アスリート解体新書

アスリート解体新書・連載第8回

ゴルフスイングは「股関節で地球を回す」

2014/11/24
本連載の第6回では、「捻転差を最大化せよ――一流ゴルファーに学ぶスイングの極意」を取り上げた。捻転差の最大値を明確に意識できるように、上半身の使い方を7ステップで示した。だが、人間の脳は複数の動作を同時に制御できない。上半身の動作を意識しながらスイングするのは至難の技だ。そこで鍵になるのが下半身。「股関節で地球を回す」動作をすると、第6回で示した上半身の7ステップを意識せずにできるようになる。飛距離305ヤードを誇るトレーナーの西本直が解説する。

脳は複数の動作を同時に制御できない

第6回の記事で、ゴルフスイングにおける背中の使い方を説明させていただいた中で、股関節に関しては「リクエストがあれば次の機会に」と書いたところ、何人かの方からご要望がありました。今回はそれにお応えしたいと思います。

まず知っておかなければならないことは、人間の脳は複数の感覚を同時に制御できないということです。

我々の脳は、それは素晴らしい能力を与えられています。しかし、同時に何カ所もの動きをきちんと意識してコントロールすることはまず不可能です。

ゴルフスイングのように、「アドレスの静止状態からテークバック」、「切り替えしてダウンスイングからインパクト」を迎え、そして「フォロースルーからフィニッシュ」と、言葉で書けばそれぞれ別の動きのようにも捉えられますが、実際にはあっという間の動きです。

始動は肩からヘッドから、トップの位置ではここまで上げて、シャフトはこの方向を向き、その時フェイスの向きはこうで、などと考えている暇は全くありません。

それでも、我々アマチュアはレッスン書を読み、上級者から指導を受けて、それぞれのポジションにこだわったスイングの練習を行ってしまいます。

明らかにそういうイメージを練習しているゴルファーが、練習場にあふれています。

しかし、実際に打つ瞬間を見ると、先ほどまで確認していたポジションでの動きはどこに行ってしまったのか、というスイングになってしまいます。

これこそまさに、複数の動作を制御できない人間の脳の辛いところです。

話が変わりますが、痛みという感覚でも同じことが言えます。たとえば交通事故でケガをしている人に、救急隊員が「どこが痛いですか」と尋ねると、当然今一番痛いと感じているところを答えます。

その後、隊員が他の部分を触って、「ここはどうですか、骨折の疑いがありますが」などと言おうものなら、先ほど答えた別の部分の痛みなどまったく感じなくなってしまいます。

出血している部位があれば、もう気持ちはそこにいってしまい、他のところが認識できなくなる人もあります。

それほど人間の感覚というものは、ある意味いい加減で曖昧なものなのです。

かくいう私もイップスに

話を動きに戻すと、アドレスした姿勢でなかなか動き出さない人は、チェックポイントが多すぎるか、結果を恐れているかのどちらかです。

結果に対する不安は誰にでもあります。そのために、始動は左の肩からとか、ヘッドは30㎝くらいまで真っ直ぐ飛球線後方に引いてとか、知識として覚えた正しいと思われるポイントを、それこそ頭の中で何個も確認しないと動き出せなくなってしまうのです。

そのうち体が固まって、アドレスを解いてしまう人もいます。こうなるとドライバーイップスですね。パターではこういう状態に陥る人が多いですが、ドライバーでも存在します。

かくいう私が一時期そういう状況に陥ったことがあります、なまじ飛距離が出るばかりに、少しの方向違いがOBに直結してしまうため、思い切って振れなくなってしまったのです。

試行錯誤しながら見つけていった方法が、これから紹介する「股関節で地球を回す」という感覚でした。

股関節で地球を回す

第6回で紹介した、上体の前傾姿勢と広背筋を使って背中を捻じり、骨盤と肩の捻転差を使って体を回転させ、ボールにエネルギーを伝えるという動きを行うためには、下半身の安定が絶対条件となります。

安定という言葉を使うと、どっしりと動かないというイメージになるかもしれませんが、そうではありません。私がゴルフを始めた頃、練習場でひたすらクラブを振り回す私を見かねた方が「下半身はセメントで固められているつもりで打て」とアドバイスをくれ、私は馬鹿正直にそれをやろうとしましたが、当然そんなことはできるはずはありません。

悪気はないのでしょうが、人に何かを教えるというのは本当に難しいことです。

プロのトーナメントをテレビで見ていると、「今のスイングは股関節に乗っていませんでしたね」という言葉を使う解説者がいます。その方はすでにレギュラーツアーは卒業していますが、名前の知れた一流のプロゴルファーです。

しかしその後の言葉が続かず、見ている側には「股関節をどう使うことが正しいのか」というイメージは全く伝わってきません。おそらくは本人も明確なイメージは持ち合わせていないのではないでしょうか。

では、私のイメージはどういう動きなのか説明していきます。

股関節は大腿骨の先端がクランク状になって骨盤を挟むようにはまり込んでいます。もし大腿骨がまっすぐな形状をした骨だったら、サーカスのピエロが竹馬に乗って巨人を演じる時のように、不自然な動きしかできません。

