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【2029年】カウントダウン開始。「プログラミング」を学ばないリスクとは?

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注目のコメント

  • 山崎 俊彦
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    東京大学 大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻 教授

    スポンサード記事へのコメントとしてはふさわしくないかもしれませんが。

    2020年度から小学校で英語教育が必修化されました。そうでなくても、何十年も前から中学校からは必修です。そこからちょっと類推してみます。

    まずは学校で教え、それが入試に使われることで嫌悪感や苦手意識を持つ人を大量に生み出したり、「こうやれば入試は受かる」みたいなテクニック重視の教育が生まれたりしました。本来、外国語はその言語を話す人たちとコミュニケーションができる素晴らしいものであるはずなのに、捻じ曲げられた部分があります。2029年、そういうプログラミング教育を受けた人が増えてしまわないか心配です。

    次に、そうは言っても確実に英語が得意な人は増えてきます。その時起こるのは「英語が話せないとリスク」ではなく「英語が話せるだけでは不十分」だと思っています。昔は英語が話せる人が少なかったので「英語が話せる」こと自体が価値でした。いまでもその価値は多少残っているものの、大事なのは「英語を使ってどんな仕事ができるか」になりつつあると感じています。

    言葉を変えます。英語は、コミュニケーションのための道具です。プログラミングも、計算や作業を自動化するための道具です。包丁を使えるからすごいのではない。使いこなして美味しい料理を作れることがすごいのです。当然、道具の正しい使い方を学ぶことは重要だと考えます。しかし、真に重要なのはその道具を使いこなして何ができるのか。道具の使い方を知っていることだけを誇っていては駄目だと思います。


  • 辛坊 正記
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    (株)TOASU特別研究員(経済評論家・コンサルタント)

    愚にもつかない思い出話です (^^;
    主記憶装置48キロバイトのFACOM230-25/35が1億3千万円で大学に入った1970年代初頭に電算研というサークルでFORTRANを学び、就職後はすっかりコンピューターから離れたことがありました。最初に配属された140人規模の支店にあったのは電卓2台と手回し計算機が1台、あとは電気式の加算器と算盤だけで、パソコンなぞ影も形も無かった時代です。
    1980年代初めに配属された職場で集計作業と資料作りに膨大な時間を費やすことになった時、世間に出回り始めたパソコンをくれとシステム部門に掛け合ったら「お前はワンマシーンという概念を知らないのか、システムは集中制御するから効率が上がるのだ。パソコンで勝手なシステムを作るなど許せない」と怒鳴られました。こっちは作業に潰されて生きるか死ぬかだ、と怒鳴り返したら、買ったが使えず埃をかぶっているNECのN5200があるから貸してやる、お前は使えるか使えないかのモルモットだと言って与えてくれました。
    スプレッドシートなぞ無い時代ですから、フローチャートを書いてコーディングするしかありません。上司がくれた20万円の予算ではどうにもならず、その金で相談だけ乗ってくれと某システム会社に頼み、自らBasicで開発に乗り出しました。同僚にプログラミングを教えながら昼夜兼行で1カ月半かけてメインルーチン1本、サブルーチン19本、合計3万ステップほどのシステムが出来た時、某システム会社に、当社で受けたら2千万円でも引き合わない、業務を知悉しているからこそできること、と言われて嬉しかったのを覚えています。当時、開発速度の目安は1人月1000ステップと言われていましたから、ベンダーに依頼すれば2人で15ヵ月かかるところです。若いうちにプログラミングを学んでおいて良かった、ということと、何より重要なのはシステムで扱うべき業務を知っていること、というのがその時の感想です。
    この先、「ノーコード」とされるツールが拡がるのは間違いなさそうです。「プログラミングを一般教養として学ぶ」のも大事ですが、技術の変化は速いゆえ、時々のデジタル技術で何が出来るか、システムを使って何を解決したいのか、といったセンスそのものを身に付けることが何より大事であるように感じます。 (^.^)/~~~フレ!


  • 丸山 進也
    外資系メーカー研究開発

    プログラミングを教育に取り込むこと自体に異論はないです。現代社会で日本人としての教養にしかならない教育科目よりは日本人の生産性に寄与する可能性があると思っています。

    ただプログラミングを学ばせることが大事なのではなくて、ソフトウェア、ハードウェアによって何かを作りたい動かしたいというモチベーションがあって初めてプログラミングに興味を持ち、その理解と向上のために論理的思考と創造性を教養として身に付けようと思うのではないでしょうか。

    プログラミングは1つの文法ミスで動作しない、動作しても解釈が一つでも間違っていれば正しく動作しない究極の正しさを求められる論理言語です。私は小学校から16進数やアセンブラを見て育ちましたが、もっと楽に書きたいとしか思っていません。皆もそう思っているからこそ今でもプログラム言語は多岐に渡り、バージョンアップが続いているのだと思います。そして向き不向きが激しく万人に向いているとは到底思えません。

    プログラム教育は脳の作りが向いていない子どもたちに日本の教育との組み合わせにより悪影響が出るような気がしてなりません。ですので学ばせるとしても選択科目でも良いのではと思っています。そして学校で学ばせる程度では社会に出て通用するレベルには到底至りません。日本人は英語ペラペラですか?


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