2022/5/11

【必見】アメリカの「中絶問題」は、歴史に残る大事件だ

上智大学 総合グローバル学部教授(現代アメリカ政治外交)
アメリカが、真っ二つに割れている。
きっかけは、5月2日の米政治専門メディア「ポリティコ」による報道だった。内容は、連邦最高裁判所が人工妊娠中絶の禁止を合憲とする多数派意見の草案を、独自に入手したというもの。
6〜7月に下される予定の判決内容が事前にリークされ、その翌日にはジョン・ロバーツ最高裁長官が「草案は本物だ」と認めた。
人工妊娠中絶についてはこれまで約50年にわたり、1973年に最高裁で下された「権利を認める」という判決のもと運用されてきた。
ところが草案では、最高裁はその判決をくつがえす決定を下そうとしている。
あまり感覚的になじみがないかもしれないが、アメリカにおける人工妊娠中絶の是非は、日本の「憲法9条」に匹敵する、国を二分するテーマだ。
この問題は、日本ではそれほど報道が盛り上がっていないが、今後のアメリカ政治や社会を左右する重要テーマだ。
アメリカ政治に詳しい上智大学の前嶋和弘・総合グローバル学部教授による解説をお届けする。
INDEX
  • アメリカにおける「憲法9条」
  • 鍵を握る「最高裁」の判事構成
  • 福音派とトランプの蜜月
  • 保守の「永続革命」の時代

アメリカにおける「憲法9条」

アメリカにおける人工妊娠中絶への賛否は、日本の憲法9条のような答えが出にくいテーマです。
日本人は人工妊娠中絶容認が多数派かもしれませんが、アメリカには「絶対に禁止だ」と考える人が4割ほどいるとされます。
特に南部や中西部など宗教保守(キリスト教福音派)が多い地域では、その比率が高い傾向があります。逆に北東部には、容認派が多くいる。
そのエリアを色分けすると、レッドステート(共和党が強い州)とブルーステート(民主党が強い州)とほぼ重なります。
人工妊娠中絶はこの約50年、1973年の「ローvsウェイド事件」における「人工中絶権を認める」という最高裁判決のもと運用されてきました。
しかし、数年前から、オハイオ、ケンタッキー、ジョージア、ルイジアナなど南部や北西部の諸州で中絶を禁じる州法が成立していました。
今回の裁判は、ミシシッピ州で2018年に可決された「妊娠15週以降の人工妊娠中絶を禁じる」州法が、違憲だとして提訴されたもの。
確かに、従来の「ローvsウェイド」の判例に照らせば、ミシシッピの州法は違憲なはずです。ところが、最高裁が「合憲」とする草案が流出したことで、大きな問題になっているのです。
なぜ、過去の判例をくつがえして合憲とされたのか。リークされた多数派意見の草稿は、保守派のサミュエル・アリート判事が作成したものでした。
理屈はこうです。