2022/5/10

【大前研一】これからは「構想力」の時代だ

NewsPicks Brand Design editor
 AIによって、既存の仕事の約半分が失われる。そんな予測を耳にしながらも、「自分の仕事は大丈夫」「だいぶ先の話だろう」とあぐらをかいている人は、実は少なくないのではないか。 

 しかしその変化の波は、すでに到来している。そう語気を強めるのは、ビジネス・ブレークスルーの代表取締役会長で、日本の「稼ぐ力」に対して多くの提言をしてきた大前研一氏だ。 

 2045年に到来するとされるシンギュラリティ以降も“食いっぱぐれない”ために、どのような準備が必要なのか。現政権が抱える問題から、到来する社会構造の変化、変化を生き抜くために必要なスキルまで、大前氏が語る。

岸田政権は資本主義を理解していない

「皆さんはいま、社会の構造が変わる大きな転換期にいます。それを見誤ってはいけない」
 そう語るのは、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長で、世界的経営コンサルタントの大前研一氏だ。
「現在の岸田政権は、その社会構造の変化はおろか、資本主義が何かすらわかっていないんじゃないか。そう思ってしまうほどに、的外れな政策が乱発されてきました。
 その顕著な例が、2022年4月に始まった『賃上げ促進税制』です。これは、賃上げを表明した企業が、税制面で優遇されるというもの。
 資本主義の大前提は、自由なマーケットです。それなのに岸田政権は、雇用において最も神聖なファクターである給料に、堂々と介入している。これはもはや、自由主義経済の破壊行為と言っていい。
 そもそも生産性の向上無しに賃上げをすれば、企業は競争力を失うことは自明のことです。
 さらに驚いたことに岸田政権の政策が、物品調達や公共工事などの政府調達の入札の際にも、賃上げを表明した企業を優遇するというもの。これも、明らかにおかしいでしょう。
 生産性が上がったわけでもないのに賃上げした企業は、人件費が増えますよね。つまり入札価格も高くなる。極力安い価格で発注するのが大原則である入札の世界で、わざわざ入札価格が高い企業を優遇する、と。
 こんなにも資本主義の大原則を無視したおかしな政策が出されているのに、メディアや経済学者も黙っている。専門家がきちんと批判して、正していくべきだと思います」(大前氏)

第四の波は、すでに到来している

「このような的外れな経済政策は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。それ以前に、日本経済が停滞して前に進めていない原因は、なんなのか。
 私が強調したいのは、人類社会の大きな構造変化の『第四の波』が到来しているということです。
 政治家を含めた多くの人が、この社会構造の抜本的な変化に気づいていないからこそ、日本経済がさまざまな点で立ち行かなくなっているのです」(大前氏)
 第一から第三の波は、聞いたことがある人も多いかもしれない。
 これはアメリカの未来学者であり、生前は大前氏も親しくしていたという故アルビン・トフラー氏が提唱した考え方で、人類社会が、第一の波(農業革命による農業社会)、第二の波(産業革命による工業社会)、第三の波(情報革命によるIT社会)を辿って発展してきたとするものである。
「そのトフラー氏の理論を発展させて、私が提唱しているのが第四の波。
 シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的特異点)に到達することで、IT社会から、AIをベースとしたサイバー社会に、世の中の構造が転換するということです」(大前氏)
 大前氏によると、日本は第四の波によって訪れるサイバー社会はおろか、その前段階のIT社会にも適応できていないという。
「コンピュータが普及して情報革命が起きると、コールセンターやデータ入力などの単純業務に、多くの人が雇用されました。
 しかしその後半では、主に欧米ではそういった業務は標準化され、RPA(Robotic Process Automation)やSaaSサービスに置き換わり、自動化されていった。
 ただ日本の場合は単純業務が属人化し、その自動化すら進んでいません。日本がIT社会にも乗り遅れている間に、世界は次の時代に突入しているというわけです」(大前氏)

