2022/4/7

広大な「余白」に起業家が集う。東北モデルの官民連携イノベーションとは

NewsPicks Re:gion 編集長
 東日本大震災から11年が過ぎた。東北には震災をきっかけに多くの起業家が集い、社会課題解決に向けた多様な挑戦のフィールドとして進化している。
 NewsPicks Re:gionは2月、「地域を成長させる事業創出」をテーマに第3弾カンファレンス「Re:gion×TOHOKU」を開催した。
 本記事では、官民連携による地域のスタートアップ・エコシステム創出について議論したセッションの模様をお届けする。

変化を促進した「震災」「余白」「ロールモデル」

お三方は東北でのスタートアップ創出に取り組まれているキーパーソンの方々です。まず東北のスタートアップ環境について教えてください。
白川 私は秋田県の出身です。ここ10年は仙台市の職員として東北6県を対象にした起業家の支援、起業家のエコシステムづくりを担当してきました。
 そもそも仙台市の経済環境として、大企業が非常に少ない、いわゆる「支店経済」であることが特徴です。47都道府県のなかでもっとも支店の多い都市といわれています。
 その一方で、中小企業の技術力と、第一次産業の持つ商品の価値は高い水準にあると言えます。
 起業環境については、東北全体で見ると開業率は低く、廃業率が高い傾向です。
 しかし、実は仙台市の開業率は全国の政令指定都市中、福岡市に次ぐ第2位と高い水準にあります。また、この10年に関しては東北6県の沿岸部も開業率が高まっている傾向にあります。
 われわれの地域の特徴として、「震災」がスタートアップ・エコシステム創出のトリガーになった点があります。
 震災によって従来の価値観が大きくゆらいだ。同時に、地域への思いを格段に強くした人も増えました。地域全体が意識変革を求め始めたのです。
 仙台市としても、東北全域での起業支援・スタートアップ支援を大幅に拡充してきました。
 2015年からは「仙台スタートアップ・エコシステム推進協議会」が産官学金連携で発足し、複数のアクセラレーションプログラムを走らせています。
 ミッションとして「ソーシャルイノベーション」を掲げ、社会起業家支援に力を入れている点が特色です。
和田 私たちの拠点である福島県の小高区は、福島第一原子力発電所から半径20km圏内にあり、2016年まで避難区域でした。いまでも、1万2800人いた住民の3割しか戻っておらず、半数は高齢者です。
 ここには、日本のような成熟した社会にはほとんど見られない広大な「余白」が存在しています。
 いま私たちのエリアには、新しい働き方を求める移住者や、若い起業家がどんどん集まってきています。彼らは「復興のため」ではなく、「課題解決のため」にビジネスマインドを携えてやってきている
 なぜかというと、ここには「余白」があるからです。過去の延長線上にない、新しいチャレンジをしようとする起業家にとっては、最適なフィールドに見えるのではないかと思います。
 だからこそ、可能性を感じた起業家たちが集まり、支援する人が集まって、新たなエコシステムが創られているのではないでしょうか。
 個人的な思いとしては、いったんゼロリセットされた地域ですから、震災前のように大企業に経済や雇用を依存するようなまちにはしたくない。
 小さくてもいいから地域ならではの「生業」を持って、あるいは地域の社会課題からビジネスを起して持続可能な地域社会を実現しようとしています。
佐々木  私は震災の復興支援を目的としたINTILAQ東北イノベーションセンターで起業家人材輩出支援に携わっています。
 5年前からは仙台市より委託を受けて、社会課題をビジネスによって解決する「社会起業家育成プログラム(通称SIA)」も実施しています。
 私自身の実感として、震災をきっかけに東北へやってきた「ロールモデル」たり得る人たちの存在が、スタートアップ・エコシステム創出のトリガーとして重要な役割を果たしたと感じています。
 震災後、東北にはたくさんの方々がボランティアに来てくれました。東北に縁もゆかりもなかったけれども活動を通じて東北に魅せられ、この地で起業した人も大勢います。
 東北人はやる気はあるけれども、行動に移すまでにはなかなか至らない。しかし、外から来た人に刺激を受けて「何かしなければ」と奮起し、起業を志す地元の人たちが増えてきました。
白川 おっしゃるとおり、まず外部の人が入ってきて、社会起業家として活動を始めてくれました。彼らの成功と失敗の数々が腐葉土を形成し、それを土壌に東北のエコシステムが成熟していったと感じています。
 起業家のビジネスには成功も失敗もありますが、数でいえば失敗のほうが断然多い。でも、それはチャレンジした結果の失敗です。
 チャレンジをただ失敗として終わらせてはいけない、地域としてもっと起業家をサポートすることができるはずだ、という流れがINTILAQのような民間から始まっていきました。
 それを行政が追いかけるようにして、現在、東北各地でたくさんの起業支援が行われるようになっています。
 そこで私たち行政が中立的なハブになることで、限られた地域のリソースを効率的に使ったり、有機的な連携が生まれたりと、新しい連動ができつつあると感じています。
カタールフレンド基金による復興支援を受けて設立された「INTILAQ」(仙台市)
 東北は社会課題の多さから「課題先進地域」と言われます。しかし、震災からもう10年以上が経過しています。
 今後は「課題“解決”先進地域」としてロールモデルを生み出し、ほかの地域に展開することで恩返しをしたいと思っています。

