2022/4/20

落合陽一を惹きつける「メタマテリアル」とは何か?

NewsPicks Brand Design editor
 計算機技術の成熟とともに現れるとされる新しい自然「デジタルネイチャー」を提唱し、その未来像を研究、ビジネス、アートなどのさまざまな側面から志向する落合陽一氏。そんな落合氏が今、大きな関心を寄せている研究領域の一つが「メタマテリアル」である。
 メタマテリアルは、「自然界に存在する物質にはない特性を持つ人工物質」と定義され、ものづくりの自由度を圧倒的に拡張するとされる。
 メタマテリアルはどんな可能性を秘め、デジタルネイチャーの未来像とどう交差するのか。落合氏へのインタビューから読み解く。

「メタマテリアル」とは何か

落合 メタマテリアルって、すごく革新的な物質なんですけれど、あまりビジネスメディア等で見かけることは少ない分野だと思います。
 メタマテリアルの何が面白いかって、自然界には存在しない特性を持つ人工物質であること。コンピュータの計算技術を用いて、素材の構造を自在にデザインすることによって、作り出せるようになった物質です。
 まぁデジタルネイチャーと言っている僕にとっては、自然界には存在しない特性と元来の自然を足し合わせた、新しい自然の一部ということなんですけれど。
 どういうことか。従来のものづくりは、「材料ありき」の世界でした。「頑丈な椅子を作りたい」と思えば、頑丈な素材を集めて作るほかなかった。逆に最適な材料が見つからなければ、機能を妥協せざるを得なかったわけです。
 一方でメタマテリアル的なものづくりでは、その発想が逆転することを許容します。
 まず、最終的な完成物に付与したい機能を決める。その機能を実現するために、コンピュータを使って「逆算」し、最適な「材料」の構造を導き出す。その構造を付与することで生まれる素材が、メタマテリアルです。
 今まで構造で解いていた問題を、材料のレベルまで遡れるようになったことを意味しており、それは計算機技術の成熟と生産工程の多様化のおかげです。
 たとえば、「頑丈だけどものすごく軽い椅子を作りたい」という場合。
 これまでは、「そんな性質を持つ素材は自然界には存在しません」で諦めていました。ですが、コンピュータの計算によって導き出された構造のレシピと製造手法を使えば、マクロ(機能)には「頑丈なのに軽い素材」を作れるかもしれないということです。
 メタマテリアル的なものづくりは、ミクロ(材料)の構造と異なる性質を、マクロで実現するアプローチとも言えるかもしれません。

透明人間から、ステルス戦闘機まで

 自在に機能をデザインできる画期的なメタマテリアルですが、僕たちの身の回りには、メタマテリアルで作られたモノなんて、意外とないかもしれませんね。
 その理由の一つは、コストパフォーマンスです。メタマテリアル的な3Dプリンティングや特殊な加工を用いたものづくりには、高いコストがかかる傾向にあり、これまでは採算が合わないケースが多かった。
 そもそもメタマテリアル研究の歴史を遡ってみると、2000年代あたりの論文から、負の屈折率を持った素材(光が材料に入射したときに光が手前に折り返すように曲がる)を構成することで、より良いマクロ機能を探求する観点の研究が始まりました。
 一方で反射に対する機能は、軍事領域から始まったとも言えるんですよ。
 たとえば、ステルス戦闘機(レーダー等のセンサー類から探知されにくい戦闘機)や、透明になれる戦闘服の開発は、メタマテリアルの王道の研究領域だと思います。元は第二次世界大戦からですが、その後1960年代に発表された電波回折の論文などから、レーダーに発見されにくい戦闘機の研究が始まりました。
 軍事領域では、コスパなんて関係なく開発にお金を注ぎますから、結果的にステルス戦闘機などの軍事領域で、波動と物質の関連性の研究が行われたともいえます。
 ですが今は計算技術も、出力する技術も発展しました。結果、「メタマテリアル的」なものづくりのコスト面でのハードルが、大幅に下がったんですね。
 そこで、メタマテリアルの応用方法が、生活空間にまで広がりつつある。たとえば研究仲間とは、メタマテリアルを使えば、手足に障害がある人の義手や義足を、より個別最適に、安いコストで作れるかもしれないなんて話をしています。
 メタマテリアル的なものづくりのコストが下がり、人の多様性やクリエイティビティにもっと寄り添った、付加価値の高い製品を作れるようになる。
 これはかなりドラスティックな変化だと考えています。

