2022/6/30

【ユーザベース】非連続的に「自律成長」するスタートアップの組織づくり

NewsPicks Brand Design Editor
 昨今、注目を集める「人的資本経営」。これは決してリソースが潤沢にある大企業だけに限った話ではない。
 戦略的な「人への投資」によって企業全体のパフォーマンスを持続的に向上させることは、「非連続的な成長」が求められるスタートアップにとっても最重要課題と言える。
 連載「『人的資本経営』を実装せよ」第3回では、創業初期から「人への投資」に力を入れてきたスタートアップの事例として、ユーザベースの組織開発にフォーカスする。
 同社は、国内最大級の社員口コミサービス「OpenWork」のインターネット業界総合評価ランキングで、スタートアップとしては1位に輝いている。(2022年6月現在)。
 ユーザベース代表の稲垣裕介氏と、同社の成長を人事・組織面から支えてきた人的資本経営実践の第一人者・エッグフォワード代表の徳谷智史氏へのインタビューからひもとく。
INDEX
  • 「非連続的に成長するスタートアップ」の条件
  • 「事業成長」と「組織成長」をどう両立するか
  • 「自社ならでは」の組織制度づくりに注力
  • 「企業のコア」にひもづいた組織支援
  • 「パーパス」と「個のWILL」を接続せよ

「非連続的に成長するスタートアップ」の条件

 ここ10年ほどで国内のスタートアップ・シーンは大きく発展した。
 市場の後押しを受けながら非連続的な成長を続け、ついには「メガベンチャー」と呼ばれるに至った企業も生まれている。 
 だが、一般的にスタートアップの生存率は創業から5年で15%、10年で6%、20年で1%以下と言われる。
 ユニコーン候補と目される企業ですら、一過性の成長で終わってしまう可能性は決して少なくない
 では、非連続的に成長し続けるスタートアップと、そうでないスタートアップを分ける決定的な違いとは何か?
 日本のトップ企業各社の企業変革を支援し、複数のユニコーン企業、100社を超えるスタートアップの組織開発に伴走してきたエッグフォワードの代表・徳谷智史氏は、こう断言する。
「大成するスタートアップに共通する条件は、『組織の自律性』です。
もちろん、経営陣の描くミッションや事業のポジショニングなど、スタートアップの成功確度を左右する要因はさまざまあります。
が、その上で『自律的に成長する組織』をつくれるかどうかが、“非連続的な成長”を実現するうえで決定的に重要になります」(徳谷氏)
 一般的に、スタートアップは「人・物・金」に象徴される経営資源に乏しい。
 それゆえ、特に初期段階においては一日でも早く「事業を伸ばすこと」が優先され、組織の整備や人材への投資が劣後しがちだ。
 事実、「よい組織をつくること」よりも「よいオペレーションを作ること」がスケールへの近道だと考えるスタートアップ経営者は少なくないという。
 つまり、組織から属人性を排除し、効率的な「仕組み」によって成長するという考え方だが、徳谷氏はこの考えに一石を投じる。
「事業を伸ばすことはあらゆる企業の至上命題であり、そのための『仕組み』を作って回すことは極めて大切です。
 しかし、スタートアップが効率だけを追求することは、同時に『経営者が構築した初期のビジネスモデル』が成長の限界になることを意味します。
 それで一定水準までは成長できても、ロケットの2段目、3段目に相当する新たな成長要因を生み出せなければ、市場からの期待に応え続けることはできません。
 結果としてIPOがゴールになってしまったり、早々に衰退期に入ってしまったスタートアップは多々あります。
 だからこそ、経営者の手腕を越えて『自律的に成長する組織をつくる』ことが、非連続的な成長を続けるためには必要なのです」(徳谷氏)

