2022/3/14

日本の住宅性能はなぜ低い。CO2削減目標トップの理由

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菅前首相は「カーボンニュートラルな社会の実現」、岸田総理は「新しい資本主義」、経団連の新成長戦略では「サステナブルな資本主義」。さまざまな場面で、持続可能性が叫ばれるようになった。SDGsに加え、グリーントランスフォーメーション、サステナビリティトランスフォーメーションといった新たな概念も注目を集める。
今、企業も人も、世界中の全員が持続可能な社会に向けた行動を求められている。では、企業におけるそれは「責任」なのか、はたまた新時代の「武器」なのか。
住宅設備機器・建材メーカーのLIXIL吉田聡専務と、ユーグレナ取締役代表執行役員 CEOであり、サステナブルな経営の実践者である永田暁彦氏が新時代の企業の在り方について意見を交わす。

サステナビリティとは成長と環境の二項対立を解消するもの

永田暁彦氏(以下、永田) ユーグレナは「Sustainability First(サステナビリティ・ファースト)」をフィロソフィーに掲げています。
 「サステナビリティ」は「持続可能性」と訳されますが、何を持続させるかが問題です。たとえば、「今と同じ生活」を持続するなら、何も変わりません。
 これまでは「経済成長」が「環境の保全」を犠牲にしていました。あるいは「今の世代の幸福」が「将来の世代の幸福」を犠牲にしていました。これまで両立不可能だったものを両立させること、つまり二項対立の解消こそが持続可能性だと解釈しています。
吉田聡氏(以下、吉田) SDGsという国際的な目標ができて、COP26のような国際会議でも持続可能性について議論され、少しずつですが二項対立を解消する動きが生まれていますね。
 これは、環境を守るという企業の社会的責任もさることながら、ESG投資に対する注目なども関係しています。企業が、サステナビリティを「資本主義における成長を続けるための機会」と捉えるようになったとも言えるでしょう。
 多くの人や企業が考えて、行動を起こしていること自体は間違いなく前進です。
各国の発表データをもとに作成
永田 そうした社会情勢の変化によって、企業の成長と二項対立だった環境への配慮は、もはや企業の成長の必須要件に切り替わったと考えています。
 合理的に個別最適を追いかけていけば個々の企業は発展します。しかし人類が、今後、何十世代も幸福に生き続けられる環境を残していくためには、個別最適は限界があります。
吉田 環境を維持するための全体最適と、企業の成長という個別最適、どちらも成立するバランスを探っているのが現状ですね。
永田 全体最適といえば、見落とされがちな観点があります。日本は昔からリサイクルの意識は高いですが、短期間しか使われずリサイクルされたり、大部分が捨てられて一部だけリサイクルされるのでは意味がないです。
 メーカーは、リサイクル・リユース・リデュースを経て、次にどう使われるのかまで考えて、環境負荷の低い原材料を使い、長期の使用に耐える丈夫なものを作っていかないといけないと思います。
吉田 見落とされがちなこととして、今、日本では盛んに「CO2排出量を減らすためにEVに乗り換えよう」と言われています。
 自動車が基幹産業なので、そこに注目が集まるのも理解できるのですが、実は住宅そのものの性能を上げると、エンジンを置き換えるのと比較して、排出量を約4倍も減らせます。
永田 日本の住宅性能が低いというのは有名な話ですよね。ただ、「とにかく家を建てなきゃいけない」という時代があったのは確かです。
 実は、これまでの企業やビジネスを「悪」とみなしているように感じるので、「サステナビリティトランスフォーメーション(SX)」という言葉に違和感があります。
 たとえば、『チキンラーメン』は戦後の食糧難を経験した安藤百福さんが、安価かつ簡単に食事を取れるように考案しました。LIXILとして合併する前の各メーカーも、より多くの人に家を提供することを目標としていたはずです。
 つまり、企業は人間が人間らしく生きられるように、衣食住を提供することで成長してきました。もともと「for social」だったんです。
 私たちは、これまでの企業のビジネスのベースがあって、どうやって雨風をしのぐか、今日の食事にありつくかを考えなくてもよくなりました。そのおかげで、ようやく社会や環境のことを考える余裕が生まれたということを忘れてはいけないと思います。

過酷な環境の日本で生まれた「窓」とは

永田 実は、自宅の窓は全部LIXILです。宣伝みたいですが、もちろん今日の対談を予測したわけではありません(笑)。大きくて性能のいい窓がLIXILだったんです。
吉田 北欧では、うつ病治療の一環として日光浴を取り入れると聞きますが、日光に一定程度当たると、セロトニンというホルモンが出て気分が高揚するそうです。大きな窓のある家は、やはり理想ですよね。
永田 ただ、おしゃれな商業施設にあるような木枠の大きな窓は、見た目を取っているので、冬は家の中がとても寒くなってしまいます。
 LIXILの窓は見た目と性能の二項対立を解消していて、デザインもいいし、断熱性も断トツです。
室外側に耐久性に優れたアルミを採用することで雨、風、日差しによる劣化を防止し、室内側には断熱性に優れた樹脂を採用することで熱の出入りを抑制するハイブリッド構造と、一般複層ガラスの約4.8倍の断熱性能を誇るトリプルガラスを掛け合わせたLIXILの高性能窓「TW」。
吉田 ありがとうございます。窓は壁よりはるかに熱が出入りするので、断熱性能を考えると小さいに越したことはありません。でも、それだと真っ暗な家になってしまいますからね。
永田 夜が長い国の小説家って、暗い作風が多いですよね。先ほどの日光浴の話もそうですが、家の中にどれだけ光が差し込むかは人間性にも影響があるはずだと思っています。
吉田 窓を額縁に見立てて、外の景色を絵として捉える「ピクチャーウインドウ」という考え方があります。断熱性能だけではなく、窓そのものの意匠や、窓によって生まれる景色も重要です。
LIXILのパノラマウィンドウ「TW」なら、美しい日本の四季をスリムフレームで切り取りつつ、住宅性能も高められる。
 LIXILの場合、日本という特殊な環境で品質が鍛えられた部分もあります。
 ドイツの住宅性能は素晴らしいと言われていますが、ドイツの断熱基準は1つしか存在しません。ところが日本の場合、北は北海道から南は沖縄まで、環境がまったく違うために、8つもの断熱基準が混在しています。
永田 台風だってありますし、ここ数年、異常気象がよくニュースになりますしね。
吉田 台風もあって、地震もある。こんな過酷な国は世界でもなかなかありません。厳しい自然環境に対応しながら、美しい四季と調和する窓が、人の安全や健康には必要なのです。

