2022/4/11

各大学のエースが集う、テック起業家の登竜門「1stRound」とは何者か

NewsPicks Brand Design editor
いくら素晴らしい技術やアイデアを持っていても、ビジネスとして成功するとは限らない。資金調達や、開発・実験の機会、ビジネスモデルの構築など、大学の技術や起業家のアイデアをビジネスとして昇華させるまでにはさまざまな困難がある。

そのような起業家のペインを解消するために生まれたのが、大学横断インキュベーションプログラム、「1stRound」だ。

同プログラムでは、これまでに採択された52のスタートアップのうち、9割が支援後1年以内の資金調達を成功、中には外部資本を調達せず成長しているベンチャーも複数あるという。

なぜ1stRoundはこの驚異的な数字を達成できたのか。そして同プログラムをバックアップする企業が増え続けている理由とは。

同プログラムディレクターの東大IPC長坂英樹氏と、そこから生まれたスタートアップの1社であるアーバンエックステクノロジーズの代表前田紘弥氏、三井住友海上の藤岡晋氏の3名に話を聞いた。
INDEX
  • 採択企業の“9割”が資金調達に成功する理由
  • 1stRound採択で研究成果のビジネス化を実現
  • 大企業とのパートナーシップでビジネスが一気に加速
  • 良いスタートアップを“創造する”インキュベーションプログラムへ

採択企業の“9割”が資金調達に成功する理由

 経済産業省の調査によると、2020年度に起業した大学発ベンチャーの総数は2,905社。前年度比で339社増加し、企業数・増加率でも過去最高となった。
 こうした状況を背景に、今、起業家ビジネスを立ち上げから支援し成長させる「インキュベーションプログラム」の重要性が日に日に高まってきている。
 元々、インキュベーションプログラムは米国発のスタートアップ成長支援の取り組み。
 現在ではスタンフォード大学の「StartX」や、シリコンバレーの「Y Combinator」を筆頭に、商品開発のアイデアだけでなく、経営の知識やノウハウ、資金、開発を促進するための技術・場所・人材・人脈など、さまざまな支援を提供している。
 日本国内でもこうしたインキュベーションプログラムを、特に技術シーズ(※)や人材を豊富に生みだす大学が作ることができないか。そうした発想から誕生したのが、1stRoundだ。
(※)研究開発や新規事業創出の素となる技術やノウハウ、特別な素材や材料のこと
 2017年に生まれた本プログラムは、東京工業大学や筑波大学をはじめとした全国の主要8大学(2022年4月現在)が共催するコンソーシアム型プログラムに急成長した。
 1stRoundでは複数大学のみならず、18業界のトップ企業等がパートナー企業として参画し、集まった協賛金をベースに、採択企業へ最大1,000万円の資金提供を株式を取らずに行う。
 驚異的なのは、その資金調達の実績だ。
 これまで1stRoundに採択された52社の企業のうち、支援後1年以内に資金調達に成功した割合は、なんと9割。さらには、残る1割の中には外部資本を調達せず成長しているベンチャーも複数存在している。
 国内の類似プログラムの成功率の平均が3割程度と考えると、その実績の高さがわかるだろう。
 なぜこれほどの結果を達成できるのか。その理由について、同プログラムの事務局を務める東京大学協創プラットフォーム(以下、東大IPC)の長坂氏はこう語る。
「率直に言えば、スタートアップにとって『メリットしかない』んです。
 1stRoundは徹底的に『ベンチャーファースト』にこだわり、採択企業が最初の資金調達を最善の形で実現できるようにサポートが受けられます。
 この仕組みが優秀な参加者の応募にも結びついていると考えています」(長坂氏)
 一般に、企業やVCが開催するインキュベーションプログラムは、将来的に協業できそうなスタートアップの囲い込みや、シード期ベンチャーの株式取得を目的として実施される。
 しかし1stRoundの採択企業は株式取得や出資受け入れの確約は必要ない。初期の体制構築や実証実験と並行して、広報・資本政策といった資金調達支援を6ヵ月間受けられる。
 資金調達やビジネスモデルの構築手段に乏しいスタートアップにとって、理想的な支援が受けられ、なおかつ株式取得などのデメリットがないとなれば、まさに「渡りに船」。
この評判を聞きつけ1stRoundへの応募数は年々増加。その結果、採択ベンチャーの質が上がり、パートナー企業との協業や調達実績の事例も増える。
 それが新たなパートナー企業や共催大学の参加につながった。まさに「正の循環」が起き資金調達率9割という実績を達成できたというわけだ。
 しかし、なぜこうした「ベンチャーファースト」な運営が可能なのか。長坂氏は「東大IPCだからこそ実現できた」と強調する。
「我々もプログラム終了後に採択企業へ出資することもありますが、期間中はスタートアップが大型助成金や資金調達を高確度に成功させるためにサポートする。この立場を徹底します。
 これは東大IPCがVCファンドを運営する一方で、東大子会社という公共性を持つからこそできる仕組みです。
 我々の営利を目的としたインキュベーションプログラムであれば、パートナー企業からの支援も得られていないでしょうね」(長坂氏)

