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独立住民投票の裏にあった「核」の影

スコットランド:開きかけた「パンドラの箱」と沖縄

2014/11/7
 スコットランドでこの9月、英国からの分離・独立を問う住民投票が実施された。下馬評に反し、投票結果は「反対」が過半数を占め、現状維持で落ち着いた。英国にとってみればエネルギー政策や核兵器問題といった「パンドラの箱」が開かなかったことで、胸をなで下ろしただろう。英国をはじめ、欧州を拠点に取材を長く続けた筆者は「日本にとっても対岸の火事ではない」と警鐘を鳴らす。
レイにある解体中の高速増殖炉施設群_会川晴之撮影

レイにある解体中の高速増殖炉施設群_会川晴之撮影

独立住民投票と語られなかった安全保障

特派員時代、ロンドンのパブで、英国人から「英国の食べ物で、お気に入りのものは何だい?」と聞かれたことがある。すかさず「スコッチだ」と答え、その魅力を語り始めると、次第に相手は不機嫌な顔になり「君が好きなのはスコッチじゃなくて、ウイスキーじゃないのか」と嫌みを言われた。彼はイングランド人。

自分たちより下に見るスコットランドの名産品の名ばかりを口にする異邦人にプライドを傷つけられたらしい。

英国の国旗は「ユニオンジャック」。イングランド、スコットランド、北アイルランドの「国旗」を重ね合わせたものがその成立の由来だ。だが、ロンドンの町を歩くと、目立つのはイングランドの旗ばかり。英国旗が翻るのは、英国の霞が関に当たる官庁街・ホワイトホールぐらいで、ロンドン五輪期間中というほんの一時期を除けば、英国としての一体感をあまり感じることはなかった。

そのスコットランドでこの9月、英国からの分離・独立を問う住民投票が実施された。事前の世論調査で一時、賛成派が上回る局面もあったが、終わってみれば反対票が55%を占め、スコットランドの英国残留が決まった。

最終盤に、独立を思いとどまるよう懸命に説いて回ったキャメロン首相など政権与党だけでなく、野党・労働党もほっと胸をなで下ろしたに違いない。「パンドラの箱が開かずに済んだ」、と。

独立が決まれば、さまざまな「パンドラの箱」が開く可能性があった。その代表例は、もし独立派が勝利したら、スペインやベルギー、イタリアなど分離独立派を抱える国々に、こうした動きが飛び火する可能性があるという指摘だ。私自身、ウィーン特派員時代の2006年5月、セルビアからの分離・独立を、わずかな差で決めたモンテネグロを取材したことがある。

欧州では、分離・独立は決して目新しい問題ではない。その後も、2008年2月にコソボがセルビアからの一方的な独立を宣言するなど、冷戦崩壊後、旧ユーゴスラビアは七つの国に分裂している。本稿では、あまり語られることの無かった別の「パンドラの箱」、安全保障の問題に焦点を当ててみたい。

独立派の核アレルギー 自然エネルギーに賭ける「風の通り道」

英国唯一の戦略原子力潜水艦の基地は、スコットランドにある。独立派は「原潜は不要」との立場を取っており、独立が決まれば、英国政府に立ち退きを求める運びだった。原潜だけでなく、福島第1原子力発電所の事故以前から、独立派は原発を含め、核に対する強いアレルギーを持っていた。

「欧州の洋上風力資源の25%は、スコットランドにある」。5年ほど前、スコットランドの「首都」エディンバラで私の取材に応じた自治政府のジム・マーサー環境相は、自然エネルギーが潤沢だと自慢話を始めた。環境相は、スコットランドは欧州の「風の通り道」にあると力説、石油資源に例えれば「スコットランドは、世界最大の石油埋蔵量を誇るサウジアラビアだ」と胸を張った。

スコットランドには、英国唯一の高速増殖炉が設置されたことがあるほか、取材当時も原発数基が稼働していた。環境相は「原発は安全性だけでなくコストにも疑問がある。それに、核のゴミの問題も解決するメドがない」と、問題点を指摘した。一方、自然エネルギーには未来がある。

環境問題に真剣に取り組む欧州連合(EU)からの補助金が当てにできるほか、スコットランドの地場産業である造船業の技術を活用できる。洋上風力発電や、潮力、波力発電に道が開ければ、スコットランドは「核」抜きでも、イングランドに電力を輸出できる豊かな地域になると自信を見せた。

問題は、もう一方の「核」である戦略原潜だ。スコットランド最大の都市、グラスゴー近郊にあるクライド海軍基地には、1990年代以後に相次いで就航したヴァンガード級原潜4隻が配備されている。射程が7400キロ以上という潜水艦発射型のトライデントⅡミサイル(SLBM)を搭載、最大48発の核兵器を搭載することができる大型原潜だ。

1隻は、いつ起こるともしれない有事に備えて大西洋で哨戒活動を続け、2隻は英国近海で訓練に当たる。残りのもう1隻は、ドックで補修や点検を受ける運用態勢を取っている。英国は、冷戦崩壊後、航空機搭載型の核爆弾を撤去しており、SLBMが唯一の核兵器。スコットランド独立で、その核兵器を積む原潜の居場所を失えば、英国の国家安全保障政策は、根本から揺らぐことになる。

「核抜き」で威信喪失を恐れる英国

英王立防衛安全保障研究所(RUSI)は、攻撃用原潜の基地があり、潜水艦の補修設備も整う英国南部(イングランド)のプリマス港以外に移転候補地が無いと指摘、移転費用には30億~40億ポンド(約5400億~7200億円)と試算した。だが、移転は原潜だけでなく、225発もある核兵器を保管する施設の移転も伴う。

「そんな危険なものはイヤだ」と、もし、26万人のプリマス市民が拒否すれば、行き場を失うことにもなりかねない。「安全保障上、密接な関係がある米国に母港を移すべきではないか」との声すら出るほど、英国政府は苦しい対応を迫られることになった。

実は、英国ではリーマン・ショック後の2009年ごろから、核兵器をめぐって大きな議論がわき上がったことがある。財政事情が急速に悪化したことで、多額の維持費用がかかる核兵器を将来にわたって維持すべきかという議論が本格化した。

それに加え、毎月のように戦死者を出し続ける駐留アフガニスタン英軍の惨状を見て、退役将校らが「使用する可能性がないカネ食い虫の核兵器より、兵員の命を守るヘリコプターや装甲車などの充実を図るべきだ」と、核政策の見直しを提起した。

結局、英国政府は核兵器維持を選択したが、その過程では興味深い議論もあった。国立国会図書館の久古聡美氏の論文「英国の核政策をめぐる経緯と議論」で紹介された例を挙げたい。ある防衛アナリストは、核兵器を放棄した場合「遅かれ早かれ安保理常任理事国の席を失い」「ヨーロッパの二等国家に加わる」ことになると指摘した。

「核」抜きでは、英国の威信が揺らぎかねないという主張だ。もし、スコットランドが分離・独立し、プリマス市民が原潜移転に「ノー」と言えば、一度は封印されたこの核兵器をめぐる議論も再燃しかねなかった。

スコットランドの独立論議は、日本にとって、決して対岸の火事ではないはずだ。

国際法上、分離・独立には特別な規定は無く、理論上は、どんな地域でも独立が可能と言われる。在日米軍の大半が駐留する沖縄県が分離・独立を主張した時、日本の安全保障はどうなるのだろうか。私たちが気づいていない「パンドラの箱」は、どこにあるのか。こんな視点から、16日に投開票される沖縄知事選を見つめたい。

※本連載は毎週金曜日に掲載します。