【本田圭佑】俺にとってサッカーは人生のウォーミングアップだ

2014/11/14
本田圭佑はサッカー選手としてACミランと日本代表でプレーする傍ら、サッカースクールを経営する「経営者」としての顔がある。2012年にスタートした『ソルティーロ』はわずか2年半で30校を超え、驚くべきスピードで拡大し続けている。2018年のW杯に向けて新たなスタートを切った今、本田は何を考えているのか? 日本代表の親善試合に向けて帰国する際、ミラノ国際空港で5つのテーマについて話を聞いた。
空港で取材交渉に成功
2014年11月9日、ミラノ──。
マルペンサ国際空港の荷物検査の出口で待っていると、ワインレッドのスーツを着た本田圭佑が現れた。左手に黒皮のハンドバッグ、右手に黒皮のスーツケース。いつもの出張スタイルである。
「今日は話をせえへんで。さっきも突っぱねてきたところだから」
どうやら空港の外でも記者から質問が飛んだらしい。いつもならばここで試行錯誤しながら、なんとかサッカーについて質問を投げかけ、言葉を引き出そうと躍起になっていただろう。だが、今回は“いつも”とはテーマが違うのだ。経済メディア「NewsPicks」の取材であり、ビジネスパーソンに向けた話がテーマである。変化球は必要ない。空港のロビーを歩きながら、思いっ切り直球を投げ込んだ。
──今回は本田圭佑の経営論を聞かせてほしい。日本のビジネスパーソンに話しかけるつもりで質問に答えてほしい。どうかな?
サングラスをかけた本田の表情が少し緩んだ。
「まずはそっちの話を聞こか」
約3ヵ月前、筆者は「新たに立ち上がった『NewsPicks』編集部に参画することになった」と伝えていた。その際、本田からかけられた言葉が「盛り上がるといいね」。きっとこの新経済メディアの存在を覚えていてくれると思った。
──経済メディアに入って感じたのは、ビジネス界にも本田君と同じような思考をしている人間がたくさんいるということ。ビジネスパーソンとすごく親和性があると思うんだ。
「わかった。で、何が聞きたい?」
こうして「NewsPicks」にとって初の本田圭佑直撃取材がスタートした。
──まずは本田圭佑の経営論を聞かせてほしい。
本田 「経営論をここで話したら切りがないよ。しかも経営なんて全然そこまで、まだ語れるほどのレベルじゃないし。ただ、まあ勉強している最中ではあるよね」
──いろんな本を読んだり、人に会ったりとか?
本田 「うん。おもしろいよね、そういう意味では。サッカーを始めた頃を思い出すような」
──本田君はサッカースクールをものすごい勢いで増やしている。なんでそんなに数やスピードにこだわるんだろう。
本田 「スピード感にこだわる理由は、多分、誰もが理解していて、時間は有限やからね。時間はいくらあっても足りるものじゃない。人間ひとりの人生でやれる仕事なんて限られているわけで。『じゃあ、どこまでやれるかやってみよう』というスピード感でサッカースクールを今やっている」
──当然、その先のビジョンがある?
本田 「それはもちろん(笑)。ゴールを定めずに全力疾走するようなことしないでしょ」
──2018年ロシアW杯までに300校という目標を打ち出していて、さらにその先には世界的なビッグクラブの創設を考えていると聞いている。そういうゴールから逆算すると、このスピードじゃないと間に合わないと。
本田 「むしろ常に理想には追いついてない、という感覚はあるけどね。それは経営面でも」
ここで本田がロビーで足を止めて、「ずっと言っておきたいことがあった」と切り出した。
本田 「サッカースクールについて1度言っておきたかったことがあって。自分がやっているのは、普通のサッカー選手がやっているサッカースクールの関わり合いと、多分、違うと思うのね」
──というと?
本田 「おそらく『名前を貸しているだけ』とか、『フランチャイズでやっている』と思っている人が多いと思うんですよ。俺はお金だけちょっともらって、と思っている人が多いと思う。けど、そうじゃないからね」
──確かに練習メニューまで、本田君本人が考えているそうだね。
本田 「いろんなことにこだわってやっているし、真剣なプロジェクトとしてやっていて、ビジョンにこだわってやっているわけで。逆に聞きたいけど、サッカースクールって儲かると思っている?」
──儲から……ない?
