2022/4/8

【兵庫】会計サクサク。パン屋の風景、様変わり

ライター(すきめし企画)
専門家ではないけれど、まずは手を動かしてデジタル化に一歩近づく。そんな身近なDXのストーリーをお届けする「隣のカイシャのDX」。

今回は、パン屋のレジまわりをガラリと変えたAIレジのご紹介です。画像識別のAI技術でパンを一瞬で識別できる、世界初のパン専用AIレジ。すでに1100台が導入されています。

開発したのは、地場産業・播州織に携わってきた企業「ブレイン」。

形も中身もバラバラのパンを瞬時に読み取れるようになるまでの軌跡と、導入店の変わりぶりについて、2回にわたりご紹介します。

まずは、神戸で開店したパン屋で披露されたAIレジの働きぶりから。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • 見た目が同じクロワッサンを峻別
  • 播州織→パン。画像認識技術の横展開
  • パンを見分ける「壁」

見た目が同じクロワッサンを峻別

全国有数のベーカリー激戦区・神戸。名店ひしめくこの地域に、新たな店がもう一つできました。クロワッサン専門店「ル・クロワッサン・ド・バカンス」です。
「ル・クロワッサン・ド・バカンス」の店先
朝・昼・晩で異なる味わいのクロワッサンを売るという謳い文句で、コロナが流行するさなかの開業ながら、オープン初日から行列ができるほど混み合いました。
それなのに、レジにはほとんど列ができません。サクサクと会計が済むからです。
トレイをモニターに置くと、5秒程度で支払い額が表示されるという瞬速ぶり。味や中身が異なっても大半は見た目が同じクロワッサンなのに、どうやって瞬時に見分けているのでしょうか。
このレジには「ベーカリースキャン」というAI(人工知能)による画像認識システムが組み込まれています。
レジカウンターの光る台にパンのトレイを載せると、目の前のモニター画面に選んだパンの画像が映し出されます。パンの画像がAIに読み取られると、商品名と値段、合計金額が表示されています。
商品のほとんどがクロワッサンなので、AIが商品の特定に迷うこともあります。そんなときは人間の出番です。販売スタッフが商品名を選び直し、最後に確定ボタンにタッチ。あとは、お客が現金をレジに入れてお釣りとレシートを受け取ってオシマイです。
店員は一度もお金に触れずにパンを包装、買い物客に渡せます。一連の流れがスムーズなので、客もスタッフもストレスが溜まりません。

播州織→パン。画像認識技術の横展開

ベーカリースキャンを開発したのは「ブレイン」(兵庫県西脇市)。地場産業の播州織のデザインシステムで名をはせ、そこからパンのレジAIを世界で最初にリリースしました。
先に染めた糸で織柄を出す“先染め”が播州織の特徴で、楽譜のような線の上に数字を並べた独特の設計書に基づいて織りあげます。数字を一つでも間違えると、違う柄になってしまいます。
同社は設計書から織柄をシミュレーションするプログラム「TEX-SIM」を開発=下写真。業界に革命を起こしました。大学と連携しシステムの精度をさらに上げ、いまでは世界の織物産地で使われています。
TEX-SIMの画面(ブレイン提供)
2007年、同社にベーカリーのチェーン展開を検討する外食企業から相談が舞い込みます。「経験の浅い外国人スタッフでもレジ打ちや接客ができるようなシステムを作れないか」
でもなぜパン屋から? その前に、日本のベーカリーの販売事情について、開発を担当した「ブレイン」の多鹿一良さんに教えてもらいました。
多鹿一良さん
たくさんのパンが積まれたかごが棚に並ぶ売り場の風景。当たり前すぎて気づきませんが、品揃えが多いほど利益が上がる傾向があるそうです。
過去の調査では100種類のパンを売る店の面積あたりの売上高は、30種類の店より約50%増えると分かりました。また、無包装のパンは包装されたパンより3倍多く売れるという結果も出たそうです。
一方で売る側の苦労もありました。多鹿さんはこう説明します。
「新人がパンの名前や値段を覚えるのに数カ月。バーコードも貼れない。お金が絡むので責任も重い。お客さんを待たせたりトラブルになったりでストレスも大きい。ゆえにレジ係は定着率が悪いそうです」
同社が食品の画像認識処理を扱うのは初めてでした。でも、ベーカリーの市場は、テキスタイルよりもずっと大きい。魅力を感じ、開発を始めました。

パンを見分ける「壁」

同社は20数名いる社員の半数以上が技術者です。でも、パンの画像認識は、工業製品にはない難しさがあり、開発は難航したそうです。
まず2つの課題をクリアする必要がありました。
ひとつ目は、同じ種類のパンでもそれぞれ違いがあることをどう克服するのか。
クロワッサンやバターロールの焼き加減はまちまちですし、生地の重量は同じでも形やサイズが微妙に違います。豆パンは表面に見える豆の数や配置にばらつきがあります。
もうひとつは、同じ見た目でも中身が粒あんとこしあんの2種類ある場合、どう認識するか。
大量のデータを学習することでパターンや一貫性を見つけ出すAI学習では、認識の指標となる「特徴量」をどれにするかが性能のカギを握ります。
パンからは形、色、サイズ、焼き色、模様、テクスチャーなど110項目もの特徴量が見つかりましたが、3秒程度で識別できるよう、読み取り速度を優先し、必要な項目だけに絞りました。また、短時間に繰り返し撮影できる耐久性を求め、ドイツ製カメラを採用しました。
とはいえ、課題は残ります。
たとえばベーコンエピを複数の小さなパンだと間違えたり、逆にミニクロワッサンが集まった状態をひとつのパンだと認識してしまったり。
10台以上の試作機を開発し、試用を繰り返しながら、2009年末には50種類のパンを98%の精度で識別するシステムを構築しました。
識別の精度を高めるためにバックライトを追加したり、トレーを半透明のものにしたりするなど改良を続けました
ただ、どんなに工夫を重ねても2%の誤差が残ります。そこで少しだけ、人の力を借りることにしたのです。
パンを識別する際、AIの「自信度」を高い順から緑、黄、赤の3色で表示し、間違っていたら店員が修正するのです。
黄色が出ると、店員が正しい商品を自ら選びます
“自信度”が低めの黄や赤が出た場合、同時に類似商品をピックアップした“候補リスト”も表示されます。そこから店員が正しい商品を選ぶ仕様に変えました。
さらに改良を続け、2013年に実用化できる精度のシステムが完成。各店舗のレジを連携させAIレジの学習効率を上げたり、コロナ後に増えた袋入りパンの読み取り精度を改良するなど、アップデートを続けています。
しかし、ブレインの画像認識技術は、パンにとどまりませんでした。
後編へ続く)(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)