メタマテリアルとデジタルネイチャーの親和性

 ここまでメタマテリアルがいかに画期的かという話をしてきましたが、実は我々を含む生物の身体って、そもそも何億年も前からある意味では「メタマテリアル構造」だらけなんです。
 たとえば眼のレンズは、肉などに含まれるタンパク質を材料として作られます。
 光を通すためにレンズは透明ですが、肉はどうみても透明じゃないですよね。透明でない素材から、なぜそんなに都合よく透明なレンズが作られ、それが焦点を結ぶよう調節されているのか。
 その理由は、実は全然わからないんですよ。
 生物の体内で膨大な計算がなされることによって、摂取した栄養素から「透明なレンズ」という身体が必要とする機能が作られているのですが、その計算の過程は完全にブラックボックスです。
 実はここが、メタマテリアルと、僕が提唱しているデジタルネイチャーが重なるポイントなんです。
 これまでのコンピューティングの世界って、問題を解くのはコンピュータですが、その数式を立てる主体自体は人間だったんですね。
 コンピュータは計算機なので、計算を何回も高速で回して数式を解くことは大得意なんですが、新しく数式を生み出すのは人間固有の仕事とされてきた。
 一方、2010年代以降のコンピューティング界隈がなぜ盛り上がっていたかというと、数式を立てることをせず、問題を統計的に解くことによるアウトプットの精度が上がったからです。
 たとえば、人間の顔を表す特徴について考えましょう。それこそ僕が10代20代前半の頃は、人間の顔を検出するのに効果的な特徴量を頑張って導き出して、数式を作っていました。
 ですが今は、大量にデータをコンピュータに学習させれば、数式を経由せずに「この特徴を持つ顔は、◯さんの顔だ」と答えが導き出せるようになりました。
 ですがその計算過程はテンソルやスカラーで書かれるものだし、数字の羅列からはなかなか理解できない。つまり我々人間にとって、ブラックボックスなんです。過程がわからなくても、求められるアウトプットは出せる。ここが解析的なものとは違います。
 機能は人間が付与しつつも、その計算結果はコンピュータが導き出すもので、人間が計算過程を理解しているわけではない。「頑丈なのに軽い素材」然り、これはやがてメタマテリアル研究の要素として大きくなるかもしれません。
 こういった側面が、僕が提唱するデジタルネイチャーと交差すると考えていて。
 科学が自然を対象とするなら、計算機科学が対象とする自然は自然を包含し、デジタルまで加えた大きな自然であるといえる。そして計算機であるコンピュータによる記述が一体になった、計算機自然ともいうべき自然が存在する。これがデジタルネイチャーの考え方です。
 その世界像の中では、数式で記述するものだけではない記述も、コードによって取り入れられます。
 だからこそ、マクロ(機能)とミクロ(材料)の中間領域に存在し、自然界に存在しなかったマクロの振る舞いをするメタマテリアルは、元来の自然と対比したときに、デジタルネイチャーのうちの一部であると考えられる。
 この新しい自然がどのような生態系を育んでいくのかという点に僕は関心があるので、メタマテリアルにも惹かれているというわけです。

雑音だけ消せる吸音材

落合氏率いるピクシーダストテクノロジーズ(PxDT)は、音響メタマテリアルを活用し、利用シーンに応じて吸音周波数を柔軟に調整できる吸音材「iwasemi™️」を開発。オフィス家具メーカーのイトーキと協業し、iwasemi™️を用いた吸音パネルの共同開発に乗り出した。

