2022/7/3

【無料公開】世界の新常識、性的なシーンの撮影に立ち会う専門家

NewsPicks編集部
注:6月29日に無料公開いたしました。
今年に入り、告発が続く、映画業界の「性加害」の問題。
プロデューサーや、監督を頂点にできている業界の権力構造が、暴力を助長し、常態化させていたことが明らかになり始めている。
NewsPicksはこの問題に対し、その構造を変えていくための連載を開始し、前回は、原作者として映画制作に関わる小説家から、当事者の周りにいる人が取れるアクションについて考え方などを聞いた。
本日お届けする第2話では、日本ではあまり知られていない、インティマシー・コーディネーターという職業を取り上げたい。
この職業は、映画における性的なシーンについて、製作側と俳優側の間に立つ役割だ。
権力構造の下部に位置付けられがちな俳優の人権を守りながら、より良い作品を生み出すためのキーポジションとして、MeToo運動をきっかけに、ハリウッドなど、世界の映画制作の現場で普及した。
日本には、まだ2人しかいない仕事だが、映画監督有志が、映画製作者連盟へ提出した「労働環境保全・ハラスメント防止に関する提言書」の中で、ハラスメント防止のための施策の一つとして挙げられているなど、徐々に注目されてきている職業だ。
もちろん、性暴力やハラスメントは撮影現場だけで起きているわけではないので、この職業が撮影現場で導入されれば、万事解決ということではない。しかし、この職業の役割や、考え方を知ることは、現場の意識改革につながっていくはずだ。
筆者は今回、日本人インティマシー・コーディネーターの1人、西山ももこさんにその仕事内容や、仕事を通じて見えてきた業界の課題などについて詳しく聞いた。
INDEX
  • 男社会で感じた、もやもや
  • 制作と俳優の間に介在する黒子
  • 安心を作りだす、提案の仕方
  • 自分のNGは言っていい
  • 空気を読みながら、壊す
  • 第三者の介在が、大事だ

男社会で感じた、もやもや

──西山さんは、どうやってインティマシー・コーディネーターになったのですか。
私は十数年、テレビ番組などのアフリカロケのコーディネーターをしています。
テレビの現場は、ジェンダーバランスがおかしくて、私の周りは、男性だらけで女性がほとんどいなくて、周りからされることに、ずっともやもやした気持ちを抱えていました。
例えば、私が何年も通訳として関わっている番組に呼ばれた時、「来年は、もっと若くてかわいい子にしてよ」と仕事終わりに冗談で言われたことがありました。
わたしに落ち度があったのであれば、まだ分かります。でも非があったわけでもない。その時から、そのディレクターには自分からは話しかけなくなりました。
そんなことをしても、何も解決しません。この業界の良くないところだなと分かっていながら、忙しいから、ひとまずもやもやの原因を考えるのをやめる。その繰り返しでした。
最近は、映画業界の性暴力問題がクローズアップされているので、映画業界が闇深い業界のように見えているかもしれませんが、遅れているのは、映画業界だけではありません。
テレビ業界でも、セクハラについて声を上げる女性は以前からいましたが、周りは総論賛成という姿勢を見せるけれど、「私は関係ない」と深く関わろうとはしない雰囲気がありました。
私も「方々から色々言われながらも、なぜあの人は言い続けるのだろう。メンドクサイと思われるのに大変だな」と無関心でした。それは加害に近かったわけです。
自分自身、男性社会にどっぷりでハラスメントに鈍感になっていたと思います。たとえ、八つ当たりで三脚を投げられても「自分がプロとして一人前ではないから仕方がない。私が悪い。次はもっとできるようになろう」と、言い聞かせて自分の心の中で処理してきました。
でもそれは良くなかったと、今は反省中です。暴言を吐かれるほど、ものを投げられるほど、「私はそんな悪くなかった」と今なら言えます。
そういうものが積み重なっていって、テレビの仕事が好きだからこそ、テレビ業界にいることに限界を感じて、業界を離れようと思いました。
(写真:South_agency/iStock)
仕事をいったん休むと周辺に伝えたのが、2020年2月。直後に新型コロナウイルス感染症が拡大したので、ほとんどやることがなくなりました。
その時にイギリスに住んでいる友人から、ある作品で、インティマシー・コーディネーターが必要になり、日本で初めてトレーニングをやることを教えてもらいました。
 私は当時、インティマシー・コーディネーターという名前さえ知らなかったのですが、とても興味を引かれたのを覚えています。IPAというインティマシー・コーディネーターの国際的な団体に連絡して、トレーニングに参加させてもらいました。
──トレーニングではどのようなことを学ぶのでしょうか。
まずは、インティマシー・コーディネーターとはどんな仕事か、どんな役割かを学びます。今までなかった仕事なので、どこの現場に行っても聞かれますから。
加えて、ハラスメント、ジェンダー、メンタルヘルス、コミュニケーションの授業。あとは、映像業界の基本も学びます。撮影時のカメラのアングルや、サイズ、台本の読み方まで。
台本は抽象的なト書きの場合があるので、具体的にどんな行為までやるシーンなのか、監督に確認します。その時に映像の作り方を分かっていないと、確認すべきことを聞けませんから。
──映像業界の経験がないと難しそうですね。
すでに作品の撮影期間が決まっていたので、数カ月やるトレーニングを約3週間の集中スケジュールでおこないました。アメリカとオンラインで繋いで、週5で朝から晩まで英語の授業。人生で一番勉強したと思います。
毎日その日の終わりに小テストがあるので、授業が終わったら、英語の内容を全部聞き直して、復習しました。その後、7月の試験を受けて、晴れて、インティマシー・コーディネーターの認定をいただきました。