「事業成長」と「組織成長」をどう両立するか

 では、具体的にどうすれば「自律的に成長する組織」がつくれるのか。ここで注目したいキーワードが「人的資本経営」だ。
 一言でいえば、「人材を企業価値の源泉と位置づけ、戦略的な『人への投資』で人材価値を最大化させ、事業成長、ひいては企業成長へとつなげていく経営のあり方」を指す。
 前述したとおり、経営資源に乏しいスタートアップがこれを実現することは非常に難易度が高い。だが、決して不可能ではないと徳谷氏は語る。
「ポイントは『個』の活性化にあります。
 事業を優先して個をスポイルするのではなく、『企業のミッション』と『個のWILL(意思)』を重ねることで、人材のポテンシャルを最大化すること。
 この条件を満たすことができれば、創業初期のスタートアップであっても事業と組織の成長を両立することは可能です」
 それを実践した先行事例として、徳谷氏はユーザベースを挙げる。
「ユーザベースさんは、企業の土台となるミッションやパーパスが明確であり、それにのっとって『個のWILL(意志)』を最大限尊重するカルチャーを創業初期から組織に実装した。
 それによって、社員一人ひとりがモチベーション高い状態で自発的に考え、行動し、事業と組織の両面を成長させていくサイクルが回っている。
 つまり、『自律的に成長する組織』を構築しているスタートアップと言えます」(徳谷氏)
 ユーザベースは、2008年に梅田優祐氏、新野良介氏、稲垣裕介氏の3名が立ち上げた。
 創業事業は、経済情報プラットフォーム『SPEEDA』。梅田氏と新野氏が外資系証券に勤めていた頃に感じた「情報収集の非効率性」を解決すべく、エンジニア経験のある稲垣氏を迎え入れるかたちで事業化した。
 この稲垣氏が前職で突き当たった「組織の違和感」が原体験となって、「個のWILL」を尊重するカルチャーの礎が築かれたという。
「前職でシステム開発を担当していた頃、同じ職種でもマネジメントか、プレイヤーかで評価や待遇が違うことに違和感を持っていました。
 たとえば、プロジェクトの進行・管理を行うコンサルタント職の方が、エンジニア職よりも先に昇進していく。尖った才能を持つエンジニアよりも、マネジメント寄りの人材が高く評価される。
 これは本当にフェアなのだろうか? と」(稲垣氏)
 そこでユーザベースでは、創業初期から個人の特性やキャリア志向を重視した。
 マネジメントを行うリーダー型の人材と、専門性を持って突き抜けるプレイヤー型の人材を、それぞれ異なる基準で対等に評価する人事制度を取り入れた。
「メンバー全員を才能を持ったプロフェッショナルとして尊重し、一人ひとりの創造性を開放しよう。ルールで縛るのではなく、それぞれが個性を発揮して創発しあおう──そのように“ユーザベースらしさ”を定義していきました」(稲垣氏)

「自社ならでは」の組織制度づくりに注力

『SPEEDA』を軌道に乗せたユーザベースは、2015年に新事業としてソーシャル経済メディア『NewsPicks』を立ち上げ、2016年に上場。
 その後も、B2B事業向け顧客戦略プラットフォーム『FORCAS』やスタートアップ情報プラットフォーム『INITIAL』など、複数のプロダクトをローンチし、非連続的な成長を続けている。
 その途中には、創業者2人の退任をはじめ数多くのハードシングスがあった。
 また社員数も1000人以上に急増するなかで、人事・組織面での壁に何度も直面したというが、稲垣氏は「『個のWILL』を最大限尊重する」という理想を諦めなかった。
「カルチャーの浸透や、事業の特性・フェーズにあった人事評価制度設計、そして僕たち経営陣自身のマネジメント力の向上.....組織課題は山ほどあったし、これからも成長に応じて新しい課題が出てくると思います。
 ですが、どのフェーズでも『個のWILL』を尊重しながら企業としてのミッションを追求する理想だけはブレたくなかった。
 定型的なソリューションを当てはめるのではなく、理想から出発してユーザベースらしい組織制度をつくりたかった。 
 そのために、私たちの事業やミッション・カルチャーを深く理解し、ユーザベース独自のやり方を尊重してくれるパートナーを探すことにしたんです」(稲垣氏)
 こうしてユーザベースの人事・組織開発を長年にわたってサポートしてきたのが、徳谷氏が率いるエッグフォワードだ。支援開始は上場前の2015年、ユーザベースは創業から7年目だった。
 たとえば、ユーザベースならではの部門に「カルチャーチーム」がある。カルチャーやバリューを全社に正しく浸透させることを使命とし、現在では全社の採用や人事評価を管掌している。このチームのビジョン策定などにもエッグフォワードが携わっている。
 評価制度においても、複数のメンバーが相互に評価しあう「360度フィードバック」を早い段階で導入している。ユーザベースならではの基準に基づき、メンバー同士が相互にフィードバックを送り合う文化を浸透させた。
 そのほか、OKR制度の導入支援、マネジメント育成支援、直近では新しく設定したパーパスの浸透など、“ユーザベースらしさ”に伴走してきたエッグフォワードの組織開発支援は多岐にわたるという。
「支援をはじめた当時のユーザベースはまだ100人台、事業成長が何より優先されるフェーズで、通常この段階のスタートアップから組織支援や人材育成に関する相談を受けることは、当時はほぼありませんでした。
 ですが、経営陣が先んじて個人の成長や、自律的な組織のあり方について考えていたのが印象的でした」(徳谷氏)