プロフェッショナルこそ、危ない

 では、そのIT社会とサイバー社会は何が違うのか。IT社会で単純作業がツールに置き換わった一方で、サイバー社会では単純作業だけではないさまざまな仕事が、AIに取って代わられるという。
「よく耳にするAI脅威論か」と思う人もいるかもしれないが、この変化はもうすでに起き始めている。
「皆さんご存じのライドシェアのUberの動きを見ると、顕著にその傾向がわかります。
 Uberはいま、大量の運転手を集めています。ですが、基本的には個人事業主という形をとらせ、従業員にはしない。
 それと同時並行でUberが投資しているのが、自動運転レベル5(完全無人運転)を実現させるための研究なんですね。つまり、いま大量に雇用している労働力を、手放すための投資をしているんです。
 Amazonが、倉庫管理の人材を大量に雇いながら、倉庫の無人化に向けた投資をしているのも、全く同じ構図です」(大前氏)
 さらにサイバー社会における特筆すべき事項は、弁護士や医師、教師といった「プロフェッショナル」と呼ばれる仕事こそが失われる脅威にさらされる点だ。
「たとえば、教師。指導要領通りに教えるような授業では、各教科に教え方がうまい先生が一人いればいい。一度授業をしたものを録画して流せばよく、他の先生は補講や進路指導、心理相談の役割を担うことになるでしょう。
 そして意外かもしれませんが、弁護士などの士業全般が要らなくなります。大量の法律や判例を暗記するのは、まさにAIの得意分野ですから。
 すでにアメリカやカナダでは、司法の場にAIが取り入れられています。『このケースはこの論拠で戦いなさい』とAIがアドバイスしてくれるんですね。
 AIをうまく活用して、経験の浅い若手の弁護士も活躍できるようになっているとの話も聞いています」(大前氏)

AIの弱点である「構想力」

「答えのある仕事」のほとんどがAIに取って代わられる、第四の波の時代。そんな時代にも“食いっぱぐれない”ためには、どうしたらいいのか。
「サイバー社会で“飯のタネ”になるのは、人間にしかできない仕事。コンピュータは記憶には強いですが、“0から1”を生み出すことには弱い。
 だからこそ、見えないものを見る力、『構想力』が求められるのです。
 構想力を活かし、AIにも取って代わられない仕事の例としては、事業を生み出す起業家や、作品を生み出すアーティスト、クリエイターなどが挙げられるでしょう」(大前氏)
 また、構想力がなくても、AIが苦手とする領域はある。介護や出産・育児支援、保育士やカウンセラーなど、人間らしいホスピタリティが求められる領域だ。
「約20年後に起こるシンギュラリティ以降も、構想力を用いて新しい何かを生み出すか、AIが苦手とする領域の仕事に就けば、何も恐れる必要はありません。しかし問題は、日本の教育が全くそれに気づいていないことです。
 いまだに学校は、偏差値という意味のない指標を導入しています。そして、スマホとAIの登場でほとんど意味をなさなくなった記憶力を評価する教育を施している。
 文科省の本来の役割は、20年先を予見して現在の教育に活かすこと。しかし第二の波である工業化社会で成功を収めた日本の省庁は、いまだにその成功体験を引きずったまま、変わろうとしません。
 政治の世界も抱えている問題は同じ。正解がないサイバー社会では、政府は国民の邪魔をしないように、規制を撤廃するのが仕事です。
 堂々と市場に介入してくる岸田政権の『新しい資本主義』が時代錯誤であるとの主張には、こうした背景があるのです。
 今後も労働生産性が上がらず、産業競争力を失って世界的な地位は落ちていく一方でしょう。
 そのような日本だからこそ、一人ひとりが危機感を抱いて、自分の価値を上げるために『構想力』を身に付けなければならないんです」(大前氏)

学びと実践で「構想力」を身に付けよ

 AIが人間の能力を上回る転換点、シンギュラリティ以降を生き残るために、ビジネスパーソンに必要とされる「構想力」。今も昔も学校では学ぶことのできないこの構想力を、大前氏から直接学べる講座がある。
 それが、ビジネス・ブレークスルーが2022年7月に開講する「大前研一構想力講座」だ。
 経営者やリーダー層を対象に、「答えのない時代にゼロから『構想』する力を研究し自ら実践する」ことをテーマに据える。
 講座は「構想力研究」と「実践ワーク」、「事業構想プラン」の3つのコンテンツから成る予定で、1年かけて行われる。
 特徴的なのは「実践ワーク」。時には宿泊も含め、軽井沢市、飯山市・小布施町、横浜市、千葉県銚子市・九十九里浜、熱海市等、変化が起こり始めている場所を視察する。
 参加者同士でのグループワークやその地に精通した有識者も交えながら、構想力を用いてその土地をどう変えられるのか、実践的な学びを得る。
 さらに「事業構想プラン」では、自らの事業構想プランにフィードバックをもらえる講義もセットされている。
「シンギュラリティが訪れたときの人間の役割こそが、『構想力』です。この力を持った人材が生き残れる。
 この講座は、一度きりの講座です。 1年間かけて、私と一緒に新しい未来を構想したい。そんな熱意あふれる人の応募を待っています」(大前氏)