スポーツマネジメントAtoZ_b

連載第2回

アカデミーの入学試験に挑む

2014/11/2
今年9月、元浦和レッズコーチのモラス雅輝が、オーストリア・ブンデスリーガが主催する『スポーツマネジメント・アカデミー』を卒業した。だが、その入学審査は決して簡単なものではなかった。モラスはいかにして厳しい審査を突破したのか。(連載第1回「欧州最先端のマネジメント・アカデミーで学んだこと」はこちら)
向かって右端が面接官を務めたラインハルド・ヘロヴィッツ氏。オーストリア・ブンデスリーガの経営陣の1人でもある(写真:モラス氏提供)

向かって右端が面接官を務めたラインハルド・ヘロヴィッツ氏。オーストリア・ブンデスリーガの経営陣の1人でもある(写真:モラス氏提供)

アカデミーが誇る人材バンク

『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』がいかにサッカー界に人材を輩出しているかは、卒業生の進路を見ればわかってもらえると思う。1996年から行なわれてきた同アカデミーの卒業生たちは、様々な分野で活躍している。

たとえば、オーストリア・サッカー協会やブンデスリーガのクラブにおいて、GM、スポーツディレクター、監督、広報ディレクター、統括マネージャーなどの役職についている卒業生。

他にもUEFA(欧州サッカー連盟)の広報ディレクター、大手スポーツベッティング会社の代表取締役、サッカー選手のエージェント会社の社長、スポーツ関連の動画・ニュースサイトの経営者、オーストリア・アイスホッケー協会のGMなどがいる。

アカデミー卒業生はブンデスリーガの「人材バンク」に登録されるため、卒業前と後の役職や仕事内容を見ることができるのだが、卒業を機にサッカー業界でキャリアアップしていった人材が多いことに気づかされる。また、直接サッカー界に残らなかったとしても、他のスポーツ業界や、スポーツと関係の深い企業のトップとして活動していることが多い。

厳しい入学審査

ブンデスリーガはアカデミーの質を保つため、厳正な審査により受講者を絞っている。サッカーだけでなく、ドイツ語圏の経営の基礎知識がないと話にならない。そういう意味では僕の場合、18歳からサッカーの指導者を、そして22歳から会社経営をしていたため、大きなアドバンテージがあったように感じている。

さて、今回の本題に入ろう。アカデミーの審査は2段階に渡って行なわれた。

1. 第1次審査:書類選考

履歴書の他、志望動機、これまでのキャリアとその強み、卒業後のプラン、アカデミーで得た知識を将来どう生かしたいか、などを書類で提出。僕は2012年秋にブンデスリーガに提出した。

2. 第2次審査:面接

2012年11月、書類審査に通過したとの連絡があった。次は12月に行われた面接。ブンデスリーガのオフィスに招かれ、そこでアカデミー責任者のラインハルド・ヘロヴィッツ(ブンデスリーガの経営陣の1人)と、チームマネジメントの授業を担当する講師による約30分の面接試験があった。

僕は面接の準備として、ブンデスリーガの数年間の収支決算書、組織図、各組織の役割、マーケティングと運営方針、ライセンス制度に関しての資料を読み込んだ。それからUEFAが発行しているベンチマーキングリポート、ファイナンシャル・フェアプレーに関する資料にも目を通した。自分の色を出すために、それぞれの内容について意見を話せるようにしておいた。

2次面接で訊かれたこと

以下、記憶をたどって面接を再現してみようと思う。どのやり取りでも「パッション」(情熱)と「ロジカル」(論理)を心がけた。

面接官:オーストリアのサッカー界、およびヨーロッパのサッカー界の現状をどう思うか?

「ドイツ語圏のクラブライセンス制度、育成重視の哲学、スタジアムやトレーニングセンターへの施設投資は他国の模範になる。スペインのサッカーは魅力的で非常にレベルが高いが、大半のクラブが事実上経営破たんしている。このままでは長期的な発展は見込めないと思う。実際多くの選手が給料未払いが理由で、スペインからオーストリアに移籍してきている。リーグとして『給料未払いが多い』という国際的な印象は、名誉なことではない」

「こうならないためにも各クラブの経営陣に、今まで以上にプロフェッショナルな人材を増やして、経営を安定・成長させる必要がある。そのためにもクラブ経営の人材教育に力を入れるべき。その意味でこのアカデミーにはとても興味を持っていた」

