[ロンドン/ベルリン 30日 ロイター] - 電源供給や信号通信に使われる電線の束と端子などで構成されるワイヤーハーネスは、自動車部品の中でも単価が安い。だが、その品不足が業界にとって思いもよらぬ頭痛の種になっている。一部からは、内燃自動車の凋落(ちょうらく)が早まる可能性があるとの声も聞かれる。

ワイヤーハーネスの供給不足は、世界生産のかなりの部分を占めていたウクライナにロシアが侵攻したことが原因。ウクライナ産のワイヤーハーネスは毎年、何十万台もの新車に搭載されてきた。多くの低賃金労働者の「人力」によって製造され、半導体やモーターのような主力部品とは言えないものの、供給がなければ自動車を生産することはできない。

ロイターが取材した十数人の業界関係者や専門家の話では、この不足問題によって一部の既存自動車メーカーは、電気自動車(EV)向けに設計された軽量で、コンピューターによる製造可能な新世代のハーネスへの切り替え計画を加速させるのではないかという。

世界の新車販売で、なお圧倒的比率を占めるのはガソリン車だ。JATOダイナミクスのデータに基づくと、昨年のEV比率は6%に過ぎない。

しかし、オートフォーキャスト・ソリューションズを率いるサム・フィオラニ氏は、ワイヤーハーネス不足に触れて「業界にとっては、まさにEV移行をより迅速化する理由が、また1つ増えた」と指摘した。

日産自動車の内田誠社長兼最高経営責任者(CEO)はロイターに、ウクライナ危機などによるサプライチェーン(供給網)混乱を受け、同社はサプライヤーとの間で低賃金労働を前提としたワイヤーハーネス生産モデルからの脱却について話を進めていると明かした。

<根本から異なるテスラの設計>

内燃自動車向けワイヤーハーネスは、座席用暖房からパワーウインドーまであらゆる機能接続のために束ねられたケーブルの総延長が平均で5キロメートルに達する。生産は労働集約型で、ほぼ全ての生産モデルごとに独自性を備えていることから、生産先をすぐに切り替えるのは難しい。

そして、ウクライナでの供給を巡る混乱が、自動車業界に不都合な真実を突然突きつけた形になった。メーカーとサプライヤーによると、戦争が始まったばかりの時点でまだ、工場が稼働を続けられたのは、現地労働者が電力不足や空襲警報、夜間外出禁止といった困難を乗り越えて頑張って働いてくれたおかげでしかなかったのだ。

独フォルクスワーゲン(VW)傘下の英高級車メーカー、ベントレーのホールマークCEOは、ハーネス不足に伴う今年の生産台数減少を当初3─4割と想定していた。

だが、工場の完全休止期間はコロナ禍の際よりも長い数カ月になる恐れが出てきたと説明。従来のハーネスはウクライナのサプライヤー10社からの10種類の部品で構成されるため、代わりの調達先を見つけ出すのも難しいと述べた。

ホールマーク氏は、ワイヤーハーネスについての設計思想が根本的に異なるテスラを引き合いに出した上で、ベントレーがそうした方式に一朝一夕で転換することはできないが、今回の供給不足をきっかけに中央コンピューターで制御するEV向けの簡素なハーネスの開発、投資を重視するようになったと付け加えた。

テスラなどのEV向け新世代ハーネスは、自動生産ラインで製造できるだけでなく、より軽量だ。EVにとって走行距離を延ばすという面で、総重量を減らす取り組みは大きな意味を持つ。

一方、欧州や中国では、内燃自動車の新車販売が禁止される時期が視野に入りつつある。取材した多くの業界幹部や専門家は、新世代のハーネスを使えるようにするために内燃自動車の設計を修正する時間的な余裕などないとの見方を示した。

米ミシガン州に拠点を置く自動車コンサルタントのサンディ・ムンロ氏は、2028年までには世界の新車販売の半数がEVに置き換わると予想し「そうした未来が、猛スピードで訪れようとしている」と強調した。

<スピード感>

独自動車部品メーカー、レオニのハーネス部門責任者、バルター・グリュック氏は、同社が複数の自動車メーカーと協力し、EV向けワイヤーハーネスの自動化生産方法を開発中だと述べた。

レオニが注力しているのは、ハーネスのモジュール化。全体を6つから8つのパーツに分割し、自動組み立て工程で対応可能にするとともに、工程の複雑さを和らげる。グリュック氏は「パラダイムの転換だ。自動車工場での生産時間を減らしたいなら、モジュール化したワイヤーハーネスは、その役に立つ」と説明した。

カリフォルニア州に拠点を置く新興企業・セルリンクは、既に完全自動生産方式で車への搭載が簡単な「フレックスハーネス」を開発し、今年になって独高級自動車メーカーのBMWや米自動車部品メーカー、リア・コーポレーション、独自動車部品メーカーのボッシュなどから2億5000万ドルを調達している。

セルリンクのコークリーCEOは具体的な取引先を明らかにしていないが、同社のハーネスがこれまでに100万台近くのEVに搭載されたと述べた。それほどの規模のEVとなればテスラ以外該当しないが、テスラはコメント要請に応じていない。

コークリー氏によると、セルリンクは1億2500万ドルを投じてテキサス州に新工場を建設中で、25本の自動生産ラインを持つこの工場ならば、デジタルファイルに基づく生産のため、10分程度で異なる設計への切り替えが可能になるという。

同氏は、従来のワイヤーハーネスはリードタイム(受注から納入までの生産・輸送にかかる期間)が最長26週間だったのに、同社は設計変更した製品を2週間で届けられると胸を張った。

デトロイトに拠点を置くベンチャーキャピタル企業、フォンティネイルズ・パートナーズのダン・ラトリフ社長は、こうしたスピード感こそ、旧来の自動車メーカーが電動化に伴って追求しようとしている目標だと指摘した。

(Nick Carey記者、Christina Amann記者)