制作と俳優の間に介在する黒子

──インティマシー・コーディネーターの具体的な仕事内容を教えてください。
私の仕事は、本番に入る前の準備段階が一番大事です。
依頼をいただいた後、台本をもらいます。その台本の中で、性的な内容を含みそうなシーンについて、どういう演出プランなのかを監督にヒアリングします。
多くの人はインティマシー・コーディネーターが具体的に何をやるのか知らないわけです。
監督が難色を示して、仕事が流れたものもありましたし、撮影に参加できても、「あまり意見しないで欲しい」と言われたこともありました。
監督が難色を示す時というのは、演出に対して、注文をつけるのではないかと警戒しているケースが多いです。私の仕事は演出に口出しをすることではないと、最初に説明します。
それでも、最初は距離がある時もあるのですが、監督の頭の中にあるイメージを詳しく聞き出します。最初は「まだ決まってない。その時になってみないと分からない」などとおっしゃる場合もあります。そうは言っても、言語化されていないだけで、実はイメージがある程度固まっていることが多い。
例えば台本に、「愛を深める」という漠然としたト書きが書かれたシーンがあったとします。
愛を深めるとは具体的に、何をしているのか。抱き合っているとしたら、服を着ているのか、脱がせているのか。その時の下着はどんな下着をつけているのか。ベッドの上なのか、布団の中なのか。などというふうに、色々なシチュエーションがあり得る。それによって、俳優の準備も変わってきます。
私と話していることで、監督自身もイメージが具体的になってくると、グッと信頼してもらえるようになります。
その後、俳優、場合によってはマネージャーさんも同席して、監督からのヒアリング内容についてお話しします。合わせて、俳優側のNGなこと、OKなことなどを聞いて、監督やプロデュサーに伝えます。
その後、監督側、俳優側双方の要望を調整して、作品の世界にふさわしい演技の振り付けを監督や俳優に提案することもあります。
(写真:nemke/iStock)
そして、撮影当日には、監督、演じた俳優双方が納得いく撮影になるか、特に俳優の気持ちに注意して、立ち会います。

