(ブルームバーグ): トヨタ自動車のチーフ・サイエンティスト、ギル・プラット氏は自動車業界を襲う電池材料の不足と価格高騰はすぐに解消することはないと警告する。そうなれば、電気自動車(EV)の普及が減速するリスクが高まる可能性がある。

自動車業界のEVシフトは過去数年にわたって着実な電池コスト低下によって加速し、EVはガソリン車に近いコストで今までより走行距離が伸びた。リチウムやニッケルなど主要な電池材料の供給逼迫(ひっぱく)やウクライナ戦争に起因する混乱による価格高騰に伴い、電池コストの低下傾向は反転しつつあるように見える。

人工知能(AI)技術の開発などを行うトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)最高経営責任者(CEO)も務めるプラット氏は米カリフォルニア州ロス・アルトスのTRI本社で行った最近のインタビューで、こういった変動を助長しているのは地政学的な出来事だけではないと語った。問題は迅速なEVシフトを可能とするために自動車業界が「サプライチェーン(供給網)のさまざまな部分に適切な規模の投資を行ってきたのかということだ」。

過去数カ月にわたり、EV展開の積極的な計画を推進する自動車メーカーはバッテリー材料の差し迫る不足とかつてない価格高騰について警鐘を鳴らしてきた。材料コストの上昇を受け、米テスラや中国のBYDなどのメーカーは車両価格を引き上げた。

プラット氏は、EVへの急速な移行について、ある意味で「世界はあまりにも単純に考えてきた」と語った。さまざまな自動車メーカーとエネルギー業界の計画を踏まえると、「厳しい制限に直面する」という。同氏は「材料不足という危機が訪れるだろう」と警告した上で、短中期的には苦境が続く可能性があると語った。

バッテリーコストの上昇に加え、自動車業界ではEVの迅速かつ広範な普及を妨げる可能性のあるいくつかの出来事がある。世界1、2位の自動車市場である中国と米国では変調の兆しがみられるほか、既に高価なEVが一般消費者の手の届かない価格になりつつある。

 プラット氏によると、業界が安定的な電池のサプライチェーンを構築する間、論理的につなぎ役となり得る技術はハイブリッド車(HV)だ。 HVはガソリンを使うが従来の車よりも効率的だ。 また、EVより安価な上、搭載するバッテリーは小型で必要となる材料が少ない。

ゴールドマン・サックス証券の湯沢康太アナリストは、ガソリン価格が世界的に高騰する中で「EV販売の大幅減速とはまだなっていない」とし、EV価格は6月に再び上昇する恐れがあると述べた。

今のところ、EV販売に関する基本シナリオには変更はないが、気候変動対策に伴い物価が上昇するグリーンフレーションは「EV普及にネガティブな下押し圧力をかける可能性がある」と湯沢氏は語った。

調査会社コックス・オートモーティブのデータによると、米国の新車EVの平均取引価格は4月に6万5000ドル(約840万円)を超え、前年同月比で16%の上昇となった。同期間の新車全体の価格上昇幅を上回っており、価格帯は高級車と同じとなった。

材料コストはEV価格をさらに上昇させる可能性がある。国際エネルギー機関(IEA)の予測によると、バッテリーパックの価格は10年以上にわたって下落していたが、今年は15%上昇すると予想している。

政策支援と新型モデル攻勢がEV販売を現時点では支えているが、最近のIEAリポートによると、「将来の成長には、バッテリー製造と重要な鉱物資源の供給を多様化してボトルネックと価格上昇のリスクを減らすためのより多大な努力が必要となる」。

 

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