2022/5/9

【ビッグイシュー】なぜ、大量廃棄問題を「在庫分析」で解決できるのか

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 小売業界、特にアパレル業界が、数十年にわたって恒常的に抱える課題。それが「在庫問題」だ。
 アパレル業界は、売り逃しを最も嫌う。そのため、どうしても仕入れが多くなる傾向にあり、結果的に余剰在庫を抱えがちなビジネスとなっている。
 つまり、在庫を積めば積むほど売上は上がるが、これは売上に比例して在庫も増加することを意味する。これは、長らくアパレル業界におけるビジネスの常識であった。
 しかし、当然ながら在庫の余剰が多くなれば、それは資産ではなく、負債になる可能性をはらむ。売れ残ったことで、翌年に持ち越される洋服が売れなければ、経営に大きな打撃を与えかねない。
 その構造的な課題を解決するべく、フルカイテン株式会社は、独自開発の在庫分析SaaS「FULL KAITEN(フルカイテン)」を通して、小売業が抱える過剰在庫をなくすことに挑んでいる。
「我々は『FULL KAITEN』によって、在庫の物量で売上を作るのではなく、少ない在庫で売り上げる『粗利経営』に切り換えなければならないと考えています。
 アパレル市場は規模が縮小しているのにもかかわらず、物量は増加する一方。この消耗戦を続ける時代は終わった」と、フルカイテン株式会社 代表取締役の瀬川直寛氏は提言する。
 実際に、アパレル業界からの評価は高い。2017年11月に同社がローンチした「FULL KAITEN」は、現在200ブランドが導入。
 ARPU(Average Revenue Per User / 1アカウントあたりの平均売上)は直近の2年で約4倍ARR(Annual Recurring Revenue / 年間の経常収益)は、この1年で2.3倍になるなど、大きく成長している。
 ビジョンには、アパレルも含めたリテール業界だけでなく、川中や川上の「粗利経営」を浸透させる「スーパーサプライチェーンの構想」を掲げているが、フルカイテンが目指すのは、それに止まらない。
 世界規模のビッグイシューといえる「大量廃棄問題の解決」をミッションとしているのだ。瀬川氏は、「FULL KAITEN」のサービスによってどんな未来を描くのか。詳細を語ってもらった。

 小売業が「在庫問題」から抜け出せない理由

──多様な顧客のニーズに素早く応えるために、アパレル企業は在庫を豊富に持たなければならない。それは、SPA(製造小売業)を筆頭に、もはやアパレル業界の宿命のように思えます。
瀬川 アパレル業界では、販売機会を逃さないために、実際に見込まれる販売量以上に在庫を仕入れなければなりません。
 当然、在庫過多になって売れ残った商品は翌年にキャリー(シーズンや販売期間が過ぎても引き続き販売される商品)という形で資産として残されます。
1976年生まれ、慶応大理工学部卒。大学時代は天然ガスの熱力学変化に関する予測モデルを研究。コンパックコンピュータ(当時)、スタートアップ数社を経て2012年5月、EC事業を行うハモンズ株式会社を創業。3度の倒産危機をきっかけに在庫問題の研究を始め、研究成果をクラウドサービス化し『FULL KAITEN』として17年11月から販売。18年9月にはEC事業を売却し社名をフルカイテン株式会社に変更。
 しかし現場としては、新年度の売上目標を達成することに必死です。当然、新作を投入した方が売れるので、また新たに大量の在庫を仕入れてしまう。
 バイヤーやMDの方々にとっては、どうしても「昨年の商品なんて売れるわけがない。今年の商品を用意するべきだ!」と考えてしまうんですね。
 そうなると、売れ残りそうなものはセールで値引きしてでも売ろうとしますが、それでも売れ残ったものがキャリーされます。
 そして、キャリー品(BSの棚卸資産)から生まれる評価損と値引きが、最終的にPL(損益計算書)を悪化させます。
 例えば、5,000円の商品が売れ残ってしまったとき、監査後に評価損が2,000円発生するとします。そうすると、新たに10,000円の商品が売れたとき、そこの損益に評価損が含まれることになる。
 つまり、必要以上に商品を作り、仕入れることが、数年後の利益率を悪化させる要因になるわけです。
 そうなると競争力の高い商品を開発するための投資も行えず、ブランド力も低下していく。まさに負のスパイラルが生まれてしまう構造なのです。
──そもそも大量生産・大量消費のビジネスモデルが“持続可能”ではないことは明白なのに、抜け出せない企業が多いのはなぜだと思いますか?
 日本は、戦後の高度経済成長期に大量生産・大量消費を突き進むことで成長し、増収増益を重ね、一億総中流社会になったと考えています。
 それが90年代初頭から、バブル崩壊、人口減少、高齢化など、あらゆる影響を受けてどんどん市場がシュリンクしていきました。
 ところが、多くの小売業は戦い方をシフトチェンジできていません。「増収しなければ、利益も落ちてしまう」と信じている経営者はまだまだ多い。
 拡大市場の時代は、抱えた在庫の90%が定価で売れたからよかった。でも今は、抱えた在庫の50%は定価で売れない。アパレルの供給量は増える一方で、市場は縮小し続けています。
 そうなると、商品の消化率を悪化させる原因を見つけ出し、粗利を上げるしかない。それこそが「粗利経営」への転換です。そして、そのための数値分析に適しているのが「FULL KAITEN」です。

