いですが、ゆこゆこはそうではありません。
営業担当が、どういうものであればお客さんが泊まりに来てくれるか、魅力を感じるかを宿の方と一緒に考えてプランを作って帰ってきます。
徳田:できるだけ実際に泊まらせてもらって、お宿の方とお話しします。シニアの方でも食べ切れる食事の量かチェックしたり、階段が何段あるか数えたり。
そうすることで、コールセンターにお電話をいただいたときに「お客様でしたら、和室ではなく和洋室のほうが良いかもしれません」「部屋からお風呂への階段が◯段ありますが、どうされますか?」「すべてエレベーターで移動できるのはこのプランです」と、お節介なくらいこまやかな提案ができるようにしています。
この他にはなかなかできない提案が人気を集め、会員の中には週1ペースや、年間50回以上使うヘビーユーザーもいるといいます。
「ゆこゆこを愛してくださっていた会員さんが残念ながら亡くなってしまったのですが、棺にゆこゆこの冊子を入れた…というありがたい話も聞きました」と、他には替えられない価値を提供しています。
「アナログで、ウエット」。でも、それだけがゆこゆこではありません。
徳田:裏側は完全にDX化しています。たとえば、会員誌は発行するたびに会員のデータベースの中から100万人に無料で送付していますが、誰に送るかはAIが選んでいます。
以前は人が選んでいた時期もありましたが、試験的に導入したところ、AIが選んだほうが予約率が上がりました。
同封する広告も、どの方にどの広告を送るかの選定はAIです。どの方を選ぶと最も反応してもらえるのか、データ分析をしっかりと行いながら進めていきたいですね。

日本で拡大するほぼ唯一のゾーン。「シニア市場」のデータ活用

徳田社長はゆこゆこを単なる「宿泊予約サービス」とは考えていません。将来的に考えているのが、シニア市場のデータ利用です。「ここがうまく活用できれば、面白いことになる」という確信があります。
徳田:「おとなの毎日に、愉しみを。」を経営理念にしているゆこゆこは、会員のデータベース約800万人のうち、7割が50代以上のお客様です。シニア市場は、これから日本で拡大していくほぼ唯一のゾーンと言っても過言ではありません。
だからこそ、ここをきちんと押さえることに価値があります。特に「地方に住んでいるシニア世代が何を求めているのか」は分からない。東京でビジネスをしていたり、ネットで予約をするのが当たり前になっていたりするとなおさらです。
わからないからこそ、価値がある。「アナログで動く方」のデータを大量に持っているというのは、大きなビジネスチャンスだと考えています。
今はまだ温存している何百万人ものシニアのデータベースですが、前述のAIなども有効活用しながら、予約サービスはもちろん、広告やリサーチなど、多角化していく予定だといいます。
徳田:会社の目的が何かと問われたら「地域社会への貢献」や「地方創生」。具体的に言えば、平日のお宿の稼働率を上げること。昔であれば社員旅行があった。コロナ前であれば、インバウンドがあった。けれど、今はどちらもありません。
そこで重要なのが、ゆこゆこのメインのお客様である、「平日に動ける、定年退職したご夫婦の個人旅行」です。今後もこの層のデータを駆使しながら、各地のお宿にお客様をお送りするモデルに取り組んでいきます。
「お節介なほど、ウエット」なゆこゆこは、お客さんのみならず、社内も活性化すべく、さまざまな取り組みを行っています。次回は、社内コミュニケーションについてうかがいます。
※Vol.2に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)