新人著者が語る「創造力を民主化する」思考法の秘訣(次世代ビジネス書著者創出)

2022/6/20
「イノベーション技法に関して知りたい方は、本書一冊でだいじょうぶ」(山口周氏)
「誰もが創造力を高める時代の最高に分かりやすい教科書だ」(入山章栄氏)
多くのビジネスパーソンから支持を集める両氏が絶賛するなど、話題が広がっている『創造力を民主化する-たった1つのフレームワークと3つの思考法-』(BOW BOOKS)。
その高い完成度と実践的な創造的思考のフレームワークに注目が集まり、出版直後より大手企業やコンサルファームから講演や研修の依頼が殺到し、東大生協(本郷書籍部)の書籍ランキング(経済・経営・ビジネス)でも、4月と5月で連続1位を記録。
実は、今注目のこの一冊は、「学ぶ、創る、稼ぐ」をコンセプトとする、新時代のプロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」の「次世代ビジネス書著者創出」プロジェクトから生まれたものだ。
このプロジェクトリーダーで、かつて勝間和代を世に出したディスカバー・トゥエンティワンの創業社長である干場弓子さんに「久しぶりの大型新人!すごいです!やばいです」(Twitterより引用)と称された著者の永井翔吾さん。
今回はこの著者の永井さんにインタビューを実施。
永井さんの著書『創造力を民主化する-たった1つのフレームワークと3つの思考法-』のポイントと出版にかけた想いとはー。

トレードオフの課題

──永井さんの今回の著書では、様々な発想力を高めるメソッドが語られていますが、特に印象に残ったのがトレードオフの関係にある2つの課題をどちらも解決するメソッドです。論理的に考えれば難しいはずですが、解決できるとイノベーションが起こると。このメソッドが重要だと思われる背景について教えてください。
永井 私はコンサルタント出身で、当時はトレードオフの課題に直面した場合、AプランとBプランのメリットとデメリットを考慮して、最終的にどちらか一方を選んでいました。
とはいえ、スタートアップ企業やトップコンサルタントの働き方を見ると、実は両方とも選択していることが非常に多いとわかります。
「AかBのどちらかを選んでください」と迫られても、「どちらも選びたい」と。
過去に生み出されてきたイノベーションと言われるプロダクトも、まさにトレードオフの関係を解消しているとも考えられます。
ならば、大きな価値を生み出そうと思えば、たとえトレードオフの関係でもどちらも選択する必要があるのではないか、もっと言うと、トレードオフにあえて注目して、それを解消することが非常に重要だといえるのです。

OR思考ではなくAND思考

──トレードオフを解決した具体例はありますか。
最も有名なものが、P&Gを再建した A・G・ラフリー氏の例になります。ラフリー氏自身、「OR思考は嫌いでAND思考なんだ」という話をしているほどです。
実際、彼がP&GのCEO就任後に、差別化戦略としてのブランド路線とコストカットによる低価格路線というトレードオフの戦略のどちらを選択するか、かなり検討したとされています。
そして、結果としてラフリー氏は「両方実現するのがP&Gなんだ」と、ブランド路線と低価格路線の両者を追求し、見事にV字回復を遂げました。
このラフリー氏によるP&Gの経営は、まさにトレードオフの解決であり、最初からOR思考ではなくAND思考を意識したからこそ成功した事例なのではないかと考えています。
──永井さんは実際にどのように思考しているのでしょうか。
本質的なトレードオフの構造を見抜くことが大事になりますね。
ただ、そもそも日常的にはトレードオフの関係をほとんど意識しませんから、まずはトレードオフの課題やニーズを認識しなければなりません。
しかし、実はこれが思っている以上に難しい。そこで、このトレードオフの関係性を見つけるための方法を編み出しました。
その方法は2つあります。1つ目は、あるニーズに対して真逆の状況を考えること。そして、その状況の構成要素を考えることでトレードオフの課題やニーズを見つけることができます。
例えば、「安く食事をしたい」というニーズがあれば、真逆のニーズは「高価な食事」で、その構成要素は「美味しい料理」や「高級な内装」などになります。
すると、「安く、美味しい豪華な食事」といったトレードオフのニーズが見つかり、解決できる方法や新しいサービスを考えることでイノベーションが生まれるものです。
もう1つの方法は、あるニーズのボトルネックや制約条件を考え、それをひっくり返すこと。例えば「プロのおいしい食事を食べたい」というニーズがあれば、基本的にお店を訪れなければなりません。
しかし、この条件をひっくり返すと、お店ではなく家で食べても問題ないはず。するとプロのおいしい料理と家での食事というトレードオフの関係が見つかり、このニーズを解消するサービスを考えていきます。
実際に昨今はコロナ禍の影響もあり、シェアダインなどの出張シェフサービスの需要は伸びています。
まさにプロのおいしい料理を家で食べるという、これまではトレードオフだったニーズを解消したとも言えます。
同じように、誰でも意図的にトレードオフの課題やニーズを考えることで、新しいアイデアやサービスを生み出せると考えています。
──永井さん自身が解決したトレードオフの課題はありますか。
営業での顧客単価の伸長と顧客数の増加の関係がありますね。単価を伸ばそうとすれば営業のリソースを個社に集中させなければならず、一方で顧客数を増やそうと思えば単価を下げてサービスを広げる必要があり、基本的にトレードオフの関係と言えます。
その解決方法の1つとして私たちが進めたのは、ミッションに共感していただくという取組み。ロジカルな営業よりもエバンジェリストな営業がソリューションになっています。
ロジカルに考えれば、単価を上げるにはリソースを集中しなければならないものの、顧客数を増やすには安価なプランを提供する必要がある。そのなかで、理念に共感してもらう営業方法でファンを増やせれば、単価は上がって、共感する新規顧客も出てきます。