過剰在庫を宝の山に変える仕組み

──改めて「FULL KAITEN」はどんなことができるサービスですか?
「FULL KAITEN」は、独自のテクノロジーとAIを用いた予測アルゴリズムで、在庫分析を可能にするSaaSです。
 お客様から提供されるデータに基づき、ひとまとめに過剰在庫とされていたものを、「隠れた人気商品」や「値下げしなくても売れる商品」、「セールに回すべき商品」などに仕分けるだけでなく、各商品の推奨発注数をはじき出せるのです。
 これまで在庫分析というものは、ベテランスタッフの経験と勘に頼っていました。しかし「FULL KAITEN」を使うとデータに基づいて自動化できる。
 「FULL KAITEN」導入直後の企業のデータを分析すると、その多くは全商品のたった15%で粗利の8割を生み出している。では、残りの85%の商品は本当に粗利を生み出せないのか。そんなはずはありませんよね。
 「FULL KAITEN」で在庫分析をすれば、この85%の中から隠れた売れ筋商品を見出すことができる。つまり抱えている在庫が“宝の山“に変わります。
 新たな商品を仕入れなくても今抱えている在庫で利益が増える。これは企業にとっては“儲ける力“が身につくということです。
──実際に「FULL KAITEN」ではどんな分析を示して在庫問題を解消してくれるのですか?
 では、画面でお見せしますね。これがダッシュボードなのですが、その導入企業が持っている在庫を「Best」「Better」「Good」「Bad」の4つに分類します。
「Best」は決められた期日までに定価で売り切れそうで、売上に貢献しそうな商品。「Good」の商品は売り切れそうだけど、売上への貢献は期待できません。
 一方、「Better」「Bad」は期日までに売り切るのが難しい商品です。それが先に分かっていれば、優先的に販促できますよね。
 それによって期日までに売り切れる在庫がどんどん増えていくので、抱えている在庫から利益を生み出せる。ここを繰り返すだけで、売上が驚くほど伸びます。

導入からたった2ヶ月で「変わった」企業が続出

──これまでは、ざっくりと「在庫」として認識されたものが、「売れる在庫」と「売れにくい在庫」として、グラデーションでわかるようになったわけですね。実際に「FULL KAITEN」を導入して、大きな成果が出た事例を教えてください。
 例えば、スポーツ用品を扱う企業とお付き合いがあるのですが、そこでは「FULL KAITEN」を利用して仕入れを大幅に抑制し、在庫を3割程度削減しながらも、欠品率を16%から3%にまで改善できました。
 その結果、コロナ禍でも過去最高益を出されています。
 また、年商約40億円のアパレル企業でも目覚ましい成果が出ています。そこでは毎週末にタイムセールを行っているのですが、「FULL KAITEN」を活用して、どんな服を店頭に出すのかを決めていただいています。
 導入後はタイムセールをやるたびに、60万円ぐらいの値引きの抑制ができたんです。粗利率が52%前後の企業なので、1年間に換算すると粗利1億円がアップするような大きなインパクトです。
 このインパクトは新たに在庫を増やして生み出すのではなく、その時抱えていた在庫で実現しているからすごいんですよね。
──それは、とてつもない効果ですね。
 当たり前ではあるんですが、セールを減らすと、値引きが減るので利益は上がります。
 同様の事例はたくさんあって、導入から約2ヶ月で売上高が昨対比で25%増えたり、約5ヶ月で会社のキャッシュが2倍になったりしたケースもありました。
 仕入れたわけではなく、これまであった在庫を売るだけなので、利益が単純に増えるんです。「FULL KAITEN」の分析機能を使っただけで、ここまで効果が出たのは正直驚きましたが(笑)。

