2022/5/6

【キャリアの達人語る】なぜ、スキル向上の前に「SDCs」を考えるべきなのか

NewsPicks Brand Design Senior Editor
「メディア論」などで著名な、文明批評家のマーシャル・マクルーハンが「われわれは未来に向かって、後ろ向きに進んでゆく」と話したように、私たちの未来はより予測できないものとなった。
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「ムーアの法則」よろしく、指数関数的に発展するテクノロジーに、国や地域、そして人種を超えてグローバル化する社会ーー。
もはや、数年後にどんな企業や職種、仕事がビジネスを牽引しているのか、予想できない時代へと突入した。
そのような社会状況下で、既存の自分をアップデートするための「アップスキリング」の重要性が語られている。
人工知能やデータアナリティクスといったテクノロジーリテラシー、困難な状態においても進むべき道を示す強いリーダーシップ。
自分自身を見つめ直し、クセや思い込みをなくす「アンラーン」を行い、アップスキリングする時代がやってきたのだ。
さらに、新型コロナの感染拡大の影響により、社員の「アップスキリング」に取り組む企業も増えている。
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 社員一人ひとりをサポートし、自律的なキャリアを支援すれば、それが組織、ひいては企業の成長にも繋がるからだ。
 本記事では、そんな「アップスキリング」の重要性をひもとくべく、“キャリアの達人”の2人をインタビュー。
「自律型キャリア」への移行をうたう法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔氏、そしてキャリア市場を長年にわたって俯瞰してきたリクルート HR統括編集長の藤井薫氏から、アップスキリングへの向き合い方を聞いた。
INDEX
  • 大企業がキャリアオーナーシップ経営へ
  • キャリアは「棚卸し」ではなく「資本蓄積」
  • キャリアは「SDCs」の時代へ
  • キャリアに起きる、シフト・メルト・ビルト
  • 「結晶性知能」から「流動性知能」へ
  • 重要なのは「学び続ける能力」

大企業がキャリアオーナーシップ経営へ

──田中先生は、これまでビジネスパーソンの「キャリア」に着目して、様々な研究をされています。個々人では「ジョブ型」という働き方が勧められて久しいですが、企業はどのような状況でしょうか?
田中 3、4年前から「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」への移行が叫ばれてきましたが、企業もその動きにアジャストしています。
 まず、大きかったのは新型コロナの感染拡大。これをきっかけに、この2年で大企業がこぞって従業員に対して、主体的なキャリア形成を促すようになりました。
 つまり、言われたことをやる「受け身型人材」ではなく、自ら考え行動する「自律型人材」を育成しようとしている。
 社員が、自分の生き方や働き方に主体性を持つ「キャリアオーナーシップ」を持てるようになれば、一人ひとりの強みや専門性を高める自律型人材が生まれる。
 そして、結果的に企業全体の生産性を向上させられる、と期待しているわけです。
 こういったキャリア形成にかかわる企業のスタンスは、確かにコロナを契機として一気に変わったんですが、その予兆は以前からあったんですよね。
 その激震が走ったのは、2019年に、経団連の故・中西宏明会長が「自分のキャリアは、自分で築こう」といった主旨の発言をしたこと。
 そして同様のタイミングで、トヨタ自動車の豊田章男社長も「日本型雇用の制度疲労と限界」について語りました。
 その頃から、伝統的なキャリア育成から脱却して、より外部環境の変化に合わせて柔軟に働き方を変えられる「プロティアンキャリア」に、注目する企業が増えてきました。
 つまり、自分自身のキャリアにオーナーシップを持ち、柔軟性を持ちながら、「自分は何をしたいのか」をしっかり認識して働く。
 そして、コロナがトリガーになった。
 今では、日本の時価総額の上位企業を見渡しても、キャリア自律を促す組織開発支援など、何かしらの形で「プロティアンキャリア」の概念を取り入れる企業が増加しています。
 実際、私自身も昨年だけで、ソニーやソフトバンク、NTT、みずほ銀行など、多くの大企業から相談を受けています。