本田 「だって収入は何? 選手の月謝。それ以外にないよね。どうやって儲かるの。月謝ナンボ取るの」
──月謝には相場があって、『ソルティーロ』より高いところはいくらでもある。
本田 「しかも何十人に給料を払っているの。それぞれのスクールに常駐しているコーチは1人じゃないよ。コートは自前じゃないよ。まあ、稼いでるふうに思われるのも、ちょっとシャクやなと思っていたんで。お金のためにやっていると思われたら、たまったものではないから」
──そこは誤解されがちかもしれない。ビジネスという意味では。
本田 「お金のためにやっているのはCMやん。当然、ビジネスでしょ。そこはきれいごとではないと思う。むしろそういうもので得たお金を、スクールに投下しているよね。で、みんなが興味あるのは、なんのためにそれをするの? ということだよね」
──誰もがそこに興味を持つでしょ。
本田 「当然、その話も長くなる」
ここで空港のゲートに到着した。ただ、まだ搭乗までには約1時間ある。
「ここお茶できるのかな?」
カフェの前で、本田が唐突に切り出した。「じゃあ、いっしょにお茶しますか」と返してみると、本田がプッと吹き出した。
「お茶しましょうってホンマ、ジャーナリストとお茶することなんてないでホンマ」
──たまには情報交換を(笑)。
「最後にお茶したのはモスクワ? 夏だったかな?」
筆者はロシアに約20回押しかけ、2011年6月、本田が住むマンションのオープンカフェでエスプレッソを飲みながら話を聞いたことがあった。それ以来の“お茶”である。
本田がイタリア語で店員に訊いた。
「ポッソ・アベーレ・カフェ? ノン・クア? アリベデルチ」
どうやらその店はまだやってないが、横のカフェが開いているらしい。ハンドバッグから本田が100ユーロ札を取り出し、「トレ・カフェ、コン・アグア・ナチュラーレ」(エスプレッソ3つとガスなしの水)と注文した。ちなみになぜ3つかというと、いっしょに『エルゴラッソ』紙の西川結城記者もいたからだ。ここからは3人で雑談のような取材になった。
「サッカーの話はしいひんよ」と言いながら、本田が腰を下ろす。
本田 「前にも言ったと思うけど、自分にとってサッカー選手はウォーミングアップだから。人生のごく一部。だから多くの記者は質問を間違っているのよね。訊くべき質問はドリブルじゃないのよ」
──こっちの興味がズレていたと。
本田 「だって俺が何歳で会社作ったか知ってる? (星稜高校を卒業して)名古屋グランパスにいたときだからね」
──そんなに早く! 20歳前後でそこまで計画していたとは。
本田 「本気で政治家を目指していたこともある。もし政治家を目指したら、話題になったりインタビューを受けたりして、そこそこのところまで行けたと思うよ。自分の強みをわかっているから、どんな分野でも成功できるという自負がある。でも、総理大臣になれるかはわからないでしょ。石原(慎太郎)さんほどの人だって総理大臣になれていないわけだから。運や派閥といった要素も絡んでくる。そういうこともあって、政治家ではない世界の動かし方もあるのかなってね」
──選手としてだけでなく、人間・本田として「国境を越える」というイメージがあるのか。
本田 「スクールも近い将来、海外に作ろうと考えているからね。そこに日本人の子どもたちがいるだろうし、もちろん現地の子どもたちもいる。自分には、たくさんの人に影響を与えたいという思いがある」
──確かにいろんな国で日本のきめ細かな育成をしたら、おもしろそうだ。
本田 「今は選手として、国と国をつなぐ外交官という意識もある。アントニオ猪木さんだってそうでしょ?」
──賛否両論あるだろうけれど、プロレスを通して日本と北朝鮮のパイプになっている。
本田 「今、日本のCMで自分の卒業文集が使われて、本田圭佑のバックグラウンドが日本では知られるようになった。世界でもそれが知られれば、もっと自分のゴールを実現しやすくなる」
──そんなことを考えているんだ。
本田 「今シーズンが始まる前にアメリカに行ったとき、そこではいろいろな人に会った。みんなが驚くような人もいた。それも将来のビジネスに向けた布石のひとつ」
──ちなみに誰?
