2022/4/20

【林良太】事業をスケールさせたいなら、“バックオフィス”に強くなれ

NewsPicks Brand Design editor
証券や保険の基幹システムをSaaS化して提供し、2013年の創業からわずか5年で累計100億円の資金調達を達成。2021年12月に東証マザーズ市場に上場したFinatext(フィナテキスト)ホールディングス。

「金融を“サービス”として再発明する」をミッションとして掲げ、バックエンド側から金融をアップデートしてきた同社だが、CEOを務める林良太氏は「創業フェーズからバックオフィス業務の価値を理解できていれば、もっと成長できたかもしれない」と悔やむ。

なぜ、企業の成長においてバックオフィスがカギとなるのか。創業フェーズの起業家が事業を“躓く”ことなく成長させるために知っておきたいマインドとは。

今だからこそ言える「しくじり」エピソードと共に、林氏に語ってもらった。

起業家よ、俺みたいになるな

──林さんは今回のインタビューを受けるにあたり、創業フェーズの起業家にどうしても伝えたいメッセージがあるとか。
 「事業をスケールさせたいなら、最初からバックオフィス体制のことをしっかり考えておいた方がいい。俺みたいになるな」
 これが今、僕がもっとも伝えたいことです。
──「しくじり先生」みたいな切り出しですね…どういうことでしょうか。
 創業したての頃ってトップラインやプロダクトがすべてだ、という頭になりがちなんです。僕もその1人だったので、気持ちは十分すぎるほど理解できますが。
 でも、会社がある程度の規模になると、バックオフィスや管理体制がしっかり構築されているかどうかでその後のスケールの仕方がかなり違うんですよね。
 ようは、「変なところで躓かない」というか。
 これは僕の偏見かもしれませんが、起業して「社長やるぞ!」となるタイプで、バックオフィス領域の仕事が得意な人ってかなり少ないと思うんですよ。
 営業に強いとか、プロダクトを考えるのが好きとか、マーケティング知識がめちゃくちゃあるとか、そういう人ならたくさんいそうですが。
 でも、創業初期からバックオフィス業務の価値をちゃんと理解できていて、それを経営に活かせる起業家はほとんどいない。
 ここは初期から体制を構築している会社とそうでない会社とで、明確に差別化できるポイントだと思います。
──なるほど。実際にどのようなところで差が出てくるのでしょうか。
 一番効いてくるのは、会社が創業フェーズから拡大フェーズへと移行するタイミングですね。
『キングダム』って漫画、読んだことありますか? 僕大好きなんですが、主人公が立身出世していくストーリーがベンチャー企業の歩みとすごく似たところがあるんですよね。
 例えば、物語初期では少数精鋭で勝ち続けていくのですが、部隊が1000人を超えてくると、組織として動かなければならず、戦いが急に上手くいかなくなるんです。
 僕にとってはまさにフィナテキストの社員が100人を超えたタイミングがそれで。社内で明文化しないといけない事柄が急激に増えたんですよね。
 細かいことでいうと、当社には昔から英語の先生がいるのですが、どの役割のメンバーだったら英語の授業を受けていいんですかとか、何が経費に該当しますかとか。
 創業時であれば阿吽の呼吸で通じていたものが、組織が大きくなって新しいメンバーが入ってくると、社内のルールや制度で明文化しておかなければ伝わらないことも多い。

創業フェーズからのツール導入で、事業を「伸ばす」ことに集中する

──大企業にはルールが多いですよね。これはそのためでしょうか。
 はい。その通りだと思います。ある程度の規模になると、会社の骨組みを整えることもしっかりやっていかないといけない。
 僕自身、そういうのが嫌で起業したので、これまであまり明文化してこなかったんです。大人の階段を上るのが遅かったから(苦笑)。
 でも、社員が100人を超えたあたりで限界が来ました。従来のやり方だと、かえって時間がかかったり、ミスが増えたりして組織が回らなくなってきたんです。
 そうなって初めて、フロントだけでなくバックオフィスの体制を整えるということを組織としてやるようになりました。
「タラレバ」ですが、もう少し早いタイミングから考えておけばもっとスムーズに組織拡大できていたでしょうし、メンバーが疲弊することもなかっただろうなとは思います。これは本当に猛省ポイントでした。
 逆に、創業フェーズからバックオフィスの構築に取り組める会社は強い。
istock/AmnajKhetsamtip
 マインドの話ではありますが、ここを意識するのって「自分の会社が将来的にどうありたいかを描く」と同じことだと思うんですよ。
──なるほど。ただ、そうは言っても創業フェーズからバックオフィス体制をしっかり構築できる会社は少なそうです。
 一概には言えませんが、資金や人材をバックオフィスに割きづらいスタートアップは多いでしょうね。
 フィナテキストでも創業最初期はバックオフィスも含めたすべての業務を僕がやっていましたし、少しスタッフが増えてからもしばらくは経理の方がバックオフィス業務全般を担当していました。
 創業フェーズでは基本的に誰かが兼務して、どうしても必要になったらスタッフを増やすという判断が多いと思います。
 ただ、お金との相談にはなりますが、ツールの導入による「バックオフィスDX」はできるだけ早い段階で進めておいた方がいい。特にIPOを視野に入れるならなおさらです。
フィナテキスト創業当時の様子
──フィナテキストは2021年12月にIPOされていますよね。
 上場審査にあたって内部統制の仕組みづくりを重点的にやりましたが、他にもやらないといけないことだらけで、まあ大変なんですよね。
 契約書のチェックもそのひとつ。上場申請には大量の書類を提出する必要があるのですが、我々の業務特性上、契約も多岐にわたります。
 どの企業と契約が交わされているのか、契約の権利や義務が発生している期間はいつまでなのかといったことを、一つひとつ確認していくので大変な作業でした。
 でも、この「大変さ」は、程度の差はあれどIPOをした企業には共通していて。膨大な確認の手間を軽減するサービスもたくさんあるんです。
 だから創業フェーズからこうしたツールを導入しておけば、事業を伸ばすことに集中できるので、すごく重要だと思います。