1stRound採択で研究成果のビジネス化を実現

 その1stRoundから生まれたスタートアップが、アーバンエックステクノロジーズ(以下、アーバンX)だ。
 同社は代表の前田紘弥氏が1stRound採択後に起業。都市が抱えるさまざまな課題をデータ×AIの力で解決し、スマートシティ実現に取り組んでいる。
「元々、大学在籍時から道路の損傷を検知・位置特定するような研究をしていて、いずれはそれをユーザーに使える形でビジネス化したいと考えていたんです。
 それで東京大学内の起業支援プログラムを調べるなかで東大IPCさんに相談し、1stRoundの審査を受けてみることにしました」(前田氏)
 書類審査やビジネスプランのプレゼンなどの選考を経て、見事1stRoundに採択された前田氏。支援プログラムをフル活用しつつ、アーバンXの起業準備を進めていくことになる。
 前田氏はその後、アーバンXを創業。現在はその第一弾として、都市インフラの要となる「道路」を軸にしたビジネスを展開している。
 従来、道路の破損箇所を点検する手段としては、高額な専用車両による巡回、もしくは作業員の目視が主流。専用車両は非常に高額で、目視は見落としや作業効率の面で課題があった。
 その解決策として、アーバンXはスマートフォンやドライブレコーダーで撮影した画像データから、道路の損傷状況をリアルタイムで分析する業務用アプリケーションを開発。自治体や管理事業者の道路点検の効率化やコストダウンを支援している。
 ただ、このときネックとなったのがデバイスの問題だ。創業当時はスマートフォンでの実証実験を行っていたが、そのためには専用の機体を用意しなければならず、マーケットが広がりづらい。
 また、toC向けとは異なり、業務用アプリケーションは動作の安定性や手間なく使用できることが優先される。
 その点、スマートフォンの場合、OSのアップデートが頻繁にあり、バージョンによっては安定した動作が保証しづらいうえ、使うたびにアプリを起動させなければならないという不便さもあった。
 この課題をクリアする突破口はないか。前田氏がそう考えていた矢先、1stRoundを通して知り合ったのが、三井住友海上ビジネスイノベーション部アライアンスディレクターの藤岡晋氏だ。

