2022/6/16

【山口周×電通デジタル 田中信哉】いま、ビジネスに必要なのは本質的な「目的思考」への変化だ

NewsPicks Brand Design
経営やビジネスの文脈において、「クリエイティビティ」や「デザイン」の重要性が叫ばれて久しい。

モノの「機能」よりも「意味」や「付加価値」が重視される時代では、クリエイティブの力が大きな後押しとなる。またクリエイティビティこそが、本質的な目的を捉え、低迷する日本企業の躍進のカギになるという声もある。

しかし現在、ビジネスの現場でクリエイティビティがきちんと理解され、実際に活かされているかどうかは、疑問符がつきまとう。

連載「CREATIVITY NEWAGE」第1回は、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などのベストセラーをもつ著作家で、独立研究者の山口周氏と、電通デジタルの執行役員・田中信哉氏に、クリエイティビティによってビジネスはどう飛躍するのかを語ってもらった。
(全4回)

なぜ、クリエイティビティが注目されるのか

──山口さんは、これまでも「アート思考」など、クリエイティビティの重要性を説いてこられましたが、あらためて今、「クリエイティビティ」がビジネスで求められる理由は何だと思いますか?
山口周(以下、山口) やはり、ビジネスで求められる価値が大きく変わってきていることが大きいと思います。
 数十年前までは、人々の不便・不満・不安を満たす、いわゆる「役に立つもの」が、ビジネスにおける最大の提供価値でした。
 でもその後「役に立つもの」が広く世に行きわたったことで、近年では情緒など数字で表現しにくい価値を持つもの、いわゆる「意味があるもの」が求められるようになってきています。
 そして「意味があるもの」は、往々にして高値で売れます。
 たとえば、性能が良いだけのクルマより、古くて性能は良くないけどデザインやブランドといった付加価値のあるクルマの方が、遥かに高く売れることが少なくありません。
 エアコンにしても、いくら高機能にしたところで10倍の値段ではなかなか売れませんが、一方で暖炉や薪ストーブであれば10倍の値段で売れる。
 そうした「意味のあるもの」を生むのに欠かせないのが、クリエイティビティです。
田中信哉(以下、田中) 数字や論理で語れる、いわゆる左脳的な考えに、世の中が偏りすぎてしまっているのもありますよね。
 左脳的かつ、論理的な方が物事を説得しやすいので、私たち電通デジタルのようにコンサルティングを行う企業も、ついそれを拠り所にしすぎてしまう。
 でも現実のビジネスは、さまざまな要因が複雑に絡み合っているので、数字や論理だけで正解を求めるのは、当然無理があります。
 数字や論理から導き出される答えは、あくまでも1本の仮説にすぎず、それにとらわれることで真実を見逃すこともあります。
 にもかかわらず、それを絶対的なものとして戦略を積み上げていくので、時折そのアウトプットが「間違った方向に向かったもの」になってしまう。
 右脳的な直感で、組織の誰かが何らかの違和感から、それについて警告すべきなのですが、左脳に支配された組織では、クリエイティブが誤った判断を追認するだけの仕事になってしまいます。
 そういったことの繰り返しが、結果的に競争力を削いでしまったのだと思います。
 そのような左脳的な論理への偏りを是正するために求められているのがクリエイティビティなのだと感じます。
 かつて電通にいた先輩は、マーケティングにおけるクリエイティビティについてこんな指摘をしていました。
 「広告マーケティングは、表現の部分が『空欄』のまま考えられている。
 それが強い表現なのか、弱い表現なのか、戦略の時点では見えておらず比較できない。それでは説得力がない」と。
──表現が“空欄のまま”とは?
田中 本来、仕事のアウトプットはもちろん、その先にあるサービスやプロダクトには、「強い表現」や「美しい表現」「温かい肌触り」など、さまざまな“質感”があります。
 しかし、近年のマーケティングは短期的な成果が求められたり、可視化できるデータが増えたりすることもあって、論理的な説明に追われがちです。
 それが偏りすぎると極端に左脳的なものとなります。本来、アウトプットについては、右脳側からも同時に考える必要があるのに、それについては「空欄」のまま置き去りにされる。
 マーケティングが最終的に説得力に欠けてしまうのは、そのためであると。最後の質感の部分とも言える「知覚」をイメージしてビジネスを考える。そこに発揮されるものこそ、クリエイティビティなのだと思います。
 だからこそ、その組織にクリエイティビティを包容する力があるかどうかが、現代では特に重要になるのかなと。
 そうでなければ、インプットとアウトプットをただ1つの線で結ぶだけの、「質感を考慮しない」戦略になってしまう。
山口 そもそもビジネスにはビジョンがあり、戦略があり、そこから課題やターゲットの設定が行われ、表現が作られるというプロセスになっています。
 そのプロセスの真ん中に、左脳的な論理がドンと横たわると、自由度が大きく狭められ、表現の“踊り場”がなくなる可能性がある。
 踊り場のリスクを最小化することで、アカウンタビリティ(ステークホルダーに対する説明責任)が果たしやすくなるのは確かにメリットではある。
 しかし、それにより正解の幅がものすごく狭くなり、クリエイティビティが「ショートケーキの仕上げに置くイチゴ」のように、お飾りに捉えられるのは、本当にもったいないですよね。