交通事故より多い死因「風呂場でのヒートショック」

永田 車なら数年で買い換える人もいますが、住宅は何十年と住み続けるのが当たり前ですよね。どんどん高性能な窓が生まれても、そこは大きな課題ですね。
吉田 そのとおりです。最近の新築では当然のように断熱性能が考慮されていますが、新築は年間せいぜい80〜90万戸しか建ちません。一方、既存の住宅は6200万戸もあります。
 今と同じペースでは全部の窓が置き換わるのに70年も必要になる。それでは全然間に合わない。まずは、窓を交換するだけでも住宅性能が向上し、さまざまなメリットが生まれること、そして今住んでいる家の窓を交換できることを知っていただかなければ。
永田 高性能な窓だと快適性がまったく違います。「家のなかでも夏は暑く、冬は寒い」という当たり前が覆りました。
吉田 「日本の住宅性能が悪いのは、安いサッシを売ってきたメーカーの責任だ」と言われることもあります。永田さんがおっしゃったように、過去のビジネスは過去のビジネスで正しかったと思いますが、それでも責任はあると考えています。
 ヨーロッパだと冬場でも局所暖房ではなく、家のなか全体が緩やかに暖かくて居心地がいいですよね。住宅性能の向上は快適さだけでなく、消費エネルギーの節約につながりますし、さらには健康への寄与も大きいです。
 夏場には熱中症が話題になりますが、熱中症になる人のうち4割くらいは家のなかで症状が出ます。
永田 冬にはリビングと脱衣所やトイレの室温差でヒートショックを起こして亡くなる方もいますよね。
吉田 現在、お風呂場で亡くなられる方は1万9000人という統計結果もあり、交通事故で亡くなられる方よりも圧倒的に多い。家の中は安全なシェルターであるべきですから、この現状を放置はできません。
 LIXILでは「2026年以降は、高性能な窓しか売らない」という目標を立てています。この1年で全製品をフルモデルチェンジし、高性能製品の比率は80%弱まで一気に高まりました。2025年度までには100%を目指します。

大企業は未来への「責任」と「武器」を持っている

永田 ユーグレナのようなベンチャーとLIXILのような大企業を比べたときに、大企業を羨ましいなと思うのが、「自分たちが変われば社会が変わる」ということです。
 たとえば、ユーグレナはバイオ燃料事業を行なっていますが、まずはマーケティングやセールスによってパイの拡大を目指します。
 一方で、大企業は、自分たちが売る製品やサービスの水準を上げれば、どんどん社会が良い方向に変わっていく。これって本当にすばらしいことです。
吉田 ベンチャーも大企業も、それぞれの立場でサステナビリティのために貢献できると思いますが、グローバルで広く事業展開しているからこそできることの重みは実感しています。
永田 大学を卒業した2007年当時は、まだサステナビリティという言葉はなく、CSRという言葉が使われていました。
 大学のCSRに関する授業では、毎回異なる企業の社長が講師を務めていました。しかし「CSRの経済的リターンを定量的に測定していますか」と毎回質問して、答えてくれた企業はありませんでした。
 でも今の「サステナビリティ」は、社会が追いついたこともあって、答えられると思うんです。ESG投資によって、環境や社会に貢献することが株主の利益にもなりますし、消費者の意識も変わりつつあるので、サステナブルなものが選ばれます。
 2025年には、日本の労働人口の過半数がミレニアル以降の世代になります。つまり、メインでお金を使うのもミレニアル世代以降になるということです。
吉田 われわれも小学校に出かけていって、子どもたちと社員が一緒に、環境について考えたり、どうやったら部屋のなかが暑くならないか実験したりといった活動に取り組んでいます。
永田 これからの環境のことを考えるときに、大人だけで決めるのはやっぱり違いますよね。ユーグレナでは18歳以下限定で「CFO(最高未来責任者)」というポジションをつくり、彼女ら・彼らの意見を経営方針に反映させています。
吉田 実は、御社が公開した『未来の大人たちに聞いてみた。』という動画を、われわれも勉強の一環として拝見しています。
 もちろんビジネスですから、利益は出さなければいけない。でも、自分たちがやっていることが世の中にどのように貢献しているか、どんな未来を作るのかということを認識しておくべきです。
 大きな会社なので、工場でモノをつくる人もいれば、現場で工事をする人、営業している人、われわれの商品を扱う流通の皆さんもいらっしゃる。
 窓という切り口ひとつでも、社会に対して大きなインパクトを与えられる立場を自覚しながら、多くのステークホルダーとともに、未来を切り拓いていきたいと思います。