キャリアは「棚卸し」ではなく「資本蓄積」

──ここまで企業が率先して「キャリアオーナーシップ」を支援し、自律できる人材を求めているとは知りませんでした。一方のビジネスパーソンにはどんな意識改革が必要だと考えますか?
 まず、キャリアオーナーシップを持って、自律型人材へと変わりたいのであれば「未来」を見なければなりません。
──「未来」ですか?
 そう。キャリアを考えるための研修をするときって、よく“棚卸し”から始めることが多いんです。でもそれって「過去」を見るという意味ですよね。
 もちろん、キャリアの棚卸しは、自分の仕事観を俯瞰したりするためには重要です。
 しかしキャリアオーナーシップを持って、未来を選択していく自律型人材になりたいのであれば、棚卸しのような「過去分析」だけでは足りないんです。
 自律型人材であれば、キャリアを戦略として捉えるべきです。これまでの職歴や仕事を「資本の蓄積」として、それをどうレバレッジすればグロースできるかを考える
 それが、これから求められる自律型人材の姿だと考えています。
──キャリアを資本の蓄積と捉えるのであれば、スキルなど、何かしらアップデートすれば、価値が生まれるということでしょうか?
 自分自身のキャリアに対して、資本を積み上げる必要があるため、社内だけでなく社外での複業や、時には「アップスキリング」「リスキリング」も必要でしょう。
そこで、やってはいけないのが「とりあえず、アップスキリングだ!」と、なり振り構わない形でキャリア資本の蓄積に励むこと。
 世界情勢や社会変化、時代性、地政的な面から、レバレッジが効きやすいキャリアの資本は変化します。その差を捉えたうえで、資本は選んだほうがいいですね。

キャリアは「SDCs」の時代へ

──社会も企業も、個人でさえも、多様化や複雑化しているのに、レバレッジが効くキャリア資本とか、簡単に見つけられるものなんでしょうか?
 よく「VUCAの時代に、未来は予測できないよね」なんてよく言われていますが、私はそうは思いません。
 少なくとも今、メタバースやブロックチェーン、電気自動車などが誕生しているので、そういった点から未来の社会を左右する大きな動きの予兆には気づけますよね。
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 そうすれば、どの職種、領域、市場の価値が高まるかも見えてきます。
 社会情勢をしっかり分析する的確な目を養うためには、“視野”のアップスキリングは絶対に欠かせないと思います
 また、「3年後にどうなりたいのか」「どんなキャリアを形成していきたいのか」という、個人の“パーパス”も設定すべきですね。
「みんなが、プログラミングやっているから」と、漠然とスキルアップに励む人もいますが、それは本当に自分のパーパスなのか?
 私は、キャリアの開発も持続可能でなければならないと考えています。「SDGs」ならぬ「SDCs(サステナブル・デベロップメント・キャリアズ)」です。
「SDCs」を考えるのであれば、視野を広げ、本人がやりたいと思えることに、キャリア資本を蓄積するヒントがあるのではないでしょうか。
──なるほど。では、自律型人材がこれから増えていけば、自分のキャリア資本も増やせるし、企業としても生産性を上げられますし、いいことずくめですね。
 実は、そこに一つ落とし穴があります。
 自律型人材が多くなり、一人ひとりがパフォーマンスを最大化させると、ポジションに関係なく多様な能力を用いて成果を上げようとしますよね。
 そのとき、ボトルネックになる可能性があるのが「ジョブ型」の雇用制度です。
──どういうことでしょうか?
「ジョブ型」は仕事の役割を限定することで、生産性を上げます。すると、自分のポジションに関わる仕事しかしなくなる可能性がある。
 いくら、生産性の高い自律型人材が多くなっても、自分の領域以外には無関心になる人ばかりの集まりなら、企業や組織としては機能しません。
 サッカーにたとえるなら、いくらシュート精度の高いストライカーでも、パスがこなければゴールできません。味方が攻められているのに、パスばかり待っているメンバーが多くなると、当然企業の競争力が落ちてしまう。
 自律型人材とは、自分勝手にキャリアアップやアップスキルを重ねていく人ではありません。企業に属している以上、目的は個人と組織の関係を最適化して、良いパフォーマンスを出すことです。
 その「アップスキル」が会社にどんな影響を与えて、クライアントにどんな価値を提供できるのか? そこまで見据えて、創造的なキャリア開発に取り組むことが大切なのです。