目処がなくても、未来を描いてしまおう

山口 また、ビジネスにおけるクリエイティビティの有用性をもう一つお話しすると、「未来を思い描けること」があると思います。
──「未来を思い描ける」とは、どういうことですか?
山口 たとえば、アップルが1987年に発表した「Knowledge Navigator」というコンセプトムービーがあります。
 そこには、アップルが未来を描いた世界が映し出されており、タブレット端末やビデオ電話、音声認識アシスタントなどの姿が明確に描かれています。
iStock / metamorworks
 インターネットすらまだ実験段階だった時代なので、それらの技術的な目処は全く立っていなかったでしょうし、多くの人にとってはSFの世界だったと思います。
 しかし、結果的に今やその技術のほとんどが実現しています。
 実は、これに限らず中世から西洋の技術者を見ていると、技術的に作れないんだけど、とにかく絵は描いてしまうというのを意外とするんですよね。
 15世紀に完成したフィレンツェのドゥオーモにしても、建物の象徴であり最後の工程であるドーム部分の作り方がわからないまま着工したそうです。
「どうせ完成まで100年以上はかかるんだから、それまでに誰かが作り方を見つけるだろう」と(笑)。
iStock / spooh
 それこそ、パーソナルコンピュータの父であるアラン・ケイが考えた「Dynabook」構想も、当時の技術水準ではとても実現できるものではなかったはず。
 ソニーのトランジスタラジオやウォークマンも、そういった思想に近いものがあったのではないでしょうか。
 そんなふうに、たとえ技術的な方法論は見えなくても「こういうものがあったら、かっこいいな」と先に絵を描いてしまうことが、とても大切なんじゃないかな、と。
 思い描くことによって、技術開発の方向づけがなされて、結果的に実現がグッと近づくという。
田中 面白いですね。現代の宇宙技術も、昔のSF映画を参考にして作ることがあると言われますよね。この世に実現した宇宙船は、結果的に映画で登場するものとかなり近いデザインになったりするようです。
山口 そうですよね。だから本質的な目的をふまえたうえで、「こんなのがあったらいいな」を描いてしまう。
 そして、その想像を起点に、利用できるテクノロジーの強みを総動員してプロトタイピングしてしまう。
 これは「砂場のトンネル掘り」にも通じるものがあります。
 一方からはクリエイティビティを起点にグイグイ掘り進めるんだけど、同時に反対側からもテクノロジーを起点に掘ってもらう。
 そうして互いに「ズレてないかな」「もっとこっちだよ」とやっているうちに、ある時トンネルが繋がり、互いの手がついに触れ合う。あの感覚ですよね。
 その先に、新しい価値やイノベーションが生まれると思うんです。

