2022/3/30

【宮田裕章×NEC】データサイエンスを「自分ごと化」するために必須なスキルとは

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データ活用の重要性が叫ばれているが、多くのビジネスパーソンにとっては「この分野の専門家の話」と、どこか他人ごとになっていないだろうか。すべてのビジネスパーソンが、データを活用する力を備えることで、ビジネスや社会をどう変えていけるのか。そしてそのためには何が必要か。
医療業界を中心にデータを活用した価値創出に力を注ぐ慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の宮田裕章教授と、NECのAI・アナリティクス事業部兼データサイエンス研究所でシニアデータアナリストとして活躍する本橋洋介氏、2人のプロフェッショナルが語り合った。

Point 1 データ活用の現在地

コロナ禍を経て改めて考えるデータ活用が重要な理由
本橋 本日は、データサイエンスを取り巻く環境について、主に3つの観点から意見を交わしたいと思います。コロナ禍のまん延でデータ活用の重要性がさらに高まっていますが、宮田先生はここ数年の企業におけるデータ活用の状況をどのようにお感じですか。
宮田 DXという言葉がここ数年もてはやされていますが、その前からデジタル化やデータ活用に積極的に取り組む必要性は強調されていたと思います。昔は「ビッグデータ」などDXとは異なる言葉が用いられていただけで、言っていることは同じでしょう。
 クラウドの普及やモバイルデバイスの進化、高速ネットワークの整備といったテクノロジーの進展とコロナ禍によって、ここ数年でその動きは高まっています。ですが、企業におけるその歩みは遅いと思います。
 企業だけでなく政府や自治体ももっとスピードを上げていかなければなりません。デジタル庁が創設されるなど、こちらも企業と同様にその取り組みは着々と進んでいますが、他国に比べたらまだまだ。コロナ禍による対策の遅れでそれを感じた方々も多いでしょう。
 医療だけでなく、教育や格差解消、温暖化対策など、国として長期的に取り組むべき社会課題の解決に向けてもっと政府も歩みを速めていかなければなりません。
本橋 なるほど。私は、データとは新たな産業革命を生む大きな力を持っていると思っています。それくらいのインパクトをもたらすものだと。
 そう思えば、企業はかなり高い優先順位で取り組まなければならないと思うんですが、宮田先生のおっしゃるように、企業のデータ活用を支援する私の立場からみても、3年前と今を比べて、意識は変わっているが実行の速度は遅いと感じています。
宮田 そうですね。進み具合だけでなく進め方もまだ試行錯誤な状況を感じます。経営陣が経営へのデジタルの生かし方を理解していなくて、デジタル化、データ活用の推進はCDO(Chief Digital Officer)などの専門家を採用したり、特定部門を設置したりすればいいと思っている企業もいらっしゃる。
 業種・業界関係なく、またどんな職種でもデジタルやデータは必要不可欠な今、もはやデジタルは経営そのものです。そういう意識のもとデジタル戦略を描いていない企業も散見されます。
本橋 確かに進め方に関しては、今でもみなさん手探り状態かもしれません。私は複数の企業のデジタル化やデータ活用を推進していますが、経営陣と話すと「DXしなければならない」といったように、どこか受け身な印象を受けます。
 そうではなくて、先ほど申し上げたように、データ活用は競争力を一気に高めることができる大きな武器になるので、能動的に積極的に、そして大胆に取り組んでいきましょうと提案しています。