本田 「そんなん甘いわ! 簡単には教えられへん。まあ、現役選手だからこそ会えた部分があったと思う」
このカフェでの雑談中、本田が何度も口にした言葉がある。それは「自分は凡人」ということだ。
サッカー選手としてメッシのように足が速いわけではなく、ロッベンのようなドリブル力もない。ガンバ大阪のジュニアユースからユースに上がることができず、祖父母からプロを諦めるように言われた。それでも自分を信じて走り続け、ACミランの背番号10に辿り着いたのである。
本田 「昨日もトレーナーの前川(修毅)さんと話していたんだけど、自分は凡人やから。メッシやロッベンみたいに特別な能力はなくて、人間力だけでここまできた。だから自分が行動することで、多くのサッカー選手に希望を与えられると思う。こんな凡人でも、そこまで行けるんだって。ただし、さっきも少し触れたように、自分の強みというのはわかっていて、それを最大化してきたというのはあるけどね」
本田はあえて宇佐美貴史の名をあげた。
本田 「宇佐美はバイエルンにいて、ホッフェンハイムにいるときにドリブルからものすごいシュートを決めた。すごい才能がある。なのになぜチームが『契約延長をお願いします』とならなかったのか。そこをもっと問題視すべき。まあ最初に行くのが守備が求められるドイツではなく、のびのびやらせてもらえるオランダだったら違ったのかもしれないけれど」
以前、本田は「目標までの道のりをイメージできたら、もう成功したようなもの。それに必要な努力を自分は絶対にできるから」と言っていた。そういう意志の強さと実行力こそが本田の強みであり、Jリーグの若手たちが見習うべき部分だ。
本田 「スティーブ・ジョブズや孫正義さんといった人たちも、それぞれ自分のスペシャルなところを生かして、その地位まで行ったんだと思う。ジョブスや孫さんのようになりたいわけではないけれど、自分も20年後に若い選手たちからそうやって見てもらえるような存在になっていたら嬉しい」
リーダーシップも、本田の強みのひとつだ。
本田 「何かやろうぜと言ったときに、周りがついてくるのがリーダーシップ。それも才能のひとつ。俺なんて、幼稚園児のときから、まわりを仕切っていたから。他のグループに公園を取られないように、『お前は砂場、お前はジャングルジム』って配置を指示してね」
ただし今、本田はそのリーダーシップをあえて封印しようとしている。自分の成長に全エネルギーを注ぐためだ。
本田 「これまでははっきり言って、オランダでも、ロシアでも、監督の領域の仕事までやっていた。落ち込んでいる選手がいたら声をかけて励ましたり、逆に油断している選手がいたら檄を飛ばしたりね。でも、今はそれをやっていない。昨季バロ(バロテッリ)に声をかけていたようなことはしていない。なぜなら自分の成長に集中したいから」
ブラジルW杯の惨敗を受け、本田は「新たなものさし作り」に取り組むと宣言した。ゲームメイク中心のプレースタイルから、とことん点にこだわるスタイルに転換したのだ。
本田 「今は自分を伸ばすことに挑戦している。年齢を考えると、次の次のW杯はない。この4年に集中したい。そこに向けてのプロジェクト。このまま行けば、みんなが驚くようなプレイヤーになることが自分にはもう見えている。もちろん簡単じゃないよ。でも、そのためにトレーニングがあるわけで。1日、1日、そこに近づいていけると思っている」
10番の左足にチームの命運がかかる。(写真:Italy Photo Press/アフロ)
では、本田はどんな選手を目指しているのか? 本田はこの取材前日に行なわれたサンプドリア戦の1シーンを例にあげた。
本田 「ひとつだけ言うと、サンプドリア戦でメネズにパスを出したシーンがあったでしょ。あのときシュートを打つこともできたけど、もうその力が残ってなかったのよね」
前半32分、本田は縦パスを受けるとうまく反転して抜け出し、一気にゴール前に迫った。だが、シュートを打たず、FWのメネズにパス。結局メネズのシュートは相手DFに当たってゴールにはならなかった。本田らしからぬ消極的な選択だった。
本田 「試合後にYouTubeで何度も見返したけど、あのときは他にも選択肢があった。もしあそこで体力が残っていたら、優先順位が変わっていたと思う。あそこでシュートを打つフィジカルを身につけたい。そうすれば大事なところでチームを助けられる選手になれるから」