 商品化の第一弾は、壁に貼ることができる吸音パネル。なぜ、「メタマテリアルを用いて音を消す」ことに着目したのか。
 音って実は、遮るのが難しいんです。
 光は、透明でないものを置けば遮断できます。遮光カーテンを閉めれば、簡単に部屋は暗くなりますから。光は直進性が強く、回り込みにくいともいえますね。
 ですが、スピーカーの目の前に板を置いても、音は消えません。
 最近なんて、オフィスに行くとみんなが個別にオンライン会議をしているから、いろんな声が聞こえて作業に全然集中できないんですよ。もちろん自分の周りを完全に囲ってしまえば音も消せますけれど、そういうわけにもいかないですから。
 そう考えたときに、人に圧迫感を与えない形で音を消すためには、やはり素材自体の吸音効率を上げなければいけない。そこでPxDTが開発した吸音材が、iwasemi™️です。
 音響メタマテリアルを用いることで、特定の周波数帯のみ吸音率を上げるというように、利用シーンに合わせて「どんな音をどれくらい消したいか」をデザインできる仕様です。
 一般的な吸音材は、吸音率を高めようとすると、どんどん分厚く重くなってしまうんです。これは材料の特性上、仕方がなかった。
 一方でiwasemi™️は、計算によって導き出した微細な構造を、アクリルやステンレス鋼といった材料に付与することで、高い吸音率と薄型化を両立できている。機能とデザインの両方を、妥協せずに済むんです。
 工事現場や自動車や電車内の吸音など、活用シーンは多岐にわたると考えています。
 たとえば、iwasemi™️を使ってオフィス家具メーカーのイトーキと開発したこの吸音パネルは、人の会話周波数に特化して、吸音する機能を付与しています。
 オフィスの壁に貼れば、余計な反響を抑制して、話している人の声を聞こえやすくできます。
PxDTとイトーキが共同開発した吸音パネル(iwasemi™ HX-α)。写真は試作品。
 最近は、ガラス張りのオフィスの会議室も増えていますよね。ガラスは見た目はかっこいいのですが、音を反射しやすいので、会話する場を作る素材としては実は適していないんです。
 その点、この吸音パネルは透明なので、ガラスの壁に貼っても違和感なく馴染みます。デザイン性を損なわずに、会話のしやすいオフィス空間を作れると思います。

研究だけで終わらせない

 PxDTは今、これまでやってきた研究を社会に実装することを、大きなテーマに掲げています。
 研究って、やろうと思えば無限にできちゃうんですよ。
 でも研究成果をいかにプロダクトに落とし込み、世の中の課題解決につなげるかという視点も、すごく重要。プロダクトを通して研究成果に価値があることを社会が理解すれば、その研究はさらに発展していきます。
 それを意識した上で、役に立たないものも作る。ポートフォリオが大切です。
 メタマテリアルについても、研究自体はこれまでもたくさんされてきました。ですが、社会実装された例は、まだほとんどない。
 だからこそ今回、僕らのiwasemi™️を使ったプロダクトをイトーキと一緒に展開できるのは、シンプルにすごく嬉しい。「メタマテリアル×働く空間」で考えれば、応用範囲はデスク、チェア、収納、建材、いくらでもあります。
 メタマテリアルを応用した製品が実際に市場に入っていけるか、付加価値が実際に社会に通用するのかを問う、すごく面白い取り組みになると考えています。
 僕はこういった計算機と素材の出会う場所、つまりメタマテリアルこそが、海外勢と比べて日本が競争可能性を秘めた領域なんじゃないかと考えているんです。
 日本はやはり、素材のようなハードウェア領域に強いんですよ。質の良い素材は日本で作られていることが多いし、建築や空間作りといった美意識を形にする領域も、日本の得意分野です。
 日本の得意分野に、計算機技術を掛け合わせる。そんなメタマテリアルの世界で、面白いものがたくさん生まれるんじゃないかと期待を寄せています。
* iwasemi及び関連するロゴは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社の商標又は登録商標です。
1. Ufimtsev, P. Ya. (1971-09-07). "Method of Edge Waves in the Physical Theory of Diffraction". Archived from the original on 2017-02-01. Retrieved 2012-07-04.