安心を作りだす、提案の仕方

私が気をつけているのは、ただNG事項を伝えるのではなく、対案を提案することです。NGなことだけを監督に伝えると、シーン全部カットにしようって言い出す恐れもあります。
やるか、拒否か。0か100か、になってしまうと、俳優のキャリアにとって良くありません。もちろん、作品のクオリティにも響きます。誰にとってもいいことはない。
例えば、俳優が「下半身を映して欲しくない」と言った場合、俳優に「どこまでOKなのか」を確認します。「太ももまでならばいい」と言われたら、太ももより下だけ映す、アングルを変えるなどでシーンが成立する時もある。
私がこれまで携わった作品では、俳優の要望に対して「それができないと、絶対にダメだ」という制作側の反応はありませんでした。できる範囲でどうしたら最高のシーンが撮影できるか、真剣に考える制作側の人が多いので、そのシーンが撮影できないということは、ほとんど起きませんでした。
これまでは、俳優は言えないし、監督も気を使ったり、コミュニケーションが不足していたりしがちだった現場が多かったのではないでしょうか。むしろ、俳優が本当はどんな気持ちで撮影に臨んでいるのか分からず、もやもやした気持ちを抱えていたスタッフさんもいて、私のような立場の人間が入ったことで、安心して仕事ができるようになったと言っていただいたこともありました。
当日は俳優に、「何か起きたら私がちゃんと止めるから大丈夫」と言って、演技に送り出しています。

自分のNGは言っていい

──俳優自身が、性的なシーンについてどこまでOKでどこからダメなのか、はっきりと自覚していない人もいると思うのですが。
日本は特に自覚されていない方が多いです。「何が嫌ですか、何がNGですか、どこまでOKですか」と聞くと、言うのを恐れているのか、多くの方が「監督が望むことは、なんでもやります」と答えます。
──「監督の要求に応えるのが素晴らしい俳優である」と教育されていますよね。
私自身もそうでしたが、全てにイエスと答えるのがいいことだと刷り込まれてきていることが多いので、そのメンタリティがなかなか抜けない。
(写真:insta_photos/iStock)
実はそこに大きな誤解があって、監督など制作側は、「俳優に、制作側にして欲しいことを言って欲しい」と思っている人も結構いらっしゃいます。
でも、制作側が時間をとって俳優側と直接話をしようとしても、何も要求が出てこなかった現場もありました。
日本の俳優が自分で自分の境界線を言えないと、本当はやりたくないことに対しても合意してしまう危険があります。なので、何がOKで、何がNGなのかの質問リストを作って、俳優に答えてもらうようにしています。
やってみると、NGなしですと最初に言った俳優でも、案外嫌なものが出てきます。答えて始めて、自分で気づくという方が多いです。

空気を読みながら、壊す

さらに、俳優の互いのNGを伝えておくのも私の仕事です。
何回か共演されて、関係性ができている俳優同士であれば、直接話をする場合もあるのですが、多くは初対面です。初対面で「今日のキスシーンどう演じますか?」とは聞きにくいですよね。
なので、相手のNGを知りたい俳優が結構多いです。相手に失礼なことをしたくないし、芝居に集中するためにも相手のNGを知っておいていたほうがいいと考えていることが多い。
あと、場合によっては、性的なシーンの振り付けを考えて、提案することあります。
俳優の中には、性的なシーンの振り付けを、自分たちで考えてやってきた人もいらっしゃると思います。でもやっぱり心の負担に感じていた方が多かったようです。型を、自分で考えるほうがいいか、私たちである程度流れを作った方がいいのか聞くと、多くの俳優は私たちに流れを作って欲しいとおっしゃいます。
「普段通りのセックスをやればいいよ」と言われることもあったそうですが、セックスは、極めてプライベートなことなので、見せる必要はない。しかも、果たして自分が人から見て正しいセックスをしているかどうかなんて、多くの人は分からないでしょう。
もちろん作品の中の、疑似セックスのシーンには、作品としての意図もある。
(写真:Goodboy Picture Company/iStock)
要望があれば、私が一度引き取って、監督と演出方法について詰めていくようにしています。
そして忘れてはいけないのは、性的なシーンは俳優からすれば、心を張った大事なシーンです。
だからこそ、不自然な演技に見えないようにしなくてはならない。俳優側から、「もう一度やりたい」と言われたら、監督に話をして、撮り直しをお願いすることもあります。
──感情移入したいシーンで、微妙な演技だったら視聴者としては、がっかりですものね。
喘ぎ声のタイミングがおかしかったり、声の大きさがあっていなかったり、 せっかく俳優が、精神を削り、体を張ったのに、いい絵にならなかったら、もったいない。現場は常に時間に追われているので、俳優から直接監督に言いにくいことも多いです。そういう時は、私がきっかけを作って、話しやすいようにします。
監督がすごい気をつかって、ワンテイクでOK出した時もありました。
俳優は、納得していなかったのですが、監督が、「よかったから大丈夫」と、次のカットの準備を始めてしまいました。その時はもう一度やりたいとお願いし、撮り直してもらい、結果としてはとてもいいシーンになり、監督も俳優も喜んでました。
予算がない中で、テイクを重ねるということはその分時間を取るので、大変ですが、納得して撮影を進められるのであれば、その方がいいと思うんですよね。
できた映像を見て、なんであんなシーンになっちゃったのだろう、というのが一番辛い。
俳優にとって、あの時もう一回やりたかったという後悔はずっと残るので、できるだけ拾い上げたいんです。私たちの仕事は、空気を読みながら、空気を壊すことだと思っています。