Point 2 データ活用で最も必要な力とは

一人一人ができるデータとの向き合いかた
本橋 データ活用の重要性はみなさんわかっているのですが、データ活用やデータサイエンスは一部の専門家の話と捉えられがちで、「自分ごと化」しているビジネスパーソンは少ない印象です。
 先生は、これからデータサイエンスに関わろうという学生に向けて教鞭を執っていますが、どのようなことを教えているのか。ぜひ伺いたいです。
宮田 データ活用やデータサイエンスというと、みなさん「分析力」をイメージしがちですが、この領域で一番大事な力は「問いを立てる力」です。
 成熟した日本では、社会や企業、消費者それぞれにおいて、ある程度の課題は解決され、ある程度の欲求も満たされている。そんな状況下で、さらに社会をより良くするためには、企業がビジネスを伸ばすためには、新たな課題を見つけ出し、解決策の仮説を立て検証する必要がある。
 このプロセスの最初に必要なのは、既存の枠組みや常識を疑って疑問を持つ力、問いを立てる力だと思います。データサイエンスはそのプロセスや解決策を導き出すための強力な武器になりますが、分析やデータを読み解くスキルは、その力があってこそです。そんな話を学生にはしています。
Photo:iStock/Remitski
 企業の組織で言うと、社員一人一人が問いを立てる力を持つことで新たな価値を生む可能性があるでしょう。多くの日本企業が築くピラミッド型組織の中ではどうしても指示待ちになりがちですが、こうした問いを立てる力を含めたデータ活用の意識が高まればボトムアップで新しい動きが期待できます。
本橋 私も同感です。NECでは、顧客のデータ活用を支援するビジネスも手がけていますが、顧客のデジタル人材を育成する取り組みに力を注いでいます。
 その中で、私たちも単純にプログラミング言語の「Python」を教えるといったテクニカルなことだけでなく、何を実現したいのか、そのためにはどのようなデータが必要なのか、分析結果を受けてどんな手を打つべきかなど、データ活用における考え方や戦略を教えています。
データ活用は一見すると理系の学問、スキルのように思われがちですが、そうではないんですよね。
宮田 理系と文系、両方必要だと思います。世界をどう捉えて、どういう仮説を立てるかというセンスは、文系というかアートの領域ですよね。そして、説得力ある形で伝える上では、数学的なセンスも必要になってくる。すべての業務やビジネスはデジタルが必要不可欠ですから、もはや、文系や理系といったすみ分け自体も無意味かもしれません。
本橋 おっしゃる通りですね。もっと言えば、データを読み解く時、より精度の高い結果を出すためには人間心理を読み解くような力も必要になってきます。データサイエンスといっても、単純な知識や経験だけでなく、複合的な要素を身につける必要があると思っています。

Point 3 今後、問われるデータの信頼性

日本発の第三極「自律分散型」社会に期待
本橋 AIやデータ活用をもっと活性化しながらもこれからより一層大事になってくるのはデータの信頼性だと私は思っています。
 では次に、法やガバナンスについてお聞かせください。
 北米や欧州は、国が主導して医療の大規模なデータプラットフォームをつくるなど、さまざまな企業・団体がデータをオープンにしてシェアする動きがあります。
その一方で、データ保護に関する規制がかなり厳しく、二面性があるなかでバランスを取ろうとしているように見えます。
宮田 データの共有と信頼性のバランスをどうとっていくかということですね。国だけですべてを管轄するやり方は権威主義的なので、そもそも日本には馴染まないスタイルだと思います。
 一方で、テックジャイアントなど限られた企業が主導しようとする発想では、経済安保的なリスクと裏表になってきます。ですから方向性としては、人々がデータにアクセスする権利を持ちながら、自律分散でも機能しつつ、必要な時に必要なものを共有できることを目指すべきでしょう。
Photo:iStock /XtockImages
本橋 自律分散型のデータ活用社会における、トラストのあり方を日本が考えていけるといいですね。
宮田 日本が第三極を作れる見込みはあると思います。企業オンリーでも国オンリーでもなくて、いろいろなステークホルダーが自律分散しながら適宜共有している仕組みは、その一つの方向でしょう。
 自律分散化させることによって責任範囲を切り離しながら、抱えすぎずに「トラスト」をみんなで作っていく。それが、実際にワクチンの議論や運用に携わってみて感じた、あるべき姿です。誰かが信頼を全部請け負うのではなく、共に作っていく形になると思います。
本橋 しっかりした基準を持ち、少なくとも自分たちが行ったデータ分析やAI活用に関してトラストを保障していくことは、ITベンダーにとって責務だと思いますし、NECが力を入れている領域です。
データ活用するインフラやツール、そして人材が増えていても、そこで流れるデータの安全性や説得力がなければ何の意味もない。それは自動運転車であろうと、ちょっとしたレコメンデーションであろうと同じだと思います。
 データが増え、またAIがもっと普及すればデータの信頼性がより重要になると思います。NECはこの領域においてナンバーワンになるつもりで、利便性とセキュリティ、ガバナンスをセットで進めています。
宮田 本橋さんの着眼点はとても大事で、今後さらに議論されるポイントになると思います。ベンダーにとっては使いやすいソリューションを提供することも大事ですが、データの安全性、信頼性が保てているかを説明できるかどうかが競争力のポイントになると思っています。是非そういった問題意識を持った方にリードしてもらえればと思います。