2022/6/21

【京都】フランス帰りの女将がアイデア連発。経営難を救った

結婚してから、家業の経営不振を知った、亀屋良長の女将・吉村由依子さん。ほとんど知らなかった和菓子の世界に飛び込み、奥深さを知るにつれ、知ってほしい、わくわくしてほしいという思いに駆られました。219年続く伝統を、いかに今につないでいくか、8代目夫婦の挑戦が始まりました。
*記事内の情報は取材時のものです。
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INDEX
  • 「知ってほしい」思いが原動力
  • 売れていない商品から改革
  • ヨガの教えで、こだわりを捨てる
  • バイヤーのむちゃぶりは成長のチャンス
吉村由依子(よしむら・ゆいこ)/亀屋良長 女将 
1977年生まれ、京都府京都市出身。フランスの料理専門学校で学び、1803(享和3)年創業・京都の和菓子店「亀屋良長」8代目・吉村良和さんと結婚。取締役を務め、伝統の技を生かし、時代やライフスタイルに合ったお菓子づくりに取り組む。2児の母

「知ってほしい」思いが原動力

8代目・吉村良和さんと結婚したのは、24歳のとき。結婚前、親戚からは猛反対を受けたと言います。
「“老舗に嫁ぐなんて、大変だから無理よ”って。周囲の心配もあって、主人からは手伝わなくても大丈夫と言われていました。けれど、いざ結婚してみると、危機的な経営状況がわかって、中に入らざるを得なくなりました」
フランスの料理専門学校で学んだ由依子さんですが、和菓子についてはほとんど知らないまま、若女将として働き始めました。
「デパ地下に行っても、華やかな洋菓子と違い、和菓子売場は地味で、正直、わくわくしなかったんです。けれど、和菓子の世界は知れば知るほどおもしろくて、奥深さに魅せられました。
和菓子には季節感が込められます。夏には涼しげなお菓子で涼を感じ、冬には雪景色にみたてたきんとん、椿もちといった、寒い季節を愛でるお菓子がお目見えします。
暦に合わせて食べる和菓子には厄を払う、成長を祝うといった思いが込められていたり、お菓子ひとつひとつに銘をつけるのも、とてもおもしろいですよね。洋菓子の世界にはなかったことです」
亀屋良長本店。2017年に明るく広く、内装をリニューアル。
フランスでの経験があったからこそ、気づけたこともありました。
「フランスから日本に戻って、学んだ料理を同じようにつくっても、現地で食べたほどおいしく感じなかったんです。けれど、和菓子は飽きることがなくて、どんどん好きになりました。気候や風土、日本人の好みにきっと合っているんですね。その国の『おいしい』があるのだと思います。
私と同じように、知らない人は多いんじゃないかな。知ればきっとおもしろいと感じてくださるんじゃないか。このまま和菓子の良さが知られないのは、もったいない。お客様にわくわくしてもらいたいと思うようになりました」

売れていない商品から改革

初めて商品開発に関わったのは、懐中しるこ。お湯を注ぐと、餅米でできた皮がお餅のようになり、温かいお汁粉が出来上がります。手軽でおいしく、由依子さんのお気に入りでしたが、当時、まったく売れていなかったそうです。
「懐中しるこは、暑いときに熱いものを食べる、暑気払いとして、夏限定で販売していました。昔からの習わしではありましたが、ほっと温まるものだから、冬に売ってもいいんじゃないかなと思ったんです」
冬期販売に切り替えるうえで、思いついたのが、おみくじ入りの懐中しるこ「宝入船」。外皮に包まれて中が見えないことを逆手にとったアイデア。松・竹・梅・桜・亀のいずれかのゼリーが入っていて、出てきたゼリーで占います。
懐中しるこ「宝入船」。提供:亀屋良長
「ヒントになったのは、卵型のチョコの中からカラフルなお菓子が出てくる、『ツインクル』です。小学生のときに大好きだったんです」
新春の贈り物にもふさわしい、わくわくする仕掛け。ワンシーズン200個ほどしか売れなかったのが、2004年のリニューアルで、2万個以上売れました。
「おいしかったからなおさら、なんとかしたい一心だったんです。まったく売れていなかったからこそ、思いきって変えることができました」
江戸時代の菓子見本帳の絵を店内のディスプレイに生かす。

ヨガの教えで、こだわりを捨てる

8代目である夫・良和さんは職人気質。北海道のお土産でもらったクリームチーズがおいしかったので、由依子さんがそれを使って試作をしてみても、「うちでは売れない」と。そんな「頭が固かった」夫を変えたのが、ヨガとの出合いでした。
「2008年、夫に脳腫瘍が見つかって、闘病生活を送ることになりました。死を意識する中で、リハビリとして始めたのがヨガでした。
ヨガの先生から“こだわりを捨てなさい”と言われて。初めはピンとこなかったようですが、その言葉をきっかけに夫は変わっていきました。
以前は、百貨店のバイヤーさんから“こんなことができませんか?”と新しい提案をいただいても、“うちではできません”と断っていたんです。これもこだわりだったのでしょう。けれど、“一度受け入れてみよう”と頭を切り替えることで、徐々にいい流れになっていきました」
亀屋良長には、219年にわたる歴史がある。店を守りたい一心でこだわっていたこと、それが足かせにもなっていたのです。こだわりから解き放たれて、そこから思いきったチャレンジができるようになりました。
本店の壁にお菓子の木型をディスプレイ。

バイヤーのむちゃぶりは成長のチャンス

亀屋良長には2つのオリジナルブランドがあります。2010年、パティシエの藤田怜美と共につくりあげた「Satomi Fujita by KAMEYA YOSHINAGA」は、亀屋良長の伝統の技にフランス菓子の素材と技術を融合した、スイーツブランド。
健康に気を使う方にも楽しんでもらえるように、2016年には「吉村和菓子店」が誕生。ココナッツシュガーやてんさい糖など、GI値低めの天然甘味料を使い、ミネラルや食物繊維豊富な素材を使っています。大病を経験した良和さんの思いが形になりました。
本店にある、オリジナルブランド吉村和菓子店のカウンター。
「どちらも始まりは、百貨店バイヤーさんからの声がけでした。春の催事に合わせて、“何かできませんか”と言われて、短い時間でなんとか作り上げたのが、抹茶ときなこのギモーブでした。企画が通ったものの、亀屋良長の名前で出すのは難しくて、新たなブランド『Satomi Fujita by KAMEYA YOSHINAGA』を立ち上げることにしました。
『吉村和菓子店』も同じく、百貨店の企画が後押しになりました。夫がやってみたいと思っていたことですが、別ブランドとして立ち上げることでスタートできました。
バイヤーさんは常に新しい流れをキャッチされています。先駆けてトレンドを教えてもらうこともありますね。企画を通すまで時間がないとか、むちゃぶりもありますが、応えることで引き出しが広がったと思います」
お客様をわくわくさせたい。由依子さんの思いが形になるにつれ、客層が広がり、経営状態も安定していきました。
吉村和菓子店の京都限定商品「焼き鳳瑞<種まき>」。ココナッツシュガー、有機発芽玄米や韃靼ソバの実、木の実、かぼちゃの種などを使う。提供:亀屋良長
「Satomi Fujita by KAMEYA YOSHINAGA」の「ほのほの」。和菓子の伝統的な生地、桃山を使う。白あんにクリームチーズとレモンを合わせたチーズレモンと、キャラメルナッツの2種類。提供:亀屋良長
其の三に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)