第三者の介在が、大事だ

こうやってインティマシー・コーディネーターについてお話ししていますが、この仕事ができてまだ、数年です。日本においては、始めてまだ2年ほど。
(写真:Tero Vesalainen/iStock)
後で考えてみると、あの時、もしかすると、本音では嫌だったのかもしれない、と感じることもありました。それは、埋めきれるということはないかもしれないけれど、諦めたくないですね。
──将来的には、インティマシー・コーディネーターを入れています、と言われなくなる。そうやって当たり前になることが大事ですね。
そうだと思います。
テレビのアフリカのコーディネーターを十数年とやってきましたが、一回も取り上げられたことはありません。なぜならば、海外ロケがあったらコーディネーターに連絡するのは当たり前だからです。
インティマシー・コーディネーターとしての私の一つのゴールは、インティマシー・コーディネーターを入れていますと、言わなくていい世界です。入っていて当たり前になるのが理想です。
そのためには、インティマシー・コーディネーターの数や実績を増やしていかなければならない。でも現段階では、増やすほどの案件がないのと、日本でのトレーニングが受けられないので、まだ難しいです。
教えてもらえませんか、という声をいただくこともあるのですが、私も始めてからまだ2年です。その間携わったのは日本のドラマ4本、日米合作ドラマ1本、映画2本です。まだまだ教えられる立場にはないと思います。
セミナーに呼ばれて登壇することはあります。
参加者の質問から誤解しているなと思うのは、コーディネーターの知識とノウハウを自分が身につければいいと考えていることです。
皆さん知りたいのは、今後自分たちはどのようなことに気をつけたらいいのかです。中には、インティマシー・コーディネーターの資格を取りたいというプロデューサーもいらっしゃいました。
新しいポジションにお金をかけることに積極的にはなりにくいのだろうと思います。
そのような時にいつも伝えているのは、インティマシー・コーディネーターとして撮影に入る時は、プロデューサーを兼ねてはいけないということです。
(写真:dpmike/iStock)
プロデューサーが、インティマシー・コーディネーターを兼任したら本当の意味での、同意が取れないと思います。
──権力の上下構造がプロデューサーと俳優の間にはあるので、第三者が介在することにも意味がある。たとえプロデューサーがいい人だったとしても、忖度は0にはならないですよね。
パワーバランスがある関係で、真の同意を取るのはとても難しい。そこに無意識な方もいるので、どうしたらケアできるのか、ということを一生懸命聞いてこられる。知識をつけることは、いいことなのですが、それだけでは、被害者が増える可能性があるわけです。
──第三者を介在させることが、作品にとってのリスクヘッジになると考えられなければ、もし何かトラブルが起きた時、ちゃんと起きないような仕組みにしましたと言えない。
権力に関係のない第三者を介在させることが、リスクヘッジになるという意識はまだないですね。まだ時間がかかると思います。
包括的に、映像制作の現場を改善するためには、インティマシー・コーディネーター以外にも、性暴力や、ハラスメントが制作現場で起きた時に、しかるべき部署に通報できるシステムが必要です。それは、作品が真っ当に作られたものであるという、証しにもなり、プロデューサーや監督にとっても、リスクヘッジになるのではないでしょうか。
日本人は特にマジョリティになると、動き出す人が多いので、一つずつ啓発していくことで、対応する現場が当たり前になるような社会へと動かしていきたいです。