キャリアに起きる、シフト・メルト・ビルト

──藤井さんは、これまでキャリア市場の変化や、変遷を見られてきていますよね。昨今、どんな変化が起きていると感じますか?
藤井 私は、キャリア市場は「社会構造の変化」の写し鏡であると考えています。
 その点からお話しすると、キャリア市場には「シフト」「メルト」「ビルト」という3つのキーワードがあります。
 まずは「シフト」です。
 社会構造の不可逆な変化を「働く」という点から捉えると、二つの注目すべきポイントがあります。
 一つは、生産年齢人口の急速な減少です。少子高齢化で、量的にも質的にも人材不足が進み、多様な人材の才能開花をさせるには、待ったなしの状態です。
 もう一つは、企業寿命の「短命化」と職業寿命の「長命化」。つまり、企業寿命と職業寿命の逆転です。
 既存事業のコモディティ化によって企業の短命化が進む一方で、働く個人の職業寿命は長命化しています。実際に、80歳や90歳まで生きがいを持って働きたいと考える人も増えましたよね。
 人生100年時代。健康寿命と職業寿命の延伸によって、「生涯現役で働きたい」「働けるうちはいつまでも」という声も、年々高まっています。
 企業の寿命は20年程度しかないと言われていますが、職業人生はそれよりも確実に長いわけです。
 となると、働く人々は、企業を2~3回くらい渡り歩くのが当たり前になる。つまり、社会構造の変化は、キャリアデザインの主導権や、働き方・生き方を決める主権が、会社から個人にシフトするのです。
 そして社会構造が変化すると、転職市場も変容します。キーワードは「メルト」です。
 最近は、自動車会社が製造業ではなくMaaS(Mobility as a Service)へ移行しているという話をよく聞くようになりました。要するに、移動自体をサービスとして捉えているわけです。
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 SIerがDXの上流に入っていったり、Amazonが「AWS」のようなビジネスモデルを展開したり、これまでとは、全く新しい成長領域を目指している。
 そうした意味では「あの会社は製造業である」「この会社はECサービス」と単純に言い切れません。いわゆる、Industry Transformation(IX)があらゆる企業で加速しています。
 IXが加速する中で、企業はこれまでと異なる市場やバリューチェーンに進出する際に、社内にはいない知識を持った人材や、スキル・経験を持った異能人材を積極的に採用しなければなりません。
いわゆる「越境採用」です。働く個人も、自らのスキルや経験が陳腐化するまえに大いに活用し、新たな成長領域への越境転職が増えるでしょう。
いまやキャリア市場は、既存の業種や職種の壁が溶け出し「メルト」しているのです。
──既存のキャリアを越境するような転職事例が増えているわけですね。
 弊社の「リクルートエージェント」が発表している2020年のデータを見てみると、異業種にもかかわらず異職種に「越境転職」している人が全体の36.1%に達しています
 20〜24歳に着目すると、なんと52%です。「異業種×異職種」の転職は、過去最多レベルに高まっています。
 これまでは「転職組=即戦力」というイメージが先行して「同業種×同職種」の人材じゃないと話にならない、と思われがちでしたが、実際は違う。
 現在においては、業種や職種といった違いは関係なく、特定の「スキル」があれば採用されている傾向が強まっています。
 転職市場の壁が「メルト」すると、キャリアの在り方も変容します。キーワードは 「ビルト」あるいは「リビルド」です
 転職市場の壁が融解し、異業種・異職種への越境転職が当たり前になると、越境のためのキャリアの再構築、いわゆる「リビルド」が不可欠になってきます。
 アスリートの世界では、冬季五輪でスピードスケートやモーグルで活躍した選手が、夏季五輪では競輪競技で活躍しているケースを目にすると思います。
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 競技は異なっても、活躍するための筋肉や、身体スキル、トレーニングに臨む姿勢などは、両競技を越境して持ち運べるスキルだからです。
 転職市場では、これを「ポータブルスキル」と呼んでいて、このスキルをいかに自らが可視化して、異なる領域に適応できるかが、越境転職時代にキャリアを再構築する、つまり「リビルド」する重要なものと考えています。