7つの類型

──なるほど。
そもそもトレードオフは基本的には誰も解決できなかったからこそ、トレードオフとしてあり続けているので、ソリューションも常識に照らしていてはなかなか出てこないものです。
そのため、まずは本書で紹介している7つの類型を参考にすることをお薦めします。
この7つの類型の中でビジネスに活用しやすいものは、ラフリー氏のP&Gのエピソードのように、トレードオフの関係にある両者を高めることだけに徹底するやり方です。
P&Gの例では、コストカットに資するものとブランドに資するものだけに徹底的にリソースを振り分け、それ以外は優先度を下げました。
すると、トレードオフの課題が高次元で結びつき、V字回復という成果が生まれました。この場合は、とにかく徹底的に集中してやり切ることが重要になります。
──7つの類型は参考になりそうですね。他に重要なポイントはありますか?
実は、トレードオフを解くときのソリューションをイメージすることが極めて重要になります。これは、ヘーゲルの弁証法が参考になります。
ヘーゲルの弁証法では、ある命題や主張のテーゼには、必ず反対のアンチテーゼがあるとします。そして、ヘーゲルはテーゼとアンチテーゼが高次元で結び付き、本質的に統合して昇華することで(アウフヘーベン)、ジンテーゼが生まれると考えています。
トレードオフの解決はヘーゲルのジンテーゼに近く、対立する2つ課題を解決するには折衷案や中途半端な形ではなく、高次元の全く異なる形が生まれるという感覚になります。白と黒の絵具を混ぜてグレーではなく、突如として真っ赤になるようなイメージとも言えます。
上述した営業の単価と顧客数の関係も、ボトムアップ型であれば製品価格や営業リストにこだわるはずです。しかし、理念に共感してもらうエバンジェリスト営業というソリューションは全く違う次元から生まれ、2つのトレードオフの課題が解消された感覚も確かにありました。
もちろん簡単ではありませんが、私自身、常にそういった感覚を大事にしてトレードオフのソリューションを考えています。

「3つの思考法」

──著書では統合思考とアナロジー思考、転換思考という考えが紹介されています。トレードオフは統合思考との関係が深いのでしょうか。
まず、本書で紹介している統合思考はインテグレーティブ・シンキングと言われることもある、複数の課題を一気に解決する考えになります。そして、統合思考の1つとして、ここまで説明をしたトレードオフの課題にあえて目を付けるパターンがあり、一部ではトレードオフの課題を解くことを統合思考という場合もあります。
次に、アナロジー思考は1つの対象から類推し、それをヒントにする考え方になります。イノベーションは新結合から生まれると言われているように、近年、その重要度が高まっている、所謂つなげる能力をアナロジー思考としています。
ちなみに、アナロジー思考で特に重要だと言われているのが、抽象的に考える能力です。物事を抽象化することで関係のないような分野ともつなぐことができ、まったく考えてもみなかったようなヒントを得られることがあります。
とはいえ、あまりに抽象化すると類推の対象が無限に広がってしまいます。そのため、本書では適度な抽象化のポイントとして「最低でも1つの具体的な要素」を入れることを推奨しています。その上で、アナロジー思考をいかにサービスやアイデアに生かしていくかを3つに類型化して紹介しています。
最後の転換思考は、「ブレイク・ザ・バイアス」や「シンク・アウト・オブ・ザ・ボックス」と言われる、常識を可視化して、それをひっくり返す考えになります。
実は、この思考法のポイントは、ひっくり返すべき常識を一度可視化することです。と言うのも、常識はあまりに当たり前であるために可視化が難しいのです。
そして、この転換思考は課題設定の場面で非常に効果的だと言われています。
実際、解決できない課題の多くは、課題の設定が悪いと言われており、非常に優秀なコンサルタントも顧客から相談を持ち込まれたときは、課題を転換させて新たに設定したりもします。
では、いかにして課題を転換させるのかと言えば、本書では3つのパターンで類型化しています。類型をうまく使っていただくと、課題を効果的に転換できるようなります。
──なるほど。思考法はとても大事だと感じる一方、いかに実行するかも重要ですよね。この点についてはどう考えられていますか?
大切な点が2つあります。まず1つ目は、コミュニケーションでも思考プロセスに重きを置くことです。
せっかくいいアイデアを思いついたとしても、上司から「よくわからない」と潰されてしまうことはあるのではないでしょうか。
革新的なアイデアを本当にいいアイデアかどうかと見分けられる人は、実はほとんどいません。そのため、他人にアイデアを説明する際には、どのようにアイデアに辿り着いたのかをロジカルに話す必要があります。思考過程を中心にコミュニケーションをとることで周囲の共感や納得感を得られます。
もう1つは、自分自身のWhyを伝えることです。新しい価値観を作り広めていくには、当然抵抗にあったり、苦しいことも多くあります。
ただ、実は新しいアイデアやサービスを実現するには、ロジカルよりも熱意と言ったエモーショナルな部分が重要になったりするものです。「なぜやりたいのか」といった思いを整理して言語化し、その上で自己開示して周りに伝えていく必要が出てきます。
──永井さん自身、書かれている思考法を実践しているのでしょうか。
はい。新サービスを考えたり事業戦略を考えるときはもとより、普段の業務の中でもかなり意識しています。統合思考とアナロジー思考、転換思考の3つは、クリエイティブ思考の一番重要な思考法だと確信しています。
この3つの思考法をうまく活用できるようになれば、クリエイティビティは大きく広がるはずです。
(取材:上田裕、構成:小谷紘友)
※後編に続く