それでは走るどころか、歩くこともままならないでしょう。大腿骨の先端がクランク状であることは、四足動物の関節を想像していただければ分かると思います。形状はそのままに二足歩行になったからこそ、今の動きができるのです。

その股関節をうまく使うために、前回説明した自分なりの程よい前傾角度を取ってください。足の幅も自分なりで結構です。その際、足先は足幅の開き具合に合わせ、自然に膝頭の方向に向けておいてください(第6回で掲載した「捻れの最大値の作り方」の図における4の状態)。

 

 

股関節も前傾していますし、膝も足首も自然に曲がっていると思います。

この状態から背骨の一番下の仙骨の位置をできるだけ保ったまま、右足の裏、とくに親指側(スキーで言うエッジを効かせる感覚で)で地球を右に回そうとしてみてください。地面と接している部分は足の裏だけですので、そういう言い方になるのですが、実際は右足の股関節部分からねじ込むように地球を回す感覚です。

 

 

ゴルフシューズがきちんと地面を噛んでくれていれば、地面とシューズの関係は変わりません。

当たり前ですが、どんなに頑張っても地球が回るはずはありません。しかし自分の体、特に骨盤全体が仙骨を中心に自然に右回転を始めていませんか。

そういうことです。地球が体を回してくれるのです。左右への動きが少ないため、どっしり安定して見えます。

ここでのポイントは、仙骨の位置を動かさないということです。

もちろん回転はしますが、上下左右には動かさないという意識です。地球を回そうとした動きが、自分の体を自然に動かし、前回説明した骨盤の右への45度の回転(へその向きが分かりやすいでしょう)と、さらに45度を加えた肩の回転を促してくれます。第6回では上半身を使ってこの捻れの最大値を作ってもらいましたが、こうやって股関節を意識することで、より自然にその状態に持っていくことができます。くどいようですが脳は1つの動作しか制御できません。股関節に集中することに大きな意味があります。

仙骨の位置をキープすることで、ほぼアドレスした位置で回転動作ができ、捻転しやすくなります。

後ろから誰かに骨盤を持ってもらって、骨盤の右側を後方に引き込んでもらい、自然に左側が前方向に移動するという感覚で、骨盤に関しては回転というよりも前後の動きをイメージした方が正しいように思います。引き込まれた右側の骨盤は、股関節(大腿骨の骨頭部分)の上を回りながら仙骨とともに、当然、時計回りの回転を起こします、

頭の位置も変わらず、左膝は前方やや内側に、右膝はアドレス時よりも少し伸びます。

前回コメントで、何度か捻転動作を行うと右の股関節が痛くなったという方がいましたが、おそらく仙骨が右に移動して、右への体重移動がされすぎたためだと思います。

きちんとした前傾角度が保たれていれば、地球を回す意識で体が動き出すと、もうこれ以上は回せないというポイントが分かります。その時がまさに前回の最高の捻転が作れた状態でもあるのです。

体の柔軟性の違いはありますが、それぞれの限界まで回すことで、それ以上動くことはなく、いわゆるオーバースイングにはなりません。

ダウンスイングも仙骨を中心に

これで自分にとってのトップの位置が完成します。ここから骨盤と肩のラインの捻転差が緩まないように、一瞬早く仙骨を中心として骨盤を回していきます。

トップに行くまでに一番意識したのが仙骨のポジションでしたが、骨盤から切り替えしてダウンスイングに移行する際も、まさにこの右に回転している仙骨を、その場で左回転させるという意識はどうでしょうか。

いわゆるスウェーという動作が起こりにくく、鋭い腰の回転が期待できます。

人間の体は末端に行くほど制御するのが難しいので、できるだけ体の中心部分に近いところを意識した方が、動きも小さくて済みますし、再現性も高くなります。

言葉で言うのは簡単ですが、これが出来るようになることこそ、上達の近道ではないでしょうか。

それこそ部分部分の説明になりましたが、まずはゆっくりと動作の感覚をつかむことが先決です。

実際に打つときのコツ

そして実際にボールを打つときのイメージはこうです。アドレスができたら、右足裏と股関節で地球を回す意識に集中します。動き出したくなりますがぐっと我慢です。

その感覚が確実につかめたら、後は仙骨の位置を変えないことだけを意識して、力いっぱいスイングするだけです。

今回のポイントを整理しましょう。

(1)右の股関節から右足の裏で地球を回す意識で始動することで、足元から捻じりあがってくる感覚で、骨盤から体全体に深い捻転が起こり、毎回同じポジションに収まっていくという再現性のある動作を行うことができる。

(2)その際、仙骨の位置はできるだけ前後左右には動かさず、回転だけを意識する。

(3)仙骨をその場で鋭く逆回転させることで、手打ちにならず骨盤の回転を使った力強いスイングができる。

理屈通りにはいかないのが人間の体。だからこそ信じるに足りる理屈を見つけて、あとは練習あるのみです。

地球に任せてしまうという感覚になれば、ミスも地球のせいにしてしまおう、というくらいのおおらかな気持ちでスイングができるかもしれません。

みなさんの健闘を祈ると同時に、私自身もっと練習しなくてはと肝に銘じています。

*本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。