大企業とのパートナーシップでビジネスが一気に加速

「初めて参加した1stRoundのピッチイベントでアーバンXを知り、すぐに『我々のドライブレコーダーとセットにできるな』と直感しました」(藤岡氏)
 三井住友海上が提供する自動車保険は、通信機能付きのドライブレコーダーを車両に設置するサービスを追加できる。
 通信機能は、事故・緊急時のサポートなど保険会社ならではのサービスに必要な機能だ。さらに、運行管理業務のために車両が通ったルートを把握する機能も搭載されている。
「全国47都道府県に弊社が展開している通信機能付きのドライブレコーダーにアーバンXのソフトウェアを搭載できれば、道路のメンテナンス業務の効率化を実現して、道路損傷による事故を減らすことに貢献できる。
 これまでの保険会社の事業を超えた新しいビジネスを創出できるかもしれない」藤岡氏はそう考えて、前田氏に声をかけたのだという。
「藤岡さんからこのアイデアを聞かせてもらって、心が躍りましたね。もし三井住友海上さんとパートナーになれれば、保険契約をしている何万台、何十万台というドラレコにソフトフェアを入れて、日本中の点検マップを自動で作成できる。
 我々の競合でも、そういう世界観でやっている会社はありませんから」(前田氏)
 この藤岡氏のひらめきをきっかけに、アーバンXと三井住友海上の提携が本格的にスタート。
 品川区、尼崎市など12の自治体で2020年10月から実証実験を開始し、2021年12月から「ドラレコ・ロードマネージャー」として販売が始まった。両者が1stRoundを通じて知り合ってから約2年、ようやく商品化に漕ぎ着けた形だ。
「三井住友海上が目指すのは、『事故を起こさない』世界の実現です。そのためにはアーバンXのような、我々にない技術を持つ企業と組んで、新規事業を作っていかなければならない。
『ドラレコ・ロードマネージャー』はそこに向けた良い先行事例となりました」(藤岡氏)。とはいえ、両社のパートナーシップは“道路点検だけ”で終わらせるつもりはない。「三井住友海上が変化していくきっかけの一つとして、今後もアーバンXとのアライアンスを強化していきたい」と藤岡氏。
 事実、アーバンXはスマートフォンやドラレコから取得した画像を基に、三次元の仮想道路(=デジタルツイン)として再構成し、クラウド上で道路の状態を評価するシステムの開発を進めている。
 これを活用できれば、より即時性のある道路状況の監視はもちろん、電柱や電線など道路以外のインフラ点検の効率化・コストダウンも可能だ。
「データ取得の手段に固執しているわけではないのですが、ドラレコから取得できる画像データにはまだまだ可能性があると思います。
 電柱や電線などに対象を広げると、電力会社などのステークホルダーが増えますし、その難しさは感じますが、解決できる社会課題も多くなるので、やりがいはありますね」(前田氏)

良いスタートアップを“創造する”インキュベーションプログラムへ

 三井住友海上の事例のように、社外の新しい技術を取り入れ事業拡大を考える企業は多い。しかし、大企業にとっても経営が不安定なスタートアップとの協業はまさに「大きな賭け」。新規事業といえど安易な失敗は許されない。
 数ある企業の中から、自社とシナジーのある技術を持つスタートアップをいかに効率よく選ぶことができるかがカギとなるが、長坂氏は「1stRoundにはこうしたニーズに応える側面もある」と語る。
「1stRoundはテクノロジーベンチャーにとって、大企業との連携や実証実験は欠かせない機会です。パートナー企業のニーズと、ベンチャーが持つ技術の双方を理解する我々が間に入ってマッチングすることが重要だと感じています」(長坂氏)
 さらに長坂氏によると、1stRoundの役割は今後、良いスタートアップを「見つける場所」から「創り出す場所」へと変化していくという。
「これまでのインキュベーションプログラムは『良いスタートアップを見つける』ために開催されていましたが、そこは本質ではないと思っています。
 例えば、残念ながら採択見送りとなった場合でも、個別面談やFBを通じて可能な限りフォローを行っていますが、この活動が再チャレンジにつながり、全体的な底上げがされています。
 実際採択チームの25%ほどが複数回応募チーム。大学の垣根を越え、こういった流れを共催大学とともに構築していきたいと考えています。
 現在のインキュベーションプログラムに求められている価値は、起業家、技術、大企業、ベンチャーキャピタルなどさまざまなステークホルダーが集まる『集積地・コミュニティの構築』。
 そのために、今後は大学の研究室の段階から、スタートアップに積極的に関わり、チームを0から組成してその技術を大企業とつなげていく。いわば『カンパニークリエイション』の役割を担っていきたいと考えています。
 スタートアップエコシステムの発展に貢献するために設立された、我々のこうした動き方に興味がある方がいれば、是非一緒に働いてみたいですね」(長坂氏)