世界の大量廃棄をなくすために、同志が必要だ

──そもそも、なぜ瀬川さんは「在庫問題」に着目するようになったんですか?
 もともと私はベビー服のECサイトを運営していて、3回も倒産危機に陥ってしまった経験があります。当時は、まさに売上拡大を目論み、在庫を抱えすぎたことで利益が減少してしまって。
 2ヶ月先には、給与も仕入れも支払いもできないという状況まで追い込まれるほどでした。
 それを乗り越えていく過程で、従来型の在庫分析の考え方にリスクがあることや、売上一辺倒の戦い方が現在の日本市場に即していないことなど、あらゆる問題点に気づきました。
 そこで、在庫の質を可視化する方法を作り上げ、ソフトウェアに進化させたのが「FULL KAITEN」です。
──今後の課題を教えてください。
 現在、フルカイテンはサプライチェーンの川下に位置する、アパレルを主としたリテール業界で成果を上げられています。
 ただ、我々は世界の大量廃棄問題を解決することをミッションに掲げているので、今後はサプライチェーンの川中にいるメーカーや商社、卸企業に対して需要予測に特化したサービスをやっていこうと目論んでいます。
 というのも、これまで蓄積してきた膨大な川下のデータを応用すれば、業界全体の特徴がわかるような分析が可能になる。
 そうすると、例えばファッション業界なら、来期のジーンズの総売上を抽出して予測もできるだろうし、その数字をもとにメーカーは必要な分だけ生産することができるわけです。
──必要な時に、必要な量だけ市場に流通できるというわけですね。
 あらゆる企業が在庫を減らす「粗利経営」にシフトしていけば、サプライチェーンの川上から川中、そして川下で在庫の流通量が適正化されるはず。
 それに加えて、川下の企業間で在庫をアロケーション(分配)する文化も生まれてくると考えています。
 これを我々は「スーパーサプライチェーン構想」と呼んでいて、国内だけでなく世界に浸透させることを目指しています。
──フルカイテンのミッションは「世界の大量廃棄問題を解決する」ですよね。設立当初から環境問題にアプローチすることを見越していたのですか?
 フルカイテンを立ち上げた当初は、在庫問題を解決して、小売業の経営者を笑顔にしたい、と考えているだけでした。
 でも2018年の春頃、あるアパレル企業の取締役から「『FULL KAITEN』が広まれば、地球全体に良い影響を与えるよね」と話していただいて。
 最初はあまりピンとこなかったんですが、確かに洋服に限らず、商品は作るときも、廃棄するときにも、1つ作るだけで大量の資源を使う。
 限られた資源を無駄遣いしてしまっていて、それを支えるために、発展途上国などで公平ではない労働を強いられている人もいる。
出典:環境省「SUSTAINABLE FASHION」インフォグラフィック
 でも「FULL KAITEN」が広まって、少ない在庫で事業を成長させる企業が増えれば、大量廃棄もなくなるし、大量に作らなければ物の価値が正当に評価され、労働環境も改善されるはずだ、と。
 取引先の方に示唆をいただいたことで、世界のビッグイシューに「FULL KAITEN」なら貢献できると思い、これを我々のミッションにしたんです。
──こういったミッションや、「FULL KAITEN」のポテンシャルに惹かれて入社した方も多いんですか?
 そうですね。COOの宇津木(貴晴)はまさにそうでした。彼は、上場直前だったfreeeからストックオプションを放棄してまで、フルカイテンに来てくれた。
 我々のミッションに「ワクワクする」って言ってくれたんですよね。本当に嬉しかった。
「小売業の経営者を笑顔にする」という私の個人的な野望が、「世界の大量廃棄問題をなくす」という会社全体のミッションに変わったことで、率先して船に乗ってくれるメンバーが増えたのは間違いないですね。
 ただ、このミッションを達成するにはまだまだメンバーが足りない。現在は社員が31名ですが、2022年には60名に拡大したいと考えています。
 我々はスタートアップ企業ですし、今でも課題は多い。当然、これからの成長過程で大きな壁にぶつかっていくこともあると思います。
 そんなとき、ビジョンを共有しながら一緒にビジネスをぐいぐい推進してくれるような、パワーのあるメンバーがいてくれたら心強い。一緒にこの船に乗ってくれる方がいれば、ぜひお会いしたいですね。