本田はブラジルW杯でチームを救えなかったことを悔やんでいた。
本田 「W杯のコートジボワール戦でゴールを決めたといっても、まだ早い時間帯にトラップでちょっとかわして決めただけだから。そうではなく、チームが苦しいときに助けられる選手になりたい。たとえばギリシャ戦では、あれだけ押し込みながら、あれだけ支配しながら、日本には何かできる選手が自分を含めて1人もいなかった。勝負強さみたいなものは、自分はもともと自信がある。だからもっとフィジカルがあれば、試合の中の少ないチャンスをすべて生かすことができるようになる。この4年間でその力を身につけたい」
すでにその取り組みは結果として表れている。セリエAで6ゴールをあげ、これはチームトップの数字だ(リーグでは4位タイ)。
ただし、新たな壁にもぶつかっている。ここ4試合はゴールがなく、チームも3分1敗と調子を落としている。
本田 「ミランは読まれてきたよね。今のミランのサッカーは読みやすくて、どこを潰せばいいかわかりやすいから。バイエルンだったらラームが後ろから上がってきたりして、後ろから人が湧いて出てくるけれど、ミランの場合、基本的に前の4人だけを抑えればいい。デヨングが上がったりしてこない」
縦に速く攻めるときも、バイエルンとミランには大きな違いがある。バイエルンは味方からの手厚いサポートがあるが、ミランにおける本田は相手を背負い、バックパスの選択肢しかない状態でパスを受ける場面が多々ある。
本田 「バイエルンは攻撃が速いのに、ボールを失わないよね。めっちゃ速いわけじゃないけど、選手のセンスがいいのと、サポートがいい。サポートの位置がすごくいいから、まず選手が自信を持ってファーストタッチをできる。俺みたいに最初から相手の守備にハマっているなと思っていると、勇気あるファーストタッチがなかなかできひん。勇気を出して持ち出すと取られるんじゃないかなとか思ってしまうから。どうしても消極的なマイナス方向のトラップになってしまったりする。それがバイエルンはサポートがいいから、勇気あるトラップをできているよね」
ミランの攻撃は一言で言えば、ピッチを広く使うサッカーだ。長いパスをつなぐことが求められ、ショートパスを好む本田のスタイルとは異なるやり方だ。ミランでの最初の半年間、本田が適応に苦しんだ理由のひとつでもある。だが今季、本田はあえてそれを学ぶ姿勢に切り替えた。
本田 「自分のパス回しの考えは、あえて言えばバルサ。パスを出したあとに少し動いてコースを作って、それを2人が連続して行なえば、どんなに狭い場所でもボールを取られないでしょって考え。でも、ミランは違う。選手が離れて、30メートルのパスを止めて、すぐに蹴るというパス回し。相手が寄せてきたら体をぶつけてキープして、パスを出す。そんなにコネなくていい。正直、日本人選手がそれをやるのは厳しいし、自分も慣れていない。ただ今は、こういうパス回しもあるんだって、それを学習しているよね」
当然、日本がロシアW杯で結果を出すには、本田の力だけでは足りない。若手たちの成長が必要だ。
本田 「前の自分みたいなこと(ゲームメイク)をできる選手が、日本に出てこないと厳しいし、話にならない。日本には才能があって楽しみな選手が多いけれど、そういう選手は世界を見渡せばごまんといる。そういう中で戦っていかないといけない」
互いのエスプレッソが空になり、そろそろ搭乗の時間が迫ってきた。すると本田はメディア論を語り始めた。
本田 「メディアは儲からないと現状を嘆くのではなく、リーダーシップのある記者が出てきて、自らが新たな領域を作り出すくらいのことをしてまとまらないと。今はそれぞれが個人プレーに走っている。それではダメ。たとえばJリーグを盛り上げるためには、そこに集中して取り組むポジションの人が必要だと思う。それは選手である自分にはできないことだから」
選手だけでなく、記者もチームプレーによって、もっとサッカー界を盛り上げてほしい──。そんなメッセージを投げかけられたように思った。これからの「NewsPicks」のスポーツ部門にとって大きな指針になる言葉だった。
搭乗口に近づくと、サインを求めるツアー客が殺到して人垣が包み込んだ。本田は丁寧に左手でペンを走らせた。
「じゃあ、また」
金髪とワインレッドのカラフルな組み合わせが、ゲートに吸い込まれていった。
(取材・文:木崎伸也)