2022/6/17

【茨城】子どもフォトブックアプリ買収、一気にテック企業へ

ライター
拡大成長してきた小野写真館は、コロナ禍で大きな壁にぶつかりました。ウエディング、写真館、振り袖レンタルというこれまでの“リアル”なビジネスだけでは、生き残れない。そう考えた同社社長の小野哲人さんが、めざしたのは写真ビジネスのDX(デジタルトランスフォーメーション)です。その布石となるのが、旅館に続き、M&Aで買収した「BABY365」アプリです。
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INDEX
  • 「はれのひ」事件で感じた拡大路線の限界
  • リアルな社会情勢の影響を受けないアプリ事業
  • 東日本大震災で感じた「生きる希望」となる写真の価値
  • 写真館からテックカンパニーへ
小野哲人/小野写真館 代表取締役社長
1975年生まれ。青山学院大学卒業後、外資系金融会社勤務などを経て、アメリカ・カリフォルニア州で1年半、写真の基礎と技術を学び、Lower Division Award受賞。2005年に帰国し、小野写真館入社。2006年、ブライダル事業「アンシャンテ」を立ち上げ、事業の多角化展開をスタート。2010年より代表取締役社長。

「はれのひ」事件で感じた拡大路線の限界

小野 「ウエディング、振り袖レンタルと立て続けに新規事業を打ち出して新規出店を繰り返し、それによって生まれたキャッシュを新しい事業に投資する。この戦略で会社はどんどん業績を拡大し、2006年の年商2億円から2017年には15億円規模になっていました」
しかし、2018年に振り袖レンタルの「はれのひ」事件がおきます。振り袖の販売・レンタルを行うはれのひが、成人式直前に営業を停止、新成人が成人式当日に振り袖を着られなかったという事件は社会的にも大きな問題となり、振り袖レンタル業界への不信感を呼びました。
「はれのひとはまったく関係ない我々にもその影響は及び、翌年の2019年に向けた振り袖レンタル事業は大不振に見舞われました。そのため、2018年の業績は前年割れこそしませんでしたが、当初見込みより大幅減になりました。このときが、出店攻勢で規模拡大をめざすビジネスモデルに初めて限界を感じた瞬間でした。これまでの経営スタイルを一度見直してみようと出店を控えていたところに、2020年のコロナ禍がやってきたんです」
ウエディング事業に続き、経営の柱となった振り袖レンタル&撮影事業(提供・小野写真館)

リアルな社会情勢の影響を受けないアプリ事業

リアルな写真ビジネスは、はれのひ問題、コロナ禍などの社会情勢の変化の影響を大きく受けてしまうものです。それらに影響を受けず安定的な収益を上げるには、リアルからオンラインへのシフトが不可欠。そう考えた小野さんは、テック企業やアプリ運営会社のM&Aを模索します。
「“写真”という祖業に立ち返ってオンラインの可能性を考えたときに、まずはアプリ事業だと考えました。たまたま伊豆の旅館が先にM&Aの話がまとまりましたが、もともとはアプリ開発などのデジタル事業のM&Aを模索していたんです」
それが形になったのが、2021年6月に事業譲渡で買収した「BABY365」というフォトブックアプリの運営元でした。BABY365は1日1枚の写真と短いコメントをアプリに記録することで、簡単に1年分の写真日記を製本できるアプリです。子どもの誕生からの思い出の1年間が手軽にアルバムに残せると人気を呼んでいました。
テック企業への挑戦の第一歩となるアプリ事業「BABY365」をM&Aで取得。アプリに写真を保存し、1年後には365日のアルバムが完成
「10社以上が買い手として手を挙げた中で、我々の提示額はトップではありませんでした。しかし、創業者であるオーナーが我々の熱意と写真ビジネスでの実績を評価し、小野写真館への譲渡を決断してくれたのです。BABY365でアプリ事業への本格参入を進めていく予定で、同業他社へのOEM(相手先ブランドによる生産)提供やフィリピンを手始めにした海外展開も視野に入れています。
アプリ事業を手に入れたことで、ゼロから会社を変えていく挑戦がいよいよスタートしました。これまでの成功体験が通用しないのはわかっています。BABY365を足がかりに、今後はテック領域でビジネスを本格化させていくつもりです。
クラウドやSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス、インターネット上のクラウド経由で提供するサービス)を取り入れて、リアルな対面型の写真館ビジネスからIT企業へと変わっていく。それがめざしていることです」
リアルの写真ビジネスからIT系テックカンパニーへ。そう小野写真館の未来を語る小野さん

東日本大震災で感じた「生きる希望」となる写真の価値

オンラインビジネスのひとつとして、小野さんは「写真のクラウド化」にも強いこだわりをみせます。それは2011年、東日本大震災で感じた「写真の持つ、人の心を救う力」を残したいという使命感から来ています。
「東日本大震災では茨城県も大きな被害を受け、結婚式や写真撮影は中止や延期に追い込まれました。未曾有の災害に加えてビジネスも暗礁に乗り上げ、うつっぽくなっていた僕を知人が東北のボランティアに誘ってくれたんです。
そこで見たのは、体育館のような場所に並べられた、津波に流されてボロボロになったたくさんの写真です。家も家族も失った人たちが、自分たちの思い出の写真を求めてやってきて、1枚の写真を見つけて泣いて喜ぶ姿に心を打たれました。1枚の写真が、人生を生き抜く糧になっている。自分が写真ビジネスに関わっていることを誇りに思った瞬間でした」
東日本大震災のボランティアで、写真の価値の重みを改めて痛感(提供・小野写真館)
「しかし、一方で、一縷の望みをもって写真を探しに来ても、何も見つけられず肩を落として帰っていく方も大勢いらっしゃいました。当時は今ほどクラウドが普及しておらず、年配の方ほど紙の写真しか持っていなかったんです。そういう人たちが、これまでの人生の記録さえも失ってしまうのは非常につらかったですね」
東日本大震災で、「写真には人が生きるよりどころにする価値がある」と目の当たりにした小野さん。写真をビジネスとする自分の役割は、その写真の価値を誰もが失わずにすむようにすることだと、強く感じたといいます。
「リアルで撮った写真をクラウドで保存し、大量に保存されている写真から大切な一枚に簡単にアクセスできるようにする仕組みをつくりたい。リアルとクラウド、つまりオフラインとオンラインのハイブリッドを、今後のビジネス展開の軸にしていきます」

写真館からテックカンパニーへ

事業のDX化を進めることで「テックカンパニー」へと変貌する。それが今の小野さんの目標です。オンラインとオフラインを両立することで、コロナ禍のような突発的な社会情勢の変化にも対応できる「強い企業体質」に生まれ変わることもできます。
「その実現には、自社でエンジニアを抱えることが不可欠です。しかし、これまではカメラマンや美容師、ウエディング関連のスタッフばかりで、デジタルのノウハウもありません。スピーディーにIT企業化へのシフトを進めるには、すでにエンジニアを抱えている企業をM&Aするのが近道なんです。
実際、現在もM&A情報を毎日収集し、いくつかは交渉を進めている途中です。2030年までには、ビジネスの中心が写真×オンライン領域の会社に生まれ変わっていたい。そのためにも、今どう動くかが非常に重要だと考えています」
連載最終回の4回目では、中小企業が事業成長するうえで避けて通れない経営体制の確立をテーマに、小野写真館の組織づくりについて聞きます。
※Vol.4に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)