「結晶性知能」から「流動性知能」へ

──多くのビジネスパーソンは、ポータブルスキルを持っているものなんでしょうか?
 これまで仕事をしてきた方なら、程度の差はあれど、何かしら業種・職種を越えて持ち運べるスキル、いわゆるポータブルスキルを持っていると思っています。
 課題設定や計画立案、実行などの「仕事の仕方」、社内外の人との周囲の人との「関わり方」「環境変化への適応の仕方」などを、まずは丁寧に棚卸することによって発見できると思っています。
 一方で、越境転職時代に課題になるのは、これまで培ってきた知識やスキル・経験の「アンラーニング」です。
 アンラーニングは「学習棄却」と訳されることもありますが、ここでは「学びほぐし」「学習再編集」の意味として使っています。
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「異業種・異職種へ越境転職するから、過去のスキル・経験を捨て去れ」という意味ではありません。課題は、過去のスキル・経験をメタ認知して、新たな領域で活用できるように、再編集する必要があるということです。
 今までの日本企業では、既存事業の長期安定を前提として、同じ業務をミスなく繰り返すことが重要でした。そして、それが生産性向上に繋がっていた。
 つまり、訓練を重ねて、己の技を磨きに磨いた「結晶性知能」が競争力の源泉として重要だったわけです。
 ただその反面、変化の時代には、そのこだわりの固い知性が弱点になってしまいます。
 特に現代においては、新しい情報やスキルを獲得し、これまで培ってきた経験やスキルをスピーディーに組み合わせ、編集・適応する「流動性知能」を養わないと太刀打ちできないのではないでしょうか。
 つまり、一人ひとりが自分のスキル・経験を学びほぐして再構築し、「アップスキル」をしていく姿勢を持つことが大切だと考えています。
 でもそのためには、まずどんなスキルや価値が高いのかを「見立て力」が必要でしょうね。
 顧客価値への貢献によって金銭報酬が得られるというのはどの時代も同じですし、そこに誰よりも早くフィットすれば高いリターンが約束されます。
 「見立て力」とは、物事を俯瞰して構造的に課題を特定する力です。例えば、企業やサービスをデジタルで変革する「DX」はIT化自体が目的ではないですよね。
 その本質は「BX(Business Transformation)」であり、実はビジネスモデル変革による顧客体験の深化であることに、気づく必要があります。
──「見立てた」後は、何をすればいいでしょうか?
 その次は、見立てた顧客課題を解決する新たな仕組みを素早く投入し、リソース配分など戦略を立てる「仕立て力」や、グロースするために現場を「動かす力」もあるといいですよね。
 実際にそういったスキルを持っている方々は、キャリア市場でも評価が高い。
 これは、もちろん一人で全部持たなければならないわけではありません。
 自分の内側にある経験やスキルを深く見つめる「内観」。自分の適性・持ち味とマッチした成長機会を業種・職種を越えて広く見つめる「外延」
 この内観と外延の結び目にあるものがどれか一つでもあれば、それを磨いていけばいいと思います。
「見立て力」に長けていれば、リサーチやマーケティングを選べばいいし、「仕立て力」ならば、アイデア企画や開発系の仕事。
「動かす力」が強みならば、チームビルディングやプロジェクト・マネジメント系の仕事が適しているかもしれません。

重要なのは「学び続ける能力」

──なるほど。これまでのお話を整理すると、自分のキャリアアップに直結するようなスキルは、そう簡単に身につけられるわけではないんですね。
 そうとは限らないスキルもありますよ。
 特に、今STEM教育は非常に注目されていますし、プログラミングはもちろんのこと、Tableau(タブロー)のようなBIツール(Business Intelligence Tool / ERPや基幹システムに蓄積されたデータを分析するツール)を使えるのであれば、キャリアアップに直結するでしょう。
 今、日本だけがDXに遅れているといわれているわけですから、それに関するスキルは当然キャリア市場からの価値が高い。
 もっと言うと、プログラミングなどデジタルスキルや、顧客体験を深化するためのデジタル利活用といった知識に関する「アップスキリング」は避けられない。
 これは、多くのビジネスパーソンが直面することになると思います。
 ただ、私は「アップスキリング」にしろ「リスキリング」にしろ、打ち上げ花火のように単発で終わらせてはいけないと考えています。
 重要なのは「学び続ける能力」です。これは、25年ほど前から、シリコンバレーで言われている話でもあります。
 イソップ物語のウサギとカメの話にたとえるなら、「サボらないウサギ」にならないといけない、ということですね。
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 足が速いという価値の高いスキルはもちろんですが、サボらないという態度も必要。
 かつて「自動車がこれから来る」という時代に、「馬しか乗らない」と固執した人は、きっと時代に取り残されていたでしょう。
「アップスキリング」をし続けていれば、前述した越境転職のように違う領域、新たな可能性を見出すこともできる。
 これまでやってきた仕事に執着せず、能動的に選択肢を広げていけば、結果的にキャリアの幅も広がっていくと考えています。