地域外の人が関わりやすい仕組みをつくる

──東北に不足しているもの、ほしいものは何でしょうか?
白川 ヒト、モノ、カネ、情報でいうと、私はお金だと思います。
 東北にも独立系VCはありますが、まだまだファイナンスが足りていないのが現状です。首都圏や他地域の投資家とつながるファインスの仕組み、特にソーシャル・スタートアップを支えるファイナンスを考えないといけないと思っています。
和田 ヒトの観点では、起業家だけでなく、彼らと共に働く人がもっとほしいですね。起業志望者はたくさんいるのですが、1人でビジネスを続けていくのは難しいですから。
 このところ、副業やプロボノで東北のビジネスに関わりたい、起業家を支援したいという地域外の人が増えてきています。
 きっかけとしてはINTILAQの「東北プロボノプロジェクト」が大きかったのですが、我々の拠点だけで40人のプロボノが関わってくれています。
 首都圏や都市部で働きながら社会に価値を生み出したいと考える人に、僕らが機会提供をできれば、お互いにWin-Winの関係をつくれます。これからは、地域外の人が関わりやすい仕組みをつくっていくことが重要だと思います。
小高区の拠点「小高パイオニアヴィレッジ」には多くの移住者と起業家が集う
佐々木 地域外の人が、いきなり移住したり起業したりはハードルが高い。地域に関わりたい方は、まずはプロボノでお手伝いいただくのがいいと思います。
 プロボノの募集をかけると、首都圏からたくさんの応募をいただきます。皆さん、社会に何らかの貢献をしたいという思いをお持ちなのだな、と実感しています。

民間がリスクを取り、行政が育ててきた

──東北のイノベーション・エコシステムは「震災」によって成長した。これは他地域にない特異性ですが、ほかにも東北ならではの特異性ってあるのでしょうか?
和田 僕らが拠点とする小高区は全住民が避難したことにより、本当にゼロからの再出発でした。そのため、まずは日々の生活を成り立たせていくためのスモールビジネス、つまり「生業づくり」から始めなくてはなりませんでした。
 僕らの会社ではコワーキングスペースをつくったり、地域のお母さんたちと食堂をつくったり、市の委託をうけてコンビニのような小さな商店も運営してきました。また女性の仕事を生み出す観点から、ハンドメイドのガラス工房も設立しています。
 生業づくりは行政が直接手を出しづらい部分です。そこで僕らのような民間が、まず小さなリスクを取ってビジネスをつくることが必要になります。
 そこで芽の出たビジネスを行政がバックアップする、というプロセスを踏んできた点は、ほかの地域にはないユニークな点かもしれません。
──地域でのビジネスは、東京とはやはり勝手が違いますか?
和田 まったく違います。東京のようにいかに速く、効率よく事業を大きくしていくかという視点だけだと、地域での起業はうまくいきません。 
 スピードや効率重視だと地域はついていけず、置いてきぼりになる。すると地域の方々の理解や応援が得られなくなり、事業を地域で展開する意味も必然性もなくなってしまうからです。
 地域ではまず、小さくてもいいから目の前の課題解決を一つずつ地道に積み上げることが重要です。その信頼を基に、また新しいビジネスを展開する、というサイクルですね。
佐々木 INTILAQからもさまざまなビジネスが生まれました。多いのは教育系や福祉系ですね。
 社会課題の現場は地域です。社会課題解決をビジネスにするならば、なぜその事業をしようと思っているのか、どこまで本気で取り組もうとしているのか、思いの言語化が重要になります。
 思いの言語化によって地域の共感を得て、それが出資や支援、応援につながっていく。そこから共感が生まれ、応援、支援につながってビジネスを大きくしていくからです。
 そのためINTILAQでは社会起業家育成プログラムを通じて、資金調達などもさることながら、その「共感」を得るためのビジョンやミッションの言語化にもっとも時間をかけています。
白川 社会課題というものは全国各地に存在し、その解をまだ先延ばしにできる余力がある地域もあります。しかし、震災で打撃を受けた東北の現状は、もう待ったなしです。
 私たちは、目の前の社会課題に対して、とにかく行動を起こさなければなりません。東北での起業を考える人には、ビジネスの大小は関係なく、社会課題の解決をぜひ意識していただけるとありがたい。
 行政が課題の発見や課題解決に取り組む人たちをしっかり支援して、ロールモデルを生み出していく。そのやり方を他地域にも展開して、東北全体を豊かにしていきたいと考えています。
 そのため、地域を実証実験のフィールドとして使ってもらうことも推進しています。東北だけに限らず、他地域の起業家やスタートアップの方々にも活用してもらいたいですね。

SDGsやESGとの親和性が高い東北の産業

──最後に、これから事業創出を考えている人達に向けて、東北のポテンシャルを伝えるならば?
白川 ここ10年、起業家のエコシステムづくりに取り組んでみて、東北の産業はSDGsやESGとの親和性が非常に高いと実感しています。サーキュラー・エコノミーに寄与する企業が多いんです。
 たとえば、いま私が持っている名刺入れは着物のアップサイクルですし、履いているデニムは先端技術で繊維化したカジキマグロの角で作られています。
 地域の素材をサステナブルな商品に生まれ変わらせる東北の産業はまだまだ成長できる可能性を秘めていると思います。
和田 誤解を恐れずに言えば、福島県の沿岸部は日本唯一の「フロンティア」です
 一度何もかもなくなったからこそ、ここではいまの価値観、経験、ノウハウ、アイデア、テクノロジーを使って本当に必要なもの、残したいもの、これからの社会に必要なものを生み出して、ゼロから積み上げていくことができます。
 こうしたチャレンジは、他の地域では物理的に不可能です。この「フロンティア」の存在こそが福島であり、東北という地域の可能性だと思っています。