「企業のコア」にひもづいた組織支援

「『個のWILL』を最大限に尊重する」という理想を掲げながら組織課題に向き合っていくなかで、特に稲垣氏を悩ませたテーマがあった。
それが「ネクストリーダーの育成」だ。
ハイスピードで事業成長し、組織を拡大してきたスタートアップであるがゆえに、必要となる経営陣・役員クラスの人材が不足した。
創業から数年のタイミングで執行役員制度なども取り入れたが、OJTでのリーダー育成では追いつかないことは明白。そこで、徳谷氏にアイデアを求めた。
「いわゆるマネジメント育成研修のような型にはめこむ育成は、絶対に“ユーザベースらしさ”になじみませんでした。
 理想の延長線にあるネクストリーダーの条件は、まさに『個のWILL』を最大化しながら組織のミッションを達成できる人材です。
 そこで、候補者数名に伴走する『エグゼクティブコーチング』を提案しました。即物的なトレーニングではなく、時間をかけてでも『個』の可能性を最大化することがふさわしいと考えたのです」(徳谷氏)
 こうして、「ネクストリーダー候補」と目される幹部候補のコーチングに着手。
 数年以上にわたる取り組みは実を結び、SPEEDAの執行役員やNewsPicksの人事統括責任者など、グループの経営を牽引する新たなリーダーを生み出すことに成功した。
 さらに、「エグゼクティブコーチング」を稲垣氏を含む現役員陣にも定期的に実施し、マネジメントスキルアップに貢献しているという。
「事業やミッション、カルチャーを理解し、『企業ならでは』の打ち手」を提案するのがエッグフォワード流だ。

「パーパス」と「個のWILL」を接続せよ

 自律的な組織成長において重要なのは、まず企業のパーパスを明確化し、それを「個のWILL」と重ね、接続していくことだと徳谷氏は繰り返す。
「だからこそ、非常に初歩的ですが、まずは『どんな人材が必要なのか』『どんな価値観を尊重するのか』を明確に定義する必要があります。
 そして、それを『自分ごと化』してもらえるようかみ砕き、きちんと組織に浸透すれば、一人一人がその会社で働く内発的なモチベーションの醸成につながる。
 個人の自律的な成長を促し、それが結果的に事業成長・企業成長につながるのです(徳谷氏)
 とはいえ、そもそも「個のWILL」が不明確な場合もあるかもしれない。それを見つけるのも会社の役割の一つだ、とユーザベースの稲垣氏は語る。
「営業でもマーケティングでも人事でも、他の職種を少しだけ経験してもらう、もしくは対話をしてもらうだけでも、自分に向いているかどうか、やりたいかどうかがわかります。
 WILLの醸成は『瞬間的な励まし』で何とかなるものではありません。だから、全力で一緒に原体験をつくりに行っています」(稲垣氏)
 たとえば、他部署との兼業を促す。社内の関わりが少なかった部署との対話の機会を設ける。会社のパーパスと個人のパーパスを、照らし合わせる時間をつくる。
 こうした一つひとつが、会社のなかで社員が個性を発掘するきっかけになるという。
 原体験ができると、その人の中に火がともる。
 それが成長の加速や新たなWILLの発見につながり、「自律的に成長する個人」へと進化する。その影響が個人を超えて組織に伝播していくのだという。
「ミッションやパーパスから創業したスタートアップは、自分たちの会社はどうありたいのか、何を目指すのかが明確にある。
 だからこそ、働く一人一人に向き合って 『個のWILL』を引き出し、パーパスと接続させられるかが重要になります。
 これこそが、人的資本経営実装のポイントであり、規模が100人、300人、1000人と拡大しても非連続的に成長していくスタートアップの絶対条件なのです」(徳谷氏)
本特集では、エッグフォワードのクライアント支援事例から、大企業・スタートアップ・専門家集団という異なる組織の変革例をひもとくことで、「人的資本経営の実装」について掘り下げていきます。