面接官:母国の日本とドイツ語圏のサッカー界の違いについて説明してほしい。日本のサッカー界の将来をどう見ているか。

「(Jリーグの観客動員数、財政状況、育成状況について広く浅く説明してから)様々な理由から日本のサッカー界の将来を信じているし、可能性を感じる。ただし潜在能力をさらに発揮するためには、国外のノウハウを今まで以上に導入することが必要と感じている。同時に『学ぶ』ことは一方通行ではなく、ドイツやオーストリアなどヨーロッパ各国も新たなサッカーファン・顧客開拓の分野で、日本のサッカー界から学べることも多い」

面接官:アカデミーで学んだことをどう生かしていこうと考えているか。

「基本的に自分はサッカー指導者。現場の人間なので、すぐにクラブのスポーツディレクターやGMの役職についたり、クラブ経営者になることはないと思う。その一方で、監督など現場の人間が経営を理解できれば、クラブ力がアップすると考えている。アカデミーで学んだことを生かして、現場からクラブを支えたい」

「グローバルな視点で見ると、サッカークラブのライバルは、隣国のサッカーリーグや他競技に留まらず、ゲームなどのエンターテインメント産業も含まれる。自由時間の使い方がサッカーしかないという時代は終わった。その分、サッカー関係者は最先端のクラブマネジメントを学び、クラブと共に成長をしていかなくてはならないと思う」

66名の応募で13名が合格

面接は夕方に始まったため、終了して外に出ると真っ暗だった。季節は冬。若干の雪も降っていた。クリスマスのライトアップデコレーションが美しいウィーンの街中を「受かったかな?」と心配しながら歩いていたのを覚えている。

実は面接終了後に講師から「近いうちにまた会おう」と言われていたので期待はしていた。しかし、書面上での通達がないと安心はできない。だから、クリスマス直前に入学通達書がブンデスリーガから送られてきたときは本当に嬉しかった。同時に「世界が今まで以上に広がる」という期待感が溢れた。

後々聞いた話によると、今回は66名が第1次審査に申し込み、最終的には13名に絞られたそうだ。

いったいなぜ自分が受かったのか? 2つ理由があると思う。

1つ目は実績。子供から大人、および男子と女子といった各カテゴリーでの指導者実績に加えて、22歳の時から会社を経営していたことが評価されたと思う。2つ目は日本というルーツ。他の候補生にはないネットワークや考え方を持っており、オーストリアのブンデスリーガにとって貴重な存在になると思ってくれたのではないかと想像している。

こういう貴重なアカデミーの枠を、日本国籍の僕が得ることができたのは非常に嬉しかった。ブンデスリーガに心から感謝したい。

アカデミーに応募した動機

『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』に応募した動機はいくつかあった。

その最も強い動機をあげると、「学びたい」という意欲だ。赤字経営が多いグローバルなサッカー界の中、ドイツ語圏の「クラブ健全経営戦略」は模範的とされており、その最先端の知識を身に付けたい、学びたい、と言う気持ちが常にあった。

僕の考えは、日本・ドイツ・オーストリアといったいわゆる「堅実な国々」で暮らしてきた影響が強いのだろう。「チームは強くてもクラブは大赤字」、「結果良ければオーライ」という経営状態は一部の国では受け入れられるのかもしれないが、僕自身は長期的な発展と言う視点から非常に危険だと思っており、シンパシーを感じられない。

1人のサッカー指導者としてクラブの健全経営をどこまで理解し、場合によっては協力・貢献できるか。そのために様々なノウハウが必要と考えた。

経営面でも高く評価されているアーセナルのアーセン・ヴェンゲル監督は「今の時代、サッカー監督はスポーツ科学のみならず、経営に関する専門雑誌を定期購読して学ぶのが当たり前」と発言していた。

21世紀を生きるサッカー指導者は「サッカーのグラウンド外のことはあまり知らない・分からない」では今後厳しくなる。指導者としてのレベルアップを図るためにも、クラブ経営に関する知識や発想は不可欠だ。

また、僕にはドイツ語圏と日本のサッカー界の架け橋になりたいという思いもある。両国のスポーツ面・経営面の相乗効果を生む環境作りに貢献したい。そして日本サッカー界のポテンシャルを、欧州でも発揮できるようにしたい、というモチベーションも僕にはある。これが実践できればオーストリアのサッカー界にも、日本のサッカー界にも、恩返しができると思うから。

(次回に続く)

*本連載は毎週日曜日に掲載する予定です。また、基本的に無料公開ですが、3回に1回の割合で有料会員のみ閲覧できる有料コンテンツ扱いとなります。