デジタルは創造的に使ってこそ飛躍する

──なるほど。その点において、「デジタル」はどう捉えればいいでしょうか? デジタルは機能に優れる一方で、クリエイティビティの幅を狭めてしまう側面もあるのではないでしょうか。
田中 デジタルを業務効率などの「答えがすぐ出るもの」だけではなく、創造的に活用しようというスタンスが大事だと思っています。
 よくお手本として引き合いに出すのが、オランダの電機メーカー・フィリップスの事例です。
 フィリップスは、米・ワシントンDCの公共駐車場25カ所の照明入れ替え案件において、照明機器そのものではなく、プロダクトとデジタルによるサービスとして「駐車場を10年間照らしつづける」という価値を売る提案をしました。
 つまり、プロダクトそのものを売るのではなく、サービスとしての照明「Lighting as a Service=LaaS」を提案したことで、10年の長期契約を勝ち取ったんです。
 フィリップスが提案したのは、駐車場の1万3000機以上の照明をLEDに交換し、各照明にセンサーを付け、ビッグデータを活用しながら点灯・消灯や保守のデータを一元管理することでした。
 サービスを売るSaaSモデルは、今でこそ当たり前ですが、フィリップスは照明というカテゴリーで「光る」という「価値」だけを売り、省力化のメリットを生み出した。
 このようにデジタルは情報処理の力や正確性、業務効率性といった機能面だけにフォーカスするのではなく、着眼点と手法にクリエイティビティを発揮できれば「価値」だけを売ることに長けているのです。
山口 面白いですね。僕も、デジタルを創造的に使えば、もっとラディカルな変革が可能だと考えています。
 たとえば、「戦後日本のイノベーション100選」にも選ばれている鉄道の自動改札システム。すごく複雑なシステムや移動動線が設計されていますが、これは今の時代に適合しているか、というと疑問です。
 個人的にはドイツのように、改札自体を設置せずに、パブリックスペースからいきなり電車に乗れる仕組みにするのも手だと思うんです。
 今や、スマホを活用すれば、GPSでユーザーの位置確認が高精度に確認できる。
 ユーザーは鉄道のサブスクリプションサービスに入り、どこからどこまで、どんな電車に乗って移動したかが全て記録されれば、完全にノーフリクション(ストレスを与える要素がない状態)で電車移動できる。
iStock / Ziga Plahutar
 ただ「検札業務の自動化」をするのではなく、おそらく「鉄道料金を正確に徴収する」「スムーズな乗車体験を作る」と視座を上げたことで、このアウトプットに行き着けた。
 問題の捉え方のレイヤーを上げれば、アウトプットは飛躍させられる。つまり「本質的な目的思考」に、クリエイティビティとデジタルは、非常に相性が良いということですね。

世界でも稀有な、電通デジタルの“ある特徴”

──そうしたクリエイティブならではの力を活用するうえで、電通デジタルはどんなところに強みがありますか。
田中 クリエイティビティを駆使し、生活者が最終的に触れるところまで考えられる点に、電通デジタルの強みがあります。
 先程の駐車場の照明にしても、自動改札にしても、それを使う時のシーンはどんな状況なのか。誰がどう困っていて、現実的にどうあれば快適な状況を作り出せるか……。
 そうやってシーンを明確にイメージすることと、山口さんにも話していただいた「本質的な目的思考」を常に行き来する、つまり問題の捉え方のレイヤーを上げることで、最良の解決をご提供できるのではないかと考えています。
──ズバリ、電通ご出身の山口さんから見た「電通デジタルならではの強み」は、どんなところですか。
山口 それはもう、明確にあります。
 今、企業にソリューションを提供する多くの企業が、現代に欠かせない「ビジネス」「テクノロジー」「クリエイティビティ」の3つの素養を備えるべく、組織や人材の強化を行っています。
 ただ現状では、3つを完全にシームレスに使えている企業は、世界を見てもほとんどないと思いますが、電通デジタルはかなり近いポジションにいる。
 正直なところ、冒頭で述べたように「役に立つもの」から「意味があるもの」へとシフトすると、従来のコンサルティング企業にとっては、なかなか難しい点もあるのです。
 コンサルティング企業はビジネスリテラシーに長ける一方で、体質的にクリエイティビティを備えるのが難しいと感じています。
 その点、クリエイティビティとテクノロジーに長じた電通デジタルが、ビジネスリテラシーを備えていく方が、ずっと現実的といえます。
田中 ありがとうございます。実際にクライアントの方々からは、「別のコンサルティング会社に戦略を描いてもらったはいいけど、そこから先に進めなくて……」といったご相談をいただくこともあります。
 電通デジタルは「本質的な目的思考」を持って、課題に取り組めるのが強みです。
 山口さんのおっしゃる通り「クリエイティビティ」「テクノロジー」「ビジネス」のリテラシーを自在に使いこなし、日本のビジネスシーンを牽引する存在になれればと思います。