アプリの根幹に関わるサービスの更新を「忘れる」

──フィナテキストでもAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を導入されているそうですが、上場審査で活用されましたか?
 残念ながら、活用できてないんです。ちょうど会社として「バックオフィスDXを進めよう」となったのがIPOのタイミングだったので、本格導入はこれから。
 もし上場審査で「LegalForceキャビネ」をフルに活用できていれば、もっと楽に契約書のチェックができていたでしょうし、他にも契約に関する数々の「過去のしくじり」を防げていただろうなと痛感しています。
──過去のしくじり……一体、何が?
 一番大きいしくじりは「契約の更新忘れ」ですね。
 SaaSなどのサービスって、基本的に年や月単位の自動更新契約になっています。更新日までに解約するのを忘れ、もう使っていないサービスにお金を払ってしまうパターン。これ「スタートアップあるある」です。
 とはいえ、無駄にお金を払ってしまうのはもったいないけれど、損をするのは自分たちだけなので百歩譲ってよしとしましょう。
 一方で最悪なのが、「支払いができていない」ケース。
 実は僕のやらかしはこっちで、今だから言えますが、創業期に自社のアプリを落としてしまったことがあるんです。
 なぜこんな失態が起きたのかというと、アプリの根幹に関わるサービスの更新ができなかったから。僕の個人用クレジットカードで契約していて、更新日までに支払いするのを完全に忘れていたんです。復旧までに1〜2日かかりました。
──……こういう話ってスタートアップではよくあるんですか。
 そうですね。僕ほどやらかしはしなくても、創業初期だと法人カードを持っていないでしょうし、カードがないと契約できないサービスもある。
 そのため契約を社長個人のクレジットカードでして、その後、会社がそこそこの規模になるまで、名義変更していないケースはままあると思います。
 人間って不思議なもので、契約書にサインするときは「こんな大事な契約の内容、忘れるやつなんているのか?」くらいの感覚なんですよね。
 契約した僕自身が忘れるわけがないし、会社の経理の方もすごく気が利く人だし、綺麗に契約書管理してるから絶対大丈夫、と思ってしまう。
 後でメールを確認したら、契約の期限が切れる直前にはしっかりリマインドも飛んできていました。それなのに見事に忘れてしまっていたんですよ。

「身に染みたタイミングで導入する」では、もう遅い

──こんな失敗を創業フェーズの起業家にはしてほしくない、と。
 はい。スタートアップ「あるある」ゆえに、そうしたリスクが事前に見えているなら対策をしておくべきです。その意味でも、特に契約はツールを導入して一元管理できた方が良いと思っています。
 でも難しいのが、こうやって実際に大変さを感じたりすることで初めてツールの価値が身に染みるんですよ。
 だったら「もっと早く導入しておけよ」という話ですが、会社の規模がある程度大きくなって、管理フローを変えるのは結構腰が重いことなんです。
 当社でも、これから契約管理を本格的に効率化・一元化させようと動いています。
 でも、バックオフィスのスタッフからすると、これまでのGoogleスプレッドシートでの管理に慣れているので、ツールがコロコロ変わると、それに慣れることにコストが発生してしまう。
 いまさら会社が小さかった頃には戻れないので、本格導入までには時間をかけてやっている感じです。
──「上場申請ってやることが多いな……だったら、明日からこのツールに切り替えよう」とはいかないと。
 そうなんです。だからSaaSのようなツール導入は会社の規模が小さい時にやるのがベストなんですよね。もちろん、動かせるお金が少ない時期は導入のメリットが見えづらいジレンマはありますが。
istock/golubovy
 でも、急がば回れではないですがもう少し早いタイミングから投資することは、僕は今振り返ればアリだなと思います。
 社員が100人、200人とスケールしていったとき、どんなルールで会社が動いているのが理想なのか、そこから逆算して、創業フェーズからできることはあるはずです。
 僕のように「しくじらない」ために、多少コストがかかったとしても“今”動いた方がいい。そう思います。